8章-7.メインゲーム 2023.11.19
*** side シラウメ
「シラウメ、一つ聞くけれど、神経ガスってどんな物なんだい?」
突然、隣にいたアイルがシラウメに尋ねた。アイルは何か考えている様子だ。毒ガスの種別によっては強行突破する気なのかもしれない。
「神経に影響を与える毒ガスの事を指しますが、物質名が特定できなければ効果も断言できません。ものによっては、皮膚からも吸収されてしまうためガスマスクがあっても防げないという場合もあります。ですから、強行突破は不可能でしょう。この地下という閉鎖空間で散布されてしまえば、逃げ場はないに等しいです。どんなことがあっても、装置の解除ができない限りは知能犯を殺せないという事です」
シラウメの説明を聞いて、アイルは苦笑いをしていた。やはり、いざとなったら知能犯を殺し、皆で一気に地上まで逃げてしまう事を考えていたのかもしれない。アイル程の身体能力があれば、息を止めたまま、ここにいる人間を担いで地上までいく事は可能と考えての事なのかもしれない。
「アイル。私も貴方に聞きたいことがあります。キャロル達の相手について。」
「あー。うん。そうだね。」
アイルは口元を隠し、そっとシラウメの耳元に顔を近づけ、とても小さな声で回答した。
「2人は諦めたほうが良い。天地がひっくり返っても無理だよ。」
アイルが何故こっそり伝えてきたのかは分からないが、知能犯には聞かれない方が良い情報なのだろうなと察した。
アイルの天地がひっくり返っても無理だという回答は正直意外だった。殺し屋達には強さに応じてランクという制度がある。アイルの話によれば、キャロルとビンゴは実力で言うとSランクというレベルらしいのだ。ランクは、上からSS+、SS、S、A、Bと続くそうだ。そして、アイル自身はかつて殺し屋として活動していた時、SSランクであったと聞いている。そのランクというものをあてにして考えてみれば、知能犯はSランクの殺し屋を2人雇ったと言うのだから、基本は互角、差があっても僅かであると推測していた。しかしながら、今回はどうやら違うらしい。アイルの雰囲気からも、相手側の方が圧倒的に強いのだと悟った。当然シラウメにはランクの差によって、どれほどの実力差があるものなのか分かるはずもない。アイルの感覚だけが頼りである。
シラウメは再び、キャロルとビンゴの状況を確認した。二人とも相変わらず必死の形相だった。一方でサムライとユミには余裕があるように見える。アイルの話を踏まえて考えれば、圧倒的な実力差があるためなのだろう。サムライとユミは、いつでもキャロルとビンゴを殺せるに違いない。しかしながら、現状二人が未だに殺されずにいる理由は、彼らの目的がシラウメ達の足止めだからだろうと推測できた。手加減をされている状況なのだろう。勝ち目なんて一切ないのだから、向こうのペースに合わせるしかない。シラウメが有利になるような状況が、彼等から生み出される可能性は万に一つもあり得ないのだと察した。
これらを踏まえて考えると、アイルがキャロルやビンゴの加勢にすぐに向かわなかったのには、何かしら意図があるのだろうと感じる。たとえ説明されたとて理解が難しい感覚的な物、殺し屋達にしか理解ができないような絶妙なパワーバランスがあるのだと考えられる。
もしかすると、圧倒的な力量差が存在しているために、足止め目的だとアイルは最初から気がついていたのかもしれない。それぞれがそれぞれと対峙し担当出来ている事は、それ程悪い状況では無い。
戦況を最も正確に把握しているであろうアイルが、彼ら放っておくという選択をしたわけだ。恐らくパワーバランスについては、アイルは知能犯以上に正確に把握しているだろう。シラウメはアイルのその選択が最善であるのだと信じる事とした。
「さて。他の皆さんが暇になってしまっては申し訳ないですからね。ククク。こんな物を用意してみました」
知能犯の背後にある空間から、獣化人間がぞろぞろと10体も現れた。どの個体もゆらゆらとゾンビの様に歩いてくる。
「ククク。この化け物達は、今は催眠状態にあるため大人しいので分からないでしょうが、その辺に配置していた化け物達とは訳が違いますよ? 化け物は、元にした人間の能力値が高い程強いのです。この意味がお分かりになりますか?」
知能犯は得意げに説明した。勝ち誇ったような表情だ。シラウメは再び大きなため息をついた。
「意味くらい分かります。つまりそれらの化け物達は、非常に高い能力を持った人間を基にして作り上げた、特別優秀な個体なのだと言いたいんでしょう? 彼らは元々優秀な殺し屋だったんじゃないですか? 丁度2週間程前に、殺し屋が10人失踪していますし」
「御名答! さすが白梅君!!」
知能犯は歓喜したように笑い、手を叩いた。パチパチと響く拍手の音は非常に不快だ。
「シラウメ。あれはマズイ」
アイルがシラウメにだけ聞こえる程度の声で言う。
「10体のうち7体は数分で片が付くだろうけど、残り3体が相当だ……。倒せなくはないけれど、かなり時間が掛かるだろうね。そして、それを相手にしている間、オレはそれ以外の事が何もできなくなる」
シラウメには並んだ獣化人間の実力差なんて分かるはずがない。だが、アイルの見立てでは、10体のうち3体が非常に優秀な個体であり、簡単には倒せないのだろうと予測できているようだ。ただ、それでもアイルであれば、時間をかければ追加で現れた獣化人間を全て倒せるのだというのだからまだ希望はある。
「以上がワタクシの全戦力です。いかがでしょうか? ここに今あるもの同士を戦わせて、最後まで立っていた方の勝ちです。非常にシンプルでしょう? もし、白梅君達が、私が用意した戦力を全て無効化できたのならば、私は喜んでアナタに逮捕されてあげましょう」
まるで駒取りのゲームのような言い草だ。知能犯側の戦力である、サムライ、ユミ、獣化人間10体を無力化できればシラウメの勝ちであり、逆に、アイル、キャロル、ビンゴ、レンヤ、そしてシラウメ自身が無力化されれば知能犯の勝ちである。こんなものただの殺し合いだ。ゲームでも何でもない。シラウメ達が勝てる可能性があるとすれば、アイルが獣化人間を10体全て倒しきり、キャロルとビンゴの方へ加勢して、サムライとユミを無力化するという道だろう。流石にアイルが加勢して2体1に持ち込めば、彼らは分が悪いと判断して手を引くはずだ。雇われただけの彼らが知能犯のために命を懸けて戦うはずもないのだから、アイルが加勢できる状態にさえ持っていければ勝ちであると言える。
「レンヤ君、君に頼る事になるのは不本意なんだけど、背に腹は代えられないからね。シラウメを守りながら立ち回ってほしい。深追いはする必要はない。ただ、倒せそうなら倒してもらいたい。10体分を一度に相手するとなると、流石にオレでも厳しい。数体はそっちに流れると思うから」
「あぁ。分かった」
アイルはレンヤに立ち回りの指示を出す。完全な武力のぶつかり合いである戦闘となってしまえば、戦力を体感で測る事の出来ないシラウメは一切役に立てない。このような状況になってしまえば、策略が入り込む隙間など一切無いのだ。この状況ではシラウメにできる事は殆どなく、むしろ武力を持たないシラウメはお荷物と言ってもいい状況だ。従って、戦闘時の立ち回りの指示は、状況を正確に把握できているアイルに頼らざるを得ない。
「シラウメは、可能な限り銃で自分の身を守って。牽制するだけでも効果はあるから」
「分かりました」
シラウメはアイルの指示に従い、銃を用意する。
「準備はよろしいですか? ククク……。それではメインGAMEを始めましょう!!」
知能犯はシラウメ達の準備が整ったのを見計らって、声高らかにそう宣言する。そして直後、パチンと指を鳴らした。するとその瞬間10体の獣化人間達が一斉に動き出し、シラウメ達に襲い掛かってきた。
「アイル、レンヤ君。お願いします」
「OK!」
「りょーかい!」
アイルとレンヤはそれぞれ返事をすると、襲い掛かってきた獣化人間達へと向かって行った。




