封印されし乙女
初のBLです。
聖ヴァルナリス歴六五三年。隣国のイエルダ皇国との五十年戦争の発端は、「封印されし乙女」であった。政略結婚のためにイエルダに送られたヴァルナリスの第一皇女、リュシエンヌ二世は母国ヴァルナリアにイエルダの内部文書を漏らしたかどで、その魂と体はイエルダの最奥にあるザルサの森に封印された。
封印とは、死罪の存在しないイエルダにおける最も重い刑罰である。祭儀師によって罪人の体は時を止められ、魂は体と離され眠りにつく。
戦乱は酸鼻を極め、ヴァルナリスは疲弊していた。イエルダはヴァルナリスに無条件降伏を突きつけたがヴァルナリスはそれを拒否した。なぜなら、ヴァルナリスには一手で戦局を打開する切り札があったのだ。
その「切り札」のためにザルサの森に使いが派遣された。「封印されし乙女」リュシエンヌ二世を開放しヴァルナリスの手に勝利を。
(追ってきているな)
夜の黒い森を一人祖国の期待を背負って走るのは、うら若き精悍な青年騎士、アルフレッド=ロホス=ルセックである。
予想通り、森の中の小さな礼拝堂の周りは厳重に警護されていた。訓練のとおりに身を隠しながら、一人倒しては森に紛れ、また一人倒しては隠れ、と順調に突破していく。見張りの最後の一人を倒し、中に歩を進めた。
礼拝堂の聖杯の間、小さなその部屋に皇女はいた。透明な棺の中、艶めく銀色の髪と彫刻のように整った鼻筋、白磁の素肌、血の気のない唇。神々しい姿にアルフレッドは目を奪われた。
後ろから聞こえた足音に振り返ると、黒い祭礼服の男が現れた。
「敵襲だ、誰かおらぬか!」
丸腰の祭儀師を殺すのは抵抗があったが、大声を出されては致し方ない。アルフレッドは一太刀で男を切り捨てた。祭儀師は荒い息の下、アルフレッドに言った。
「私を殺せば、魂は体に還る。しかしヴァルナリスに勝機はない。封印されておるのは……」
祭儀師は大きく息を吸ったが、もう二度と口を開くことはなかった。アルフレッドは祭儀師の目を閉じてやると体を床に横たえた。
棺の中、微かにみじろぎする気配があり、アルフレッドがこじ開けると皇女の視線が彼を捕らえた。
「立てますか?リュシエンヌ殿下」
皇女は頷いた。手を貸して助け起こした腕は、細かったが、かすかに覚えた違和感にアルフレッドは眉をしかめた。
「これは……そなた、男か?」
皇女は目を伏せた。長い睫毛が燭台の明かりに照らされて淡い影を落としている。敵の足音が迫ってくるのが聞こえた。
「くそ、どういうことだ。仕方ない、説明は後で聞こう。走るぞ!」
「っ、はい」
美しい少年は息を切らせながら頷いた。