ストーカー塗ったくり作戦
「ねえ、ちょっと時間いいかな?」
ここは、とある公民館の集会場。普段は様々な会議などで利用されている場所だが、今日はこの町で最近評判の一人の女性の絵描きさんの個展が開かれていた。さすがに大規模な展示と言う訳ではなく、やって来る客も近所の人たちが多かったが、それでもたくさんの人たちからその絵描きさんは評判を集めていた。
そんな中、彼女に対して声をかけてきたのは、とある大学の芸術系で活躍しているという、中年の教授であった。
何でしょうか、と長髪をたなびかせながら尋ねる彼女の顔を見て、一瞬だけその教授の表情が醜く歪んだ。今日は良い絵を見させてもらった、と褒める教授の心の中は、美しい成長株である彼女を自分のものにしよう、と考える心でいっぱいだったのだ。
「そこで、ぜひ君と話がしたい。今までの実績など、様々な事をね」
「え、でも時間が……」
私の言う事を聞いた方が身のためだよ。言葉は優しいが、教授から出たのは明らかに脅しの言葉だった。
彼はそのままこの女性の絵描きさんを自分のものにしようとたくらんでいた。当然彼女は今のように嫌がるだろうが、あくまで彼女はアマチュア、一方の自分はプロ。権力と言う大きな武器を利用し、彼女を意のままにしようと考えていたのである。
分かりました、と言う絵描きさんの声に、教授はやった、と心の中でほくそ笑んだ。
そして二人が向かったのは、公民館の近くにある喫茶店だった。
「へぇ、それで……」
「ずっと色々なところを旅してきたんです。その中で色々と学ぶことは多くて……」
女性の絵描きさんは、熱心に今までの自分の経緯や、絵に対する情熱を語っていたが、教授の目は彼女の大きな胸や、美しい顔にばかり向けられていた。彼が教授になるほどの絵の腕を身につけたのも、こういったエロ根性のお陰だったのかもしれない。
そして、話題を進ませる権利は少しづつ教授の元へと移り始めた。
自分たちの大学は今までに多数の絵描きを輩出している名門、きっとそこならもっとうまくなれる、そう教授は告げた。そして彼は、絵描きさんに対し、自分の大学にぜひやってきてほしい、と言った。
しかし、返ってきたのは――
「お断りします」
――教授にとって、信じられない言葉だった。
一体どういうことなのか、と作戦が失敗し始めた教授は慌て始めた。偉い教授のいう事も効けないなんて、絵描きのくせに身の程をしっかり分かっているのか、という暴言まで飛び出したのである。
だが、その言葉を言った直後、彼女の目は教授をも震え上がらせるほどの怒りに満ちはじめた。
「……身の程知らず?
私に向かってそう言う口をきくんですか?」
その手に握られていたのは、今回の個展で飾られた絵を作り上げるために使用した、色鉛筆であった。
彼女の絵は、まるで本物みたいに見える。写真を描く女性だ、と言うのが、この絵描きさんに対する主な評価だった。だが、彼女の違うのは、その色鉛筆に秘められたある『力』だった。
「……その減らず口、消してしまいましょうか?」
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それから数日後、新聞にこんな記事が載った。
「口の消えた男!?ストーカー犯に起きた怪奇現象!」
そこに映っていたのは、肌色に塗ったくられた口が開かず、情けなく蠢く一人の中年の男性――女性の絵描きさんを勧誘しようとしたエロ教授であった。
彼の口は、あの色鉛筆によって描かれた『肌』の中に埋もれてしまったのである。
一見すると普通の絵描きさんに見える彼女。自分の絵の誇り、美を愛する心、それらは普通の絵描きさん全く同じだが、一つだけ違う点がある。
それは、彼女の考え次第で、色鉛筆で塗ったものを、『本物』にしてしまうという事――。
お題:たった一つの絵描き




