黒猫と仲良くなる三つの方法
坂を自転車で登るとき、君ならどうするだろうか。
勢いつけて登りきるか、最初から降りて自転車を押しながら歩いて登るか。
まぁ、別にどっちでも良いんだけどね。それ以外の方法でも何でも。選択肢なんて無限にあるし、好みや論理も人それぞれだし。
もちろん、この質問には特に意味はないんだ。きのこの山とたけのこの山、どっちが好き?みたいなくだらない質問とおなじ
ただ、僕は勢いつけて登りきりたいタイプだったってだけ。僕はきのこ派ってだけ。
だから、僕は今日もきのこの山を一粒口に頬張り、自転車に乗って家を出て、通学の為に毎日登る坂道を、いつものように勢いつけて登りきろうとした。
ここで問題だったのは強い雨が坂を登りきる前に降り始めたことだった。傘は持っていたから心配してなかったけど、坂道の途中、自転車を漕いでる途中に傘を取り出すのは至難の技でさ。
まぁ、普通に取り出すことはできたけど。
僕が今日気づいたことは、傘をさしながら坂道を自転車で登りきることはすごく難しいってこと。
僕が今日始めてしたことは、自転車を押しながら坂道を歩いて登ったってこと。
流石に降参。この雨じゃ流石にね。
後ろから人が来てないか確認。足下ぬかるんでないか確認。ついでに空模様も確認。
『ふぅん。』
いつもは登るのに必死でよく見ていなかった坂の風景が目に入ってきた。強い雨でしかも明け方。ちょっと暗い灰色の景色だけど、新鮮さは確かにあった。
何層にも見える黒雲
遠くに見える小さな町並み
家々の壁の落書き
端っこのほうをもぞもぞ動くミミズ
晴れの日だったら、あの町並みの向こうに朝焼けも見えるかもしれない。
いつもは早く終わってくれと願うこの坂道も、今日はもう少し続いていてほしいと願っていた。
坂を登りきると、とたんに雨がやんだ。人騒がせな雨だったが気分は悪くなかった。
傘を閉じ、自転車にまたがり、僕はのんびり進んでいく。
自分で選択肢を狭めてたなーって思いながら。たけのこの山も今度、食べてみようかなーって思いながら。
学校につく前はいつも、学校付近の公園に寄ることにしている。
この時間だと、向かう先はシーソーだ。
予想通り、シーソーの両サイドに一匹ずつ、黒猫がちょこんと座っていた。
片方が相手のほうに動き、シーソーが動き出すと二匹とも慌てて動き出すところは、いつ見ても可愛い。
黒猫は不幸の象徴で、横切ったら不幸が起きたり、事故ったりとかよく聞くけど、僕はそうは思わないし、むしろ幸運が舞い込んでくるのではないかとか思ってしまう。
近くで見ていたいっていつも思う。それで、我慢できなくてちょっと近づいてしまう。そして僕に気づいた二匹は、警戒して逃げてしまう。
『あっ。……行っちゃった……』
毎度の事なのであんまり気にしてはいないけど、いつかは警戒を解いて近づいて来てくれることを期待してる。
『あー。まーた逃げられてるー。』
後ろから声が聞こえる。クラス委員の神谷さんの声だ。振りかえると無垢な笑顔で小さく手を振っている神谷さんがいた。僕は肩をすくめる。
『おはよっ』
『ああ、おはよ。』
黒猫の方をまた向くと、茂みの中から小さなお月様が計4つ光っていた。
『毎日会っているんだからもう少し近づいてくれると嬉しいんだけどね。毎回避けられるのはちょっと辛いよ。』
僕が呟くと、
『その気持ちは私も分かるなー。うんうん。』
と返事が帰ってくる。
嘘つけ。あの二匹の黒猫が唯一なついているのは神谷さんということを、僕は知ってる。
『分かってくれてありがと。んじゃ。』
近くに友人の亀沢が歩いているのを見つけ、すぐにそちらへ歩を進める。案の定、彼はこちらに気づいて小走りで近づいてきた。
『おい、三浦。神谷さんと話してたのか!?』
あ、やっぱりそうなるよね
神谷さんはクラスの中でも学年の中でも綺麗で男子からは特に人気の高い人だ。好きな人はいないけど、ホモ扱いされたくない僕としては、周りの男子同様、神谷さんの事を好きということにしている。
『挨拶されただけで、恥ずかしくなって逃げてきちゃったよ。』
演じないと世渡りなんてやってられない。
友人は安心したような怒ってるような変な顔をしていた。
『何だよ、先駆けしようとしたのかとおもったよ。でも、せっかくチャンス掴んだんならちゃんと生かせよなー!』
余計なお世話だ。
後ろを振り向くと、神谷さんは、茂みの方を向いていた。顔は見えない。代わりに二匹の黒猫はよく見える位置まで茂みから出てきて、神谷さんの手をペロペロ舐めている。
やっぱり彼女はずるい。
すっかり泣き止んだ空を見上げていると、授業が終わるチャイムが鳴った。やっぱり考え事をしていると授業は早く終わってくれる。まともに聞いても分からないし、眠いだけだから考え事をしていた方がましというやつだ。僕には勉強はきっと合わないのだろう。
もう使わない傘をうっとうしく思いながら、自転車にまたがる。放課後は暇な帰宅部生。もちろんまっすぐ帰路につくつもりはない。
僕の通う学校は山のふもとにある。子どもがよく遊びに入れるぐらい、そこまででかくはない普通の小山だ。
実は今日はこの山に登って木の上で昼寝でもしようかと思っていたけど、それよりも考え事を解決する方が優先だった。
公園を通り抜け、車が通れないくらいの細道を行く。その先の小さな店が今日の目的地だった。
店に入ると駄菓子がたくさん。それはこの店が駄菓子屋だからなんだけど。
お菓子屋、と本来書かれた看板は、長く風雨に晒されたせいか、お菓子、しか読めない。だから近所の子どもは「お菓子~」といって店に入る。
『こんちは。ばぁちゃん。』
『おや、ゆうちゃん。お気に入りの黒砂糖菓子はさっき売り切れたよー。ごめんねぇ。』
僕の事を優ちゃんと呼ぶ、のんびりとした、猫背のお婆さんが店頭でニヤニヤしている。
ちなみに僕の名前は優也だ。
ここで売ってる黒砂糖のお菓子はすごく美味しい。だからすこし残念、と肩を落とすが、お菓子の購入が今日のメインの目的ではない。
『なぁ、ばぁちゃん。黒猫と仲良くなるにはどうすれば良いんだ?』
考え事はこれだった。
やっぱり、疑問や悩み事などはこのばぁちゃんに頼った方が早い。これは近所の子どもの間では有名なことだった。恋愛相談ものってくれるとか。
『黒猫かい?もしかして、毎日会っているのに、話しかけたり近づこうとしてるのに、そっけなかったり、避けられたりしてたり、かい?』
流石ばぁちゃん。よく分かってらっしゃる。
俺が深く頷くとばぁちゃんはカッカッカと笑った。
『同じ相談をさっき女の子から聞いたよ。こんなこともあるもんなんだねぇ。』
ふぅん。としか僕は感じなかった。あの黒猫ズはここ付近では、このばぁちゃんと同じくらい有名だから。
ひととおり笑ってから、彼女はまたニヤニヤした顔に戻って言った。
『いいかい?黒猫と仲良くなる方法をみっつ教えよう。1つはこれからも会い続けること。話しかけること。避けられても近づくこと。今までもやってきたことなんだろう?向こうも気持ちにはいずれ答えてくれるはずさね。』
『二つ目は、大事だよ。ちゃんと気持ちを伝えること。その黒猫ちゃんはゆうちゃんの気持ちに気づいてないだけかもしれない。案外猫でも人の言葉は聞いてるもんだよ。』
そんなものなのか、ふむふむとメモをとっていく僕を尻目に、ばぁちゃんはごそごそ何かを探し始めた。
『何やってるのさ、ばぁちゃん。最後の1つは……ムグッ!!』
急に口に何かを入れられた。
チーズを丸めたお菓子だった。
『三つ目はねぇ。相手の好物を知ることかねぇ。やっぱり好きなものを貰えたら嬉しいし、好感度も上がるってもんさね。』
『まぁ、猫の好物は猫によって違うだろうし、私はそこまでは知らないけどねぇ。』
チーズのお菓子、僕はあんまり好きじゃなかったけど、取り合えずもう2つ、買っておいた。黒猫は二匹だからね。
まずはこのチーズを黒猫にあげてみよう。
『あんがと。ばぁちゃん。』
『あぁ。またおいでぇ。ってその前に。』
ばあちゃんがクッキーの袋を手渡してきた。
「何か誰かにあげる機会があったらあげると良いよ。」
タダにしとくから、ということで貰ってしまった。
どうしろというのだろう。
家に着くと妹がだらだらしていた。
『あ、兄ちゃんお帰りー』
『風呂は沸いた?』
『まだー、やっといてー』
『夕飯は?もうできた?』
『まだー、やっといてー』
今日の当番は美香の番だというのにこの始末。
我が家は両親とも帰りが遅いことが多く、交替で支度をするのだが、最近僕の方が負担が大きい気がする。
『いやー、できる兄貴をもって私はしあわせだよー』
『もうちょっとできる妹が僕は欲しかったけどね。』
もらったクッキーを何個か口にいれてやる。
むぐー、とうなりながらモグモグ頬張る美香。
何だかんだで仲は悪くないので良い家族なんだろう。
食事を手早く済ませ、風呂も沸かすと、妹がいつものを差し出してきた。
『どっちがいい?』
きのこの山と、たけのこの山だ。僕はキノコ派で美香はたけのこ派。
『ほい、サンキュー。』
無意識に、いつものように、きのこの山をつまんでしまった。朝、たけのこの山も食べてみようと考えていたのに。
『まぁ、たけのこを食べるのは今日じゃなくてもいいか……』
『ん、何か言ったぁ?』
僕の呟きにモグモグしながら反応する美香。
なんでもないよー。
とりあえず頭をぐしゃぐしゃしてやる。
今日は早く寝よう。早起きして黒猫に会いに行くんだ。
公園につくと、今日はベンチの上でやつらはゴロゴロしていた。この公園のベンチは屋根が付いているので、雨宿りに最適な場所だと僕は思っている。でも、黒猫たちにとっては絶好の日向ぼっこの場所らしい。ベンチの上・・・・つまり更に上の屋根に登って悠悠自適に過ごすプランらしい。羨ましいけど、僕には屋根の上に登るより、木の上の方が好きだった。
僕が近づくと、やはり、警戒した顔つきで二匹ともこっちをにらみつけてきた。
でも、今回は近づいても逃げようとはしなかった。もしかしたら少しは認めてもらえたのかもしれない。
『ほら、怖くないよ~。こっちへおいでよ~。』
犯罪者のおっさんのようなことを言ってしまった。これは意味が伝わっても近寄らないよね。うん。二匹とも微動だにしない。
『餌あるよ。こっちに来たら食べれるよ~。』
ますます怪しい人になってしまった。当然のように二匹は屋根から飛び降り、僕とは反対方向の茂みの中へ走って行ってしまった。
こんなものだろう。ため息をつく。そしてポケットから取り出した二つのチーズを両手でもてあましながら、公園から出ようとしたその瞬間
両手からチーズが消えていた。
『!!?』
振り返ると二匹の黒猫がチーズにむしゃぶりついていた。やられた。興味がない振りをして一旦視界から遠のき、僕が油断した隙をつく作戦だったのか。
「あら、猫ちゃんたち、なついたの?」
神谷さんの声。振り返るといつもの晴れ晴れとした笑顔がそこにあった。
「まぁ、俺になついたのか、食べ物に惹かれたのかは分からないんだけどね。」
苦笑まじりに言いながら、クッキーが残っていることを思い出した。
「そうだ、クッキーが余ってるんだった。良かったら食べてよ。」
ポケットの中に残っていたクッキーの袋を僕は手渡した。
受け取った彼女は、数秒手のひらに置かれたクッキーの袋を見た後、
『うん。ありがとう!すっごく嬉しい!』
笑顔で言ってくれた。
それは良かった、そう言って僕はいつものように友達のほうに向かって歩いて行った。
歩くペースは、いつもより早かったのかもしれない。効果音をつけるならスタスタスタ、といったところかも。
それは彼女の笑顔がいつもよりも輝いて見えたからかもしれない。きっとこのドキドキもそのせいだ。
そして、今日も授業が終わる。早起きしたからか、お腹がすいて早めにお昼をすませてしまった。同様に放課後のお腹の減り具合にも影響してきたようだ。
「帰りに駄菓子屋によるか。」
うん。そうしよう。階段を下りて昇降口へ。視界の端に神谷さんがいた気がするけれど、あまりにも接触しすぎると周りの目がやはり気になるので、そのまま靴を取り出す。
『ん?』
下駄箱を開けると靴以外に何か入っている。これは・・・
僕の大好きな黒砂糖菓子が詰まった袋だった。
『今朝のお礼ね♪』
びっくりしている僕の顔の横に神谷さんの顔があった。さらにびっくりする僕。
『実はアレ、私が駄菓子屋で良く買うヤツでさ。好きなものもらえるのってやっぱり嬉しくて・・・・。』
でも、だからって何で僕の好物を知ってるんだ。とは聞けなかった。わざわざ調べてくれたとか考えると、いや。それはいくらなんでも考え過ぎ。
『あ、りがと。僕もコレ大好きなんだ。』
でも確かに。好きなものを貰えたらすごく嬉しい。
しかも、好きな人からもらえたら、きっとすごく嬉しい。
『そうなんだ!良かった、良かった~。』
『あ、そうだ!。今日夜にさ、山で星見に行こうかなって思ってるんだけどさ。一緒に』
『お、三浦じゃん。俺を待っていてくれたの~?さんきゅ~な~。』
クラスメイトの友人、亀沢が割り込んできた。そのせいで彼女が最後何を言おうとしたのかは、よく聞き取れなかった。
『あー、亀沢悪い。僕今日おまえんちに遊びに行けないんだ。夕飯とか家事とかの当番今日でさ。また今度なー。』
『あ、そうなの?りょうかい~。んじゃまたな。』
名残惜しそうに帰っていったのは、僕よりも神谷さんと話したかったからかもしれない。でも、亀沢が来たとたん距離を置いてしまったので、亀沢もそのまま帰るしかなかったのかもしれない。
『ごめん。で、さっきなんて言ったの?』
聞き損ねた最後を聞こうとしたけれど、彼女は首を振って、笑顔で言った。
『ううん。なんでもないの。今日は久々にうみへび座とポンプ座あたりが良く見えるらしいから、山で天体観測するってだけ。そんなことはどうでもいいよ。それにしても、三浦君家事もやってるなんてすごいねー。』
両親は帰りが遅いから。妹は役に立たないから。自分がしないと御飯が食べれないわけだから。ただそれだけで別段すごくはないんだよ。
『でも何でうみへび座とポンプ座?』
そう聞くと、彼女は人差し指をたてて口につけ、首を少し傾けて意味ありげにほほ笑んだ。
『さて、なんででしょ~♪今日一緒に来てくれたら教えたのになぁ~残念っ。』
『(笑)んー。じゃあどうしても気になったら行くよ。』
多分行こうとしたら妹が御飯御飯ってねだって行けそうにないのは目に見えているけど。
正直、とても行きたいとは言えない。そんなのは態度に出せない。
『あら。んじゃ待ってるね~。』
くるっと軽やかに反転して、綺麗な長い髪をたなびかせて、髪飾りをきらめかせて、彼女は山の方向へ向かっていった。
今日は、たくさん話したなぁ。明日はもっと喋れているかなぁ。
無意識にそんなことを考えながら、自転車に乗って帰り道を下って行った。
そう、もう俺は神谷さんのことを好きになっていた。
頭上の天気が曇り空になっていることにも気づかないくらい。
『むにー。お帰り~。風呂~。御飯~。』
帰ったら案の定妹がグダグダしていた。予想通りだけど。
『洗濯物ぐらいは取り込んだ?』
『んにゃ、そんなわけないでしょ~に。』
ですよね。
ベランダに出て、山の方を見つめる。今頃彼女はあそこらへんにいるのかなぁ。
ぼーっとしている僕の顔に、水滴が一滴落ちてきた。
雨だ。
おかしい。朝見た天気予報は一日中晴れだったはず。
通り雨かな。と気にせず洗濯物を取り込んで居間にもどると
『あ、ありがとー。これから雨もっとひどくなるって天気予報今流れてたから、今日は早く帰ってきてよかったねー。』
僕の思考はもう妹の言葉を聞いていなかった。
酷くなる雨、
『(笑)んー。じゃあどうしても気になったら行くよ。』
『あら。んじゃ待ってるね~。』
思い出されるのはあの時の会話。
もし、雨の中でも、僕が来るかもしれないと待ってしまったら。
思い違いであればよい。思い上がりであればそれでよい。
でも、もしそうじゃなかったら。
『はいはい。出かけるんでしょ。顔見てるだけですぐ分かるんだから。夕ご飯も風呂もしとくから早く行ってきなよ~。』
あー、面倒くさい。と呟きながら台所へのそのそと妹が歩いていく。
こんな時は、いつも考えを読まれる。そして、こんな時だけ、
いつも頼りがいのある妹になる。
『あ、出かける前にはい。今日はどっちを食べる?』
妹が差し出したのは、いつものキノコの山とたけのこの山。
『よくできた妹を持てて僕は嬉しいよ。』
ニヤッと笑って僕は、迷わず一粒取って玄関を飛び出した。
飛び出した兄貴を見送って、美香は、
『早く帰ってきなよ・・・。』
寂しそうにそっと、と呟いて、でもすぐにだるそうな顔に戻って
『ふぁーあ。んじゃテキトーにカレーでも作りますか~。』
あくびをしながら台所へのそのそ歩いて行った。
坂を自転車で登るとき、君ならどうするだろうか。
勢いつけて登りきるか、最初から降りて自転車を押しながら歩いて登るか。
まぁ、別にどっちでも良いんだけどね。それ以外の方法でも何でも。選択肢なんて無限にあるし、好みや論理も人それぞれだし。
もちろん、この質問には特に意味はないんだ。きのこの山とたけのこの山、どっちが好き?みたいなくだらない質問とおなじ。
たとえ、雨がすごく降っていたとしても。たとえ、自転車を押して歩いた景色が意外と魅力的だったとしても。傘をささないと濡れちゃうとしても。
ただ、僕は勢いつけて登りきりたいタイプだったってだけ。僕はきのこ派ってだけ。
たけのこの山は、また今度食べてみよう。今日は僕が好きなことだけ選ぶんだ。そういう選択肢もあるんだ。
坂を歩いている暇なんてないんだ。
飛ばせ。飛ばせ。自転車に言い聞かせながら。自分に言い聞かせながら坂を上り切り、公園を、学校を通り過ぎ、山を一気に駆け上る。
『ったく、どこに行ったんだよ・・・』
流石に自転車から降りて星がよく見えそうなポイントを探す。
そもそも、ホントにここに来たのだろうか。自分はただただ無駄足を運んだだけではないのか。降り注ぐ雨を仰ぎ、辺りをまた見渡す。
『・・・っ!』
髪飾りが落ちていた。見間違えることはない。彼女が今日つけていたものだ。彼女はやっぱりここに来ていた。
地面はぬかるんでいる。一歩間違えたら落ちてしまう崖だってある。
どこだ。日が暮れて暗くなって。彼女は無事に避難しているだろうか。怪我をしてはいないだろうか。
ニャー。
不安でいっぱいな僕の目の前を一匹の黒猫が横ぎった。
あの二匹のうちの一匹だとすぐにわかった。呆然としていると、また僕の目の前に現れて、
ニャー
また鳴いて歩き出した。月の光を反射したような、銀色の瞳を揺らしながら。
まるで、早くついて来いよ、と言わんばかりに。
見失うたびに、僕の前に出てきて、ニャーと一鳴きしてまた歩き出す。そんな黒猫を追いながら山を下っていくと、さっき通り過ぎた公園に着いた。
『あっ。』
行きは急いで気づかなかったが、屋根付きのベンチに腰掛けているずぶ濡れの女の子が見えた。
神谷さんだった。
『あ、三浦くん。来てくれたんだー。もしかして私を心配してきてくれたのかな~?』
こんなときでも神谷さんの笑顔は綺麗だった。僕の顔を覗き込む彼女は可愛かった。
『いや、星座の理由が気になってきただけだし。』
素直じゃない僕にたいして、クスクス笑う彼女。どっちでも嬉しいケドネ~と。
『あんまり知られてないけど、みずがめ座とポンプ座の間ぐらいにはね、猫座があるんだって。それをなんとなく今日見たかったってだけなの。』
三浦君と一緒にね、という言葉は聞こえないふりをした。
恥ずかしかったから。だから、僕は黙って髪飾りを手渡した。
『見つけたのは僕だけど、ここまで案内してくれたのはコイツなんだ。』
黒猫を撫でながら言う僕。もうすっかりこの黒猫はなついてくれているみたいだ。
『実は、私もクロちゃんに助けられたの。暗くて山の中迷ってるときに、ニャーニャーいいながらここまで連れてきてくれたんだ~。』
彼女の横にもちゃんと黒猫が座っていた。
二匹はしばらく二人に撫でられていたが、不意に飛び出し、もう一つの屋根付きベンチの方へ移ってしまった。
すると、茂みの中から何匹も猫が飛び出してきた。白猫。三毛猫。シャム猫。総計15匹ぐらいが屋根の下に集合していた。
『今日は猫集会の日だったんだね。』
僕がそう言うと、
『私たちも誘われたってことで、集会に参加してもいいんだよね?』
って彼女が言うから、
雨がやむまで、猫集会が終わるまで、二人で可愛らしい猫たちを眺めていた。
身体は互いに寄り添い合わせながら。手はベンチの上に互いに重ねながら。
次は一緒に猫座を見ようと約束しながら。
この作品は、帰り道に出遭った二匹の黒猫を書きたくてメインテーマとして入れました。
サブテーマは仲間の方から出されたお題「お菓子、たけのこ、山」を取り入れました。
読んで頂けただけで感謝です。この二人の幸せがみなさんにも届きますように。