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クマさん転生!  作者: アキシチ
第一章 樹海のクマさん
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第七熊 ギルドの抗争

 「ああっ!? さっきからずっと黙りやがって! ビビってんのか!?」


 目の前の男、デモニックが俺に向かって暴言を吐く。

 その距離は手を伸ばせば届きそうなほど。

 下から目線だが、自分の体が小刻みに震えるほどには怖い。


(正直言うとビビってます。あの子捧げるんで俺は見逃してください)

 

 と前方のデモニックに言えたら言いたい。

 実はこのやり取りももうすでに五分ぐらい続いている。

 最少は俺の図体にビビって退散してくれないかなと淡い希望を抱いていたが、どうやらデモニックは酒を飲んでいるようで、何回でもこのやり取りを続けていきそうだ。

 一回デモニックの言う通りに喧嘩してみようかとも思ったが、デモニックは五大貴族ってやつらしいし、まだ何もわかっていない状況では何もできない。

 例の金髪の女の子の方に向くと酒を飲んでいるギャラリーの後ろの方にこっそりいた。

 食べられる瞬間に救世主が来た小鹿みたいに震えてる。

 俺も怖さで生まれたての小鹿のように震えてるんだけど。

 

(お前は逃げるのかよ! チクショウ! あとで銅貨十枚もらうからな!)


「デカいのは図体だけか? ケンカも買えないて器は小さいんだな。

 それとも懐はデカいのか?」


(器も懐も小さいです……)


 また同じやり取りをやっていると横からオレンジ色の髪の人物が横入りしてきた。

 

「アニキ~、もうそのやり取り飽きましたよ。そろそろ次のステップに進みましょうよ」


「ああ!? 何だとレイク!」


(ん? 誰?)

 

「その人の口にバッテンマークが書いてあるじゃないですか。

 肌を見せないフルアーマーを着てることといい、全身大火傷とかできっと口がきけないんですよ、ですよね?」

 

 その問いに俺はこっくりと頷いた。

 この子はデモニックのことをアニキと呼んだし子分かなんかだろうか。

 五分も同じことしてたし、もしかして仲裁してくれるとか!


「何だそうなのかよ、で金貨十枚は持ってるのかよ!」


「アニキ、たぶん持ってないですよ。この人のフルアーマーは金属を使用していない魔物の皮オンリーですから、このフルアーマーも自作です。つまりそれだけお金がないということです。

 ここらの鎧なら魔物の素材と金属を合わせるのが支流ですしね。 

 何よりも武器も持ってないし、腰に袋とかも付けていない。

 たぶんこの人銅貨一枚も持ってないんじゃないかな」


(この子、前世の俺と同い年ぐらいなのにめちゃくちゃ賢くね)

 

 俺がオレンジの髪のレイクに驚愕していると、デモニックがにやりと口を開いた。


「だったら喧嘩しかねぇな。早速やろうじゃねえの。

 それともあの可愛いお嬢ちゃんを捧げるのか? 無理だよなぁ~、そんな非人道的なこと。

 俺みたいな悪役はぶっ飛ばさないとな~。ほら来いよ!」

 

 手招きでかかって来いよとデモニックがアピールする。

 がその手をレイクが止めた。

 

「アニキ、こいつの鎧の材料なんだと思います? たぶんですがステルスアリゲーターの素材ですよ。普通ならB級、個体によってはA級の魔物です。

 そんな相手と本気でやったらここら一帯吹き飛びますよ。金貨十枚以上は損害賠償でギルドマスターに払う羽目になります。今日は大人しく宿に帰りましょう」


 ここら一帯が吹き飛ぶ? こいつそんなに強いのか。まぁ、何はともあれレイクが仲裁してくれたし戦わず済んで良かった。


「ああ!? そんな分けには行くかよ! 俺のこのテンションをどうしてくれんだ!」


「そんなにあの子と夜を明かしたいんですか、僕が相手するんで大人しく帰りましょうよ~」


「馬鹿野郎! お前男だろうが! 俺は男とやる趣味はねぇよ」


「別に僕はアニキとならいいんですけど」


「俺が良くねえよ。それに何故か知らんがこいつ急にやる気になったようだぜ」


 デモニックがそう言って俺の方を見る。

 やる気になったようだと、その通りだ。


(デモニック……確かにレイクは男らしい格好をしているが男じゃない。

 熊の嗅覚で分かる……こいつは女だ!

 鈍感主人公みたいなことをしやがって、その役はお前にあってない。

 お前は悪役がお似合いだ、お望み通りぶっ飛ばす!

 ……別に羨ましい分けではない、あくまでかわいい女の子に群がる悪を成敗するだけだ)

 

 怒りのままに手をぽきぽきと鳴らそうと失敗する。

 うん、前世の癖でやろうとしたけど無理だった、かっこ悪い。


「アニキ、喧嘩したらギルド潰れますってやめましょうよ」


「そうか、ならターン制にしよう。お前が攻撃して俺が防御。

 俺が攻撃してお前が防御。避けるのはなし。気絶した方が負け。これでギルドは潰れない。

 どうだ?」


 その問いに俺はコクンと頷いく。

 デモニックは分厚い鎧を着ている、俺の拳が通用するかどうかは分からない。

 だが、迷彩ワニよりはやわそうな鎧だ。

 それに相手は樹海ではほとんどいなかった自分より小さい敵。

 跳ねアザラシよりも軽そうだし、行けるかもしれない。


「おっしゃー! ならさっそくやろうじゃねぇか。

 俺は後攻でいいぜ」


 デモニックのやる気をみてレイクはやれやれといった表情でテーブルに戻っていった。

 返ったテーブルの先で紫のジュースを飲み始める。

 その色って大丈夫なのか?

 いや、それよりも。

 

(デモニックが後攻を選ぶなんてちょっと意外だな。

 防御に自信があるのか?)

 

 周りの人を見るとさっきまで気の毒そうな顔をしていたのに今はスポーツの試合を見るようにテンションが上がっている雰囲気だ。

 完全に面白がっている。

 御通夜ムードは終わり、ざわざわと騒ぎ始めた。


「おい、この勝負どっちが勝つと思う? 俺はあの寡黙な人に銅貨十枚賭けるぜ」

「いや、腐ってもデモニックはB級。それに風魔法の名家テンペスト家の一員だ。

 腐っても強いはず。よってデモニックに銅貨一枚」

「腐ってんのは髪の毛だけってか、というか銅貨一枚って賭ける気ないだろお前」

「大丈夫、クマさ……あなたなら勝てるはずです、というか勝って! お願い!」

「俺は寡黙な人に銀貨一枚賭ける。なんなら俺のメガネを賭けてもいい」

「うまいこと言ったつもりか! デモニックが負けたらメガネ粉砕な、予備も」

「そんなことより、頼んだ酒はまだか」

「デモニックってオーガに似てるよな。よってデモニックに銅貨一枚」

「そういえば最近ここらでオーガが目撃されたらしいな。あ、俺はデモニックに銅貨一枚」

「うぃ~、酒飲みすぎて吐きそう」

「個人的には寡黙な人に勝ってほしいな。レイクちゃんにモテやがって! モテる秘訣は何だ? その頭か?」


 どうやら俺たちは賭けの対象になっているようだ。

 俺が勝ったらデモニックの分全部くれないかな。


「場も盛り上がってきたな。取りあえず来な!」


 デモニックが言うと同時に風が巻き起こった。

 

(魔法……か?)


 風は俺を攻撃するでもなく、あたりを吹き飛ばすでもなく、ただデモニックの周りを蠢いている。

 その姿は風を纏っているようにも見える、手を突っ込んだら腕をもがれそうだ。

 

「あれは! 風神の鎧!」

 

 観客とかした冒険者たちの一人から声が上がった。

 あの銀貨一枚賭けるって言っていた男のメガネの人だ。

 その顔は驚きに染まっている、そんなにヤバいやつなのか?


「テンペスト家が誇る最大防御魔法! 風の名家であるテンペスト家でも使いこなす人は少なく、使いこなせることが一家の当主になる条件でもある特別な魔法。

 使いこなせば空も浮遊し、あらゆる攻撃を弾くらしい。

 デモニックの使っているのは不完全のようだが、それでもあなどれない。

 あいつの狙いは寡黙なお前が攻撃し、その攻撃を弾き返して隙が出来て無防備になったところに大技をぶち込もうというものに違いない。

 気を付けろよ寡黙な人!」


 メガネを賭けているせいか全部説明してくれた、ありがとうメガネの人。

 おかげであの風が何なのか理解することが出来た。

 

「チッ、ばれちまったか。けどなこいつは理解できたからって攻略法を見つけられるような魔法じゃないんだよ! お前は武器を持っていないよな、無様に手を突っ込んで弾き飛ばされろ!」


 どうやらデモニックはよっぽどこの魔法に自信があるらしい。

 勝ち誇ったような顔をしている。

 それをレイクは銀色のジュースを飲みながら見ている、大丈夫なのかその色。

 

(俺のパンチ、通用するかな?)

 

 樹海で鍛えたこのパンチは跳ねアザラシぐらいなら見えなくなるぐらいぶっ飛ばすことが出来るが、相手が風神の鎧とやらを纏っていると通用するかどうかわからない。 

 

(けど、かまうものか! ぶっ飛ばす!)

 

 俺はデモニックに一撃を入れるためデモニックに一歩ずつ近づいていく。

 距離をあと一歩と言うところまで詰めて止まる。

 樹海での戦い方を思い出しながら、こぶしを構えた。

 狙うはデモニックの腹の中心の部分。


(行くぜ!)

 

 思いっきり一歩踏み出しながら、俺はアッパーを繰り出した。

 

 

 *


 

 結果的に言えば俺の圧勝だった。

 俺の繰り出したアッパーは風神の鎧で威力を減少させられつつもデモニックをぶっ飛ばした。

 デモニックはそこら辺の石ころのように天高く飛んでいき、天井に突き刺さった。

 ギルド職員の手によって回収させられたときには気絶していた。

 その後レイクが魔法で作った土の台車に乗せられてギルドから出て行った。

 

(……思ってたのよりも簡単に倒せたな)


 ギルドでは冒険者たちが賭け関連で騒いでいる。

 助言をくれたメガネの人は仲間との賭けに勝ちメガネも無事のようだ。

 俺の方を見てグッジョブとサインもしてくれた。

 

「あのー、すいません」


 声の方を振り向くとギルド職員の女の人が立っていた。

 天井からデモニックを引き抜くのを手伝っていた人なので間違いない。

 そのギルド職員さんが俺に何の用だろうか?


「取りあえず、これを……」


 そう言われて、折りたたまれた紙を渡された。

 何だろうか? 俺は折りたたまれた紙を取りあえず鎧のポケットにしまう。

 ラブレターかもしれない、期待しながら後で読もう。


「えっと、自己紹介が遅れました。

 私、ギルド受付担当のヘルーナと申します。

 このギルドに来るのは初めてですよね、先の戦いお見事でした」


 美人な女の人に褒められて素直に俺は嬉しかった。

 喋ることが出来ないので俺は黙ってヘルーナの話を聞く。


「正直あのデモニックさんは内のギルドの厄介の種だったんでちょっとスッキリしました。

 私にできることといったらギルドの登録ぐらいですけど、気軽に声をかけてくださいね。

 まぁ、今日の受付時間は過ぎちゃってるんですけどね~。

 では、またー。あ、あと手紙のことは難しいと思いますけど、できれば十日いないにお願いします」


 一礼して走り去っていくヘルーナ。

 黙って聞いていただけだったが、いい気分だった。

 笑顔が可愛かったし、髪が綺麗だったし、いい人そうだったし、初めてまともな人にあった気がする。

 一時の感情に任せてデモニックをぶん殴っちゃったけど、結果オーライだ。

 

(そういえば、あのソプラノボイスの金髪はどうしたんだ?)


 きょろきょろと周りを見渡す。

 テーブルの席に座り、金髪の少女が目に入る。

 デモニックから逃れられてホッとした顔で安心していた。

 ギルド登録の時間も終わっているし、この町のことも知りたい。

 そしてこの金髪の少女は俺に恩がある。

 

(あの子なら、俺の事情もすぐ理解してくれるだろうしな。

 そうと決まればさっそく……)

 

 そそくさと少女の方に向かう。

 少女がいるテーブルの前までくると少女がソプラノボイスで話しかけてきた。

 計画通り!

 

「えっと、さっきは助かりました。

 私はロメリア・ライトニングと言います。

 ストケイア学院の二年生です、今は家出ならぬ学院出してますけど」


 ストケイア学院? 異世界でも学校とかあるのか。

 もしかしてロメリアが着けているプレートアーマーの金色の二枚の羽は二年生という意味だったのか?

 

「助けてもらってなんですけど、そのさっきも言った通り学院出の途中なのであまりお金持ってお金あまり持ってないんですよ。

 正確に言うと銅貨八枚ぐらいです」


(十枚すら持ってないじゃん……)


「ジュースぐらいしか、お礼できませんけど。

 あ、職員さん、マイートジュース二つください」


 横を通り過ぎようとしたギルド職員にロメリアが注文して、銅貨四枚を渡す。

 いまいち銅貨一枚が日本円で何円か分からない。

 ジュース一杯二百円とするなら銅貨一枚は百円ということか。

 それなら金貨十枚は十万円ということだ。

 いきなり十万円出せとはデモニックは当たり屋だな。


それから紫色の体に悪そうなジュースが二杯来たのは五分後のことだった。

 その間はロメリアの話を黙々と聞いていた。

 どうやらロメリアは学院でライバルとどっちが強いかで討論になり、実際に魔物を狩ることで強さを証明しようと学院を抜け出し俺と出会ったらしい。

 

 強さは一般的に級で表され、下からE、D、C、B、A、S、SS、SSSと上がっていくらしい。

 Eが一般の子供から大人級。

 Dが冒険者見習い級。

 Cが冒険者一般級。

 Bが冒険者アマチュア級。

 Aが冒険者プロ級。

 Sが人外級。

 SSが災害級。

 SSSが伝説級。

 と振り分けられているらしい。

 ちなみに人からホーンベアーと呼ばれている俺の種族はC級。

 俺よくデモニックに勝てたな……それともデモニックは酔ってなかったら化け物みたいに強いのか?

 

「それでですね、あの王女候補のあいつはC級なんですよ。

 私が学院を出て倒した魔物はD級のゴブリンのみ。

 このまま帰ったらあいつにコケにされるんです!」


 ギルド職員から渡された、紫色のマイートジュースを飲みながら、ロメリアが話を続ける。

 ちなみに王女候補のあいつとはロメリアと張り合っているライバルのことらしい。

 言葉通り次世代の王女候補で、魔法は使えないが剣技を得意とする二つ名は「赤薔薇の姫」。

 切った相手の血が赤いバラに見えるからだそうだ、グロイ。


「私の実力はあなたと森で戦ってC級に届かないということを知りました。

 たぶんあいつとの勝負はこのままだと負けてしまいます。

 しかし、あいつと私には決定的な差があります。

 それが……人徳です」

 

(……人徳って、お前デモニックに絡まれて助けてくれる奴俺以外にいなかったじゃねーか)


「人徳っていうか、熊得ですけど。

 ここで会ったのも何かの縁です。

 一時期だけでいいのでパーティ組みませんか?」


 思わぬところでパーティのお誘いが来た。

 知り合いが少ない中、俺の秘密を知っていてなおかつ裏切りそうにない人物。

 頼もしい限りだ、断る理由がない。

 

 俺はコクンと頷いた。

 異世界初の仲間だ。

 これから苦楽を共にするかもしれない。


「やったー! パーティ成立ですね。

 これからよろしくお願いします、寡黙な人!」


 ソプラノボイスで喜ばれた。

 差し出された手を握り返し握手する。

 まだ何もしていないが少しだけ人間に近づけた気がした。

 

「とりあえず今日はお金がないですからここで受付時間までふて寝ですね。

 あ、後ジュース飲まないなら私に下さい!」

 

(……)


 ゆっくりとマイートジュースをロメリアに差し出す。

 熊の正体をばらすわけにもいかず飲めなかったのだ。


(体に悪そうだったけど少し飲んでみたかったな、人間になれたら真っ先に飲もう)

 

 こうして町での一日目が過ぎて行った。

 樹海では味わえないほど濃い一日だった。

 



熊って大きいやつで五百キロくらいある。

重いのか? 軽いのか?

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