時間厳守アパート
「え、講義が終わった後か?」
「悪い、ちょっと昨日寝坊しちまって……だから見せてくれないか?」
とある大学で、男子生徒同士が和気藹々と会話を続けていた。
髪が少し長めの学生が、眼鏡をかけたいかにも真面目そうな友人のアパートを訪ねたい、と言いだしたのである。今日も寝坊して授業をすべて聞く事が出来なかった彼は、寝坊知らずで宿題も真面目にやる友人に頼る事に決めたのである。
そんなぐうたらな彼の提案に、友人は何故か心配そうな顔をした。
「……本当に来れるのか?」
「な、何言ってるんだよ?ただのアパートじゃん、大丈夫だって!」
道は分かるし、鍵が無くても呼び鈴を押せばよい。そう言った彼だが、どうも友人の心配はそれではないようだった。とは言え、押しが弱い友人は結局彼の笹井を受けることになってしまった。
そして、今日の講義がすべて終わった後、彼は自慢の自転車を駆って友人の家へと向かう事にした。
「おーい、来たぜー!」
『だ、大丈夫なのか本当に……?』
いまさら何を心配しているんだよ、と全く気にしないような感じの彼は、そのまま友人にアパートの自動扉を開けてもらい、階段を上って彼の部屋がある『3階』へと向かおうとした。
だが、階段を上るにつれ、明らかに何かがおかしい事に彼は気が付いた。
「……あれ?」
普通のアパートなら、少なくとも踊り場を3、4箇所潜り抜ければ、目的地の3階へ迎えるはずである。しかし、いくら上に登っても3階どころか、2階に続く場所すら見つからないのだ。いったいどうなっているんだ、と考えつつも、彼はそのまま階段を上り続けた。道に従っていけばたどり着くだろう、と友人も告げていたからである。
確かに彼の言う通り、3階のドアが並ぶ部屋の外の通路へ続く場所を見つけることは出来た。しかし、ここにたどり着くまでに彼は何十階相当もの高さの階段を上り続けるという事態になってしまった。
「はぁ……はぁ……」
サッカー部で鍛えた自分の体に感謝したのもつかの間、彼はその廊下に続く光景に唖然とした。
そこの廊下には、地平線の彼方まで続きそうなほど、大量のドアが並んでいたのである。
「……な、なんじゃこりゃ!?」
しかも、近くの部屋のドアは友人の部屋の番号から2、3ケタも多い数字である。一体何がどうなっているのか、と彼は混乱しそうになった。ただアパートを訪れるだけなのに、なぜここまでして苦労を強いられるのか、と。
今になって友人がとめた理由が分かって後悔しそうになったものの、彼は諦めずに彼の部屋を目指すことにした。自分の将来の単位がかかっているかもしれないからだ。
――そして1時間後、ようやく彼は長い廊下を走りきり、友人の家に着いた。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫……じゃねえよ……」
何十キロも歩き、走り続けてヘトヘトになってしまったが。
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「お前、なんでこんな場所に住んでるんだよ……」
友人の家で、彼ははっきりと疑問をぶつけた。
眼鏡をかけたいかにも理系そうな彼が、こんな場所に住んでいるというのが信じられない気分だったのだが、友人はさらりと彼に告げた。
「ここなら絶対に遅刻しないからな」
「へ……?」
「家を出るだけでもこれだけの時間がかかる訳だ。
何が何でも時間を『守る』と言う意志が宿るだろ?」
目標の時間よりもずっと早く行動すれば、何もかもうまくいく。いつやるのか、それは今しかないだろう、と言う理屈なのだ。
不思議に納得しつつも、いくらなんでもやり過ぎなんじゃないか、と彼は友人に質問した。風の場合はどうすれば良いのか、と。
そして、友人はその質問に再びさらりと答えた。
「あぁ、その時はエレベーターを使っている」
「ふーん……っておい!!ちょっと待て!!」
――その後、友人は彼に今期の宿題を全て写させる約束を交わさせられたらしい。
お題:正しいアパート




