彼女は決して一人じゃない
「ねえ、彼氏君……」
その日、彼女は突然寂しそうな声で俺に語りかけてきた。
いつも明るく、どんなことでも楽しそうな彼女のそんな姿を見たのは初めてだった俺はつい驚きの声を出してしまったけれど、しっかりと彼女の話を聞いてあげることにした。
「……ありがとう。実は、私……」
そして、その内容を聞いて俺は驚いた。
彼女が文字通り『一人ぼっち』になってしまったというのだ。彼女が今までお世話になっていた人に不幸が襲ってしまい、彼女だけが残される格好になったというのである。
「そ、そんな……」
「ごめんね、今まで家庭の事は持ち出したくなくて……」
だから今まで、彼女は自分の家の事をあまり言わなかったのか、と妙に納得してしまった。きっとそれなりに言いたくない事情があるのだろうと察した俺は、これ以上の深読みはせずにそのまま彼女の話を聞く事にした。
暗いトーンで俯きながら、彼女はこれからいったいどうすれば良いのだろうか、と深刻そうな声を出していた。当然だろう、今までお世話になっていた人が大変な目に遭い、たった『一人』だけで生きていかなければならない事態になったのだから。
そして、彼女は言った。これ以上、彼氏君に迷惑をかけるわけには行かない、と。
その言葉を聞いた途端、俺はとっさに彼女の体を抱きかかえた。柔らかい胸の感触が恋人に伝わった事に気づいた彼女は顔を赤らめていたが、俺はそれどころではなかった。大事な人がこんなに困っているのに、それを見捨てるなんて言う真似は絶対に出来ないからだ。
「大丈夫だ、俺がお前を養ってやるから……」
「で、でも彼氏君は学生だし……これ以上迷惑をかける訳には……」
もう一度、俺は大丈夫だと念を押した。
未来の事はどうにも出来る。でも、今ここで間違えた選択を行ってしまうと、何もかもが無駄になってしまう。だから、別れるなんて言わないで欲しい。少々臭い台詞になってしまったけれど、それが俺の本心だった。
そして、じっと彼女の顔を見つめて俺は言った。
「お前は、一人じゃない」
――その時だった。彼女の顔が、今までの深刻そうなものから一転して、満面の笑みに変わったのは。
最初、それは俺の言葉に安心したからだとばかり考えてしまったが、すぐにそれとは全く違う心を秘めていることが薄々分かってきた。まるで、何か今までワクワクしながら待ちわびていたものが訪れたときの嬉しさのようだった。
一体どういう事なのか、と尋ねた俺に返ってきたのは、彼女本人による、今までの事はすべて『嘘』だったという言葉であった。
「ごめんね、彼氏君♪」
「え、な、なんでそう言う事を……」
「ちょっと、彼氏君を試してみたかったの」
もし自分が、単なる彼女ではなく、多大なハンデを背負う身となった一人の女性だとしても、ちゃんんと見捨てる事がないか、見定めたかったというのだ。彼女を養ってくれている人――お父さんとお母さん――は双方とも健在、そしてこっそりと打ち明けた恋を応援してくれているという事も、彼女の口から明らかになった。
「そ、そうか……」
「ご、ごめんねこんな事を……」
でも、俺は決して怒るという感情はわかなかった。むしろ、彼女に認められた事で、安心したのかもしれない。そして、そのまま油断した俺は、もう一度あの言葉を口に出し――いや、出してしまった。
「お前は、一人じゃない」
その時だった。扉の向こうが突然騒がしくなったのは。
誰か来ているのか、と聞いた俺に、もう一度彼女は先程の言葉は嘘ではないのか、と言う確認をさせられた。
その時は不思議に思ったのだが、その理由は直後に分かった。彼女が満面の笑みで扉を開くと、そこには――。
「彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」彼氏くーん!」…
――何十、何百もの彼女がいたからだ。
後になって、俺は彼女の両親が、クローン人間の研究を行っている事を知った。確かに、彼女は『一人』ではなかったという訳だ……。
お題:騙された体験




