『声』と少女の早朝
『おはようございます、お嬢様』
今日も彼女は、低く響く優しい男性の『声』で夢から覚めた。
体はまだベッドの中に居たがっていたが、既に時計は起床予定の時間に近づいていた。嫌でも起きないと、時間を破る悪い少女になってしまう。幸い、部屋の中は外の冬空とは真反対の温かさに満ちていた。
『お目覚めは、いかがですか?』
もう少し寝ていたかったな、と言う少女の本音に、『声』は笑みを見せていた。
『お嬢様、今日の朝食は既にできております。
準備の方を、お願いいたします』
わかったわ、と返した少女は、そのまま寝室のある二階から階段を降り、洗面所で顔を洗ってしっかりと体を眠りから覚まさせた。
太陽の日差しが窓から差し込み、彼女の体内時計を朝の時間にセットし始めた。そうなれば、体はすぐにこれからのエネルギーを欲するものだ。大きなおなかの音が鳴ってしまった事をちょっぴり恥ずかしがりながらも、彼女は『声』に導かれながら食卓へと向かった。
『いかがでしょうか、本日の食事は』
相変わらず凄いわね、と言うほめ言葉に、『声』はありがとうございます、と返事をした。
そこに並べられていたのは、ご飯やシャケ、和風のサラダにワカメ入りの味噌汁と言う典型的だがこの国の健康を昔から支えている朝ご飯。少女も昔から大好きなものだ。
こういうのは、昔は『おふくろの味』と言われていたようだが、彼女にとってはそのようなものは一つの雑学にすぎなくなっていた。誰が母親か、誰が父親か、少女には分からない。しかし、一つだけ確かなのは、この美味しい食事を毎日用意してくれているのが、この『声』の主である、と言う事である。
そして十数分後、少女の目の前には食べ終わった食器が並べられていた。ごちそうさまでした、と丁寧に挨拶した少女に、『声』は優しく告げた。
『さてお嬢様、そろそろ学校の準備をお願いいたします』
了解、と告げた少女は、そのまま台所を後にした。
しばらくの間、彼女は『声』の届かない領域にいる。レディの恥ずかしい所を見るようなことはしない、と言う『声』の計らいを、彼女もしっかりと受け取った形である。
着替えが大まかに済んだ辺りで、少女はちらりと食卓を見た。
さきほどまで乱雑に散らかっていた食器はあっという間に片づけられ、地震にも耐える頑丈な食器棚の元に片づけられていた。
『おや、お着替えは済んだのですか?』
ちょっと様子を見たくて、と慌てて告げた少女は、そのまま着替え部屋に戻り、外出の準備を整えて始めた。どうやら『声』以上に、彼女の方がしっかりと自身が女性であるということを意識しているようだ。
それから数分後、少女の着替えは完了した。鞄や靴下もばっちり、これでいつでも外出――いや、学校への登校できる。
そして、ドアの向こうで呼び鈴が鳴り、彼女の友達が迎えに来た事を告げた。『声』からの忘れ物は無いか、と言う気遣いを彼女はしっかりと受け取り、もう一度宿題などを確認した。大丈夫、昨日のうちにしっかりと仕上げたものは鞄の中に入っている。
『それでは、いってらっしゃいませ』
優しい男性の『声』に、少女はいってきます、と元気な声を返した。
そして、彼女はドアを出た後、もう一度自分を見送ってくれる『声』の主の姿を見た。
両親を亡くした彼女をずっと育ててくれた、巨大な二階建ての家の形をした万能スーパーコンピュータの姿を……。
お題:未来の紳士




