初戦闘、浮かび上がる問題点
ここで、第一の町プリミアの外観を説明しよう。
プリミアは、空から見ると丸型で城壁に囲まれており、その中にTの字の形に大きな通りが走り、町が成り立っている。縦の線に当たる所が一番の大通りになっており、武器、防具などの各種の店などが、軒を連ねており、前述した通り非常に人の流れが多く活気に満ちている。縦と横の線が、交差している場所には円形の噴水が設置されており、さらにある程度のスペースがあり、一種の広場や、交流スペースになっている。噴水の裏には青い三角錐の屋根を持つ白壁の時計台(教会も兼ねている)が立地している。そして、T字の横の線に当たる通りのほうは、プレイヤー用の家屋が用意されていたり、一般住民のNPCの居住区となっていたりする。
この三つの大通り以外にも細い路地は、町の内部に広がっており、時計塔の裏手の広場のような、隠れた憩いの場とできるようなスペースも、見つけられる。町の内部についてはこのようになっている。
T字の各辺の端には、外のフィールドへの門が設置されている。それぞれ、西門、東門、南門と呼ばれている。町の周りは平原になっており、初めはどこの門から出ようが、同じフィールドに出る。そのまま進んでいくと、出た門によりフィールドに差が出てくる。
教会の裏は、小高い山のフィールドになっていて、周りとは一風趣の違った感じになっている。
キノ達一行は、西門をくぐり最初のフィールド〈プリミア平原〉へと足を進めていった。
***
門をくぐると、青々とした見渡す限りの草原が目の前に広がっていた。草原には、ちらちらと人影や、獣の影が見える。遠くには、森や山のシルエットも垣間見える。地面には、人が通ったことで、踏み固められ草が薄くなり、土が見えている道が一本まっすぐと続いている。
「おー。これが、最初のフィールドか」
とキノが感嘆とした声をあげる。その横ではカズが、こう言った。
「ああ、ここが一番最初に来れるフィールド〈プリミア平原〉だ。まあ、名前の通りだだっ広い平原で、初心者の狩り場だな」
「ここのフィールドのモンスターは、奥の方に進まない限りはノンアクティブ――つまり、こっちから攻撃とかしない限りは、あっちも攻撃してこないから、初心者でも安全に狩れるんだよ」
とセシルも解説を行う。
「なるほどな。最初っから動きまくる相手じゃ、初心者なんて歯が立たないもんな。だけど、思ってたより数が少ないな。てっきり、狩り場なんて、もう人で埋ってるかと思ったが…」
「まあ、ここはそういうところも見越してか相当広く作られてるからな。ちょっとやそっとじゃ、狩り場が飽和したりはしねぇよ。まあ、そもそもサーバは一つじゃないし。後、西門から続くこっちのエリアは少し難易度高めだしな」
「ん?どういうことだ?どこの門から出ても出るフィールドは一緒だろ?」
と不思議そうに首をかしげるキノ。
「基本は一緒なんだけどね。でも、どのくらい進んだら強めの敵が出てくるか、までの距離というか、範囲が西門から出たほうが狭いの」
「セシルの言う通り。だから、こっちは少し人が少なめなんだよ」
とセシルの言葉を受け、腕を組みながら立った姿勢で頷くカズ。
「チュートリアルなんかも初めは広くて使いやすい南門の方進めるからな」
「そういうことか。まあ、二人ともテスターだから、平気そうだな」
「その通りだ。だから、ここらへんのノンアクティブばっかいる所じゃなくて、もう少し奥のちゃんとアクティブモンスターが出るあたりの平原で、狩ろうと思う」
そういうと、カズは道を歩き出す。セシルもその後を素早くついていく。キノは、風景に目を奪われていた事もあり、少し遅れてしまった。
(あいつらは慣れてるから良いけど、俺にとっては驚きの連続なんだよ)
と心の中で言いつつ、少し小走りで二人に追いすがる。彼にとってこの世界は、行ったことのない外国と一緒で、見る物すべてが、心を刺激するかのようだった。
***
三人はしばらく、道にそって歩き平原の奥へと進んでいった。途中、道の脇にに大きな像のような牙をもち、体が薄く茶色い毛でおおわれている牛のようなモンスター――プレインカウを何度か見たが、ノンアクティブの言葉どおり目の前を通り過ぎてもキノたちに何の反応も示さなかった。
「本当に、襲ってこないな」
「そりゃ、そうだろ。ノンアクティブなんだから」
「いや、まあそうだけどさ。あんな大仰しい牙とか持ってるとさ、リアルさも相まって本当に襲われそうな錯覚に陥るというかなんというか…」
とキノは歯切れが悪そうに、言う。二人のやり取りを見ていたセシルは、
「ふふっ。さっきからキノ君。驚きすぎだよ。」
と、口元を綻ばせて、キノに笑いかけてくる。
「二人と違って、俺は初めてだから色々と新鮮に映ってね」
と少し、拗ねたように口を尖らせて言うと、
「まあ。俺らも最初は驚いたけど慣れちまったからな~」
ハハハっと、口を大きく開け、明るい声で笑いながら答えるカズ。
「ははっ。そうだよね、もう慣れすぎちゃって。平原とかレベル上げのために何時間もこもったしね」
とセシルもまた微笑み返す。そんなやり取りをしているうちに、三人の近くにプレインカウでは無い違ったモンスターの影が見えてきていた。
「おっ。やっと着いたか。キノ、あれがこれから相手するアクティブモンスターで、名前はプレインボア。さっきの牛と外見は似てるけどこっちの方が少し小型で、今度のは牛じゃなくて猪だ」
とカズは答えつつ、背中の大剣に手をかける。そのまま、引き抜くと両手で正眼に構える。
離れていた影が、だんだん近づくにつれ、その姿もはっきり見えてくる。カズの 説明した通りの外見で、牙がサーベルタイガーもかくやという位大きいのを除けば、現実にいる猪とあまり変わらない見た目だった。もちろん、プレイヤーの顔と一緒で、多少のデフォルメ化というか、獣地味すぎている外見では無いのだが。
道の最前列を歩いていたカズに対してプレインボアが足もとの草を散らしながら突進してくる。カズの正面に対して11時の方向から来た猪は、いままさに当たろうかというところだった。
***
カズは、大剣を構えながら迫ってくるプレインボアを見て、呼吸を整える。
(久しぶりだけど、ここはかっこいいところ見せたいし。いっちょやってやるか)
すると、正眼に構えていた大剣を真上に大きく振り上げる。
すさまじい勢いで迫ってくるプレインボアは常人なら、その迫力に押され避けるだろう。VRゲームのリアルさは良い意味でも、こういった所では悪い意味でも作用してくる。獣が自分に突進してくる。その事象はグラフィックの綺麗さと、地面を駆け響く音、それらを足し合わせた「質感」ともいうべきものにより、現実とも変わらない臨場感、恐怖感を生み出す。初心者にとって、戦闘でまず越えるべき壁はこの恐怖を乗り越えることである。
だが、βテスターであり、数多の戦闘を経験してきた熟練の戦士であるこのドラゴニアの剣士、ましてや『城壁崩し』にとって、そんなものは無きに等しかった。
自分と、ボアとの距離を測り、タイミングを計り、振り下ろしたその巨大な刃がボアの脳天にあたるその刹那を見極め、大剣を大上段から振り下ろす。
「らぁぁぁ!!!」
気合一閃。掛け声とともに振り下ろされた大剣は一切の迷いなく、プレインボアの頭へと吸い込まれていく。空気を裂く音が聞こえ、頭蓋へ斬撃がくりだされた。
ヒットと同時に、プレインカウがその衝撃に、一定以上の大きさのダメージを受け、ひっくり返る。腹をあらわにして、四肢をばたつかせている。カズは、振り下ろし地面にまで勢い余って突き刺さった、獲物を引き抜き、今度は横に薙ぎ、もう一度攻撃を加える。右から左に振りぬいた刃を今度は左上に構えなおす。
柄を握る手に一層力を加え、その後
「スラッシュ!!」
そう一言、叫ぶと大剣が、青色の光、ライトエフェクト、に包まれ、スキルが発動した。
アーツ系スキル【大剣】:第一スキル《スラッシュ》
左右上段どちらかからの、対角線をなぞる袈裟切り。
大剣が、カズ自身の力と、システムアシストの力に乗り、青い軌跡を空間に残しつつ、振りぬかれる。その攻撃を受けて、ひっくりかえっていたプレインボアは、そのHPを0にし、ガラスの破片のようなライトエフェクトと、パリーンという効果音とともに砕け散り、その光は天に昇った。
カズはふーっと一息吐き切ると、大剣を背中に背負いなおす。
***
「すげえな」
と一言キノは今さっきの戦闘の感想を漏らす。
まず、突進してくるモンスターに向けて、一歩も引かず正面から受け止める、どころか逆にひっくり返してしまったことに関して。
キノは、距離が離れていたが、突進の迫力に恐怖を感じていた。率直にいうとビビってしまっていたのだ。これは俗に「恐怖の壁」と言われているプレイヤースキルの良し悪しを決める大きな要素であるが、そんな事をキノは知る由もない。
(す…ごい……)
改めてそう思った。そして、先ほどの感情に揺らされ、ゲーム内で出るはずのない冷や汗が額を垂れるような錯覚に陥りつつ、喉で大きな唾を飲み込みつつ立っていたキノに、戦闘を終え、大剣を背中に担ぎなおしたカズがこちらを振り向いてニカっと歯を見せて笑った。戦闘をうまく終えたからであろうか、その笑顔はとてもすがすがしい。
「どうだった。俺の雄姿は。かっこ良かっただろう」
ふふん、という声が聞こえそうなほど自慢げに話しかけてくる。テスターとして十分威厳を見せられたと親友に対して誇っている。
「流石。『城壁崩し』の名は伊達じゃないね」
とセシルが惜しみない称賛を与える。どうやらテスターの目から見てもカズの動きは十分簡単に値する動きであったようだ。
「あ…ああ。本当すごかったぜ」
と少し、歯切れが悪そうにカズの質問に答えるキノ。その様子が少しおかしいと思ったのか、
「ん、どうした?なんか調子悪そうだが」
「何でもないよ」
「そうか。じゃあ、次はキノやってみるか?」
「あ…ああ。」
そう答え、一行は新たな獲物を求め、道をそれ草原部分へと踏み出し、進んでいった。
(こりゃ、前途多難かもな。見ただけでビビってちゃ話にならねぇ)
そう自分を叱咤激励する言葉を吐きながら、フィールドを進んでいく。その表情はいまだに固く保たれたままだった。
***
新たなプレインボアが、一行の前に現われた。先ほどと違い、まだこちらに気づいていないらしく、いきなり突進してくるような事は起きていない。進んでいる途中でセシルが左手を二人の前に出し、進むのを止める。
「これ以上近づいたら。アクティブ状態になると思う」
「まあ、初めだしのんびりやればいいと思うぜ。やられそうになったら俺らが止めに入るから」
「プレインボアはね。あの突進を避ける事さえ気を付けていれば大丈夫だよ。カズ君のはね…。まあ、ちょっと離れ技だよね。せめて受け止めるよ」
とちょっとあきれ顔で、先ほどの戦闘を評するセシル。先ほどの称賛には、尊敬半分呆れ半分の感情が含まれていたようだ。
「ん。まあ、がんばってみるさ。」
そう答えると腰に差している、灰色の鉄製の片手剣を右手で引き抜き、姿勢を作りつつプレインボアへとじりじりと近づいていく。距離を縮めていくと、あちらはこちらに気づいたのか、その首をこちらに向けてくる。
その瞳と目が合った瞬間、全身にビリっと衝撃が走った気がした。体が硬直してしまった。右手の剣先をプレインボアに向けながら、立ちすくんでしまう。
プレインボアはその前足を振り上げ、地面をかきむしる突進の予備動作に入る。おーーーいっ、突進がくるぞー。というカズの声が響いているだが、それはキノの耳には届いていなかった。その意識は、突進の動作に映っている猪に向いていた。
キノは、呑まれてしまっていた。目の間にいるのは本物の獣ではない、ただのモンスター、データの集合体である。だが、VRゲームのリアリティによる「質感」は、キノを飲み込んでしまっていた。予備動作の終わりが近づいてきたのか、足を掻く間隔がだんだんと短くなり、ゼロになる。すると、プレインボアはまっすぐこちらに突っ込んできた。だが、体はいまだに動かない。
(動け!動け!動け!)
焦り、動け!とこころの中で叫ぶ、自分の心に、自分の体に!
だが、その願いは空しく体は剣を構えた姿勢のまま固まってしまっている。
猪が迫ってくる。
もう数秒で当たるであろう距離まで近づいてくるが、いまだに体は石のように、足がこの地面に根をはってしまったかのように動かない。
猪がどんどん近づいてくる。
草を踏み散らしながら、その体は俺を倒すために向かってきているのだ。
ドクンッと心臓が一際強く跳ね、意識が一瞬切れる。
次、意識が戻った瞬間、俺が見たのは自分の体に当たっているプレインボアの姿で、俺はその突進を真正面からまともに受け、後方に大きく吹き飛ばされていた。