第二話 HW-GR875
高く高く、かんかんと照る冬の太陽。騒ぐ騒ぐ、団欒となる四十人あまりの人間。時計は真っ昼間を指していた。
一般的に「ドがつくほどの田舎」と呼ばれるこの山陰県の、とある工業高等専門学校のありふれた昼休みの姿だった。
「あー終わった終わった。午前中の授業ってだるいよなー。なぁ雄一郎?」
「まったく。花蜜はまたそんなこと言ってどうせ半分以上寝てたんだろ? そんなことだから留年して、二回目の二年生なんかになるんだよ……」
おとなしそうな小柄の少年と、ワックスで髪型を整えた一見不良に見える大柄な青年は、すこしおどけ気味にそんなことを話していた。
おとなしそうな方が桜庭雄一郎。成績も体力も顔も中の下から中の上の間という、いたって平凡な17歳の少年である。
不良っぽい方が花蜜朝史。体力も顔も上の上ではあるが、成績だけは下の下の下、そのせいで留年して二回目の二年生をやっている、18歳の青年である。
「それより雄一郎。これ見ろよ! 最新型アンドロイドのカタログだぜ?」
花蜜が出したのは一冊の本だった。表紙には緑色の髪に白いワンピースを着たかわいらしい女の子が写っている。
「カドデリック社の最新型だぜ? 表紙のやつは最新の家庭用の家政婦ガイノイドだ! こんなん欲しいよなぁ」
「アンドロイドねぇ。僕は機械音痴だから特にいらないけど……。それってすごいの?」
「すごいに決まってるだろ?! 何言ってるんだ!! ああ、うちのあのオンボロアンドロイド捨ててコイツ買おうかなぁ」
「捨てるって……そんな簡単に……人の形してるんだろ? アンドロイドって」
「でも機械だぜ? 古くなった掃除機とか捨てるのと変わんねえと思うけど」
そう言った花蜜を見て、雄一郎は首を傾ける。
「そういうものなのかな……」
* * *
赤く赤く、爛々と照る太陽。ぽつり歩く、小柄な少年が一人。時計の針が重そうに頭を垂れる時間帯だった。
「(なんだか引っかかるなぁ――見た目だけなら人間と変わらないのに)」
授業が終わり、雄一郎は帰路についていた。冬の太陽はすぐに眠りに着こうとする。もう大分低い位置にあった。
「あ、そういえば今日は卵が特売だった。それに牛乳も切れてるし、スーパーに寄るか」
最寄のスーパーに来た。自動ドアが開く。
「イラッシャイマセ」
レジにはアンドロイドがいた。雄一郎は卵と牛乳をもってレジに並ぶ。
「卵ガ一点。牛乳ガ一点。デ、ヨロシイデスカ? 合計250円ニ、ナリマス」
無機質な合成音声で、決められた言葉を並べる若い男性型のアンドロイド。見た目は完全に人間なのに、くたびれた制服の大きなシワにも気づかないその姿は、言い知れない不気味さがあった。
卵と牛乳を手に店を出る雄一郎。先程まで心の中にあったもやもやはさらに増していた。
「(なんだかおかしい――でも、何がおかしいんだろう?)」
また首を傾けた。すると、いつもなら見ない、大通りから分かれた建物の隙間の小道に、人間のような大きな影があるのが見えた。
「うわっ! 人が倒れてる!!」
近寄ってみると、どうやら大きな布をかぶっている。とりあえず話しかけてみる。
「大丈夫ですか?!」
「う、う~。助けて」
布の向こうからかわいらしい声が聴こえた。どうやら女の子のようだ。
「ど、どうしよう。どうしよう……」
「お……」
「お?」
「おなか……すいた」
毛布ごと、崩れ落ちた。
* * *
「どうかな? 男の一人暮らしだからめったに料理作らないんだけど」
「ありがとう! すっごくおいしいですこのオムライス!」
「そう言ってもらえるとこっちもうれしいよ」
雄一郎は謎の少女をそのまま成り行きで家まで連れてきてしまった。
「(迷子なのかな? とりあえず、この子の家族を探さなきゃ)」
彼には『17歳の少年! 少女を誘拐!』という見出しの新聞記事が目に見えるようだった。考えれば考えるほど顔が青ざめていく。
「ねえ、君はどこから来たの? なんであんなところに? 家族はどうしてる?」
雄一郎がたずねると、少女は目を伏せた。
「(なんだろう。なんか言い出しづらそうにしてるな。ケンカして家出してきたとかかな。――ん、あれ?)」
雄一郎は少女の姿に既視感を覚えた。緑色の髪と白いワンピース、茶色く長い手袋とブーツ。
「(この子。もしかして……!)」
昼にチラッと見た、花蜜の持っていたアンドロイドのカタログ。その表紙に写っていたのは――。
「君って……。もしかして――――アンドロイド……なの?」
少しの沈黙のあと、少女は目を伏せながらうなずいた。
「わたしは――シリアルナンバーHW-GR875。カドデリック社製の……アンドロイドです――」