第二熊 クマさん生活一週間
子熊に転生してから体感時間で約一時間。
俺は川のほとりで魚を取っていた。
川の浅瀬には角の生えた熊が一匹と俺ぐらいの大きさの子熊が二匹いてこちらも魚を取っていた。
正確には角の生えた熊、たぶん親熊の狩りを二匹の子熊が真似している。
(あー、何でこんなことになったんだ。
どうせ生まれ変われせてくれるならドラゴンとか人間とかにしてくれよ)
この一時間で俺はこの世界が異世界で自分が子熊に生まれ変わったことを思い知らされていた。
まず一つ俺の目の前にいる角の生えた熊、親熊のことだ。
身長は二メートルを超え角は一メートルを超える。
俺を合わせた三匹の子熊の親であること。
熊は子育てをするらしいから今はその最中だろう。
一年くらいは親熊の元で狩りとか教わることになるのだろうか。
前世で熊にトラウマを植え付けられた俺にとって一秒でも早く離れたいがそれは出来ない。
俺の身長は五十センチ程度、この大きさではこの樹海を生きてはいけない。
力も前世より少し上程度だ……あれ、結構強くね?
だけどこの樹海で通用するかどうかは分からない、というか無理だ。
一回親熊に恐ろしい魔物が襲ってきた。
俺はそいつをドリル猪と呼んでいる。
車ほどの大きさで二本の牙が回転するのだ。
親熊はドリル猪が突っ込んできたところにラリアットを決めて一発KOだったけど。
その後ドリル猪は家族全員でいただきました。
生だったが思っていたよりうまかった、また食べたい。
(結局一匹も取れなかったな)
狩りが終わり親熊の後ろを俺はついて行く。
川での魚狩りは結局成果なしだった。
俺の兄か弟か姉か妹か分からないが子熊は魚を取っていた。
角が鋸みたいなカジキだった気がする。
(はぁ、やっぱり親と分かってても怖いな)
元人間の俺には親熊が何を思っているか分からない。
(やっぱり人間がいいな……ドラゴンでもいいけど)
樹海に夜が来た。
親熊の後を追いかけた、先の洞穴の中で俺たちは眠りについていた。
隣で子熊が呑気にいびきをかいている。
というか熊でもできるのか。
親熊は角が折れないように注意を払って寝ているようだ。
その角って何に使うんだ? いらなくないか?
(そういえば、俺の親は今頃何してんのかな?
俺が死んだってもう知っているのかな?)
固い地面の上で考え事をしながら俺は眠りについた。
一週間後、今日も俺達は魚狩りに来ていた。
一週間でまたいろいろ分かった。
この樹海は相当恐ろしい場所と言うことだ。
まず人を見かけない。
これだけでここが人間が来れない危険な場所だと分かる。
まぁ、人間がこの世界にいないからかもしれないけど。
(その説だけはないだろ、というか俺が認めない!)
ほかにも理由がある。
それはこの樹海にいるモンスターたちのことだ。
ドリル猪、群れクワガタ、ムカデ竜、プロペラ兎、粘液鯨、苔カバ、チェーンソー蟷螂、酸吐き蛇、雷熊、鏡虎、鉄足鳥、蛍鹿、鋸カジキ、コブラトカゲ、そして角熊。
特に地上がヤバい。
中でも粘液鯨を見た時はこの世の終わりかと思った。
三十メートルを超える巨体が地上を蛇のように這っていたからだ。
どうやら草食のようで、粘液を体から出しながら木を食べていた。
戦いを挑んだドリル猪が体に傷を付けるも、粘液鯨が体を捻ったことにより圧死。
その付けた傷も粘液によって十秒も立たず直った。
猪なのに犬死である。
それに比べて川と木の上は安全のようだ。
川には魚がいるようだが、特に危険な奴はいなかった。
せいぜい子熊に狩られる魚程度だ。
たぶん親熊が川で狩りを教えているのもこれが理由だ。
そして木の上。
この樹海の木には一週間の間では木の実を見つけることが出来なかった。
あるのはまずい葉っぱだけ。
たぶんこれが理由で木の上にはモンスターがいないと思う。
だったらおいしい魚がいる川には何故モンスターがいないの? ということになるがそんなものは分からない。
たぶんいたとしても親熊が倒せるぐらいの奴しかいないと思う。
(オラぁッ)
川の魚目掛けて腕を振るう。
その中でも狙ったのは頭だ。
丁度魚の頭にダイレクトアタックを決め、魚の頭がもげる。
(一撃必殺! これが一番確実だな)
魚を両手で掴み頬張る。
うむ、うまい。
何より新鮮、冷凍ものとは一味違う。
骨も全部食べつくし、二匹目を狙う。
(今日中に後四匹は狩りたいな……)
そんなこんなでこの日の夕方まで狩りは続いた。
(最初のはビギナーズラックだったか……結局狩れたのは一匹だけだった)
今日の戦果。
俺、鋸カジキ、合計一匹。
子熊A、イソギンチャクヤドカリ、鱗魚、合計二匹。
子熊B、四手蟹、鋸カジキ、髭ウナギ、合計三匹。
親熊、蛍鹿×五、鋸カジキ×三、川蛇、空魚、合計十一匹。
……俺最下位じゃん。
他の子熊が狩ったイソギンチャクヤドカリはそのまんまの奴だ。
鱗魚は五十センチくらいの魚で玉虫色の鱗が綺麗だった。
狩られた五秒後に綺麗な鱗は赤色になったけど。
四手蟹もそのまんまの奴。
髭ウナギはナマズの髭がウナギに生えたバージョン。
親熊が狩った蛍鹿と言うのは、角が蛍のように光る鹿だ。
ワンパンで角を折られ、今日のご飯になった。
川蛇は川にいた蛇だから川蛇。
空魚は白い魚で背から尻尾に掛けての背びれが特徴。
俺はあれを前世の本で見たことがある。
確かスカイフィッ何とかだ。
(俺の親熊は、まぁ仕方ないとして兄弟に負けるのは悔しい。
明日には奴らの記録を超えてやろう。
一応十五年という経験値が俺にはあるはずだから勝てるはず……)
前世のころにも狩りは何度かしたことがある。
(魚を釣りに行ったことがあったな。
釣りにはまっていた時は、親友と学校の裏の池に毎日行ったな。
何も釣れない日はなかった)
釣りを始めて半年後、学校の先生に裏の池に魚はいないと教えられてショックを覚えたな。
どうりで長靴とか水草しか取れないと思ったよ。
(雀蜂が世界でも最強の虫の部類に入ると知った次の日に、蜂の巣に喧嘩しに行ったな。
自作時限爆弾で、巣を吹き飛ばしたんだったな。
結果は俺たちが無傷の圧勝だった)
後日その近所の人に俺らが吹き飛ばしたのはミツバチの巣だと教えてもらった。
どうりで蜂が襲ってこないはずだ。
……十五年間の経験値、しょぼいな。
(十五年間、というか十二年間ぐらいは親友と一緒だったな。
あいつはちゃんと生き延びれたのか?)
その日の夜には親友のことを思い出して眠りについた。
翌日、この日も狩りに来ていた。
もちろん川に。
(今日の目標は二匹、そして明日は三匹、明後日は四匹、明々後日は五……)
川の前で目標を決めてると、待ちきれないという感じで子熊Bが川に飛び込んだ。
それに続き親熊が川に飛び込む。
二人が狩りを始め、その様子を子熊Aは見ていた。
(ふむ、子熊Bはゴリ押し、子熊Aは観察。俺はどうするか?
この一週間ゴリ押しで狩ってきたけど昨日の結果は一匹。うん、観察だな)
決めたところで、子熊Bを見る。
奴のスタイルはゴリ押しで、魚を見つけたら体ごと飛び込み魚に襲い掛かる。
対して親熊はむやみに襲い掛からず油断してきた魚にだけ襲い掛かる。
(十分間くらい見てたけど違いはこれだけか?
俺には良く分からないな、ん? 何だあれ?)
子熊Bの後ろの川が歪んで見える。
(何だ? あれ?)
そこには水以外何もないはずなのに、透明な何かが水が流れるのを阻害しているように見える。
(異世界だから、魔力か何かか?)
子熊Bはその歪みに気づかない。
そして次の瞬間……。
子熊Bが消えた。
(え?)
歪みの位置が移動して、子熊Bの位置にあった。
その位置から何か、骨を砕くような音が聞こえる。
そして砕く音とともに空中から赤い何かが垂れて落ちていく。
熊である俺の嗅覚に鉄のような嫌なにおいがたどり着いた。
(あ、え?)
何故かその時前世の最期を、熊に喰われた俺を思い出した。
砕く音がやむと歪みがこちらを向いた。
歪みの中に二つの目が見える、爬虫類特有の冷え切った目。
歪みの目を中心として歪みを観察する。
(ま、まさか……)
そこにいたのは巨大で透明なワニだった。
子熊Bは、やつに喰われたのだ。
(この異世界の樹海にはモンスターがいる。
別に姿を透明にできるやつがいてもおかしくないが……。
そんなのありかよ!)
理不尽にあっさりと子熊Bの一生は終わった。
弱肉強食、弱者は常に強者の餌。
前世の最期でそんなこととっくに知っていたのに、何か俺の中でふつふつとした感情が湧く。
「グルガァァァアアアアアアアアアアア!」
親熊が吠えた。
転生して初めて見た親熊の雄叫び。
対象でない俺でさえ体が硬直し動けないほどの迫力。
前世の俺ならお漏らしコースだ。
「……」
それに対して透明になれるワニ、迷彩ワニは無言で親熊の方に向いた。
(歪みの大きさからみて迷彩ワニの大きさは六メートルを超える。
二メートルほどの親熊がこんなデカいやつに勝てるのか?)
「ガァアアアアアアアアアア!」
親熊が吠えて迷彩ワニに突撃する。
足が水につかっているというのに、地上の時と変わらない速度だ。
いや、今まで見た中で一番速い。
子熊を喰われた怒りがここまで伝わってくる。
「ガルァァアアアアア……」
親熊の上半身が消えた。
止められた雄叫びの代わりに、骨を砕く音が聞こえる。
あの親熊が一瞬で、喰われた。
(親熊ァァアーーーーーーーーーー!
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!
早く逃げないと、一撃で殺される!)
その場でUターンし、あっけにとらわれている子熊Aの横を通り過ぎる。
その後を子熊Aが追ってくる。
後ろからは骨を砕く音、この調子だと親熊の下半身も食べられただろう。
次の餌は俺達だ。
(ワニはトカゲの仲間だから木に登れないはず!
早く、早く木に登らないと!)
視界から子熊Aが消えた。
振り返ると子熊Aが木の根っこにつまづき、こけたところだった。
子熊Aの後ろに浮かぶ血と二つの目が見えた。
(無理だ! 子熊Aを待っていたら俺が喰われる!)
後ろを見るのをやめて、走り出す。
逃げるしか選択肢がないことが異常に悔しかった。
木にたどり着き、爪を木にひっかけて上を目指して登る。
また俺の耳に骨を砕く音が聞こえる。
(クソッ、子熊A! 畜生!)
数十メートル登った。
下を見ると迷彩ワニが木を登ろうと足をもがいていた。
けど滑るばかりで登れない。
(よし、迷彩ワニはここまで来れな……)
迷彩ワニが木に噛みついた。
木が割れる音がして、木の幹の三分の一が無くなった。
登れないなら、落とそうという考えだ。
ワニの癖に頭がいいらしい。
(ヤバい、木が倒れる!)
二度目の噛み付きで木の三分の二が無くなる。
木がメキメキと横に倒れ始めた。
俺は隣の木に移るため、木の枝を走る。
そして、跳躍する。
(と、届けぇぇえええええ!)
数秒の浮遊感。
されど数分にも感じる瞬間。
伸ばした手が、隣の木の枝に届いた。
(た、助かった。
危機一髪だった)
下を見ると迷彩ワニが帰っていくところだった。
このまま俺を追いかけても、徒労だと判断したらしい。
俺は木の枝の上に登り座った。
そこから心臓の爆音やむまで数分はかかった。
木の上に来るのは異世界に転生して初めてのことだ。
ここからだと今までに見えなかったものも見えてくる。
(ここは高いな、下にいるモンスターが蟻のようだ)
下にいるドリル猪を見てそう思った。
正確には蟻ぐらいじゃなくて子猫ぐらいに見える。
見下ろして蟻のようだというのは、一回やってみたかったからだ。
(下にいるモンスターが蟻ぐらいに見えるほど、樹海は広いんだな)
縦にも横にも広い樹海。
俺がいた地点は木の半分の位置のも達しておらず、まだまだ上がある。
横に至ってはどこまでいっても境界線が見えない。
海ですら境界線が見えるっていうのに。
(親熊、子熊A、子熊B、俺以外全員喰われた。
俺はこれからこの広い樹海で一人で生きていかなきゃいけない)
最初はトラウマ真っ最中の熊など、家族の情など一つも感じていなかった。
俺の家族は前世の親だけであり、熊たちは俺が育つまでのきせいさきだけにしかおもっていないはずだった。
(子熊A、子熊B、まだ俺はお前らの記録を超えてないぞ。
親熊、川での狩りだけじゃなく地上の狩りも教えてくれよ。
俺を……一人にするなよ)
熊は涙を流すのかどうか知らなかったが、少なくとも俺は泣いていた。
あいつらとは一週間ぐらいしかいなかったはずなのに、しゃっべったことすらなかったのに、なぜかとても悲しい。
俺が死んだと分かった時、親や親友はこんな気持ちになるのだろうか。
だとしたら、前世で熊に挑もうとした俺をぶん殴って親友と一緒に逃げろと言ってやりたい。
(親と話した最後の言葉すら思い出せない。
思えば俺は親孝行何て言えることもした覚えがないな。
親友は俺が居なくて大丈夫だろうか。
一晩中泣いて体とか壊してないだろうな)
俺の目標は人間になることだ。
それは今でも変わらない。
いつかこの樹海を出て人間を見つけて人間になる方法を探そうと思っている。
(だけど、その前に……まずは)
泣いて泣きわめいて、俺は立ち上がった。
今後の方針は決まった。
この樹海で十年間過ごし体を鍛えるのだ。
(そして、あの迷彩ワニを家族の仇をぶっ殺す!)
「ガルァ、グルゥウアァァアアアアアアアアア!」
木の上で子熊が雄叫びを上げた。
それが熊に転生した俺の初めての叫びだった。
俺の修行の日々が幕を開けた。
ヒグマは北海道にしか住んでいないらしいね。
出会えたらラッキー!