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二日後くらい

 今日のユウヤ宅への訪問者はブラウだった。

 彼女がコタツの天板に肘をついて苦悩したまま、開口一番に「ライバルのユウヤに聞くのは悔しいけど……」と告げたことに、ユウヤは嫌な予感を覚えた。


「待てブラウ、俺がいつお前のライバルになったんだ」

「どうしたら、グリューンとの距離を縮められるのかしら……?」

「違うと言っているだろうが」


 難しそうな顔でおかしなことを言うブラウに、ユウヤの胃がきりきりと痛む。

 どうやらブラウにとって、彼女とユウヤはグリューンを巡る恋敵の関係にあるらしい。


 そんな馬鹿な。


「そうですよブラウ姉さん。ユウヤはウィースコンなので私のことしか見ていません」

「ウィースも話をややこしくするな」


 台所から三人分のティーカップをお盆に乗せてやってきた少女が、ブラウの発言の間違いを訂正した。そして、それをブラウの対面で胡坐をかくユウヤが幸薄そうに怒る。


「ということは、グリューンがロリコンのユウヤに、一方的に言い寄っているってこと……?」

「惜しいですね。ウィースコンのユウヤに、です」

「惜しいどころか、大ハズレだ。丸ごと間違えているぞ」


 ユウヤがバンバンとコタツの天板を叩いて講義すると、左隣に座って紅茶を飲んでいたウィースが心外そうな目でユウヤを見つめた。


「それは確かに、ロリコンもホモも間違った存在ではありますが、当事者のユウヤがそれを否定するのは筋違いなのでは?」

「ロリコンでもホモでもねーよ! どうしてお前らは俺を変態にしたがるんだ」

「ということは、ユウヤのウィースコンは健全な純愛カテゴリに分類される、虹や朝露のように美しい愛なのでしょうか?」

「……純愛カテゴリではないが、健全であることは誤魔化しようのない事実だな」


 ユウヤの言葉を聞いて、ウィースは小さくガッツポーズをしつつ口元をほんのり歪めて「うへへ」と悦に入りだした。これはしばらく放っておくのが良いかもしれない。そう判断したユウヤは、ひとまずウィースのことは脇に置いて、さっきから羨ましげに自分のことを見つめてくるブラウの相手をすることにした。

 ノンケの男が男に愛されることの、どこに羨ましがられるような要素があるのだろうか。ユウヤにしてみれば、身の毛もよだつ誤解をされている上に、それを羨ましがられる現状が悲しくて仕方がない。一刻も早く訂正する必要があった。


「まあ……不本意ながら今のやり取りでも分かるように、少なくとも俺はホモではない。今はウィースだけで手一杯だ。それに先日も言ったように、仮にグリューンに迫られたときはヤツをひき肉にするくらいの覚悟と用意が俺にはあるぞ」


 そう言ってユウヤはズボンのポケットから、小さく折りたたまれた折り紙を取り出した。

 昨晩の取っ組み合いを猛省したユウヤが急遽作成した、無詠唱での理術行使が可能になる護符――のようなものである。これを使うと、対象は軽い朦朧状態に陥って積極的な行動が出来なくなる。悔しいことにこれだけではグリューンをひき肉にするには力不足だが、ポータブルに発動できる術式としては、今のユウヤにはこれが精いっぱいだ。


「……本当に?」

「絶対だ。もしもヤツを拘束することが叶わなかったときには、破壊系の理術で道連れにするか舌を噛み切って死ぬ」

「神様に誓える?」

「天地神明、森羅万象、古今東西、東西南北すべてにおわします神に誓おう。どれほど運命の歯車が狂おうと、どんなときも俺はグリューンをひき肉にしてやる。俺はグリューンの命よりも自分の尻の方がかわいい」

「それは誓いすぎな気がするけど……。わかった、ユウヤの事、信じる……」


 かつて魔王との戦いでグリューンに背中を預けた間柄のユウヤも、さすがに校門までを預けるわけにはいかない。半信半疑の態度をしていたブラウも、まんじりともしないで神に誓うユウヤの言葉を信じることにしたのか、若干たじろいでからティーカップに口をつけた。


「それじゃあ、わたしとグリューンのことについても、その……今までみたいに、相談に乗ってくれるのよね?」

「ああ、もちろんだ」

「わたしがグリューンに告白するのを、手伝ってくれるのよね?」

「当然だ」

「そしてユウヤはウィースと結婚するのですよね?」

「ウィースは黙っていなさい」


 せっかく人が真摯な態度になっている所に、すかさず割り込んできたウィースに頭を抱えたくなる。だが今はそんなことよりも、ユウヤの目の前で不安そうにしているブラウに答えることの方が大事だ。ロリコン疑惑とホモ疑惑を天秤にかけた時、より大きなダメージを受けるのは後者の方なのだ。妙な誤解はここで徹底的に払拭しておかねばならない。


「つまり、いままでと同じってことでいいのよね?」

「その通りだ。ウィースについては知らんが、俺は全力でブラウの恋路を応援しようと思っているぞ。というか、いい加減グリューンに自分の想いを伝えてしまえよ。まどろっこしい」

「そんな度胸があれば、とっくにやってるってば……」

「ブラウ姉さんって、グリューンの前では勇ましく振舞っているではありませんか。どうしてその勢いで告白しないのですか」

「それは……好きな人には、自分のいいところをたくさん見て欲しいっていう想いがあるから、その……ある意味でっていうか? 素直になれなくて……」

「なんでこんなところで乙女思考に切り替わるんだよ」


 グリューンもブラウも肝心なところでヘタレてしまうから、いつまでたっても両者の関係が進展しないのだろう。

 二人の間に立ちはだかる問題の厄介さに、ユウヤは思わずため息をついた。


「どうしたら私からアプローチできるのかしら……?」

「大丈夫ですブラウ姉さん。男なんて、女が甘えた声ですり寄ってしまえば一瞬で手玉に取れますから」

「でもウィースの色仕掛けって、ユウヤにはほとんど効いてないじゃない?」

「大丈夫です。少しずつユウヤの心をウィースで満たしていけばいいのですから。いつかユウヤの頭の中を、ウィースの花が咲き乱れる満開のお花畑にしてみせます」

「おい聖女。真顔で怖いことを言うな」

「わたしもウィースくらい素直に振舞えたらなあ……」

「いや、ウィースくらい素直に振舞うと逆にドン引きされると思うぞ」

「なにを言うのですかユウヤ。かつての私に『自分のやりたいことを、やりたい通りに実行しろ』と言ったのは他でもない、ユウヤではないですか」

「当時はこんな事になるなんて、露ほども思ってなかったよ……」


 ブラウの奥手さとウィースの積極性を足して二で割ったら丁度いいバランスの女の子になるのではないか。ユウヤは現実逃避がてら、脳内でパーフェクトな内面を持った女の子を描こうとする。しかし、脳内でも無表情をキープしたまますり寄ってくるウィースと、少し離れたところでグリューンに張り手をしていたブラウがユウヤを取り囲んでは、理想の女の子の形成を邪魔してくる。どう考えても彼女たちのキャラが濃すぎるのが原因だ。理想の性格に近づけるには、二ではなく四で割った後にグツグツお湯で煮込んでアク抜きをしなければならない。

 目の前で話し合う二人の女性を相手取るには、ユウヤの理想とする大和撫子はあまりにも非力すぎた。


「ウィースを見習えとは言わんが、口に出して言わないと、本心は相手には伝わらんぞ」

「わかってるけど……わかってるんだけど、やっぱり……」


 愛しの彼の前では凛として振舞うブラウは、グリューンにしおらしく接することがよほど難しいらしい。

 ただ、かつて王宮で見た彼女の姿をユウヤなりのボキャブラリーで表現するならば、『恋愛なんてものにはカケラも興味のない、バリバリのキャリア・アマゾネス』と言う単語が当てはまってしまうのだから、彼女の心情についても推し量るべきなのかもしれない。一度定着してしまった自分のキャラというものは、そう簡単に崩せるようなものではないのだ。


「言葉で伝えられないなら、物理的に伝えればいいのです。抱きしめてみたり、夜這いを仕掛けてみたりすれば、どんな鈍感男相手だろうとイチコロでこちらの真意に気づきます。経験者の私が言うのだから間違いありません」

「え、やっぱりウィースって、ユウヤと、もう……!?」

「嘘だぞ。夜這いについては嘘だからな? 俺とウィースについては地平線の彼方まで健全だ」


 いつもより積極的に妄言を垂れ流すウィースの言葉にツッコみつつも、ユウヤは面と向かって素直に会話ができないのであれば態度で示せという意見には同意した。


「ただし、ウィースの言うことも一理あるな。たとえば――手紙をしたためてグリューンに届けてみるのはどうだ?」


 万一、直接手渡すときの人目が恥ずかしいのならば自分やウィースを介してグリューンに渡すことができる。それともブラウの持つ射手の技能を生かして、古風に矢文でグリューンのハートを物理的に射とめるのも、風流で良いかもしれない。

 しかし妙案を思いついてパッと顔を明るくさせるユウヤとは対照的に、苦虫をかみつぶしたような顔になるブラウ。


「わたしって農村出身だから、学が無いのよ……本を読むのも時間がかかるし、難しい詩なんて、読むことも作ることもできないわ……」

「だが王宮での仕事はこなしているんだろう? その程度の語彙力があればどうにかなりそうだが」

「基本的に私は武官だし、細かいところは秘書に丸投げしてるから、それほど学はなくても務まるのよ……」

「なるほど……」


 そういえばいつかの魔王討伐の旅路で、グリューンが何かの御伽噺を(そら)でブラウに語り聞かせていたような気がする。意外にもロマンチストなグリューンが愛読しているという、神話期に活躍した英雄の伝記だっただろうか。ユウヤがこの世界に来てファンタジーだと思っていたファンタジーはまだまだ序の口だったのだと思い知らされるような内容だったことに、軽い衝撃を覚えた記憶がある。そしてその伝記を夜空に浮かぶ星を交えて語るグリューンと、それをうっとり聞き入るブラウの二人は、紛うこと無き恋愛小説の主人公とヒロインだった。

 あの時はまだ口から砂糖を吐きだす理術が完成していなかったなと、かつてのことを懐古しながらユウヤは頬杖をつく。


「学が無いとは言っても、ベタな言い方をするなら、気持ちがあれば問題ないんじゃないか? 大事なのはハートだって、よく言うだろ」

「仮にそうだとしても……できれば完成された形で、わたしの心を丸ごと伝えたいっていうのもあるから……」


 ブラウの余りの奥ゆかしさに、ユウヤは口をひょっとこの様にすぼめてしまう。


「……となると、代筆なんかも駄目なんだろうな」

「ごめんなさい……」


 恋する乙女というものはかくも面倒なのか。これほどに面倒なのだとしたら、ユウヤが学生時代に色恋沙汰とは縁遠い青春を過ごしたことも頷ける。自分の精神が成熟しないまま恋愛などを経験しようものなら、相次ぐ矛盾と回り道の連続に、たちまち精神がやられてしまっていたに違いない。


 ユウヤが、自身の灰色な学生時代のことについて思いを巡らせていると、とある行事のことを思い出した。この世界の暦についてはよく知らないが、ちょうどこのくらいに寒い季節のイベントである。この際だ、この世界にも輸入してしまおう。

 ユウヤはポンと手を打った。


「そういえば俺の故郷では、特定の日に女性が意中の男性に砂糖菓子を渡すという風習があったぞ。バレンタインデーと言うものだ」

「そうなの?」

「まあ、俺はそういうノリとは無縁だったけどな。目つきのギラギラした少年たちが大量発生する、ロマンチックなイベントだったぞ」

「全然ロマンチックに聞こえないんだけど……」

「いや、夢とロマンと血の涙と哀愁に満ちた、面白い行事だったんだ」


 それからしばらくのあいだ、安恋する乙女に対してバレンタインデーのなんたるかを、冴えない男が熱心に語り続けるという奇妙な光景が、八畳間の部屋に置かれたコタツを舞台にして繰り広げられていた。

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