閉鎖的小説家寺院
「失礼します」
ここは、とある場所にある寺院の一室。頭を剃り、黒い衣装に身を包んだ僧侶風の人物が静かに扉を開き、中に入った。彼の声に返事は無かったが、その代わりに、部屋の中にいる一人の人物から頷きが返って来た。
「師匠……」
「うむ、もうお昼かの」
そう言うと、ずっと後ろを向いていた『師匠』が『弟子』である僧侶風の人物の方に顔を向けた。師匠の方もまた髪を剃り、黒い衣装に身を包んでいる。
二人はずっと、この寺院である修行を続けていた。
彼らに共通するのは、一つの大きな夢――小説家になり、世界で有名になる――だった。しかし、都会で必死に努力を重ねても一向に成果は出ず、失敗の連続で挫けそうになっていた。そんな時、この寺院での修業を思いつき、引っ越してきたという訳である。
二人はそのころからの先輩と後輩だったが、今は『師匠』と『弟子』と言う間柄に変わっているようだ。
「今日の昼食は、自家製のインドカレーでございます」
「ありがたい。しかし、もう少し待ってくれんかのぉ」
そう言う『師匠』の傍らには、隅々まで大量の文字に覆われた一冊のノートがあった。静かな森に囲まれたこの場所で、彼や『弟子』は毎日何時間も自分のアイデアをノートに書き続け、互いにそれを見せ合っては推敲をつづけ、より洗練されたものを作り続けていた。今日もまた、新たなアイデアを思い付いた『師匠』は、朝食後ずっとノート一面に書き記していたのである。
とは言え、ここからずっとアイデアの執筆に入ってしまうと時間が消費されてしまい、『弟子』が作ったインドカレーが冷めてしまう。
「宜しければ、今すぐに来ていただければ……」
「それもそうじゃの」
『弟子』からの進言に、『師匠』は素直に従う事にした。
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昼食の場には、玄米の上にかけられた、野菜のみが入っているインドカレーがあった。頭を刺激しそうな辛さを、二人は堪能し続けていた。
「……それにしてものぉ、『弟子』よ」
「なんでしょう、『師匠』」
こういう二人のやり取りは、都会で小説家を目指していた頃からずっと続いていた。しかし、人々でごった返し、騒音が鳴り響いていた都会の生活ではそれらの会話の中に刺々しい感情が混ざることもしばしば、時には喧嘩にもなってしまった。しかし、この寺院に来てからと言うもの、彼らは大きく変わった。
「最近またアイデアが良く出るようになったな」
「ええ、良い事です」
口調は穏やかになり、心もまるで水で洗った後のように清らかな感情がつつんでいる。そして、頭に浮かぶアイデアもまた、まるで蛇口からあふれるたくさんの水のように、時間ごとにたくさん出てくるようになっていたのだ。あの大量の文字に包まれたノートが、それを示している。
――しかし、彼らはそれを外部に出すという事はしなかった。
「外には出さないんですね」
「うむ、外部の邪気に触れさせるわけには行かんからな」
彼ら自身のアイデアは、この静かで穏やかな場所でのみその効力を発揮する、そう彼らは信じるようになっていたのだ。毎日起きては新たな作品を作り、二人で推敲しあう。しかしそこから先の流れは生まれず、彼らはただ小説の『修行』を続けるだけの存在になっていたのかもしれない。
だが、それでも彼らは幸せだった。
「今日も良い作品を、楽しみにしていますよ」
「こちらもじゃ」
二人にとっては、自分たちが推敲を重ね、磨き上げた作品こそが世界で最も洗練された小説なのだから。
お題:穏やかな小説修行 必須要素:インドカレー




