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半年後くらい

エピローグです。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

 異形の化け物――この国の住民の言葉を借りるならば『魔王』――を討伐してから、およそ半年の時が流れた。

 『魔王』を討伐することで救国の英雄となったグリューンは、同じく魔王討伐の戦友であるユウヤと、コタツに向き合って座ったまま真剣な面持ちで相談していた。ざんぎりに刈り込んだ亜麻色の髪と精悍な肉体をもつ彼は、ただでさえ木造の家屋とくたびれた布団を被せられているコタツにも合わないというのに、難しい顔をしたまま唸っているせいでその不自然さがさらに際立っていた。


「ユウヤ、どうしよう。ここ最近、ローザ姫からの愛情表現がますます過激になっているんだ。なんとかしてくれ」

「知らん」

「俺とユウヤの仲だろう。どうにかしてくれ」

「知らん」

「昨日なんてな、手を取られたせいで孕んだから認知と結婚をしろと迫られたんだぞ。どういうことなんだ」

「知ら――うわあ……知らん」


 予想以上に熱烈だったローザ姫のアタックの実態に、ユウヤは一瞬グリューンに同情しかける。だがそれを強靭な意志を持ってして跳ね除けた。


 コタツの反対側から身を乗り出して迫るグリューンから逃れるために、反射的にコタツから抜け出して立ち上がり、小さな窓から見える外の景色を眺めてやり過ごすことにした。今の季節にしては珍しく、夜の闇を覆い尽くすほどに雪が降り注いでいる。

 どうりで冷えるわけだと思考を強引にシフトさせて納得しながら、彼はグリューンから背を向けて、窓際で静かに佇む。


「俺があんまりにもローザ姫に手を出さないからと、王宮内で俺の事はホモやロリコンではないのかと、まことしやかに噂されるようになってしまった」

「それはどう見てもお前が悪いな。さっさと身を固めなかったお前の落ち度だ」

「心の準備ってものがあるだろう。それに俺は同年代の女性が好きな、健全な精神の持ち主だ」

「ならこんなところでウジウジしてないで、さっさとブラウにアタックして玉砕してこいよ。なんでいちいち俺のアパートにまで来て愚痴るんだ」


 こらえきれなくなったユウヤが振り返って、ありったけの殺意を籠めた視線をグリューンに送った。

 現在、ユウヤの住むアパートは魔王を討伐した英雄たちの溜まり場のような場所になっている。こうしてなにかと王宮での愚痴を言いに来るグリューンだけでなく、彼と同様に王宮勤めになったブラウも、なにかにつけてユウヤのアパートに押しかけては散らかしている。

 そして慈悲と断罪の聖女であるウィースは、協会の出奔者でありどこにも行く宛てがないのでユウヤと同居の身となっている。彼女抜きの、男二人だけで会話が進行しているのは、ウィースがコタツの中で丸くなって寝ているからなのだろう。


「それはユウヤの開発したコタツの魔力がだな」

「騎士が誘惑に屈してどうする」

「常在戦場の騎士にも羽休めの時は必要なんだ」


 それはもはや常在戦場と言えないのでは? そう心の中では思っても、口に出したところで再び不毛な言い争いが起こるだけだ。なので、今回はユウヤが譲ることにした。


「頼むユウヤ、共に死地をかいくぐった戦友の窮地を救うと思ってくれ。お得意の理術魔法で何とかならんだろうか?」


 ぱんっと両掌を合わせる音が後ろから聞こえてきた。

 ユウヤはこの国の住人としては類を見ない、漆黒の髪を乱暴に掻きむしる。


「あのなあ、理術魔法だって万能じゃないんだぞ」

「だがユウヤの理術魔法は、他の追随を許さないではないか」


 この通りだと、もう一度手を叩いて懇願してくるグリューンに、これ以上突っぱねても面倒になるだけだという予感を感じたユウヤは、ため息をついた。


「どうしてもと言うなら、出来んことはないかもしれんが……」

「本当か!?」


 口をひょっとこの様にすぼめるユウヤとは対照的に、救いを得た信徒のようにぱあっと表情を明るくするグリューン。


「俺に出来ることと言えば、ローザ姫の性癖をいじるか、お前の性別をいじるかの二択だな。好きな方を選べ」

「なるほど、流石だな! ……うん?」

「もう少し具体的に言うと、ローザ姫をレズにするか、お前を女にするかの二択だ。――俺としてはお前が女体化したほうが面白そうだから後者を進めるが」


 精悍な肉体を持ったグリューンが女体化したらどうなるのだろうか。亜麻色の髪を腰まで伸ばしたりすれば、しなやかな体つきと相まってRPGに出てくるような毅然とした女騎士になるのだろうか……オカマのようなことになったら嫌だな、わいせつ物陳列罪で逮捕されるかもしれない。

 などとユウヤが取り留めもなく考えていると突然、ユウヤの足元へ怜悧な音を放つ剣が突き刺さった。間違えようもない、グリューンが旅の途中で手に入れた聖剣だ。その切れ味については折り紙つきであり、この世の半分のものが切れるという稀代の逸品である。


「うおぁわ!? なんてことを!」

「なにが『なんてことを』だ! ユウヤは真顔でなんてことを提案するのだ!」


 いつのまにかコタツから這い出して抜刀していたらしいグリューンが、目じりを吊り上げてユウヤに詰め寄った。


「姫に理術を行使したことがバレたら斬首確実な上に、俺に女体化の理術を行使したら俺の亀さんが斬首されるではないか!」

「だからってお前の性癖を改変して噂通りのホモにするのも忍びないし、ロリコンに至っては論外だろうが。ウィースに手をだしたら許さんぞ」

「理術魔法の賢者がおざなりな結論を出してどうする!?」

「理術魔法にも俺にも限界ってものがあるんだよ! もう面倒だから、さっさとローザ姫としっぽりしてしまえ!」

「だから俺にはブラウという心に決めた女性がだな!」

「なら先にブラウに突撃して砕け散ってこいよ!」

「俺は勇猛と蛮勇の区別がつかんほど愚かではない!」

「ただのヘタレじゃねえか!」


 再び振り出しに戻った会話に焦ったグリューンがユウヤの肩をがっしり掴み、ユウヤはそれを振りほどこうとして取っ組み合いになる。

 両者ともまだまだ血気盛んな若者であり、取っ組み合いは次第にエスカレートしていく。


「騎士たる者が尻尾を巻いて撤退するのかよ」

「撤退ではない。後ずさりして間合いを計っているだけだ」

「後ずさりのしすぎで崖っぷちに追い詰められてるだろうが!」

「ブラウは射手だからな。剣士の俺からすれば、実に間合いを取り難いぞ!」

「微妙にうまいこと言ってんじゃねえよ!」

「一生の願いだから、俺を救ってくれ!」

「魔王との戦いでも使わなかった一生のお願いをこんなところで使うのか」

「ああ使うぞ! 魔王よりもブラウとローザ姫の方がよほど厄介だ! なんとかして取り持ってくれ!」

「やめい! こんな事に俺をつきあわせるな、ヘタレ剣士め!」


 木製の床をゴロゴロと転げまわってお互いがマウントを奪い合いながらも、言い争いはますます泥沼化していく。


「……何事ですか」


 騒ぎに気付いたウィースがコタツから顔を出しても、床を縦横無尽に転げまわっている二人は止まらない。


「ウィース、丁度いいところに! 神罰でこの血迷ったヘタレを懲らしめてやってくれ!」

「俺は血迷ってなどいない! 最初から最後まで冷静沈着だ!」

「血迷ってないなら放せ!」

「駄目だ!」

「……またユウヤが余計なことを言ったのでしょうか?」


 自分なりの結論を下したウィースは、二人へ介入せずにコタツの上にあったリンゴの皮を剥いて食べだした。ずっとコタツの中にいたからか、喉が乾いて仕方がないらしい。


「放せ、さもなくばお前を空前絶後の絶倫ホモに改変するぞ!」

「やめんか!」

「ならお前もやめろ!」

「やめない!」

「仕方ない。戦友をどこに出しても恥ずかしくないような立派なホモにするのも忍びないが、それよりも俺は自分の身の方が可愛い――フガッ!?」

「ふははっ! お得意の理術も、口をふさがれてはどうしようもあるまい!」

「ムゴゴッ!」


 理術魔法での脅しにも一歩もひるむことなく、グリューンは即座にユウヤの口を塞いで術式の発動に必要な文言を唱えられないよう、封じ込める。


ガタッ! ガタタタガタッ! ズドオォォォ……!


 彼らが暴れまわっている真っ最中に、コンコンと控えめなノックが玄関の扉から響き、すこしだけ間をおいてから扉が開いた。


「ユウヤ、夜分遅くにお邪魔するね。騎士団長にグリューンを探すように言われたんだけど、ひょっとしてここにいるのかしら?」

「フガッ! フガガガッ!」

「どうだ! いい加減俺の頼みを聞く気にならんか!?」


 だが頭に血が上っているのか、ユウヤに馬乗りになって彼の口を強引に塞いでいるグリューンと必死の抵抗をしているユウヤの耳に、新たなる来訪者の声は届かない。


「ブラウ姉さん。夜分遅くにお疲れ様です」

「グ、グリューン……?」

「少し待っていてください。お茶を出しますから」


 そしてウィースにブラウと呼ばれた来訪者の女も、目の前で繰り広げられていた事態に目を奪われて、少女が彼女を迎え入れる声は耳に届いていなかった。


「フゴッ! フゴガ!」

「俺は本気だし、当然血迷ってなどいない! だから助けてくれ! ユウヤが必要なんだ!」

「グリューンがユウヤを必要って……え……えっ?」


バンバンバン!


 ようやくユウヤが床を叩いて降参の意思を示したところで、グリューンはユウヤに馬乗りしたまま満足げに腕組みした。


「流石は俺の戦友だ。やっとその気になってくれたか」

「人を窒息させようとしてくるやつなんざ、戦友でもなんでもねーよ!」

「それはユウヤが理術で俺の性癖を改変すると言ったからだろうが!」


ガシャーン!


「「なんだっ!?」」


 陶器の割れる音を聞いた男二人が、慌てて音の鳴った方向へ振り向く。

 そんな彼らの目に飛び込んだのは、ぱくぱくと口を魚のように開け閉めしているブロンドの女性と、彼女が手を滑らして床に落としてしまった湯呑をじっと見つめている白髪の少女の二人。そこから先に動き出したのは白髪の少女だった。彼女は床に落ちて割れてしまった容器の破片を慎重に拾い集めだす。

 それからしばらく、少女が散らばった破片のあらかたを回収し終わった頃に、浜辺に打ち上げられた魚のように意味も無く口を開け閉めしていたブロンドの女性が第一声を発した。


「グ、グリューンが女にほとんど興味のないことは……知ってたし……ローザ姫がいくらアタックしても(なび)かないのは、グリューンが男しか愛せない男だからだって……王宮の人は言ってたけど……まさか本当にグリューンがホモだったなんて……!」

「待ってくれブラウ! 断じて違うぞ!」


 致命的な勘違いをされていることを悟ったのか、グリューンが瞬時に立ち上がってブラウの誤解を解こうとする。だが、彼女は目をグルグルと泳がせるほどに混乱していて、グリューンの呼びかけに応じる気配すら見せない。


「おい、ユウヤからもなにか言ってくれ!」

「知らん。それもこれもお前のせいだ」

「しかもその交際相手は、旅の仲間だったユウヤで……」

「おおっと!?」


 グリューンとブラウの間にある決定的な勘違いの応酬はいつものことだからと適当に受け流そうと思っていたユウヤも、今回は自分にも火の粉が降りかかりそうだと気付くやいなや、全力でブラウの言葉を否定する。


「なにを言っているんだブラウ! 俺に男色の気はないし、仮にグリューンに迫られたら“流星”や“絶空”でグリューンを殺してでも止めにかかるに決まっているじゃないか!」

「おいユウヤ、それはそれでひどくないか!?」

「うるさい! 俺の尻の穴とお前の命なぞ、秤にかけるまでもないだろうが」

「秤にかけるまでも無く、俺の命の方が大事ってことで良いんだよな!?」

「良いはずが無いだろ! 寝言は寝て言え」

「やっぱり、グリューンの想い人はユウヤだったのね……」

「「“やっぱり”ってなんだ!?」」


 道を踏み外してしまったかつての戦友に、ブラウはサファイアのように蒼く輝く瞳に大粒の水滴を湛えて悲嘆にくれだした。その声は悲哀に満ちていて、この世の終わりをユウヤに連想させる。

 だが彼女と同様に、この世の終わりのような表情をしていた人物がもう一人いた。


「ブラウ、違うんだ! それだけは絶対に違うんだ!」


 グリューンもまた、最愛の女性に致命的な誤解をされてしまったことで、絶望のオーラを全身から滲ませている。


「違わない!」

「違う! 俺だってユウヤなんかに貞操を捧げるくらいなら、そのへんの水たまりに捧げた方が幾億倍もマシだ!」

「おいこらグリューン」


 なにか釈然としない弁解をするグリューンを聞きとがめたユウヤが抗議の声を上げるも、混乱の極致に達したグリューンに届くことはない。


「ユウヤはロリコンだからって安心してたのに……もう何も信じられない!」


 戦友だと信じていた男二人のくんずほぐれつを目撃してしまい、すっかり錯乱したブラウにも他人の言葉に耳を傾ける余裕などあるはずもなく、両手を覆って玄関から雪の降りしきる外へ飛び出していった。


「まてブラウ! どうしてそこで俺がホモだったことよりも、ユウヤがロリコンじゃなかったことに衝撃を受けているんだ! それと断じて俺はホモではないぞ!」

「ちょっと待てグリューン。お前こそ、どうして当然のように俺がロリコンだと思っているんだ?」

「ウィースと同居している時点で証明終了だろう! クソッ、なんとしてでも俺がノーマルだという事だけはブラウに伝えなければ!」


 そう言ってグリューンもブラウの後を追うべく、もどかしそうにブーツを履いて玄関から飛び出していった。


「……これだからあの二人は面倒なんだよ」


 まるで嵐が過ぎ去ったあとのように散らかった室内を、疲れ切った顔をして見渡すユウヤ。


「あれ程お互いに好きあっているのに、どうしてくっつかないのか不思議ですね」


 どこから片付けたものかと悩んでいるユウヤのそばに、床にこぼれた紅茶の処理が終わってひと段落のついたウィースが寄り添った。


「まったく……かわりばんこで恋愛相談と部屋荒らしをされる俺の身にもなれっていうんだ」

「それにユウヤがロリコンであると口を揃えたのは駄目でしたね。ユウヤが恋に落ちたのは私個人であって、その私がたまたま幼児体型だったというだけなのですから。正しく表現するならばユウヤはウィースコンです」

「確かにあいつらは駄目な奴らだが、ウィースもかなり駄目なことを言っている気がするぞ」

「もうすこし待っていてくださいね。ユウヤの二つ名であるロリコンの汚名を返上させるためにも、ブラウの貧相な洗濯板ボディとは比べ物にならないボン、キュッ、ボンのナイスバディになってみせます。……今から豊胸のマッサージなんかもやっておきますか?」

「光源氏じゃねーか。誰がするか、そんなこと」

「それでは、どうやってユウヤはロリコンの二つ名を払拭するつもりなのでしょうか」

「しばらく放っておけば、ウィースもすくすく成長して何も言われなくなるだろう。人の噂もウィースが成長してからと七十五日までだ」


 それは何の解決にもなっていないのではと口を挟みかけるウィースも、黙っておいたほうが自分の都合の良いように事が運びそうなので何も言わないでおく。ユウヤもユウヤで、自身の提案した打開策が抱えている根本的な問題点に気づいた素振りを見せないのだから、きっと本心からそう思っているのだろう。

 散らかった室内の片づけを二人がかりで開始してから、ウィースがぽつりとつぶやく。


「魔王、倒して良かったですね」

「そうだな。まあ、およそ良い結果になったと言えるだろう。街にも活気が宿った」

「グリューンとブラウの意味不明なすれ違いも、なんだか見ていて面白いです」

「討伐遠征のときからあんな調子だからな。おかげで砂糖には困らなくなった」

「ユウヤが口から砂糖を吐きしたのを見た時は、さしもの私もドン引きでしたが」

「うるせえ、冗談半分でやってみたら本当に出来たんだ。術師本人の俺が一番びっくりしたわ」


 ユウヤもあのときのことは今でも鮮明に覚えている。皮袋に入った水をグリューンとブラウが遠慮しながら一口ずつ飲んだ時の、あまりのむずがゆさにユウヤの口から大量の砂糖が噴出したのだ。

 そして信じられないことに、彼らの距離関係はあの時から一向に進展していない。

 そんな二人を傍から見守るユウヤは、そんなふうにじゃれあう二人や彼らを取り巻く平和な環境や、彼ら自身のもどかしさがたまらなく好きだった。


「世界、救ってよかったな」


 そして彼らとバカ騒ぎしている時間だけでなく、ウィースとのんびりしている時間も、ユウヤにとってとても居心地の良いものなのかもしれない。一日の余韻にじっくりと浸れるような、じわじわと温かいものが胸中に浸透していくような充実感がある。


「そうですね。私にとって状況は至高であると断言できます」

「ああ、俺もなんとなく、そう思う」


 ウィースの返答に、ユウヤは男二人の死闘によって傾いた家具をガタガタ揺らしながら応じた。

 騒然としていた室内がきれいさっぱりと片付き、部屋の住民が照明を落として寝床についたのは、それからもう少し経ってからのことだった。

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