戦闘継続
1000PVありがとうございます(泣)
カズは、キノとプレインボアの戦闘を眺めていた。
片手剣を右手に携え、その切っ先を相手に向けつつゆったりと姿勢で立っているキノと、
足をその場で何度かかきむしるという、突進の予備動作に入っているプレインボアを。
この予備動作は、段々間隔が短くなり、間隔がゼロに近くなったと同時に突進を開始す
る。プレインボアのもっとも注意すべき攻撃だが、同時に注意深く見れば、開始のタイミングを見極めやすく、反撃への大きなチャンスにもなる。
(あいつのプレイスタイルは軽装剣士か。なんで、エルフにしたんだろうな。まあ、良いか。さて、さっきから動いてないがどうするのかな。俺みたいにやるのは片手剣じゃ難しいと思うんだけどな)
ちらっと、横目で隣にいるセシルを見ると、彼女を同じ事を思っていたのか、不安とどんなことをするのだろうという期待も混じった瞳で戦闘を見つめていた。
「おーーーい。突進が来るぞ――。」
とキノに警告を送ってやる。予備動作の感覚がさらに短くなり、突進が開始される。だが、いまだにキノはピクリとも動かない。
(おいおい。いったい何しようってんだよ)
流石にここまで、動かないとカズも心配になってきたのか、その瞳に動揺を交えつつ、背中の大剣を引き抜く。いつでも、これで助けに行ける。だが、いまだに何かするだろうという思いは持っていたので、カズは動かなかった。セシルも同様だろう。その思いに反して、キノはあっけなく、プレインボアに吹き飛ばされた。何も、反応することなく。
***
キノが、吹き飛ばされるのを見るや否や、カズは飛び出していた。
プレインボアとの距離を数歩で詰め、大剣を横に振る。その効果で、ボアの上に表示されているHPバーが3割ほど減る。つづけて、今度は《スラッシュ》を繰り出し、さらにHPバーを削る。HPバーのドットがどんどん減っていき、赤くなりゼロになりかけたが、一歩手前で止まる。カズがもう一度剣を振い、とどめの一撃を叩き込もうとした矢先、彼の脇を光の球が通り過ぎていき、ボアの体をとらえた。残りわずかなHPも減らされ、ボアの体がポリゴンとライトエフェクトとなって爆散する。その光球は、後ろにいたセシルから放たれた魔法であった。
セシルは、先ほど立っていた場所から動いてはいなかったが、灰色の柄を持ち、先端に赤い水晶のようなものが付いている長杖を構えていた。今ボアに食らわしたのは、恐らく【光属性】:第一スキル《光球》であろう。その名の通り、魔力で出来た光の球をまっすぐ前方に飛ばす技だ。
「ありがとう。セシル」
「うん。どういたしまして。それよりも」
「ああ、大丈夫か?トシ?どうしたんだ?さっきから変だぞ」
と二人が、口々に心配の言葉を駆けながら、後方に飛ばされていたキノに駆け寄る。二人がプレインボアを仕留めている時もキノは地面に仰向けに倒れたまま、動くことが出来ていなかった。寝ているキノに対して二人が、顔を向けてくる。覗き込む姿勢になっている。
「あ...ああ。すまない。心配...かけてしまった。ちょっと油断しただけだ」
と、決して大丈夫ではなさそうな沈んだ声で、答えつつ体を起こし立ちあがっていく、だがその面持ちは暗く、目線も下を向いていて、すぐに目を合わせようとはしなかった。その様子に、心当たりがあったのか、カズはこう尋ねた。
「お前、もしかして『恐怖の壁』に当たったのか?」
――――と。
キノの体が一瞬ビクリっと震える。その言葉に心当たりは無かった。
はじめて聞く単語であった。だがしかし、「恐怖」「壁」この二つの言葉だけで、この単語が、一体何を意味しているのか彼は自然に悟ることが出来た。
「それが、どういう言葉か知らないが。俺の予想通りなら、多分その通りだ。どれだけ情けないっていう話だよな.........。」
沈痛な面持ちで、そうカズに振り返った目は情けなさによる自嘲の影がはっきりと感じられるものだった。
***
「恐怖の壁」
俗に、初心者殺し、VR障害、本能的拒否など色々な呼び方がされるが、その内容は一つ。
VRでの、非現実な体験に対する拒否症状の事である。
今まででも何度も書いた通り、VRゲームでの臨場感というものは、リアリティが高いものとなっている。それは、単純にグラフィックが綺麗だ、という訳ではない。むしろ、VRと現実の風景を比べれば、一瞬でどちらが本物かというのは分かる。これは、今のところの描画技術の限界である。さしものVRも本物と見間違えるような描画を出すには至っていない。では、キノや様々なプレイヤーたちがこのReWOで感じるリアリティとは、何なのだろうか?
それは、「質感」である。
VRを構成する人間の五感はなにも、グラフィック、つまり視覚だけでは無い。視覚に、合わせて皮膚の感触、嗅覚、聴覚。そういった、色々な要素を組み合わせて、効果的に表現することで、「質感」を生み出し、このRegnum World Onlineは非常にリアリティの高い世界を構築するに至っている。
この「質感」から、リアリティを感じるわけではあるが、そういう訳で、モンスターとの戦闘など、つまりは非現実な体験において、恐怖感などの拒否症状が現われる場合があるわけである。モンスターの攻撃を受ける。はたまた、モンスターを攻撃することに対して、PKにも、非常に強い嫌悪や恐怖を示したりする。見方によっては、非常にVRと相性が良いという訳でもあるし、全ての人が「恐怖の壁」を体感するわけではない。実際カズもセシルも、最初はモンスターとの戦闘で、多少ビビっただけで、じきに慣れ、あまり強い「恐怖の壁」を体験することは無かった。しかし、キノほど劇的な反応を示すこともあるのである。
キノはこのゲームと相性が良すぎてしまった。あまりにも、このゲームに魅了されすぎてしまったのであった。
***
「『恐怖の壁』か...。知り合いで、それを体感したやつを見たことはあるが、ここまで劇的に反応はしていなかったしな...」
と困惑した顔で、キノを見つめるカズ。セシルも心配そうにこちらを見つめている。
「戦闘での初心者の壁かぁ。私も最初は感じたけど、すぐに慣れちゃったしなぁ」
と、自分の経験を語ってくれるセシルだが、意図が無いにしても、今の発言は、キノの男としての自尊心を傷つけることとなる。繰り返すが、本人にその意図は無いのだが。
「すまない。俺がビビっちまってこんな雰囲気にさせちまって」
「いや、気にすんなって。最初からアクティブモンスターはきつかったかもな~。テスターだったのもあってか、ちょっと自分の感覚で考えすぎちまった。悪い。」
そういうと、頭を下げてくる。こういった所はカズのすごく良い所であるが、今回はどちらかと言うと俺の原因が強い。そう思いキノは、カズにすぐ頭を上げさせる。だが、自分でもVRに対してこんなになるとは思わなかった。そう、一番この事態に困惑しているのは他でも無いキノ自身であった。
「それじゃ、今度はプレインカウを狩りに行こうよ。まずは、それから、慣れていけば大丈夫なんじゃない?ね、キノ君」
と、キノを労い、セシルが笑いかけてくれる。その心いきは非常に助かるものであったので、キノもやっと弱々しく笑い返すことが出来た。
「それじゃ、行くとするか」
とカズが音頭を取って、道を引き返すべく歩き出していく。
「ああ。手間かける」
「大丈夫だよ。気にしないで」
3人は、町に向かって、プレインカウが生息している地域まで、向かっていった。この世界での太陽も、空高くあがり、明るい光を地に向かって降り注いでいる。
しかし、今のキノの心情は、照らす光のような物では無く、物体に遮られた影のようであった。
***
一行は、100m程先に町に外壁が見えるところぐらいまで、引き返してきていた。今度の狩りの獲物は、ノンアクティブモンスター、プレインカウである。
ちらりと、周りに目を向ければ青々茂った足もとの草を頬張っているカウ達があちらこちらに見える。こいつらも、大きな牙をもっているが、ノンアクティブからなのか、はたまたそういう性格設定からノンアクティブになったのか、どちらかはわからないが、見かけに反して温厚な気性のモンスターである。食事中の姿は、非常にのんびりとしており、最初の印象は悪かったが、よくみてみると、ほんわかというか和んでくるような感想を見ている人に与えることもあるという。まあ、そういうことでも、モンスターなのだから、プレイヤーにとっては倒す対象でしかないわけなのであるが...。
「さてと、じゃあこいつを倒すぞ」
とカズがキノの方を振り向き、話しかける。先ほどの事があったのを踏まえてか少し言葉端に丁寧さが混じっている。
「こいつはノンアクティブなのは、何回も伝えているけど、そのおかげで目の前に近づいても何もしてこない。ご自由に攻撃して倒せって事だが、攻撃を始めたら多少の反撃はしてくる。まあ、プレインボアと違って、こいつは動きが鈍いから、牙のある正面を避けてくるくる回りながら側面からでも叩いていけば、問題無くいけると思う。」
と、具体的にどうすれば良いのか、まで詳しく説明し終わると、やってみろ、と視線で意思を伝えてくる。
「......おう。」
一言、キノは了解の意を示すと背中から右手で剣を引き抜く。その動作は先ほどのカズのものと同じである。しかし、引き抜かれたのは、両刃の片手直剣である。キノは、両手でしっかりとその柄を握り、剣先を垂らし構えをとる。そして、一歩一歩ゆっくりと、足もとの草を踏み倒しながら、目の前にいるプレインカウに向かって歩き出していく。
カズの教えの通りに、正面に向かう事はせず、頭を垂れて食事をしているカウの後ろに回る。
(カズの言う通りやれば問題ない。そうさ、ここで躓いていちゃ何も出来ない。あんな情
けない思いに今度はなるはずはない...。)
キノは、先ほどボアとの戦闘で味わった様々な感情を再び感じ不安がかすめてきた心の声を抑え、剣を軽く引く。そして、思い切りその剣を振りぬいた。
「うらぁぁぁ!!」
叫びと共に振りぬかれた剣は、カウの左足の付け根の辺りに当たった。
剣は、カウの体をすり抜けていき、斬撃を受けた体は切断面がポリゴンとして視覚化される。モンスターと戦闘に入ったことにより、カウの頭上にプレイヤーのと同じHPバーが現われる。こちらは色が青色でプレイヤーと見分けられるようになっている。今の攻撃により、現われたHPバーは、約1割ほど減っていた。
攻撃で体を震わしたカウは、敵対してきたキノに向かいその顔を向けようと動いてきた。
(プレインボアに比べたら、全然遅い。これなら回りこめる)
そう敵の反応から判断したキノは、反時計まわりでこちらに振り向こうとしているカウと、同じ向きに、速度は上回りつつ、足を動かした。
予想通り、キノが動き終えたときに、カウが元々キノのいた位置に正面を向けている格好になっており、回りこみには成功していた。カウは、数瞬前のキノに向かってその二つのそりかえった牙を動かし、空を突いている。突いた反動により体をよろけている敵に向かって、続けざまに二度の斬撃を与える。またしても、同じように振り向いてこようとするカウの動きを予測し、キノも同じように回りこむ。そして、さらに三回剣をたたきつけ
た。
(これならっ。いけるっ!)
自分の思う通り事が運び、プレインボアとの敗北感をも払しょくするような歓喜、高揚感がキノを包みこんでいた。自然と笑みが口元に薄く広がっていくのを抑える事が出来ない。そんな上昇していく気分に乗りつつ、回りこみ斬る、というルーチンワークを繰り返していく。4回目の回りこみが終わった時、カウのHPバーは赤くなり、少ししか残っておらず後一撃を、きれいに叩き込めば終わりという状況になっていた。
(これでっ。っ決める!!)
両手にさらに力を加え、剣をしっかり握ると、頭上へと大きく振り上げる。そして、渾身の力と共に右足を一歩相手に向かって踏み出し、垂直に切りつける。カウは、こちらに体を回して、何とか攻撃を当てようとしている。しかし、振り下ろされている剣の方が早く攻撃が間に合うとは思えなかった。
(捉えたっ!)
歯を食いしばり、力を込めている表情の中キノは自らの勝利を確信した。高揚感が最高潮まで高め上げられる。感覚が引き伸ばされているその眼には、ゆっくりとだが確実にカウの胴体へと吸い込まれていく剣が見えていた。
しかし、そこには、剣の他にこちらに振り向きつつあるカウの首も見えていた。
剣が胴体にあたり、カウの命を削りとる。HPバーが減っていき、0になった。斬撃で刻まれたポリゴンの傷跡から広がるように、ライトエフェクトがカウ全体に広がり体が砕け散っていく。
そんな中、なぜなのであろうか。
こちらを振り向きつつあったカウがその首を完全にこちらに向けていた。HPは0になり、立ち上っていくライトエフェクトのカーテンの隙間から、その目がこちらを向いていた。
プレインボアほど飲み込まれるような覇気を感じさせる目では、無かった。所詮、ただのデータの集まり、目を表している画像データに過ぎない。
そのはずだった。そうではなかった。
その眼は、ただただ、憐れみが含まれているようにキノは感じ取った。殺戮という絶対的な理不尽に対する悲しいまでの懇願。その眼に、その眼に...キノの心は再び震えた――――。