第四話 ハナコと杏
「よし、これで大丈夫だ」
おっちゃんはなにやら色々な道具を扱っていた手を止める。
「後は起動スイッチを押せば今までどおり動くだろう。カドデリック製のアンドロイドは耳のところに起動スイッチがある」
「ありがとう!! おっちゃん!!」
雄一郎が機械の少女の右耳にあるスイッチを押すと、少女は体を起こした。
「う~。ここは? あ、雄一郎さん! と……、そちらの方は?」
寝ぼけたような顔で少女は言う。雄一郎はホッとした。
「彼はおっちゃん。僕の知り合いで、町一番の修理工だよ。悪い人じゃないから安心して」
少女と雄一郎の会話を聞いていたおっちゃんは驚いた。
「これはたまげた! ここまで自然に会話できるアンドロイドは見たことないぞ。この子どうしたんだ?」
「昨日拾ったんだ。アンドロイドはよく知らないからこれが普通だと思ってたけど、やっぱり変なのかな?」
おっちゃんはなぜかそこで黙った。そして、腕を組み、何かを考えている。
「非常にまれではあるが、前例がないわけじゃない……」
そう小さな声で言うと、おっちゃんは少女のほうを向き、言った。
「ところで、君の名前は? 一応ではあるがカルテ的なものを作っておきたいから教えてくれ」
「えっ? わたしの……名前ですか……? え~っと。う~。実はまだ無くって……」
そこで雄一郎は初めて、自分が少女の名前を知らないことに気がついた。
「おいおい、雄一郎。アンドロイドに個別の名前をつけるのはマスターの義務だぞ。それが無いと個体識別できないからな。パソコンにパスワードをつけるようなもんだ」
「え?! だって僕、マスターじゃないし」
するとおっちゃんは顔をゆがめた。
「あ。言い忘れてたすまん。アンドロイドの起動スイッチを押した人間は自動的にマスターに設定されるんだよ」
これには雄一郎も少女も声を上げて驚いた。なんせただの一宿一飯の間柄だったのが、いつのまにか主従の関係になっているのだ。驚かないわけが無い。
「まいったなぁ。僕がマスターか」
雄一郎がため息混じりに言うと、少女は泣きそうな顔をした。
「嫌、ですか?」
プラスチックの瞳が液体でコーティングされる。少女は今にも泣き出しそうだ。
「嫌じゃないよ。びっくりしただけ。しかし、名前かー……」
実はこの雄一郎という男、てんでネーミングセンスが無いのだ。小学生のときに飼育委員として飼っていたウサギ(♂)はウサオ。中学生のときに家で飼っていた猫(♀)はニャンコだった。
「はぁ。そうだ!! じゃあロボ子で!」
「まて!! ダメだ!! 縁起が悪いというかなんというか――とにかくその名前は却下だ!」
なぜかおっちゃんはロボ子という名前をものすごく嫌がった。
雄一郎はまた悩む。
「(名前……名前……。そういえば、最初に名前みたいなの言ってたような……。なんだっけ? そうだHW-GR875か、あっそれだ!)」
雄一郎は目を輝かせた。自信満々で言った。
「ハナコ! 875だからハナコ……で、どうかな?」
「どうかなって言われましても……。でも初めてもらったお名前ですし、うれしいですよ!」
「よかった」
「うんうん。お二人さんなかなか仲のよろしいことで」
ハナコと雄一郎はうれしそうに手を取り合っていた。
――「おっちゃんありがとう!!」
「ありがとうございました!」
二人は、おっちゃんに礼を言って、そして手を振りながら帰っていく。
「おう! またなんかあったら来いよ! 何も無くても来いよ!」
おっちゃんも手を振り返した。
* * *
ここは中国地方にある山陰県の中心部。中心部とは言っても全体的な人口は少ない。もともとは島根県と鳥取県という県だったのだが、過疎化が進み合併したのだ。そのときにはすでに、100年前には想像も付かないような高速移動手段が安く使えるようになっていたため、県の広さはさほど問題にはならなかった。
しかし、ここに目をつけたのが数々の工学系企業だ。土地が広く人が少ないため、工学の研究所や、ロボットを作る工場を山陰県のいたるところに作ったのだった。
そんなくたびれた町の中を雄一郎とハナコは歩く。
そして、そんな二人をながめる影がひとつ。
「(なによ!! あれ、アンドロイドじゃない!! アイツったら! アタシと別れて機械なんかといちゃついてるのね!!)」
電信柱のうしろで怪しい10代後半くらいの少女がブツブツブツブツ言っている。ジーンズに長袖のシャツ、その上にノースリーブのパーカーで、髪型はポニーテールという、なかなかボーイッシュな格好をしていた。
「(くやしいっ! もう!!)」
怪しい少女は電信柱から二人の前に飛び出した。その顔を見て驚く雄一郎。
「杏さん。もうストーカー行為はやめてくれって言ったじゃないか」
「うるさいうるさいうるさい!! アンタが居なくてアタシは毎日寂しいのよ!」
謎の少女はヒステリーを起こしたように叫ぶ。道の真ん中で。
「雄一郎さん。この方は……?」
「ああ、この人は彩並杏さん。僕の……元恋人――かな」
「大体アンタ、アタシと別れてなんでそんな機械とイチャイチャイチャイチャしてんのよ!! 腹立つ~!!」
「そ、そんなイチャイチャなんて……」
杏にそう言われてとたんに恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてうつむく雄一郎とハナコ。
「だ、大体、別れたのだって杏さんが僕の部屋中に隠しカメラをセットしたり、メールが三秒に一回だったり、あげくの果てに僕のし、下着を盗んだりするからっ!!」
「なんですかそれっ?! 普通に犯罪じゃないですかっ!!」
ハナコは杏のあまりの行動に、驚いて声を上げた。
すると杏は少しおとなしくなった。
「まあね。わかってるわよアタシも。自分が全部悪かったことくらい……。――だから! これからはカメラは隠さないし、メールも十秒に一回にするし、盗むのは上着で妥協するからぁ! お願い!! よりをもどしてぇ!!」
おとなしくなってなかった。
「だめです!! 雄一郎さん!! この人はやく警察に突き出しましょう!!」
ハナコも雄一郎も「真剣に気持ち悪い」というような目で杏を見ていた。
「でもそこの貴女、雄一郎に敬語使ってるじゃな~い。アタシはタメ口で話せるくらい仲いいのよ~。うらやましいでしょ~?」
あんはハナコをおちょくっているようだ。
「う~。なんだか悔しいです」
こうかはばつぐんだ!
「ハナコ、大丈夫。別に僕あいつと仲良いわけじゃないから」
「でも、悔しいです!」
ハナコはかおをまっかにしている。
「ほ~ら、どうした~?」
あんはおちょくりこうげきをつづけている。
「ハナコ、気にしないで」
「ゆ、ゆういちろー! 大丈夫! わたし大丈夫だよ!」
「げっ!!」
ゆういちろうはかおをまっかにしている。
あんはだいダメージをうけた。
ハナコはかおをまっかにしている。
「ハナコ……っ!」
「ゆういちろー!」
ラブラブオーラがぜんかいだ。
「く、くそっ! 覚えてろよっ!!」
あんはにげだした。
* * *
「もしもし。私だ」
「ああ、電話してきたのは誰かと思えばあなたか」
「今日うちの修理工にお前のとこのアンドロイドが来たんだ」
「なんだそれだけか?」
「それだけじゃない。どうやらあの子は感情を持ってるぞ」
「ああ知っている、先日そこ付近の工場でエラーのある個体があったと報告を受けた。そしてそのエラーがその手のものだということも知っていた」
「それで、お前はあの子をどうするつもりだ?」
「どうするも何も、壊すしかない。無駄な涙を流すのはもうたくさんだ」
「あの子にはもうマスターがいる。そんなことはさせてたまるか。――それにしてもずいぶん変わったな。昔はあんなに可愛かったのに、いまじゃ日本を代表する大企業の社長だもんな。陸朗よ」
「あなたも、なぜ父の仕事を継がずそんなところにいるんだ。新一兄さん」
「『新一兄さん』か……。今の私はしがない修理工のおっちゃんだよ……」