8章-12.最期の願い 2023.11.19
*** side シラウメ
彼らが去り、気配が完全になくなるとその瞬間。ゴホッゴホッとアイルが血液の混じった咳をし、膝をついた。
「アイル!!」
シラウメはすぐに駆け寄りアイルを支えた。その途端、シラウメの真っ白なトレンチコートが触れた部分から真っ赤に染まっていった。みるみるうちに浸食されていく様子に、血の気が引く。アイルが身に着けていた衣服やコートは真っ黒であるため、正確に分かっていなかった。どれほど酷い傷であるのかを。
想定以上に深い傷だ。酷過ぎる。今もドクドクと流れ出していく様子に頭が真っ白になる。このままの勢いで流れ出せば、あっという間に失血死してしまう。とにかく早急に止血しなければ。そんな焦る気持ちでおかしくなりそうだ。
シラウメは何とかアイルを寝かせようと試みる。しかし、体格差があまりにもあって、アイルを支える事なんて一切できなかった。アイルの力が抜けた途端、アイルの体は傾き、ドサッと音を立て勢いよく床に倒れてしまった。
シラウメは震える手を懸命に動かして、止血の出来る特殊な布状のシートを取り出す。このシートは皮膚の組織を真似た構造をしており、研究の末に生み出された代物だ。数針縫う程度の傷までであれば、血液に反応して密着し一時的に止血できるという物だ。
それを傷を覆うくらいの大きなサイズにカットして、最も深刻な傷である腹部の傷口に当てる。
「っ――!!」
しかしながら、布は一切皮膚に密着しなかった。当然流血も止まらない。シラウメは悔しさから歯を食いしばる。目には涙が溜まっていく。こんなもので止血なんて出来ないと、シラウメにはその結果は分かっていた。当然だ。流れ出る血液の量が多すぎるのだ。脈を打つたびに溢れ流れる血液を止める事はできない。死体に対して流血を止めるのは訳が違う。
これほどまでの怪我に対して、たかが布切れで対応できるはずがなかった。それでも、シラウメは止血しようと、必死で傷口を圧迫する。
「何故ですかっ!? 何故血が止まらないんですか!?」
シラウメは叫ぶように怒鳴りちらす。
「この布はっ……、万能じゃないんです……か……?」
声が震える。
「アイル! しっかりしてください! アイル! お願い……です……から……」
シラウメはアイルに呼び掛ける。すると、アイルはうっすらと目を開けた。しかし、息は荒く非常に苦しそうだった。
「シラウメ……」
アイルは絞り出すような声でシラウメの名を呼ぶ。
「シラウメ、もういい……。オレは助からないから……」
「そんな事っ……」
「いいんだよ。もう……」
その言葉に、シラウメは固まった。
嫌だ。そんなの。
嘘だ。助からないなんて。
そんな事。
「そんな事、言わないで……下さい……」
「シラウメ、オレ……さ、自分が死ぬ時の事、よく考えてたんだよね」
「嫌です」
「で、オレはこんなふうに死ねたらいいなって思うのを、考えついたんだよ」
アイルはシラウメが止めるのを気にせず話続ける。
「その死に方っていうのがさ、シラウメのメイド服姿見て萌え死にたいなぁーって……」
アイルは少し笑って言う。冗談のつもりだろうか。
「なんですか。こんな時に……」
笑えない。
シラウメは唇を震わせる。
「メイド服だって、ゴスロリだって……、貴方が好む物、いくらだって着てあげますから。だから……。だから、死ぬなんて言わないで下さい!!」
シラウメはぽろぽろと涙を流した。
溢れて溢れて止まらない。拭っても拭っても意味がないほどに溢れだす。
「シラウメ、泣かないでよ。オレは最期に……、シラウメの笑った顔が見たいだけなんだからさぁ……。いつもみたいに自信満々で笑っている姿が……オレは好きなんだよ」
涙を流すシラウメを、アイルは悲しげな表情で見つめる。
「笑えるわけっ……、笑えるわけがないじゃないですか!! 嫌です。アイルは死んじゃ嫌です。私言ったじゃないですか。私のために生きて下さいと!」
「ごめん」
「謝ったって許しません! 許して欲しかったら生きて下さいよ。ねぇっ! お願いですからっ!」
シラウメは懇願する。
お願いだから、死なないで欲しい。
アイルが隣にいない未来なんて考えたくもない。
しかしアイルは、そんなシラウメを突き放すように、無理だよ、と。
きっぱりと言いきった。
どう考えても、この傷では地上までは生きて出る事はできないだろう。それはシラウメもアイルも、嫌と言うほどに理解している。すぐにでも適切な処置をして輸血が出来れば、生き残れる可能性はあるのかもしれない。
だが、地下深くのこんな場所では不可能だ。シラウメが持てる知識でどれほど打開策を考えようとも、助けられる見込みなど欠片も無かった。
アイルはもう間もなく死んでしまう。
自分にはどうすることもできない。
手詰まりだ。
シラウメは諦め、静かに俯いた。




