ナルキッソスの部屋
「いよいよか……」
その時、俺はホテルの中で一息つきながら、俺にとっての『運命の人』を待っていた。
今まで俺は、ずっと「恋」と言うものに巡り合った事が無かった。いや、別に誰からも見向きもされなかったとか、むしろ異性から嫌われていたとか、そういう訳じゃない。正直、俺の方が満足できる相手を見つけることが出来なかったのだ。
友達からはイケメンだと持て囃され、勉強も毎回テストで上位を取る腕前、そしてスポーツも得意。確かに周りの女の子から色々とラブレターを貰いやすいという条件は整っているのかもしれないし、何度も告白されてきたという過去は俺にはある。でも、全員ともおれの目に合う存在はいなかった。みんな可愛い服を着たり、美しいアクセサリーをつけたり、はたまた俺の好みに合いそうなしぐさをしてきたけれど、結局はどれも見栄えだけ、俺の心をつかむ相手はいなかったのだ。
それでも、俺は「恋」をしたかった。誰でもよい、一人は寂しい。だから、俺は誰かと一緒に過ごしたい。
そんな願いを、偶然見つけた占い師の人に告げた時、その人は不思議な予言を俺にかけてくれた。
「え……明後日、休日ですか?」
「そう。その時に、このホテルの個室に、貴方が一番ぴったりの相手がやって来るわ」
今、俺はその予言に従い、ホテルの一室の中にいる。
赤い糸で結ばれた運命の人と、俺はまだ巡り合えていない。確かに占い師の女の人は俺にそう言ってくれた。つまり、彼女たちよりも遥かに俺にぴったり、絶対気に入るであろう相手が、もう間もなくやって来るという事なのだ。
いったいどんな相手だろうか、と俺は思いをはせた。
今までどんな女性も、俺の心を動かすには至らなかった。その事で他の人から文句を言われることもあったけれど、それでも俺は絶対に『恋』と言うのを無駄にはしたくなかった。だから、占い師の人の言葉を俺は信じることにしたのだ。
そして、窓に映る夜景を眺め、高まる心臓の鼓動を感じ続けていた、その時だった。部屋の外にある廊下が少しづつ騒がしくなってきたと同時に、俺の部屋の呼び鈴がなったのである。ルームサービスだったら、ここで一声かけるはずである。しかし、何も声がないという事は、占い師の人が言っていた『運命の誰か』が、このホテルの個室にやって来た、という事になる。
はやる思いを抑えながら、俺は扉を開いた。
そして、そこにいた顔を見て、俺は唖然としてしまった。
「よう、俺!」
――そこにいたのは、他でもない、足先から頭のてっぺんまで、何もかも『俺』と同じ青年だったのだ。しかも、それは一人だけでは無かった。
「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」「よう、俺!」……
後から後から、何十人もの『俺』が次々にやって来たのだ。しかも全員、満面の笑みでこの部屋にやって来る。そしてあっという間に、ホテルの一室は、『俺』一色で埋め尽くされてしまった。これは一体どういうことなのか、慌てた口調で尋ねた俺に、周りの『俺』は告げた。
「占い師の人が言っただろ?」「お前の『運命の誰か』がやって来るって」
――その言葉に、俺は気づいた。今まで、どの女性を見ても一切心が動かされなかった理由を。そして、周りを取り囲む無数の『俺』を見て、俺の顔が異様に赤らみ始めた理由を。
ふふふ、ふふふ、と周りの俺は一斉に微笑んだ。扉の向こうには、さらに多くの俺の『運命の相手』がこの部屋にやってきて、俺の心を満たそうとしている。
今、俺はとても幸せな気分だ。
ようやくこうやって、『運命の誰か』に巡り合えたのだから。
「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」「よろしくな、俺!」……
お題:運命の誰か 必須要素:個室




