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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
8章
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8章-13.敗北の先 2023.11.19

*** side シラウメ

 

 コツ、コツ、コツ、コツ……。

 と、一人分の足音が響く。


 広く冷たいこの空間で、今この瞬間を歩ける人間などいるはずがないのに。

 

 シラウメは顔を上げた。そして足音の方へと視線を向けた。

 

「え……パパ……?」


 遠く、黒いスーツに身を包み、堂々とした足取りでこちらへ歩いて来る男が目に入った。

 それは紛れもなく、シラウメの父親――神辺出カンナベイヅルだった。


「白梅。病気で母親が死んだときも、上司が死んだときも、顔色一つ変えなかったお前が泣くなんてな……」


 父は少し笑いながらそう言葉を零す。そして、呆れたような笑みを浮かべた。


 一体何故、父がここにいるのか。シラウメは状況が理解できずに困惑する。

 父は先週から仕事で海外へ行っていたはずだ。戻るのは再来週と聞いていた。

 故に、今ここにいる事自体、どういうことなのか分からない。


「その男は、そんなに大事か?」


 父の問いかけに、シラウメは再び俯きグッと歯を食いしばった。

 

 大事だ。本当に大事な人だ。

 この人がいなければ自分は生きていけないのではと思うくらいに大事な存在だ。

 アイルはもう自分にとって、ただの部下ではない。

 そう自覚してしまったから……。

 

 涙は再び溢れてくる。ぐしゃぐしゃになる。顔も心も何もかもがぐしゃぐしゃだ。

 

「はい……。アイルは私の大事な部下であり、大切な人です……」


 シラウメは消え入りそうな声で答えた。

 

「そうか……。それならパパが何とかしないとな」

「え?」


 父からの思わぬ言葉に、シラウメは顔を上げた。

 と、その瞬間、父が手にしていた黒色の端末から、ジジッと電子音が鳴った。恐らく手にしている黒い端末は無線機だろう。

 父が無線機を目線の高さまで上げると、次第にノイズが聞こえだす。


『安全確認が取れました。突入可能です!』

「分かった。全員突入だ」

『了解!』


 無線とやり取りを行う父を、シラウメは呆然と見つめていた。父は一体何をしようとしているのか。

 安全確認が取れたと。それに対して父は、全員突入と指示していた。

 それが意味する事とは……?


「パパ……。今のは……?」

「ん? この場所の安全確認が終わったから、医療チームをここへ呼んだんだ。最善を尽くすよ」


 困惑し続けるシラウメに、父はそう言って爽やかに笑った。



*** side シラウメ


 その後の展開は圧巻だった。父が呼んだ医療チームがこの場に駆け付けると、怪我を負った彼等に対してすぐさま治療を開始した。

 シラウメはその様子をただただ見つめていた。


「助かるかどうかは、その男次第だ」

「はい……」


 父が言う通り、助かるかどうかはアイル次第だ。

 しかし、助かるかもしれないという希望があるだけで本当に救われる思いだった。

 最善を尽くしてくれる父には感謝しかない。


「こうしてこの場に医療チームを直ぐに送り込めたのは、白梅がしっかり敵を殲滅していたからだ。少しでも漏れがあればこうはいかなかっただろう。流石だな」


 父はそう言って白梅の頭を撫でる。その手は大きくて温かい。

 何年ぶりだろう、父に撫でられたのなんて。

 シラウメはその優しい手をとても懐かしく思った。


「本当に……、本当にありがとうございます。でもどうして? どうしてこの状況が分かったんですか?」


 どうして父はこの状況が分かったのだろうか。シラウメが今この瞬間に、最も欲しい物が分かっていた事も不可解だ。

 また、父がここへ駆けつける事が出来た理由も分からない。海外で長期的に用事があったのだから、簡単ではないはずだ。

 

 こうなる事を事前に把握できていなければ不可能だろう。さらに言えば、相手側の戦力を把握していなければこんな惨状になるなんて予測できないだろう。

 今まで、シラウメの仕事に対して、父が関わってくる事など無かったのだ。今回だけたまたま見ていたとは考えにくい。


「2日前に連絡があったんだよ。カタコトの言葉で、『さっさと娘の所へ行ケ!』と言われてね。あの男がわざわざ動くという事は、相当マズイ状況だろうと」

「え?」

「そんな情報を貰ったから、急いで戻って来たんだ。当然仕事は放って来た。それで、状況を確認してギリギリ間に合わせたんだよ」

「……」


 どうやら親切な人間が、シラウメのピンチを察知して、父に連絡を入れたらしい。

 その人物に心当たりは……ある。


「神経ガスの方はどうだ? 問題なさそうか?」

「はい。ここの状況はリアルタイムで部下へ伝わっていますから、そろそろ解除が終わる頃だと思います」

「そうか」


 父の大きな腕は、シラウメの肩を抱いた。そして、引き寄せられて抱きしめられた。


「パパ……汚れてしまいます……」


 自分は血まみれだ。父のスーツが汚れてしまう。

 そう心配するも、父の温かさにシラウメの心は解れていくようだった。

 頼る事が出来る人がいるというのは、こんなにも心強く安心できるものなのかと。


「あれだけの脅威に対して、一切一般人への被害を出さなかったというのは凄い事だよ。白梅」


 シラウメは顔を上げて父の表情を覗き込んだ。父がこのような言葉を掛けてくるのは珍しい。

 一体どんな意図で掛けられた言葉なのだろうか。

 

 そんな疑問を感じながら確認するように見つめた父の表情は、とても優しい物だった。

 明らかに仕事の時の顔ではない。

 それはかつて、病に伏せる母へ向けていた表情に近いような……。


「白梅にしか成し遂げられなかった事だ。もし、彼等が居なければ、一体何人の警察の人間が死んだか……」


 アイル、キャロル、ビンゴ、そしてレンヤの持つ武力を、一般的な身体能力しか持たない人間で置き換えようとすれば、とんでもない人数が必要だろう。その上、多くの命を失う事になったに違いない。

 もし彼らが警察側に協力してくれなければ、被害はこの程度で済まなかった。この程度というには、悔しい結果ではあるのだが、仕向けられた脅威の大きさから考えれば、被害は本当に最小限に抑えられたと言ってもいい結果だった。

 

「よく頑張った。この街を守ってくれてありがとう」

「はい……」

 

 確かに客観的に評価すれば良い結果だ。父も評価をしてくれている。

 しかし、本音を言えば、この結果に満足できるわけがない。


「白梅。悔しかったか?」

「っ!」

「そりゃぁ、満足なんてできないよな」

「はい……」


 父はそこでフッと笑った。

 その笑いの意図が分からずに、シラウメは首を傾げる。


「完璧主義な部分は母親に似ているな」


 シラウメは母についてあまり知らない。記憶にあるのは闘病生活をしている姿だけだ。

 母についての情報はどこにも残されていないので、意図的に消されているようだった。


「欲張りで負けず嫌いなところは、父親似か……」


 父は何となく嬉しそうな顔をしている。そして、再び大きな手で頭を優しく撫でられた。


「本当に、白梅が無事でよかった。お前が無事であることが何よりも救いだったよ。それに、お前の助けになれて良かった」


 困ったように笑いながら言う父の心情を読み取るのは難しい。

 だが、とても大事にされいるのだと伝わって来た。そこに愛情が含まれているのだと確かに感じた。

 

 そこでふとシラウメは思う。自身は今まで、ちゃんと父の顔を、表情を見て来ただろうか。と。

 いや、何も見てこなかった。きっと今までだって父はこうやって自分へ愛情を向けていただろう。

 だが、自分は気が付いていなかった。いや、気が付くことができるだけの感性を持ち合わせていなかったように思う。


「パパ。ありがとうございます。もしパパの助けが無かったら、私は私でいられなかったと思います。私が今こうして私でいられるのは、パパの助けが有ったからに他なりません。いつも頼りにしてます。パパが来てくれて、私はとても安心出来ました」


 シラウメはそう言って微笑んだ。すると、父は驚いたような顔をした。

 本当にびっくりしたような様子だ。シラウメ自身、自分の口からこんな言葉が出てくることに少し驚いている。

 しかし、これは自分が今、父に伝えたいと思った言葉に他ならなかった。

 

 父は再び、しっかりとシラウメを抱きしめた。先ほどよりもずっときつく抱きしめられ、父の息遣いや鼓動までもが伝わって来た。

 その時、父の腕が少し震えているのにシラウメは気が付いた。

 きっと今まで沢山心配を掛けたのだろうと悟る。

 

 人間味の薄いシラウメに対して、どう接するべきかと父は迷い続けてきたのだろうと思う。

 意思疎通ができない訳ではなかった。他者に共感する事が不得意だった。気持ちに寄り添う事が難しかった。

 情報伝達としての会話はできても、人と人の心を通わせるような会話という物はできなかった。

 そんな自覚がある。


 それによって、自身は無意識にずっと、父を傷つけてきたのかもしれないと思うのだ。

 そこには一切の悪気もないのだから、きっと父はさらに辛かっただろう。

 

 今ここでやっと、シラウメは父としっかりと心を通わせることができたのではないかと感じた。

 父の娘に対する愛情を感じる事が出来た。

 それを父も感じたからこそ、こうして震えているのかもしれない。


 シラウメは父の腰に腕を回しギュッと抱き着いた。しっかりと立つ父は本当に頼れる人だ。

 この人になら甘えても良いのだと思えると、シラウメはとても安心したのだった。

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