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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
8章
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8章-11.絶望の味 2023.11.19

*** side シラウメ

 

 王手の瞬間。

 まるで走馬灯を見るかのように記憶が走り抜けた。

 そして、シラウメが死を意識した瞬間は、目に映る全てがスローモーションのようにゆっくりと動き、非現実的に思えた。

 

 レンヤの目は虚ろで光が無かった。

 一方で、レンヤの右手に握られたナイフが不気味に光っていた。

 その刃はみるみるうちにシラウメの心臓を目掛けて向かってくる。

 とっさに後方へ避けようと重心を移動するが、それよりも圧倒的に速い速度でナイフが迫る。


 死が目前に迫るような絶望的な時間をゆっくりと見せられるなんて、何て残酷な時間なんだろう。

 シラウメは漠然とそんな事を感じた。

 そんな様子を、残酷な程はっきりと感じていた。


 しかしながらそんな地獄のような瞬間は、直ぐに終わりを迎えた。

 ドブシュッ……という生々しい衝撃音によって。

 

 「……」


 シラウメには、何が起きたのか瞬時には理解できなかった。

 その瞬間は、視界が一気に奪われて真っ暗になった。何も見えなかったのだ。

 

 しかし、直ぐに状況は理解できた。

 気が付けば、鼻を突く程の鉄の臭いがして、荒い呼吸音が間近で聞こえていた。

 未だに視界は真っ暗なままではあっても、分かってしまった。理解してしまった。

 その途端、こみ上げる感情に喉が詰まった。

 

「な……んで……?」


 やっとの思いで絞り出した言葉は震えていた。

 

「何故ですか、アイル……。どうしてっ……?」


 死を覚悟したその瞬間。

 シラウメの前に黒い影が乱暴に飛び込んで来たのだ。

 直後、激しい衝撃と共に視界がその黒い影によって奪われた。


 その黒い影とは、少し離れた位置で戦っていたはずのアイルだったのだ。

 

 この瞬間にシラウメの元へ駆け付けるなんて、絶対に出来るはずがない。

 3体もの強力な獣化人間の相手をしていたのだ。絶対に無理なはずだ。

 それなのにどうしてシラウメとレンヤの間に割り込むことができたのだろうか。


 未だにシラウメはアイルにきつく抱かれていた。それ故周囲を確認することも叶わない。

 アイルが来た事で、レンヤの攻撃がシラウメに届くことは無く、シラウメは助かったのだという事だけが分かっている。


 だが、そんな奇跡が何の犠牲もなく起きることはあり得ない。

 シラウメの中で何か大切な物がガラガラと崩れていくかのような、足元が崩れて真っ逆さまに堕ちていくかのような不安に襲われる。

 

「ゴフッ……」


 案の定、アイルが吐血した。見上げたアイルは口元に付着した血液を雑に拭うと、シラウメの両肩を優しく掴み距離を取った。離れていろという事なのだと理解する。アイルの意識は完全にレンヤの方へ向いている。シラウメからはアイルの影に隠れて見えないが、アイルを挟んで直ぐそこにレンヤはいるのだろう。


 シラウメが数歩さがると、アイルはすぐさまレンヤの胸倉を掴み、とんでもないスピードでレンヤの腹部を蹴り飛ばしていた。それは一瞬の事だった。

 アイルに容赦なく蹴り飛ばされたレンヤは、まるで人形のように力なく転がっていった。遥か遠くでレンヤはうつ伏せの状態で静止したが、動く気配は一切ない。完全に気を失っているものと思われる。これでレンヤは完全に無力化されたと言える。そして、周囲を確認すると、アイルが戦っていた獣化人間達も全員死んでいた。


「おや? これはこれは……。ククククク……。まさかあのシャドウが、たかが小娘一人を助けるために自ら命を差し出すとは……。こんなものが見られるなんて、ワタクシは非常に感動しています!」


 シラウメは、知能犯の言葉にハッとした。気が付けばアイルの足元には血だまりができ始めていた。その範囲はみるみるうちに広がっていく。アイルの背中にはレンヤが持っていたナイフが深々と突き刺さっており、全身にも深い傷が沢山ある。それらは明らかに致命傷だった。シラウメはその様子を見て、ガクガクと震える。とてもじゃないが、立っていられない。それ程の恐怖が押し寄せてくる。それでも気をしっかり持たなければと自分を奮い立たせた。まだ、戦いは終わっていないのだ。ここで自分が崩れるわけにはいかない。


 知能犯はニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべている。勝ち誇ったような表情でアイルを観察していた。


「小娘を助けるためだけに、捨て身の攻撃で化け物を瞬殺し、割り込んだのですか。結構な無茶をしますねぇ。流石にそこまでとは……、実に興味深い。ワタクシの予想以上でしたよ」


 アイルは瀕死だ。それでも、知能犯とシラウメの間に立ち、シラウメが知能犯から攻撃されないようにと警戒している。


「その状態ではシャドウもこれ以上は戦えないのは明らか。精々ワタクシを牽制するのが限界でしょう。まぁ、これでアナタ達の戦力はゼロと言えますね。手足をもがれたアナタにはもう、何もできる事は無いのですから。ククク……。白梅君。アナタの完全敗北です。まぁ、動けるアナタが単体で向かって来ても良いですが、流石にそこまで馬鹿ではないでしょう? ワタクシの予想とは異なる結果でしたが、実に興味深く面白い結果でした。アナタの今のその表情を見られただけても実に満足ですよ。さらには、ここでシャドウを消せたのが非常に大きい。ククク……、ハハハハハッ!」


 知能犯が声を出して笑う中、近くでドサッと何か重量物が落下するような音がした。シラウメがそちらへ視線を向けると、ビンゴがうつ伏せで倒れていた。ピクリとも動いていない。生きているのか死んでいるのか、この場からでは判断できなかった。また、その近くにはユミが無表情立ちビンゴを見下ろしていた。そして、その場へサムライもゆっくりと歩いて近づいてきていた。


 キャロルは……?


 サムライと戦っていたはずのキャロルをシラウメは探す。すると遠くの方から、大鎌を杖の様に使い、びっこを引きながらゆっくりとこちらへ向かってくるキャロルの姿があった。


「待て……。待つんじゃ……」


 苦悶の表情を浮かべ、苦しそうにキャロルは言う。全身に切り傷があり、自力で立てない程衰弱しているようだった。知能犯が言う通り、今の時点でシラウメには有効な戦力は一切残されていないかった。無傷のプレイヤー二人と、遺伝子操作を施された知能犯相手に、シラウメが1人で出来る事など何もない。


「白梅君。実に楽しいGAMEでした。ククク。ここでアナタを殺すのもアリですが……。止めておきましょう。シャドウが死ねばアナタは終わったも同然なのですから。裏警察内でアナタトップにいられるのは、シャドウがいたからこそ。シャドウありきの地位ですからねぇ? 彼が居なければ、他の殺し屋をコントロール出来るはずもない。これから真っ逆さまに落ちていくアナタを見るのが楽しみですよ!」

 

 確かに知能犯の言う事は正しい。警察内部でシラウメが今の地位にいられたのは、アイルによるところが非常に大きい。殺し屋達の社会にある常識や暗黙のルール、彼らにしかわらかない感覚的な事、それらの知識をアイルは惜しげもなくシラウメに教えてくれていた。

 そのうえ、アイルの強さは、幼いシラウメを快く思わない警察内部の人間を黙らせるのに非常に効果的だった。多少危険を伴う作戦であろうとも、成し遂げる事が出来ていたのも、アイルのおかげだった。

 また、こうした武力戦においてはアイル無しでは戦えない。パワーバランスが刻々と変化するような戦闘や、敵側に殺し屋がいる場合、シラウメがキャロルやビンゴに的確な戦闘指示を出す事は難しい。故に、シラウメが自身の思考能力という強みを生かすには、アイルが必要不可欠だったのだ。


「白梅君。折角ですからもう一つ種明かしをしてあげましょう。橋口まどか(ハシグチマドカ)。彼女が近くにいると、どういう訳か洗脳ができないのですよ。そのせいでずっと、彼を遠隔で操る事が叶わず、橋口まどかを殺せずにいたという事です。原因は分かりませんがね。まぁ、そんな事はどうでもいい。つまり、ここに橋口まどかを連れてきてさえいれば、アナタにも勝機があったという事です。もし橋口まどかがいた場合、ワタクシはレンヤを洗脳できなかったでしょう。それであれば、レンヤはアナタの味方として、その戦力を存分に発揮できたのですから。」


 その事実を聞いたとしても、マドカをこの場に連れてくるなんてありえないとシラウメは考える。一般人である人間を警察の事情に巻き込むわけにはいかない。

 たとえ、その事実を事前に知っていたとしても、この場に連れてくることはせず、むしろレンヤにマドカを安全な場所で守らせて待機させただろうと思う。その結果ここでの戦闘にてシラウメに危険が及ぼうとも、それはやむを得ない事だ。その考えは揺るがない。

 

「ククク……。全く、最初から負ける気で、被害を最小限になんて考えているからこんな事になるのですよ。警察には他にもそれなりに戦える人間がいるのですから、それらをふんだんに投資すれば良かったのでは? 殺し屋を相手にすれば秒殺されるかもしれませんが、背に腹は代えられないでしょう。使えるものは全て使用して立ち回れば、この結果よりはずっとマシだったと思いますがねぇ?」


 自分の考えが最も正しいのだと疑う事を一切しない口ぶりだ。くだらない戯言にしか聞こえない。これはチェスや将棋じゃない。相手に駒を取らせて勝つような作戦は、思いついたとしても実行することは無い。そんな戦い方は警察のする事ではないのだ。どんなに厳しい状況だろうと、一般人を守る警察として、味方の命も守らなければならない。従って、警察として、味方を捨て駒のように使うなどあり得ない。


「無様ですね。結局そのせいで、アナタが最も大切にすべきだった物を失うのですから。それに、レンヤに経験を積ませた事も敗因でしょう。初めはただのチンピラレベルだったのですから。彼が弱ければ、シャドウが致命傷を負う事も無かったのではないのですか? アナタが安易に彼を育ててしまったからこういう結果になった。ククク……。あの人の娘ではあっても、まだまだ爪が甘い。甘い戦い方しかできない。所詮は餓鬼という事。ワタクシの敵ではありませんでしたね!」


 ベラベラとよく喋る口だ。気持ちよくて仕方がないのだろう。知能犯の言う敗因を聞いても、シラウメには何も感じるものはなかった。全て、自分で明確な理由を持って選択してきた結果だ。そこに後悔なんてない。最善を選び続けた結果なのだ。この選択を悔やむことなどあるはずがない。


 あるはずがないのだが。


 目の前で重傷を負いながらも、立ち続けるアイルを見るほどに胸が締め付けられた。この結果をやむを得なかったと片づける事なんてできそうにない。悔しくて仕方がない。


「ククククク……。あぁ、本当に愉快でした。では、白梅君。さようなら」

 

 知能犯はそう言ってシラウメ達に背を向けると、悠々と歩き出した。それに続いて、いつの間にかレンヤ回収し担いでいたサムライとユミも歩いていく。シラウメとアイルは彼らが完全にこの場から去るのをただただ何もせずに見ている事しかできなかった。

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