彼女の兄は二次元出身
「おはよー、彼氏くーん」
今日も俺の部屋に彼女が訪ねてきた。相変わらず汚い部屋だけれど気にしないように彼女は入ってきてくれる。本当に済まないとは思っているけれど、いつか掃除しないと呆れられてしまうかもしれない。
アマチュア漫画家と言う感じでネットの自分のページに色々な漫画を連載している俺が、偶然掲示板で彼女と知り合ってから1年。リアルで会ってからはさらにネットで会う機会が多くなり、数か月前にこうやって彼氏彼女の仲になった、と言う訳だ。
その中で、俺の漫画の腕もどんどん上がってきていた。
「へー、なかなか面白い内容だね」
「そうか?サンキュ」
「あー、でもここ色の塗り間違いしてない?」
最近はこうやって第三者目線から色々とアドバイスもしてくれるようになった。毎回的確な指摘をしてくれて、こちらとしては時々参ってしまう事もあるけどとてもありがたく思っている。
そんな感じの俺たちだけれど、今日は彼女は一人のお客さんを連れてきていた。
『お邪魔するぞ』
「あ、どうもー」
「お兄ちゃん、早く早くー」
彼女の兄が、久しぶりに俺の部屋に『戻って』来たのだ。
ひょろ長で肌も白い俺とは対照的に、彼女の兄は健康的に焼けた肌と整った体つきの持ち主、まさしく彼女にとっては理想的な存在だ。
『ほう、随分色々と描いてあるんだな』
「最近また新作も手掛けようと思いましてね」
そう言いながら、俺は自分の作品を兄に見せた。これなんてとても面白いんだよ、と妹――俺にとっては大事な彼女だけれど、嬉しそうにお勧めの作品を紹介している。
普通の人から見ると、自分の大事な彼女が、自分よりも優れた兄と仲良くしているなんて言う光景を見ると、つい嫉妬してしまう感じかもしれない。でも俺にとっては、とても微笑ましい光景だ。彼女にとって、まさにあの『兄』は理想的な存在。彼女が満面の笑みを見せているというだけでも、俺はとても嬉しかった。
もちろん、それには深い理由がある。
「あ、それじゃお兄さん……」
『おう、分かった』
俺がペンタブでパソコンにある漫画を描くためのソフトをクリックした途端、兄の姿が消え去ってしまった。最初この光景を見たときには彼女はとても驚いていたけれど、今や完全に慣れっこになっている。
この順応性は本当に凄いと思う。もし俺が彼女と同じ立場なら、恋人が自分のきょうだいを『漫画の中』で描き、それを実体化させてしまうというだけで腰を抜かしてしまうだろう。
「それじゃ、どういう感じにしようか」
そして、その兄を自分の好きなようにカスタマイズ出来てしまうという事にも。
漫画の登場人物である『兄』の設定を、彼女は色々と考えていた。あの外見も、サーフボードが得意と言う事も、好きな料理は自分と同じカレーライスであると言う嗜好も、全部彼女が考え出したものだ。
「それじゃー、バイト!お兄ちゃん、ずっとバイトせずに家でごろごろしてばかりだから……」
「随分厳しいな……」
コンビニでバイトをする様子を描いてほしい、と言う彼女の要望に基づき、俺は早速彼女の『兄』がコンビニで接客をし、その中で困っているおばあちゃんを助けたというエピソードを描いた。
そして、完成した後その漫画を保存した瞬間、彼女の横に漫画の中でバイトを済ませた『兄』が戻って来た。
「お帰り、お兄ちゃん!」
『ただいま』
嬉しそうな妹に合わせるのように、一仕事を終えた兄も笑顔を返していた。
そして、二人で礼を言った後、兄妹は俺の部屋を去って行った。
……正直、ちょっとだけ悔しいという気分はある。彼女は俺じゃなくて、俺の漫画の方が好きなんじゃないか、と。でも、それでも彼女は自分の兄が『漫画』の人物であると割り切っているようだ。そうでなければ、あれだけ仲良く出来ることなんて無いからだ。
やっぱり、女性と言うのを思い通りに描くというのは難しいのかもしれない。
「はぁ……」
ため息をつきながら、俺は目の前にある漫画が描かれた画面――俺の理想の恋人が一面に描かれたもの――を眺めつづけた。
お題:彼女の兄 必須要素:漫画




