1章-6.訪問者 2023.9.2
サクマの両親をレンヤが殺害し、レンヤとサクマがマドカの家での生活を始めて、約1週間経った頃。レンヤとサクマは、すっかりマドカの家での生活に慣れ、我が家にいるかの様に寛いでいた。
「ふぁ~、おはよ。レン兄。あれ?マドカ姉ちゃんは?」
朝10時を少し過ぎた現在、サクマがそう言いながら2階のリビングへとやってきた。リビングでは、すでにレンヤが起床していて、ソファーに寝そべりながら独りテレビを見ている。サクマは、そこにいつもならいるはずのマドカがいない事に気がつくと、不思議そうにレンヤに尋ねた。
「マドカさんなら、買い物行った。朝ご飯テーブルの上にあるから食べろって~。」
レンヤはあくび混じりの、眠そうな声で答える。
「うん。」
サクマは頷くと、リビングの台所前にあるテーブルへ向かう。テーブルの上には、サクマの分と思われる朝食がラップのかかった状態で置いてある。サクマはそのラップをはがすと、半睡状態のままむしゃむしゃと食べはじめた。
まったりとした時間が流れる。心地の良い沈黙だ。平和そのものである。しかし突然、その穏やかな空気を破るように、ピンポーン……と、訪問者を知らせる電子音が、二人のいるリビングに響いた。
「あれ?誰か来たのか?マドカさんいないのにな……。」
レンヤは、ソファーからむくりと起き上がると、玄関へ向かう。そして、一瞬ドアを開けるか迷ったが、レンヤはガチャリと玄関の扉を開けた。
「おはようございます。神辺 白梅といいます。マドカさんいらっしゃいますか?」
白く長い髪をサラサラとなびかせた、かわいらしい少女が立っていた。身長は150センチあるかないかの小柄で華奢な少女だ。とても清楚な感じで、さわやかにほほ笑んでいた。レンヤは予想外の来客であるそんな容姿の少女に目を奪われていたが、すぐにハッとする。
「マドカさんは今買い物で家にいないんだけど……。」
「では、中で待たせてもらってもいいですか?」
「うーん……。」
レンヤは迷う。この純粋そうな少女を家にあげてよいものか。だが、帰ってもらうのも外で待たせるのも、可哀相な気がしてしまう。マドカが外出した時間を考えれば、まもなく帰ってくるだろう。それであれば、少女の要望通り中に入れてしまっても問題ないとは思う。
「ダメでしょうか?」
不安そうに少女はレンヤの顔を覗き込む。さらに、上目使いという高等テクをも使用した。こうした押しに非常に弱いレンヤは狼狽える。この少女はマドカを知っているようだ。また、マドカと同じくらいの歳に見える。従って、家にあげてはいけない理由は無さそうだと自分に言い聞かせた。
「あ、どうぞ、上がってください……。」
少女の押しにレンヤはあっさりと完全敗北し、少女を家に招きいれた。少女がレンヤのすぐ横を通り抜け、完全に家に入ると同時に、ガチャリと音がなって玄関のドアが閉まった。完全に玄関の扉が閉まると、外部の光が遮られ玄関の空間は少し暗くなる。自然音も完全に消え、無音になった。その瞬間を待っていたかのように、少女はぴたりと動きを止めてゆっくりと口を開いた。
「ずいぶんと、無防備というか、警戒心がないんですね。殺人鬼さん?良いんですか?あなたの様な方が、見ず知らずの人間を自分のテリトリーにあっさりと侵入させるなんて事。」
「!!」
少女はレンヤの目の前で、レンヤに背を向けた状態で問いかけてきた。表情は見えない。動きもない。少女の言葉に、レンヤの全ての神経が一気に集中する。
「アンタ、何者だ?場合に因っては……。」
「のどを切り裂いて殺しますか?」
レンヤは一瞬のうちにナイフを取り出して、少女の背後から少女の喉元にナイフを当てていた。ナイフの切っ先は、少女の白く細い首の表面に微かに触っている。少しでも動けば傷がつくのは間違いない。先ほどとは一転、緊迫した空気の中、両者ともにピクリとも動かない。
「心配しなくても大丈夫です。別に通報しようなどとは思ってませんよ。」
少女は、ナイフをのどにあてられているにもかかわらず、緊迫感のない声で答えた。さらに、背後にぴったりとくっついてナイフをあててくるレンヤの顔を、少女は覗き込むように見上げてさわやかに笑った。
レンヤは言葉を失う。先程はさわやかで可愛らしく見えた笑顔も、今では不気味でたまらない。自分はこんなにも敵意を表し、圧力をかけている。それにも関わらず、少女は一切怯える事もなく全く様子が変わらない。レンヤはその不気味なオーラにのまれてしまっている。少なくてもこの少女もまた、普通ではないことは確かだ。
そもそもだが、最初からこの少女は不自然だったと今更ながらにレンヤは気が付く。なぜ、自分が玄関に出てきた際にこの少女はレンヤの存在に驚かなかったのだろうか。まるでレンヤがマドカの家にいる事を既に知っているかのようだった。どう考えても反応としておかしい。
「私は、マドカの単なるクラスメイトです。ナイフをどけてもらえませんか?」
少女はそう言い終わると同時に、レンヤの腕をすりぬけるようにして、脱出していた。
「なっ!?」
「私は貴方達の敵ではありません。味方ともいえないでしょうが……。」
驚き固まるレンヤに、少女はさわやかに笑ってそういうと、平然と靴を脱いで、2階のリビングへと歩いて行ってしまった。そのためレンヤは、慌てて少女の後を追いかけた。そして、リビングに入った少女は、堂々とソファーに座る。
「ちょっと、神辺さん?だっけ?」
「マドカとは、友達です。どうぞ警戒しないでください。それから、白梅と呼んでください。」
白い髪の小柄な少女、シラウメは、さわやかに微笑みながらレンヤに言う。レンヤは動揺を隠せないまま、とりあえずシラウメの向かいのソファーに座った。このシラウメという少女を放置はできないだろう。常に視界に入れておく必要があると本能的に感じた。
「マドカが帰ってくるまで、少し私とお話しましょうか。」
「あぁ、はい。」
レンヤとしても、このシラウメという人物が気になって仕方ない。先ほどの事といい、マドカの友達という時点でも、何かあるのではないかという気がしてしまう。
「レン兄、この人だれ?」
朝ごはんを食べ終わったサクマが、レンヤ達の方へとやってきた。
「この人は、マドカさんの友達のシラウメさんだって。」
「ふ~ん。」
サクマはあまり興味がないのか、そっけなく返事をすると、リビングから出ていこうとする。
しかし、
「はじめまして。君は、サクマ君ですね?」
「え?」
シラウメの発言によってサクマは半ば強制的にひきとめられる。何故サクマの名前を知っているのだろうか。サクマだけでなくレンヤも自分の耳を疑った。サクマは、ゆっくりと振り返りシラウメをまっすぐに見る。
「そんなに睨まないでください。せっかくの可愛らしい顔が台無しです。サクマ君とも是非お話がしたいので、座ってもらえませんか?」
サクマは、シラウメを警戒しながらも、レンヤの隣に座った。
「そうですね。私ばかりあなた達の情報を知っているのは、少し不公平ですよね。」
シラウメはそう話を切り出した。
「私はマドカのクラスメイトであり、警察です。」
は?警察?
この容姿で警察?というか、警察!?
二人は目と耳を疑った。驚きのあまり固まった。言葉が出ない。
「ふふっ、さっきも言ったように、逮捕する気はさらさらありません。安心してください。」
安心しろと言われても、安心なんて出来るわけがない。レンヤは警戒を解かずにシラウメを睨む。自分が想像する警察の像とシラウメは大きく異なる。マドカのクラスメイトという事は15歳のはずだ。警察という職業に就くにはあまりに若すぎるのではないだろうか。
「あ!警察と言っても、あなた達が知ってるような、無能集団とは一緒にしないでくださいね。」
「無能集団?」
「ええ、まぁ。世の中は綺麗事だけでは、治められないのはわかりますよね?綺麗事のみで活動するのが無能集団です。言ってる意味、分かります?」
シラウメはそう言って、ふふっと笑った。
「つまり、シラウメさんは、汚いお仕事をしていると?」
レンヤはシラウメにたずねる。綺麗事以外という事は汚いことをするという事ではと、安直だがレンヤにはこの程度しか思いつかない。具体的に何をしているのかなどさっぱり想像できなかった。そんなレンヤの質問にシラウメは一瞬困ったような顔をしたが、すぐにまたさわやかな笑顔を浮かべた。
「まぁ、間違ってはいないですね。悪く言えばそうなります。あまり想像できていないようなので、具体的に言いましょうか。凶悪な殺人鬼を生死問わず武力行使で捕まえたり、正当な方法で逮捕する事が困難な犯罪者を捕まえたりしています。つまりは、現状の法で裁けないような人間を対象にして、ありとあらゆる手段を行使して対処しています。無能集団が裁けない様な者たちを裁いているという事です。」
シラウメは説明を行ったが、二人はこの回答の意味がよく理解出来ずに固まる。
「ふふっ。私の話はこのくらいにしましょうか。とりあえず、お二人が考えるような普通の警察とは異なると思って下さい。」
シラウメは、またさわやかに笑った。
「ところで、レンヤ君は、全部で5人殺しましたね?」
「何でわかるんだよ?」
レンヤの顔は険しくなる。
「それくらいわかりますよ。犯人がレンヤ君であるという証拠は何ひとつ残っていませんでしたが……。殺害現場の雰囲気ですかね。簡単に言えば勘です。」
「勘……。」
「強いて言うなら、あまりにも殺人が華麗過ぎたというのが証拠でしょうか。だから、余計分かり易いんですよね……。」
相変わらずシラウメはさわやかに笑う。
「さいですか……。」
「マドカが気に入るわけです。」
シラウメは、ふふっと可笑しそうに笑った。と、そんな所へ、ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえてきた。
「ただいま~。」
マドカが買い物から帰って来たようだ。マドカの足音がリビングへと近づいてくる。そして間もなくしてリビングの扉が開いた。
「ただいま。ってあり?シラウメ来てたの?」
「ええ。勝手に上がらせてもらいました。」
マドカは買い物袋を冷蔵庫の近くに置くと、袋から買ってきたものを取り出してせっせと冷蔵庫へ収納し始めた。
「シラウメ、今日は何の用?言っとくけど、レンヤ君はあげないからね。」
マドカは収納する手は止めずにそう言って、シラウメの方を振り返りニヤリと笑った。
「逮捕する気はないですよ。今日来た理由は、マドカとレンヤ君に依頼したい事があったので。」
シラウメのマドカに対する態度から、友達というのは本当のようだ。彼女たちのやり取りを見聞きして、レンヤは少し安心した。暫くして収納を済ませたマドカがソファーに座ると、シラウメは持ってきた大きめのカバンの中から大きなファイルを取り出し、中央のテーブルに広げた。
「実はここ最近、死刑囚が8人ほど脱獄しちゃいまして……。彼らを殺してほしいんです。」
シラウメはさらりとそんな事を言った。