第三熊 引きこもり生活
引きこもり生活一年目。
家族を失った俺が初めに行ったのは、家の確保だった。
といっても二階建ての家を建てるとかじゃなく、木を爪で掘りそこを住処にする。
子熊の俺が入れるスペースを作るのに五時間かかった。
その日は木に掘った穴、一応家で眠りについた。
親が掘っていた洞穴に帰ろうかとも思ったが、洞穴は地上にある。
地上を一匹の子熊が歩くなど餌でしかない。
地上の苔を食べて生きている、最弱クラスの草食動物の蛍鹿でさえ大人だと全長三メートルを超える。
たぶん俺が地上に降りるのは親ぐらいに成長してからだろう。
次の日の朝、俺はお腹が空いたので木の上の葉っぱを食べることにした。
葉っぱはまずい、前世のピーマンと同じぐらい。
しかし、これしか木の上で食べれるものはないので我慢して食べる。
葉っぱには朝露が付いており、水もこれで生きていけそう。
超エコロジー。
その日は家を広げる作業で終わった。
家を広げ続けて何日か。
ついに家の広さが、前世の俺の部屋を超える。
縦四メートル、横三メートル、高さ三メートル。
壁も床も天井も爪で掘ったためギザギザだが、気にしない。
天井を掘るのは特に大変だった。
外の枝から太いのを見繕って台座に加工し、そいつを踏み台にして掘った。
ただ四角の形にするだけなのに、何枚も作り直した。
つくづく俺は凝り性だと再確認。
その日もご飯は葉っぱ。
まずいし同じものばかりだと飽きてくる。
飼い犬も同じドッグフードだとこんな感じの気分になるのだろうか。
飼い犬も大変だな。
家のギザギザを削り始めて半年以上が過ぎた。
肉球で木をこする日々。
きっと神様が来て「好きなものをあげよう」って言ったら、「やすりが欲しい」て言いそうなほどギザギザを削った。
削りすぎて悟りが見えたほど。
今なら肉球と爪で金剛力士像が作れるかもしれない。
そんだけ削った甲斐あって床も壁も天井もつるつる。
サルスベリの木よりつるつる、前世のフローリングを超えた。
その日は感動で涙を流したほど。
今日から俺が削りマスターだ!
家を完成させて何日か。
あれから俺は体を鍛えながら、道具を作ることにした。
体を鍛えるのは、地上で通じる力を得るため。
道具を作るのは自分のモノづくりスキルを高めるためだ。
俺の最終目標は人間になること。
そのためにはいつか人間と会う日もあると思う。
俺は熊だからそのまま人間と会っても、戦闘が起きるだけだ。
だからフルアーマーを作り熊だという正体を隠して、人間と接触したい。
モノづくりスキルを上げるのはそのためだ。
今日の食事も葉っぱ。
まずいものって慣れてもまずいんだな。
どれだけ日本での生活が恵まれていたのか……。
引きこもり生活二年目。
丁度今日で三百六十六日目。
二年目の生活が始まった。
一日が立つたび家に葉っぱを一枚置き、十日が立つたび小枝に変える。
せっかく一年がたったので、地上に一分だけ降りて石を一個拾ってきた。
家には石が一個と、葉っぱが一枚。
たったこの二つが俺の中では大きな意味だった。
まぁ、葉っぱは毎日腐るほど食べてるんだけどね。
生活にほしいものを作り始め、今日一段落した。
まず扉。
俺が出入りしていた場所に扉を作った。
扉本体を作るのはそれほど難しくはなかった。
むしろ三時間ほどでできた。
それ以上にネジとドアノブの仕掛けと金具部分が俺を困らせた。
木の板に設計図を書き、ひたすら試行錯誤した。
中でもドアノブを作るのに苦労した。
一時期の夢が全部ドアノブに関する夢になるほどで、トラウマにドアノブがランクインした。
まさかドアノブが俺のトラウマになるとは思わなかった。
結局ドアノブの仕掛けは諦めただのドアノブにした。
またいつかドアノブの仕掛けに挑戦しようと思っている。
次に布団、枕、ロープなど。
これらには植物のつるを使った。
ドアノブのように苦労することなく一晩でできた。
前世では「編み物の帝王」とクラスでももてはやされていたほど、これぐらい楽勝なのだ。
クラスメイトからも良くそのことで頼みごとをされた思い出がある。
「ハンカチが破れたから直して」とか「ボタンが取れたから付け直してくれない」とか「俺昔から鎖帷子が欲しかったんだよな」とか「錬金術師の鎧を作ってくれ」とか「コスプレ衣装が明日までに十着いるの! お願い!」とか「ぬいぐるみの耳がとれちゃって、ここまで言えば分かるわね」とか「キングサイズダブルベッドが欲しいの、もちろん布団付きよ」とか「俺昔から四次元ポケットが欲しかったんだよな」とか「ブルマくれよ、もちろん着用済みな」とか……クラスメイト達、編み物の帝王は不死身じゃないんだぞ。
親友にも「かっこいい私服が欲しい」と言われ二十着ぐらい作ったこともあったはずだ。
他にはバーベルやバスターソードも作った。
主に筋肉トレーニングのためだ。
今ではバーベル上げと素振りで使っている。
木では意外と軽かったので石とかで新しく作りたい。
最後はフィギュアだ。
金剛力士像も作れるかどうか試したかったので作ってみた。
結果は惨敗、金剛力士像のイメージがあやふやで金剛力士像的な何か完成した。
逆に美少女フィギュアとかは上手く作れた。
……これは前世で「彫刻界の匠」と呼ばれていたころ、スケベな男子に美少女フィギュアを作ってくれと頼まれたことがあるからだ。
決して俺がスケベだとかじゃない。
そもそも前世で作ったフィギュアも美少女だけじゃない。
親友から「彫刻界の匠なら自分のフィギュアでももちろん完璧に作れるよな」と挑発されて本気で自分のフィギュアを作ったことがある。
完成するまでの二か月間、毎日自分の姿を研究し作成した。
この時なぜか俺のあだ名に「ナルシストマン」というのが増えたが良く分からない。
親友に見せたら「ちょっと足長くね?」とか言われたが、親友は俺を彫刻界の神と認めてくれた。
自分のフィギュアが家にあると変な気分になるので俺のフィギュアは親友にあげた。
まぁ、飽きっぽい親友のことだから半年後にはゴミ箱にポイだと思うけど。
作ったものは扉、布団、枕、ロープ、バーベル、バスターソード、美少女フィギュア、前世の俺フィギュア。
前世の俺の「創造神の両手」と呼ばれた手よりではないが熊の手は意外と器用だった。
熊ってもっと不器用な生物だと思っていた。
意外な発見だ。
これなら親友が言っていたあれもできるかもしれない。
今日のご飯は葉っぱ、やばいトラウマになりそう。
引きこもり生活三年目。
石ころの数が一つ増えた。
生活に必要な道具も作りつつ、俺は大半の時間を戦闘訓練に費やしていた。
起きて、食事して、作って、鍛えて、食事して、鍛えて、鍛えて、食事して、鍛えて、寝る。
そんな生活がここ最近のリズムだった。
大半の時間を削って行っていた戦闘訓練、それこそが親友が編み出した最強の拳法の練習だった。
古来より地球の各地で伝えられてきた秘術、それらすべての術を習得し、鍛え上げ昇華し、新しく生み出した拳法、という設定の拳法だ。
名を「王殺流」。
相手を攻撃する技から呼吸法まで揃っており、全部が奥義または必殺技または秘術である。
さらにその技術すべてにオリジナルの名前が付いており、すべて合わせると二百を超す。
ぶっちゃけ多すぎだと思う。
神殺流どれも難易度が高く、習得が難しい。
一番簡単な技がスポーツの世界チャンピオンが使っているような技術だった。
難しい技の「衝収・力倍返し」に至っては、片方の手で相手の衝撃を吸収しそれを体の中で受け流しながら増幅させ片方の手で相手に衝撃を二倍にして返す何ていう、とんでも技だ。
俺の創造神の両手で試してみたが、結果は俺の両手を痛めつけただけだった。
「王殺流」の名はだてではなかったのだ。
さすがに「衝収・力倍返し」は熊の体でも無理だと思うが、他の技でなら覚えられるのもあるかもしれない。
別にそんなインチキ拳法覚えなくてもいいんじゃない? と思うかもしれないがそれは大きな間違いだ。
体を鍛えるだけならばそれでいいかもしれないが、俺が体を鍛えるのは樹海の地上で通用する力を得るためだ。
相手を殺す技術を学んでいて損はない、何より男のロマンだ。
ということで俺は「王殺流」の中でも特に気に入っている技「熊殺し肉球拳」をまず身につけることにした。
そう前世の俺が調子に乗って言ってた技だ。
また手首を捻った技もこれだ。
こいつは中国拳法の発勁を基にした技で足、膝、腰、腹、心臓、肩、腕、拳の順に重心と力を移動させ普段の何倍もの威力を拳に乗せて相手を貫くという、極めた拳は十秒のためをようし熊でも倒せる、みたいな凝った説明のついた技だ。
熊だけど熊殺し肉球拳は覚えたい。
何かこんなイメージだな、というイメージを元に技を実際に再現する。
半年や一年ではできないだろうけどそこは根気だ。
不味い葉っぱを三年間食べ続けたんだ、きっと俺でもできる。
そう言い聞かせて鍛錬に励む。
その鍛錬の間に新しく作ったのは、木のベッドとの木の人形だ。
ベッドにはもちろんつるの布団と枕を敷き詰め、俺の癒しの場になっている。
木の人形は鍛錬に使おうと作ったものだが、熊の腕力の前に一撃で粉砕された。
三日かけて作った力作だったので泣きそうになった。
今日も今日とて葉っぱ。
いい加減に葉っぱ以外のものだ食べたい。
引きこもり生活四年目。
石の数がまた一つ増えた。
道具作りに鍛錬どちらも同時進行で進めている。
熊の体も成長し二メートルを超えようとしていた。
なので四年目からは家の開拓工事をしようと思っている。
あれから何日か。
家の開拓工事が終了した、めっちゃ早い。
縦横高さ、全てが倍以上になり俺の工作スキルもアップした。
俺の肉球はたぶん前世のやすりを超えたと思う。
四年目は家の開拓工事をしたくぐらいしか目立った出来事はない。
なさ過ぎて困った。
道具も新しく作るものもなく、起きて食べて鍛えて寝る、の繰り返し。
相変わらず食事はまずい葉っぱだし日常に変化が欲しい。
なので毎日木の枝の上から地上のモンスターを観察することにした。
観察し始めて三日目。
なかなかモンスターが近くに来ないという現象が起きる。
鼻では近くにいると感知しているのだが、目の見える範囲になかなか来ない。
三日間で唯一来たのが雷熊だ。
こいつは三メートルの巨体に角と雷を装備しているという化け物だ。
非常に角熊に似ており、角熊の雷を纏ったバージョンのような感じ。
地上で狂ったように暴れて帰って行った。
例えるならドラッグを摂取したクマさんって所か。
きっと角に雷が落ちてクルクルパーになったんだろう。
結局その日は何も現れず終わった。
また三日が立った。
今日は電熊じゃなくて電気鼠が地上にいた。
電気鼠なのに可愛くなく凶悪な顔のハリネズミが電気を纏ったようなものだった。
あいつは肩に乗せたくない。
そして倒せたとしても食べたくない。
雷熊を見てから半年がたった。
あれから鼻でモンスターを察知し見に行く言う作業を繰り返している。
おかげで樹海の食物連鎖の仕組みが分かった。
まずこの樹海にいるモンスターは約四段階に分かれる。
一つ目は最弱クラス、一方的にやられるクラスだ。
人で言うと赤ちゃんランク。
地上の苔、川の魚、プロペラ兎、風船モモンガみたいなやつらがランクに該当する。
子熊の俺でも倒せるレベルだと思っている。
地上の苔と川の魚は本当にただ食べられるだけだが、プロペラ兎と風船モモンガはスピードが速い。
逃げるだけなら最強で、こいつらを他のモンスターが食べれたところを見たことがない。
どこかのメタルス〇イムを思い出す。
二つ目は弱者クラス、たまに上のクラスの奴にも反撃する。
人で言うと子供ランク。
蛍鹿、跳ねアザラシ、群れクワガタ、鉄足鳥、水モグラ、キノコ狸、ドリル猪がここいらに入る。
前世の俺では無残に殺されるレベルのモンスターだ。
たぶん地球の熊と同等かそれ以上の力を持っている。
名前的に弱そうな跳ねアザラシでさえ本気ではねたら地面が砕ける力がある。
体当たりがシャレにならない。
こいつらのご飯は地上の苔が主になっている。
今の俺がたぶんここぐらいだと思う。
三つめは強者クラス、一つ目と二つ目を捕食し暮らしている。
人に例えるなら大人。
角熊、鏡虎、ムカデ竜、酸吐き蛇、食動物花、コブラトカゲ、苔カバ、チェーンソー蟷螂がこのクラスだ。
俺が銃を持たされてもこいつらは相手にしたくない。
俺熊だけど。
力が強く木ぐらいなら平気でへし折る。
ケガしても寝れば治る。
特殊能力を持っているやつもいて非常に厄介。
まさにモンスター。
この樹海で最も多いモンスターが二つ目と三つ目で三日に一度は見かける。
四つ目は最強クラス、挑むが挑む(しぬ)みたいな感じだ。
人に例えるなら戦車に乗った人。
粘液鯨、雷熊、軍隊鮫、腹黒蜻蛉、黄金蠍などがこのクラスに入る。
こいつらが一匹いれば前世の町は一晩で更地に変わるほど。
生涯で俺が相手にしたくないやつらベストファイブでもある。
こいつらを最強クラスと決めた理由は二つ。
よほどのバカ以外挑むことすらしないこと。
もう一つは地形が変わる攻撃力だ。
こいつらに喧嘩を売られたら俺は死ぬ自信がある。
これらが俺の半年間の成果だ。
地上に出るとききっとこのデータは役に立つだろう。
それまでに俺は鍛えて鍛えまくるだけだ。
因みに木の枝の葉っぱは最弱クラス。
引きこもり生活五年目。
また石ころが増えた、後枝も多数ある。
五年目と何か月か、その時は来た。
獣の匂いがしていつも通り、木の上から見下ろした時だ。
いつもなら七、八匹の群れで動いている蛍鹿が一匹だけで苔を食べていたのだ。
しかも一メートルにも満たない子供だ。
身長が二メートルを超えている俺ならたぶん一撃で倒せるだろう。
丁度五年目でもあるし、葉っぱ以外も食べたい。
俺はその時、この小鹿を今日のご飯にすることを決めた。
俺に会ったのが運のつきだ!
小鹿に気づかれないようにゆっくりと木を下りていく。
地上まであと三メートルと言うところで小鹿に気が付かれる。
子供だからだろうかわき目も振らずに逃げていく。
俺が降りたころには小鹿は手の届かないところにいた。
人間時代であれば死ぬ気で走ってもおり付かない距離とスピード。
どれだけ熊の能力があるのか確かめるのには丁度良かった。
四つ足に力を入れて走り出す。
木の上で生活したいたため走り出すのは熊になってから初めての出来事だった。
走り出すとすぐに景色が自転車に乗っているときのように動き出す。
自転車の景色からバイクの景色へ、さらに加速して車の景色、まだまだ加速してジェットコースターの景色! ……速すぎじゃね?
気が付いたときには小鹿を追い抜かしていた。
熊の体は超ハイスペックだ。
すぐさまUターン、すれ違いざまにラリアットをかます。
ラリアットは小鹿の首に当たり、首を粉々に粉砕した。
それどころか頭がもげどこかに飛んでいった、グロイ。
少し血の気が引けたが、俺はこれからこの小鹿を食べるのだ。
そうでなければ殺した意味がない。
小鹿に近づき取りあえず足にしゃぶりつく。
……うまい!
当たり前だが肉の味! この時点ですでにうまい。
少し硬いが熊の俺には関係ない、むしろ歯ごたえがあっていい。
生? だから何? うまいものはうまい!
気が付いた時俺の前に残っていたのは、血の跡だけだった。
食べたい、もっと食べたい、全て残らず食べたい、まずい葉っぱ何て比べものにならない。
そのあと俺は雨が降ったにもかかわらず狂ったように地上を歩き続けた。
肉を探し地上を歩き続けて何時間か過ぎた。
雨の中で鼻を使えない俺では獲物が見つかるはずもなく、そして迷った。
そのころには第一に肉、第二に肉、第三に肉、なんて危なげな思考も止まり冷静になっていた。
遠くの方で雷が鳴って俺は後悔する。
俺は昔から感情的になると周りの者が見えなくなる癖があった。
工作が上手くできるようになったのもこの癖があったおかげだと俺は思っている。
逆に熊に勝てると思ったら後先考えずに突っ込んだりすることもあった。
今回はその悪い例だ。
鼻も使えない中、最強クラスのモンスターに遭遇したら確実に死んでいた。
とぼとぼと勘で歩き続けていく。
元の木に帰れたのは三日後のことだった。
熊は猫の仲間だけど爪を収納できないらしい。