待ち合わせ
お久しぶりです。
目を開けると、灰色の石畳、道の両側に軒を連ねている木造の建物たち、そして通りを行き交う大勢の人々が写りこんできた。行き交う人々の姿は様々で、身長の高い者もいれば低い者もいて、男もいれば女もいる。今、視界の右で背中に鱗の付いた翼を持つ大柄な男が通り過ぎたと思ったら、左では俺より小さい、耳が細長く尖った女性が、背中に弓矢を背負い通りの奥へと進んでいく。他にも、背中に透明の羽が生えた女、背中に身の丈はあろうかという大剣を背負った男、腰に二対の剣を下げている男などなど……。
数えようとしたらきりが無いほど十人十色の姿をした人たちが通りの奥へと、手前へと、行ったり来たりしている。この外見の豊かさに比例してか、至る所で話し声も耳に入ってくる。
それは、一緒に歩いている友人との和気あいあいとした会話であったり、軒並み並んだ建物の前から聞こえてくる客引きのこえであったり、大声でパーティーメンバーを募集している声だったりする。
MMOゲームらしい声も聞こえるが、俺はこの活気づいた空気にとても驚きを感じた。初めてのVR体験だが、それがこれほどまでも現実に近しいものとは思いもしなかった。この空気は現実の都会の空気となんら変わり無かった。確かにここにはたくさんの人がいてエネルギーが満ちている。
しばらく、立ったまま物思いにふけていたが、和馬に言われた言葉――「1時に時計塔の裏手のベンチに集合で」――を思い出し、時計塔に向かうことにした。辺りを見回すと、ちょうど真後ろには噴水があり、噴水越しに、奥には白い外壁に青い円錐屋根を持つ時計塔が見えた。噴水を右に回って迂回しながら、時計塔を目指す。
身体は現実と変わらない感覚で動き、不快感はない。石畳を踏みしめる足の感触も、不自然さを感じない。VR技術の空恐ろしいまでの凄さが伝わってきた。そんな事を思いながら時計塔に向かった。
***
時計塔の裏手は、少し開けたスペースになっていた。雑草があたりにちらほら生い茂っていて、町を囲む城壁の一部がある。城壁は蔦に覆われている。そして一本の大きな木があり、その根元に三人くらいは座れるであろう背もたれ付きのウッドベンチが、ちょこんと置いてあった。
「ここか」
とキノは呟く。
答える者はいず、通りの喧騒もここまではあまり聞こえてこない。完璧に聞こえないほどではないが、目の前の木に止まっている小鳥のさえずりの方がよく聞こえる。喧騒も聞こえないこと、小鳥の鳴き声がすること、また時計塔や木の葉により程よい日陰が出来ていることなどから、ここのスペースは非常に落ち着く雰囲気になっていた。
キノは友人が来ていないこともあり、目の前のベンチに腰かけた。葉の間から洩れる陽光が彼をやさしく照らしてくれる。
(しかし、VRっていうのは本当にリアルだな。この頬をなでる風の感じとか、光の感じとか、ゲームっていうことを忘れてくれさせそうだ)
と先ほどの、移動中でも思ったことを、再び心の中でつぶやく。
そうこうするうちに、ザっザっザっと草を踏みしめる音が聞こえてきた。音のした方を振り返ると、そこには、赤銅色の髪をした男が立っていた。その手や顔に爬虫類の鱗のような物が見えるという事は、こいつはドラゴニアなのだろう。
「和馬か?」
「おう、利哉だな。その耳ってことはエルフか。にしても白似合ってるな」
そういって、キノの髪を指して笑う。和馬の笑い方は朗らかで、非常に気の良い気さくな感じが伝わってくる。
「お前の赤も似合ってるぞ。ってか、現実よりガタイよくなってないか?」
「多少、設定でいじれるんだよ」
「まあ、ゲームだしな。普段と違う格好したいし、この髪も現実じゃ絶対出来ないな」
(実際、こんな色など校則に一発で引っかかって、生徒指導室行きだ。反省文何枚分だって話だよ。)
と心の中でキノは思いつつ、カズとの会話を木漏れ日のなかで楽しむ。
「しかし、VRのリアルさはすごいな。ここまで現実と近いとわな」
「俺も最初はびっくりしたが、β時代に慣れ親しんだ世界だからな、懐かしいって感じの方が強いぜ」
二人はベンチに座って、思い思い話していた。時間にすると5分くらいだろうか、その位の間会話に没頭していたら。再び、この空間に足音が響いてきた。先ほどとは違いザザっザザっとテンポが速い音だ。
「ごめーん。少し遅れちゃった!」
そう言って、二人の眼の前に一人の女性が現われた。大分急いで来たらしく、息が上がっていて手を膝についている。長いストレートの金髪が垂れていて顔の前面を隠しているが、この口調、場所から誰であるかは決まっていた。
「大丈夫。桜。そんなに待ってない。」
そうキノが告げると、目の前の少女―――桜は顔を上げた。
「そっちのエルフはトシ君か。で、そっちのドラゴニアは和馬君か。私はピクシー。後、私の事はゲームではセシルって呼んでね」
そう俺たち二人に言い、クルリと回り背中の薄い透明な一対の羽を見せ、笑いかける。日光が、その薄い金髪に照り返してきらきらとしている。本当に中世の物語に出てくる妖精のようだ。
「セシルか…。んっ?セシル?そしてピクシ―?」
ふと、何か重要なことに気づいたように、カズが右手を顎に付け考えるしぐさをする。しばらくの、沈黙の後カズは口を開いた。
「………もしかして『滅光』のセシル?」
「へっ?何で和馬君知ってるの?ん…和馬…カズ…ドラゴニア?……『城壁崩し』のカズ?」
一瞬、会話に空白が生じ、心なしか周りの音も一段と小さくなったような気がした。世界が凍りついた、まさにその表現がふさわしいような状況になっていた。そして、
「「ええええっーーーーーーー」」
二人は互いを指さし、驚愕と動揺、まるで信じられないかのような視線をお互い向けつつ、静かなこの空き地に大声量を響かせる。目が震えていて、二人とも衝撃から立ち直っていない、この状況についていけていないキノは一人ベンチに腰掛けながら首をかしげるのであった。
「何だ、何だ、さっきから二人とも。それに『滅光』?『城壁崩し』?いったい何の事を話してるんだよ」
キノはそう言って、二人に当然の如く疑問を投げかける。この言葉を聞いて二人とも多少は落ち着いたのか、動きが少し収まってきた。というよりも、二人でさえお互いの心の中の疑問をうまく整理できておらず、その問題を的確に第三者目線から指摘したキノの言葉によって冷静になったと言った方が、妥当であろうか。とにかく、やっと静寂がこの空間に戻ってきた。
「あ、ああ。んーっとな。『滅光』や『城壁崩し』っていうのはβ時代に一部のプレイヤーに付けられていた二つ名みたいなものだ」
とカズが、ぼそぼそと答える。まだ、完全には衝撃から抜けきっていないらしい。
「で、『滅光』はトップ組で活躍していたピクシーの魔法使いの二つ名でそのプレイヤーネームはセシルなんだ」
と言いつつ、目線を目の前にいる金髪少女―――セシルに向ける。視線を受けた彼女は、
「うん。で『城壁崩し』は同じくトップ組で活躍していたプレイヤーの事で、特徴といえばドラゴニアの大剣使いであったこと、かな。」
二人は、そうやってキノの疑問に答え、その後またしても同時に口を開いた。
「「まさか、β時代何度も一緒に闘ってなんて(とは)」」
「そういうことも、あるんだな。ってか気づかなかったのか?二人とも」
「私は、スキャニングした顔を基にはしてるけど、結構いじってたからね。みんなパーツはいじってるよ。」
(そう言われると、現実の顔の面影も見えるけど、パッと見気づかないな。顔のパーツいじるのって結構一般的なのか)
とキノは心の中で思う。
ReWOでは、大概の者は顔を変える。ロールプレイという面で変えてる者もいるが、みんなイケメン、美少女になりたいのだ。ちなみに、彼は設定の時に髪の色、瞳の色をいじっただけで顔のパーツはいじっていない。まあ、スキャニングした顔は自動的にデフォルメ化も行っているわけだから、現実と同じ顔というわけではないのだが。セシルも、元々非常に整った顔をしていることもあるが、相当な美少女になっている。
「俺は髪と瞳の色をいじっただけだったけどな」
「お前は元々が良いから、ここでも相当イケメンなんだよ。多分モテるぜ。こんちきしょう」
そういうと、カズはほんの少し顔をしかめ、キノをこづく。
「別に俺の顔は普通の範囲内だろ」
キノがたちまち言い返すが、カズは聞くそぶりを見せない。どこ吹く風だ。
「はいはい。自覚が無いってのは性質が悪いっての」
あきれた。といわんばかりに両手の平を上に向け、肩をすくめる動作をする。
カズがキノをこう評すのは始めてでは無い。カズの言う通りキノは自分の顔について無頓着だが、一般的に見て、身長も高く、キリリとしているがどことなく優しさが見え隠れする目つきや、飄々としつつ、カズと同じくテンションが盛り上がりやすい性格が醸し出す朗らかな雰囲気などは、異性にも同性に対しても受けがよく、イケメンと言えるだろう。
カズがこうやってキノを呆れるのは二人の間では定番のやり取りともなっている。
「私もトシ――キノ君はかっこいいと思うけどな」
「だろ」
「はいはい。まあ、そんなことより今日はどうするんだ?二人は経験者だが、俺はペーペーの初心者だから、何かやるにしても色々教えてもらいたいぞ」
「ああ。まあ、取りあえず顔合わせってのが大きかったからな。これからの事は適当に狩りにでも行こうかと考えてた。ほい。」
そういって、メニュー画面を呼び出しつつ、キノに話しかけていたカズは何かしらの捜査を終えたのか、中に浮く半透明のホログラフの画面のスイッチを人差し指で跳ね押す。
すると、キノの耳にポーンっと、軽快な音が響いて視界の右上に茶色い便箋のマークが現われる。
「なんだ。これ?音がしたと思ったら、メールみたいなのが来たんだが」
「ああ。通知音だよ。それ。ここだと、メッセージやパーティー・フレンド申請などがくると通知音がするんだ。ちなみにそれフレンド申請な」
「あっ。私もしなきゃ」
とセシルが慌ただしく、メニュー画面を開いて画面を操作し始める。
(えっと、メニュー画面を開くときは、胸のあたりで手を払うんだっけか)
キノは、さっと右手を胸の前で払う。そうすると目の前に画面が現われた。フレンド申請が来ています、と表示されていたのでボタンを押し承認する。
カズさん、セシルさんとフレンドになりました
と出るとともに視界に映っている二人の頭上に名前と共に緑色のバーが見えるようになった。
「おっ。名前の上にバーが見えるようになったが、これHPか?」
「その通りだ。じゃ、狩りにでも行こうぜ」
こうして、三人は小さな広場を後にして、フィールドに向かうのであった。
こんな稚拙な作品ですが、感想など頂けると私は泣いて喜びます。