4 皮膚科
おはようさん。松江婆。行くかね?
ほら。おまえの杖だよ。
あたしかい?杖はまだいらんのよ。
・・そのうちに,角のおもちゃ屋で売ってる,あの長い杖とほうきは買いたいと思ってるんだがね・・・
・・・え?何で買わないかって?ああ・・
・・まだ飛べる気がしなくてな。
あ?おまえも欲しい?あとで杉婆に言いな。
ああ確かにおまえの方が先に飛べるかも知れねえしな・・
ほらバスが来たぜ。
混でんな・・・ちょいと,年寄りが乗ってきてるんだ。あんたみたいな健康な奴はさっさと席を譲りな。ほら松江婆さん。ここに座りな。
・・・あたしはっと。そこの若え女,年寄りには席を譲れ。
は?妊婦?そうは見えん。
まさか,夕べ妊娠したばかりです,なんてぇしょうもねえことを言い出すわけじゃあねえだろうな・・・
まさしくそうだと?あほか。
・・・おや隣に座ってるお坊ちゃん。
「座ってください。」
いいのかい。ありがとよ。どっこいしょ。
全く今時の若い娘は言うことに欠いて妊婦だと・・・ふん。
あ?なんだい?坊ちゃん。
妊婦にしたのは僕だからあんまり言うなってか・・・は・・原因がここにいたのか・・・
松江婆さん、次降りるぜ。あんたの脇のピンポン押しとくれ。
なに?ピンポンなんてねえ?
・・・ほれそれだよ。そのボタンだよ。
おしてみな。
・・・ぴんぽ~ん
よし。降りるぞ・・・・お、あぶねえ・・・とっとっと・・・
おわっとっと・・・なに?ちゃんと止まってから立てと?
わかっているがな。
はいはいっと・・ほれ,松江婆さんほれ手を貸してやる・・・・・
やれやれ皮膚科が近くにねえって不便だな。
がらがら・・・
ここの皮膚科は自分でこのガラス戸を開けるんだよな。
整形外科はずいぶん綺麗で近代的なのに、皮膚科は昔風で良いねえ。勝手に開くドアより、あたしゃこっちの方が好きだな。松江婆さんはどうだい?
あ?どっちでも良いって?そうかいそうかい・・・
ごめんよ。
ほれ。スリッパ・・おっとっと・・・踏んじまった・・すまんのう松江婆さん。
・・・スリッパ・・・こいつは、かえってあぶねえはきものだな。後ろを踏んだら転んじまう・・
ああそうだな。いっそ履き替えねえ方がありがてえな。
・・・・・う~ん。年寄りばかりだな。そう言うわたしらもか・・・
きょろきょろ・・・・
どっこいしょ。ほれ。松江婆さんも座りな。
きょろきょろ・・・おや。どうした?松江婆さん,なんだ?知り合いでもいたか?
はあ?あの人?なるほど・・・
・・・確かに隣の雑誌読んでる人のバックに手を突っ込んでるな。
おまえ行くか?あ?立つのが面倒?仕方ないねえ・・
どっこいしょっと・・とことこ・・・
ちょいとあんた。今何してたんだ?
うわっどた・・・・
いたたたたた・・・押しのけて飛び出していったぜ。いたいいたい。
大丈夫ですかって?あんたの財布も大丈夫かい?
え?ないって?さっきの奴だね。
・・・・・
おまわりさんがきたね。おや。このおまわりさん・・・
やあお久しぶり。この前の祭りの時はご協力ありがとうございましたって?
いや。なに。
今日もありがとうって?今日は松江婆が見つけたのさ・・・
・・・・
いやあ。あの事件のせいで時間がかかっちまったな。
皮膚科でしりにシップして貰うとはおもわんかったが・・・
・・遅くなったから,杉婆が心配してるかね?
・・・・・
杉婆,遅いって,そんなに怒りなさんな。
松江婆さんは,「けいさつにきょうりょく」してたんだからさ。じゃあな。
・・・・・