第五話 僕とアンドロイドがえっちな本で修羅場過ぎる
「しがない修理工……ねぇ」
百階建ての巨大なオフィス。その最上階で一人の男が呟いた。
整髪料でしっかり整えられた髪と、威厳を無くさぬ程度に剃られた髭、身に着けるものはすべてが高級なブランド品。三十代前半ほどに見える彼こそが、今やこの国を代表する大企業「カドデリック」の社長、門出陸朗である。
彼は先程まで右手に持っていた受話器を社長用のデスクに置き、革張りの黒い椅子に腰を下ろした。
「兄さんは、なんにもわかっちゃいない! 僕が、一体どれだけのことを考えているのかを! 考えなくてはいけないのかを!」
唇を震わせ、握りこぶしをハンマーのように机に叩きつける。
「心を持った機械か、――そうさ、僕はロボ太のことを一時だって忘れたことはない! 今までそこにあると思っていた幸せが突然、煙を出して壊れたことも……。だけど! 僕には守らなくてはならない場所がある! 救わなくてはならない社員達がいる! 兄さん……。あなたのようになれたらどれだけ楽だろうか」
そうして彼は、その広い部屋の隅っこで、たった一人で泣いた。
* * *
「あいつが……社長か」
お世辞にも綺麗とは言えないガレージ。その中で一人の男が呟いた。
手入れのされていないボサボサの髪と、よく言えばワイルド、悪く言えば不潔感のある伸ばし放題の髭、身に着けるものは大体グシャグシャの油まみれだった。
おっちゃんは受話器を、床に無雑作に置いてあった送話機に置き、小さな折りたたみ椅子に腰掛けた。
「あれだけロボ太に懐いていたあいつだから、きっと協力してくれると思っていたんだが……」
口をへの字に曲げ、右手であご髭を弄る。
「心を持った機械か、――ロボ太は私達兄弟にとってかけがえのない存在だった。特に陸朗にとって、彼は本物の家族のような存在だった。ロボ太を失ったあと私は、なぜロボ太が壊れたのか――いや、死んだのか、それだけを調べていた。その結果、どうやら処理能力が足りず、壊れた。ということだけがわかった。雄一郎があの子を連れてきたとき、あの子を調べて『もしや』と思ったが、本当にロボ太と同じようにあの子は心を持っていた。あの子が目を覚ましたのは偶然だ。またいつ同じことが起こるかわからない……。雄一郎には私達と同じ苦しみを味合わせたくない。私だけではきっとどうすることも出来ない! 『誰か』の――『あいつ』の助けが必要なんだ……」
そうして彼は、その狭い部屋の真ん中で、たった一人で苦悩する。
* * *
夕暮れ迫る街角の、ちょっとばっか古いアパートの一室。雄一郎は夕食の準備をしていた。
「(綾波さんに気をとられて、買い物に行くの忘れてた……。ありあわせのもので適当になんか作るしかないか……)」
一方そのころハナコは、というと……。
「(ゆういちろー、わたしのマスターになったんだ! ところで、家政婦アンドロイドってマスターのためにどんなことするんだろう?)」
普通はいちいちマスターが命令しないと動かないのだが、ハナコはそれを知らなかったようで。
「(とりあえず、お掃除とかかな?)」
モップ片手に、掃除を始める。
「(モップで床をキュッキュッキュー♪ ベッドの下もキュッキュッキュー♪ ん?)」
ベッドの下に入れたモップが、何かに当たったようだ。
「なんだろう?」
奥に手を入れて引っ張り出す。――えっちな本が出てきた。
「キャ――――――――――――――――!!」
「どうしたハナコ!? あっ!!」
「ゆういちろーも……こういうの見るの? そういうのって『へんたい』って言うんでしょ……?」
ハナコはまた泣きそうになっていた。
「いや、その……それは……違うんだ!」
「あっち行ってっ!」
涙目でじりじり後ろに下がるハナコ。
「違う! その本は! ――うわぁっ!」
雄一郎は運悪く、コタツの電源コードに足を引っ掛けて転んでしまった。――ハナコの上に。タイミング的には最悪だ。しかもさらに運の悪いことに右手はちょうど、ハナコの胸を揉んでいるようになってしまっていた。
「(なんだこれ、すっごくやわらかいしいい匂い。ホントにこれ人工物なのか? ……じゃなくて! 最悪だ! こんなことしてもう完全に嫌われた……。さよなら僕の青春……)」
雄一郎がそんな風にゼロコンマ何秒の間に青春に別れを告げたとき、さらに運の悪いことにちょうど来客だ。
「ちーっす! 雄一郎居る? ――」
ちなみにここはワンルーム、玄関開けたら二秒でご覧である。
「あ、雄一郎……なんかごめんな……。お袋に見つからないようお前に預かってもらってたえっちな本を取りに来たんだけど、なんか本どころじゃないな。リアルだな。すまんまた来るわ」
「まって!! 花蜜!! 誤解だ!! てかこっち来てもう一つの誤解を解く手伝いをしてくれ!!」
「ゆーうーいーちーろぉーさーん? とりあえずこの手を早くどかしてくれませんか?!」
「あぁッ!! またハナコが敬語にッ!! クソぅ!! 全部花蜜のせいだッ!! 花蜜こっち来やがれ!!」
その時、少年は思った。「ラッキースケベってぜんぜんラッキーじゃないなぁ」と。