ラーメン屋
外は雪が舞っていた。僕は駅前に向かった。今日は母さんがパートで遅くなるので、そのまま夕飯はどこかで済ませてくるようお金を渡されたのだ。
しばらくうろうろとしていたのだが、困ったことに中学生が一人で入っても違和感のない店がよくわからない。だからといって、久しぶりに外食をする機会にファーストフードの店もないだろう。いい香りの漂うイタリアンの店や薄暗い照明の何が食べられるのかよくわからない店の前を過ぎ去って、前から気になっていたラーメン屋に入ることにした。クラスの運動部の連中がいつも部活帰りに寄るといっていた、豚骨醤油ラーメンの店だ。もちろんその話は直接僕が聞いたわけではなく、昼休みのときに勝手に僕の耳に入ってきただけなのだが。
長めの丈のダッフルコートを着たまま席に座り、メニューを見て、一番安い普通の豚骨醤油ラーメンを頼んだ。残ったお金は手元はそのまま財布に入れておこう。中学生の小遣いは少ない。
ラーメンを待っている間、文庫本を読んで時間を潰すことにした。今日は坂本龍馬の小説を選んできた。
僕は歴史が好きだ。特に日本史びいきで、歴史の中の偉人やヒーローの活躍を毎日のように本で読んでいる。最近のマンガやゲームの登場人物とは違い、チャラチャラしていなくて、硬派なところが好みだ。そして、どうせ暇を潰すなら少しでも知識になるものを読みたい。
突然店のドアが開いた。相沢と野崎、それから名前は知らないが、中学校で親しくなったであろう何人かの男たちが白い息を吐きながら店に入ってきた。
こういう時のためにコートを着ておいたのだ。声をかけられることはないだろうが、制服がばれると何かと厄介なことがあるかもしれない。僕はなるべく顔が見えないように下を向いた。幸い気づかれなかったようで、連中はそれぞれ着ていたコートを脱ぎ、奥のテーブル席に座った。気まずい思いをする前に早く出よう。それが賢明だ。
「まさか葬式会館から出てお前らに会うとは思わなかったよ。」
野崎の声に僕はちらりと奥のテーブルに目をやった。僕の知らない奴らに向かって言ったらしい。
「俺らもだよ。部活終わったから、帰り道に寄ろうと思ってさ。今日葬式で部活休んだんだろ?」
知らない坊主頭の男が言った。
「ああ。夕方からだったから授業だけ出て、あとはまっすぐ来たよ。」
相沢がメニューを見ながら答えた。
「小学校の時の担任だったんだっけ?」
「うん。高学年の二年間。」
「そっか。それはびっくりだよなあ。」
「まあな。とりあえず頼もうぜ。」
そう言って、相沢が店員を呼んだ。ちょうど、僕の頼んだラーメンが出来上がり、目の前に湯気が立っているラーメンが置かれた。顔を上げなかったのでよくわからなかったのだが、カウンターを挟んで僕の前にいた店員が返事をしてそちらへ向かったので、相沢達がこちらに気づいていないかとひやひやした。急いで割り箸をとった。ラーメンはとても熱かったが、とにかく早くすすった。
「もう少し長く生きていて欲しかったよな。」
「まあ、突然だったな。」
話し声が聞こえてくる。できるだけ気付かれないように、ラーメンを食べながら声のする方に目を移した。
「どんな先生だった?」
空いたコップに水を継ぎ足しながら、僕の知らない奴Aが言った。
「どうだろう、あまり関わりはなかったからな。」
野崎が自分のコップを差し出しながら言った。知らない奴Bが吹き出した。
「え?担任だったんでしょ?」
「そうなんだけどさ、変わった人だったよ。俺らにあまり関心を示してないというか。必要最低限のことだけを伝えて、それ以外のことは話さないって感じ。だから、特別何か残ったって感じではないんだよ な。」
確かにそんな感じだった。余計なコミュニケーションがないところは僕は逆に好きだったけれど。
「相沢は?どんな感じだった?」
知らない奴AはBに比べて口数が多い。
「俺も大体同じ印象だよ。ただ……」
「なんだよ。」
相沢が何やら言いにくそうにしていると、ちょうどラーメン四人分がテーブルに置かれた。今まで黙っていたBが急にいただきますと言ってすごい勢いでラーメンをすすり始め、勢いにつられたのかその他三人もとりあえずといった感じでラーメンを食べ始めた。
僕のラーメンは残り半分程。一気に平らげてしまってもよかったのだが、相沢の話の続きが気になって、ペースを落としてゆっくり食べながら、あくまでも自然に、なおかつ決してばれることのないように話の続きを待つことにした。
「やっぱうまいな。」
「うめえな。」
ただなんなのか。話の続きが気になる。だけど一向に先ほどの話題に触れる気配がなく、彼らはもくもくと食べ続けている