第四熊 ホームレス生活
元の木に帰ると家が無くなっていた。
正確には先日の雷で焼けて炭になっていた。
食欲におぼれた罰なのだろうか?
だからと言って俺の第二の故郷を炭にするのはやりすぎだと思う。
俺の苦労の結晶、五年間の家……俺はもちろん泣いた。
いつだって大切なものを失うのは悲しい。
それが生活の基盤になっていたらなおさらだった。
前世で家と家族を失ったことなどなかった、せいぜいベッドの下の本を親友に燃やされたぐらいだ。
さてここからどうしようか?
家を失い、もう一回作る気力もなかった俺は取りあえず獲物を探すことにした。
俺、全然反省してないな。
獲物を探して数分、案外簡単に獲物は見つかった。
跳ねアザラシの群れだ。
跳ねアザラシは最大で二メートルぐらいのアザラシで俺がつけた名の通り跳ねて移動する。
問題はその数で目の前に二十匹以上の跳ねアザラシがいた。
たぶん一斉に尻尾ではたかれたら……死ぬ。
アザラシとて樹海のモンスター、油断したら死ぬかもしれない。
だから俺は距離を取って人の頭ぐらいの石を拾った。
野球ボールのように片手で思いっきり投げる。
石は一直線に跳ねアザラシの頭に向かって飛んでいく。
そしてアザラシの頭に当たった直後、アザラシの頭が爆散した。
(……へ?)
石も地面に激突し粉々に砕け散った。
頭の無くなった跳ねアザラシがぐらりと地面に倒れる。
唐突な仲間の死に、怒り憤慨し跳ね始めるアザラシ。
地面に体が当たるたびに地面にひびが入る。
距離を取っていても、見ていてとても怖い。
(どっかのゲームとは大違いの跳ねるだな)
跳ねまわっている内に一匹の跳ねアザラシが俺に気づいた。
怒りMAXの跳ねアザラシはこちらに向かって跳ねてくる。
それにならって後のアザラシも跳ねて続く。
(好都合だ、一匹づつなら何とかなる!)
突撃隊長跳ねアザラシが俺の目の前まで来た。
二足歩行で構えを取る。
アザラシが跳ねて、俺の背丈より高く飛ぶ。
そのまま尻尾を叩き付けるように回転する。
当たったら脳天粉砕だ。
そうならないようにこちらも攻撃を仕掛ける。
(単純に右ストレート!)
尻尾と拳がぶつかり合った。
尻尾が砕け、アザラシが地に落ちる。
つまりは俺の圧勝だった。
手も無傷で痛みもない。
(よし! 俺の拳はこいつらに通用する!)
微塵の怯みもなく次の跳ねアザラシがやってくる。
(左チョップ!)
相手が俺の前で跳ねようとする前に渾身の一撃を与える。
アザラシの腹を強打し地面に叩き付けられた。
「ゴルップェ」
変な声を上げてアザラシは再起不能な状態になった。
(次は二匹か!)
一匹でダメならば二匹で、要は気合! と跳ねアザラシが同時に来る。
だが最初の二匹で自信を付けた俺は焦らず対処する。
(ならばラリアット!)
同時に跳ねたアザラシを同時に吹き飛ばす。
「ギョエッ」
「グミュゥ」
跳ねたアザラシは宙を舞いどこまでも飛んでいった。
つまり飛び跳ねるだな。
(……こいつら相手なら俺は負ける気がしない!)
そうやって侮り前世では熊に殺されたのだが、今回は侮りではないはずだ。
(俺にここで会ったのが運のつきだったな! 俺が相手じゃお前らは餌だ!)
四足歩行で走り次のアザラシに突進をかます。
それだけで面白いようにアザラシは吹き飛んでいく。
「ガルリュァァアアアアアアアアアアア!」
叫びなら突き進み、ボウリングのピンのようにアザラシを突き飛ばす。
途中でアザラシが跳ねて回転アタックを繰り出してきたが、そんなの関係ない。
問答無用で蹴散らす、痛み何て毛ほども感じない。
俺は無敵だ!
突進が終わった後に残ったのは倒れたアザラシだけだ。
そして俺は確かに確信した。
(俺は強い! それだけは事実だ!
……よし、ご飯にしよう)
その場からアザラシを一匹とり、頭から頬張る。
骨も肉も全部食べていく。
(うまい! 肉がうまい! この時のためだけに生きてるって感じするぜ)
二十匹以上いたアザラシは一時間足らずで全部俺の腹の中に入った。
異次元胃袋と言っても過言でないほどよく食べれる。
それに生きているという心地と強いという自信を与えてくれる。
(あれだけ食べたのにまだ食べれそうだ)
異世界のモンスターはどれだけでも食べられるのだろうか。
これは異世界七不思議のひとつに入れておこう。
(食べたいな、もっと食べたい、全部食べたい、喰い尽くしたい。
……また食べ物を探すか)
アザラシの返り血を浴びているのを気にせず、俺は次の獲物を探しに行った。
次に見つけたモンスターは鏡虎だった。
俺以上の図体にプリズムな光を纏った毛皮。
俺が決めたランクでは強者クラスの相手だ。
(……食えるか? いや、狩って食べる!)
樹海での目標である迷彩ワニは強者クラスと最強クラスの間だと思っている。
強者クラスに負けるわけにはいかなかった。
(頭を吹き飛ばす!)
四足歩行で一気に鏡虎のそばまで近よる。
そのまま頭に渾身の一撃をぶつける。
(重ッ!)
跳ねアザラシとは比べものにならない重さ。
鏡虎の顔がぐらつき血が出たが、致命傷じゃない。
「ゴッルァァァアアアアアアアアア!」
鏡虎が雄叫びが上げた。
めっちゃうるさい、近所の選挙カーよりうるさい。
でもその程度だ、俺を怯ませることなどできない。
「グッルァァァアアアアアアアアア!」
対抗して俺も雄たけびを上げた。
鏡虎の動きが一瞬止まる。
(隙あり!)
もう一回頭を狙い右手で頭を殴る。
その手に鏡虎が噛み付いてきた。
メキメキィ、と嫌な音が右手から聞こえてくる。
(痛い痛い痛いッ、離せキラキラタイガー!)
左手で頭を何度も殴りつけるも全然怯んでくれない。
前世の熊と同じだ、この程度では怯んでいてはこの樹海では生きていけないのだ。
ならば、怯む攻撃をくれてやる・
「グルゥアアアアアアアアア!」
鏡虎の耳元に雄叫びを浴びせる。
怯んだ鏡虎が右手を口から離す。
自由になった右手で鏡虎の顔を殴る。
「ゴフェッ」
鏡虎が口から血を吐く。
血を吐いたにもかかわらずに右手でパンチを繰り出してくる。
虎パンチが俺の胴体に当たる。
「グフェッ」
野良猫のパンチ何て比べものにならない威力だ。
食べたアザラシを吐きそうになる。
しかしここで攻撃をやめたら死ぬ!
そこからは泥沼の戦いだった。
殴り殴られ殴り齧られ殴りのしかかられ殴り切り裂かれ。
鏡みたいな外見してるくせにタフさの塊のような奴だった。
お前今こそ「王殺拳」使えよ! と思うかもしれないが、そんなの無理だ。
殴った方が速いし、考える暇なんてない。
(な、何とか勝った! しかし体中が痛い)
決着が着いたのはどちらの体も血まみれになったころだった。
鏡虎は鏡のような毛皮が全部赤になって台無しだ。
(と、取りあえず食べてしまおう……)
アザラシの時のように顔から丸ごと食べる。
うん、血の味しかしない。
全部食べても血の味しかしない。
(やばい、このままじゃ大量出血で死ぬ……)
ずっと血の味しかしなかったのは喉を切り裂かれてるからだ。
それ以外にも体中から血が流れている。
逆にここまでやられて気絶しないでいる方が異常なくらいだ。
(熊は結構タフってことか、でも何とかしないと死ぬな……)
鼻で匂いを感知してみる。
この周りにいるモンスターは、蛍鹿、チェーンソー蟷螂、粘液鯨、プロペラ兎だ。
少しだけだが希望が見えてきた。
(粘液鯨の粘液が手には入れば薬になるかもしれない)
急いで粘液鯨のもとに急ぐ。
下手したらプチッと潰されてしまうかもしれないが、何もせず死ぬのは嫌だ。
(こんなところで死んでたまるか! 俺は絶対人間になるんだ!)
山のような巨体が目に入った。
そばに近寄ると確かに粘液鯨だった。
(……死んでる?)
俺の家と同じように雷にでも打たれたのだろうか?
いつもの三分の一も粘液が出ておらず、ぐったりとしている。
他のモンスターが近づいていないことを見ると生きてはいるようだ。
(粘液を取ろうとしたら、潰されるかも……。
けどやるしかないな!)
覚悟を決めて、ゆっくり粘液鯨に近づいていく。
べたべたとした粘液を手で触る。
粘液鯨に反応はなかった。
反応があったのは自分の手の方だった。
逆再生するようにケガが治っていく。
気持ち悪いくらいきれいに治る。
(これ、副作用とかないよな?)
と疑ってしまうほどだ。
因みに一分ぐらい待ってみたが、粘液鯨が暴れることはなかった。
副作用なものも発生しない。
(全身に塗るか)
そうと決めたら話は早い。
粘液を気にすることなく体に塗りまくる。
そして逆再生のようにケガが治っていく。
まるで魔法の液体!
ちょっと色が白いのが難点だが。
(よし、完治! 全部怪我が治った!)
数分後そこにはケガを感知した俺が!
ちゃんと治っているのか試しに三連バク転をやってみたら意外なほどきれいに成功した。
熊ってバク転できたんだな……。
(これからどうするかな?)
けがも治り落ち着いた俺はひとまず考えることにした。
やっぱり木の上に戻るのか、それともこのまま地上で暮らすのかということだ。
どちらにもメリットがあり、デメリットがある。
今まで通り木の上で生活すれば、安全が保障される。
確かに葉っぱはまずいがそれでも安全の保障は大きい。
逆に地上で暮らせば、安全は保障されないが美味しい肉が食べれる。
それに戦いの訓練もできる。
(今回は運が良かったから、何とか生き残れたけど……運が悪かったら死んでいたかもしれないんだよな)
ふと後ろを振り返った。
そこにはぐったりとした粘液鯨がいる。
体にはまだまだ粘液が付いた。
(このチートアイテム、使わないのは勿体ないよな……。
よし、決めた。今日から地上で生きて行こう!)
覚悟を決めた俺は取りあえず雄たけびを上げておいた。
*
俺は川のほとりに立っていた。
朝日が木々の隙間から差し込んでいる。
ゆったりとした風が心地よい。
水の中では呑気に鋸カジキが泳いでいる。
十年前から何も変わっていなかった。
俺の目的も川の中の歪みも。
目の前には二つの冷たい目が見える。
ほんとうに十年前から変わっていない。
(十年ぶりだなワニ野郎! ぶっ殺しやりに来たぜ!)
「ガルルゥァアアアアア! グルァァアアアアアア!」
次回 樹海のクマさん編最終回
熊は執着心が強く、狙った獲物は逃がさない!