8章-6.因縁 2023.11.19
シラウメの部下達との因縁。知能犯は確かにそう言った。しかし、残念ながらシラウメの持つ情報の中に因縁となりうるような出来事の記録は無かった。自身の知らない情報を知能犯が得ている可能性があるとなれば、非常に不利になる。状況を正確に把握できなければ命取りになる。
「おやおや。もしかしてご存知でない? ご自身の部下の過去の事を把握されていないとは。これはこれは。面白くなってきましたね」
シラウメが何の反応もせず、様子をみるという行動をとった事から、知能犯はシラウメが因縁についての情報を把握していないのだと読み取ったようだ。知能犯はニヤニヤと笑いながら、手にしていた何かを操作している。そしてカチッと音がしたかと思えば、周囲の工事現場用のライトが一気に点灯した。どうやら照明のスイッチを入れたようだ。途端に周囲が明るくなり空間全体が把握できるようになった。
シラウメは直ぐに周囲の様子を確認した。すると、サムライと紹介されていた男をじっと見ているキャロルがいた。そして、ユミと名乗ったチェーンソーを持った少女はビンゴを注視しニコニコと微笑んでいた。
シラウメはその様子を見て、何か嫌な予感がした。キャロルとビンゴを引かせるなら今かとも考えたが、現状ユミと名乗ったチェーンソーを持った少女がいる位置が非常に悪い。退路を断つような位置取りにいる。とてもじゃないが強行突破で逃げる事は厳しいと感じる。
「へぇ~え。こんな所にいやがったか。ポンコツ。随分と元気そうじゃないか」
サムライは、キャロルに向かってニヤリと笑いながら言った。
「あの後お前のせいで、俺がどれ程大変な目にあったか。まぁまた出会っちまったんだ。ここで償ってもらうか。なぁ? ポンコツ」
「我は……。我はもう、ポンコツではない!」
「ほぉ~お。どうだかな。折角だ。あの日の続きでもしようか。ここでお前が勝てたら、お前の言い分を認めてやる」
「望むところじゃ!」
キャロルはサムライに向かって一気に駆け出した。それを見たシラウメは舌打ちする。キャロルは完全に戦闘のスイッチが入ってしまっている。シラウメが静止できる状態ではないだろう。それに、戦闘は目で追いきれない程、非常に激しい。下手に声を掛ければそれこそ命取りだ。キャロルには一切余裕がないように見える。戦況は非常に良くない。また、サムライという名の男とキャロルがどんな関係なのかは分からない。だが、顔を合わせれば飛び掛かる位には何かがあるのだろうと推測した。
「あははっ! 君さ、狂操家の生き残りなんだってね!」
「え?」
「知ってる? 君の実家の狂操家を皆殺しにしたのが誰なのか」
「……」
「えへへ! ユミちゃんだよ! ユミちゃんが皆殺したんだよー!」
「なっ!?」
「このチェーンソーでね、ぐちゃぐちゃにしたの。男か女か大人か子供か何にも分からないくらいぐちゃぐちゃに。みんなみんな真っ赤な肉塊にしたんだよ!」
チェーンソーを持った少女、ユミはにんまりと笑みを浮かべながらビンゴに言う。その内容にビンゴは驚愕しているようだった。
「当然。君のお母さんも。このユミちゃんがぐちゃぐちゃにして殺しました!」
「え……?」
「あれ? もしかして君、何も知らない?」
「……」
「ねぇ……、噓でしょ……。」
ビンゴが驚くばかりで動けずにいる様子を見たユミは、途端に声のトーンを落とす。落胆したような様子だ。
「そんなのダメ……。絶対ダメ! ねぇ、本当に今まで疑問にも思わなかったの?」
「……」
「そっか。だから君はそんなに弱いんだね。そんなの……、そんなの絶対許されないから」
ついにユミの顔からスーッと笑顔が消える。
「色々と残念だけど。何だか興味がなくなっちゃったし……。もういいよ。君も家族の所に送ってあげる」
その瞬間だった。ユミのチェーンソーによる鋭い切込みがビンゴを襲っていた。ビンゴは展開していたワイヤーで何とか凌いでいたが、ブチブチと直ぐにワイヤーをチェーンソーで切断されてしまう。相性が悪すぎる。ビンゴの苦悶の表情からも一切の余裕はなく、一方的に攻められているのだと分かる。
気が付けばキャロルもビンゴも、戦闘をしながらどんどんとシラウメの元から離れて行ってしまっていた。上手く誘導されてしまったように思う。従って、その場に残るのは、知能犯と、シラウメ、アイル、レンヤだけになった。
「足止めですか」
こうなってしまっては撤退する事はどう足掻いてもできない。どんな形であれ、決着がつくまではこの場から撤退する事は出来なくなってしまった。未だに因縁という物には引っかかりを感じるものの、知能犯の思惑通り、キャロルとビンゴはそれぞれの敵に釘付けだ。良くも悪くも、知能犯が用意した殺し屋2人も含めてこちらには当分戻っては来られないだろうと思う。
「ご名答! まさに白梅君、アナタの足止めです。アナタが欲しかった情報、ここへ来ざるを得なかった理由は既に達成されてしまいましたからね。こうでもしなければ逃げられてしまうかと思いました。それに、一刻も早くここから脱出して神経ガスの装置の解除を行いたいのでしょう? そうはさせません。それにしても、ワタクシが約束は絶対に守る人間であると、ご理解されているようで安心しましたよ」
知能犯が言うように、これ以上この場にシラウメ達がいる意味はない。欲しかった情報は手に入れた。ここまで足を運んだのだから、知能犯の要求にも答えたとも言える。また、知能犯は約束を絶対に守る。それは知能犯自身がGAMEを楽しむためにだ。たとえそのGAMEに知能犯が負けたからと言って、腹いせに約束を破るという事はしない。そうした人間性は、前科で十分に証明されていた。故に、街の安全は守られたと言っても良いかもしれない。従って、シラウメの側のこの場での目的は全て達成されたのだから、さっさと引き上げて街に設置されたという神経ガスの解除に向かいたいところである。しかしながら、やはりそう上手くはいかないようだ。
シラウメはわざとらしく深いため息を付いてみせた。そして軽蔑を含んだ眼差しで知能犯を見た。
「そんなに、私達に構ってもらいたいんですか? 本当に呆れますね」
「ククク……。そんな目で見ないでくださいよ。白梅君達の用事は終わったかもしれませんが、ワタクシの用事は終わっていませんので。折角色々と準備をしたのですから。まだまだ楽しませて頂かないと欲求不満になってしまいます」
「くだらない」
シラウメは吐き捨てるように言った。
これから知能犯が行うと考えられる仕掛けについては、ある程度予測できている。知能犯はシラウメ達が持つ武力を把握しているのだ。従って、未だにアイルとレンヤの武力分に対して何も無いの明らかにはおかしい。だが、これ以上殺し屋は雇えないだろうとも推測できている。Sランクの殺し屋を既に2人雇っているのだ。これだけで相当な金額になる。とてもじゃないが、一個人がそれよりも上のランクの殺し屋を雇えるはずがない。
となれば今後、アイルとレンヤ用に、獣化人間の中でも戦闘力が非常に高い個体を複数体向かわせてくるのだという事は明らかだ。人食い男以上の脅威が複数体いた時、それは間違いなく厳しい戦いになるだろう。シラウメはそう予測し唇を噛んだ。




