8章-1.挑戦状 2023.11.18
タッタッタッタッタッタッ……。
洋館の廊下に、人間が走り抜ける足音が響く。その足音を鳴らす人物は、緑と白のボーダー柄のぶかぶかのシャツをだらしなく着ており、下半身はよれよれのジーンズを履いた男だった。ジーンズはサイズが合っていないためか、床面に裾を擦っている。また、強い癖をもつ黒髪は無重力を思わせるほどのぼさぼさ具合である。さらには、分厚いレンズの眼鏡はずり落ちそうになっていた。この整った洋館とは明らかにミスマッチな風貌である。ファッション……と言うより身だしなみには無頓着なのだろう。外見のことなど何一つ気を使っていないのが一目見ただけでも分かる。そんな見た目だった。その怪しげな人物は、現在必死で廊下を走っていた。その手には数枚のA4サイズの紙を複数枚握り締めて。
***
「シラウメ君!大変だ!」
緊迫した男の声と共に、ドンドンドンドンドン!と部屋の扉を強く叩く音が響く。
「何事ですか?」
シラウメは直ぐに扉をあけ、正面で息を切らした男に問いかけた。そこにいたのは、緑と白の横のボーダー柄のぶかぶかのシャツをだらしなく着て、よれよれのジーンズをはいている男だった。彼は荒れた息のままに無言で持っていたA4サイズの紙をシラウメに渡してくる。シラウメはそれを受け取り静かに目を通した。男はそんなシラウメの様子を不安げな表情で見ながら、少しずつ荒れた息を整えていく。男は相当急いで来たのだろう事が伺える。苦しそうに手を膝についていた。
シラウメは無言のまま一枚目を見終わると、二枚目以降をチラリと見て、その後、彼を見た。
「7枚とも同じなんだけど、それ、今勝手にプリントされた物なんだ。ハッキングされたみたいで、強制的に。同様の文面のメールも沢山来た。すぐにネットは物理的に切断したけれど、パソコン類はダメかもしれない。」
彼はそう説明をする。だが、それを聞いたシラウメの表情は一切変わらない。無表情のままだ。
「そうですか。わかりました。知らせてくれてありがとうございます。パソコンの方も大丈夫です。数日前から予想はしていましたから。機密情報は抜き取られないように対策済みです。安心してください。」
シラウメはそう言って、男に爽やかに笑いかけると、扉をゆっくりと閉めて部屋に戻って行った。一方、廊下に残された彼は、とぼとぼと廊下を歩き、元いた場所へと戻って行った。
神辺 白梅 様
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さぁ、GAMEを始めましょう。
ワタクシからアナタへ特別にチャンスを差し上げましょう。
そのかわり、ワタクシのGAMEに参加して下さい。
ワタクシは至上最悪の知能犯とも呼ばれる者です。
そう、アナタが探す脱獄犯の一人ですよ。
日付は今晩。夜中の3時。この街で唯一建設中の地下鉄の駅に来て下さい。
優秀な部下はいくらでも連れて来てかまいませんよ。
お分かりだとは思いますが、もし来なければその時点でアナタの負けと見なし、
街の人間が沢山死ぬでしょう。
賢明な判断をする事をお勧めします。
P.S.あの死にぞこないの娘、橋口まどかは元気ですか?
まさか生き延びるとは思いませんでしたよ。(笑)
渡されたA4サイズの紙にはそう書かれていた。実にふざけた内容だ。小学生が悪戯で送ってきたのかと思ってしまうほどに。
「6枚しかないんですけれど……。」
シラウメはそう呟きながら歩き、仕事をする机まで戻ると椅子に座った。紙を持って来た男は、確かに7枚と言ったはずだったが、現在シラウメが持っているのは6枚だった。数え間違えたのだろうか。シラウメは文面にはあまり驚かず、むしろ枚数の方を気にしていた。
***
一方その頃。レンヤは本日もマドカの部屋に向かおうと豪邸の階段を下りていた。きっと今日も林檎を剥くのだろう。マドカの傷の状態は良くなる方向へと向かってはいるが、完全に治るには数か月はかかるとシラウメは言っていた。本当に死んでいてもおかしくない状況だったのだ。悪化もせず順調に回復しているというのだから良かったなと感じる。
とそんな事を考えながら進んでいると、階段の踊り場の所に何か白い物が落ちている事に気が付いた。近づいて行くと、それは白い紙である事が分かった。こんなにも洗練され、清潔に保たれ、塵一つないシラウメの豪邸の廊下に、白い紙が落ちている。明らかにおかしい。レンヤはそれを拾った。
「……。」
レンヤは無言のままそれに目を通していく。そして、読み終わると同時に、グシャリ。レンヤは無表情で紙を握り潰した。そして、階段を下りていたにもかかわらず、レンヤは進行方向を変えて階段を駆け上がった。マドカの部屋ではなく、シラウメの部屋を目指して。




