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シーザーの華やかな死  作者: tomo
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先生が死んだ

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 「先生が亡くなった。」


 急報が家の電話に飛び込んできた。


 僕はその一言を母から聞き、葬式会館に来た。たどり着いたときにはすでに焼香が始まっていた。会場内は真っ黒な喪服に身を包んだ大人と、大きめの学生服に包まれた子ども達で溢れている。周りを見渡すと、今はもうあまり会話をすることもなくなった小学校時代の友人達が目に入る。僕と目が合う人間は一人もいない。


 居心地が悪いので、誰にも声をかけず焼香の列に並ぶことにした。作法がよくわからないので、列の先頭で行われている焼香の様子をじっくりと見る。背の高い、僕と同じ学生服の男子二人組が昇降台の前にいる。角度が悪いのか、何をしているのかよく見えない。


 焼香を終えた二人の顔が見えた。僕と同じ中学の相沢と野崎だった。僕と同じ、先生のクラスだった連中だ。どちらもサッカー少年団で活躍していたツートップで、クラスでも真面目で皆に頼られていたリーダーだった。


 次に霊前に立ったのは、いつも授業中に先生のものまねや、失言の揚げ足をとって笑いを取っていた小林だ。いつも口が半開きでへらへらした奴だったが、初めて見せるような真剣な顔つきでいる。


 列の真ん中辺りには、高学年になって固まりだした女子のグループがいる。最も華やかで、目立っていた鹿野が目を真っ赤にして泣きはらしている。いまいち名前を思い出すのも面倒くさい取り巻きたちも同じように泣いている。あいつらは、大人に対しても生意気な態度を取り、クラスではまるで自分たちが一番偉いかのように振舞っていたが、あれから三年が立って少なくとも葬式での振る舞い方、常識を身につけ常人のふりができるようになったらしい。一方、僕はといえば、あの頃と変わったとは少しも思えない。背丈だけは伸びたが、三年生になったのに今来ている制服もぶかぶかで格好がつかない。


 列が進み、少しずつ僕は目を細くし、白い歯をむき出しにして笑っている先生の遺影に近づいていく。頬の肉付きがよく、肌の色が元気だったことを物語っている。厳粛な空気の中で、申し訳なさそうに周りを彩る供花の香りがしてきた。


 ふと僕の前に並んでいた周りとは違う制服が目に入った。凛と伸びた背筋と肩程の黒髪。どこかで見た背中だと思うが思い出せいない。肩が震えることもなく、落ち着いた足取りで進んでいく。顔は見えないが、おそらく泣いてはいないのだろう。他の女子達とは違い、群れずにいるところに好感がもてる。顔を見てみたいと思った。


 ようやく先生の前に辿り着いた。並んでいる間、他の人間に気を取られていて焼香の様子をあまり見ていなかったことに気がついた。仕方なく、今、隣で遺影に向かって礼をしている凛とした背筋の違う制服を真似て、僕も礼をした。その後もワンテンポ遅れて同じ動作を繰り返し、無事焼香を済ませた。


 終えた後、僕がいちいち見ていたことの気がついたのか、違う制服が僕を怪訝そうな目で見てきた。見たことがある顔だった。大きな目は多少切れ長で、賢そうだ。眉は中学生らしく整えられているが、決して下品ではない。見たことはあるのだが、思い出せない。


 相手も気がついたのか、大きな目を少しだけ更に大きくさせたが、僕に声もかけることもなく、すぐにぷいと振り返り去ってしまった。


 いつもそうだ。僕とまともに口を聞こうなんて人間はめったにいない。列から離れて式場の後ろの隅のほうへ向かった。同じクラスだった連中は、お互いの顔を確認すると、目線でその存在を確認しあっている。僕に対して目線が向けられることは決してない。まあいいさ。


 僕は他人が嫌いだ。世の中は嫌なやつばかりだ。もちろん、僕の知っている世界は狭くて、中には良い人間もいるのかもしれない。だけど、少なくとも僕が出会った中ではそんなのはいなかった。相沢も野崎もとてもよくできた人間だが、僕には見向きもしなかった。同じクラスにいるというのに、授業でも、休み時間でも、学校行事でも、僕の存在だけは無視されているようだった。何故かはわからない。いつからそうなったのかも思い出せない。そんな周囲が憎らしかった。いつだったか、遅刻しそうで慌てていて、ランドセルを開けっ放しで登校したことがあった。急いで走っていたので、ランドセルのふたが大きくばたついていた。その様子と必死の形相がおかしかったのか、周りは僕を見て笑っていた。ぎりぎりで校門をくぐり抜け、息を切らせていた僕はどうしたらよいかわからなかったので、とりあえずやってしまったというように笑った。そうすると、空気はがらりと変わる。周りの笑いはぴたりと止んだ。なぜかはわからないが、僕があいつらの世界に入るのを拒否されているようだった。もちろん、こんなエピソードを数えればきりがないが、思い出すだけでむなしくなるのでやめた。 


 「先生は、いつも私たちに優しくしてくれました。」


 「きっと、天国にいても、私達のことを見守ってくれているはずです。」


 気がつくと、霊前に小学生が並んでいた。三年生くらいだろうか。そうか、先生は三年生の担任になっていたんだ。


 「天国に向けて、皆で先生が好きだったこの歌を送ります。」


 スピーカーから曲が流れてきた。知っている曲だ。ああ、この子たちも葬儀のために、きっと学校で今の言葉や歌の練習をしたんだろうな。そう思うと、急にこの場が演出じみた場のように思えて嫌な気分になってきた。僕は式場を後にした。


   

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