7章-7.死闘 2023.11.14
レンヤとビンゴの戦いは激しく続く。それはとんでもないスピードで繰り広げられ、サクマには目で追う事ができなかった。だが素人目に見ても、ほぼ互角のように見える。一進一退の攻防が続き、どちらも懸命に戦っている様子が伝わってくる。アイルはその様子に感心しているようで、何だか楽しそうだ。
「アイルさんは、レン兄の力を計っているんでしょ?」
サクマは担がれたままアイルに尋ねる。
「そうだよ。レンヤ君が今どれくらいのレベルにいるのかもっと正確に測りたくてね。」
「アイルさんが戦って測定した方が確実なんじゃないの?」
「んー。実はそうでもない。オレの方が圧倒的に強いからね。俺と戦ってもレンヤ君はあんなに必死には戦ってくれないだろうね。もっと慎重に警戒した動きになるはずだよ。レンヤ君の性格を考えると、格上相手に対しては狩りに行こうとする動きはしなさそうだ。それは正しい行動ではあるけれど、オレが測りたいのはそこじゃないからね。」
「ふーん。」
アイルとサクマは戦う二人を見ながら、そんな会話をしていた。
***
一方必死で戦うレンヤは、それはそれは死に物狂いだった。罰ゲームは女装である。あのアイルの事だ、ただの女装で終わるとは思えない。さらにはその姿で翌日付き合わされるわけだ。一緒にいるだけでもストレスを感じるのに、それを1日耐えるのだと思うと寒気がする。ビンゴには悪いが、ここは絶対に勝たせてもらおうと思う。相手が子供だからなどと加減してやるつもりは一切ない。気の毒だから負けてあげようとも思わない。レンヤは一切妥協の無い動きでビンゴに連撃を繰り出した。
だが、ビンゴは強い。おそらく人食い男並の強さだ。簡単には負けてはくれないだろう。
どのあたりが『体術が1番嫌い』なんだ!?無茶苦茶強い癖に。
レンヤはそう思いながらも、間髪入れずに回し蹴りを繰り出すが、ビンゴにはひょいっと避けられてしまう。リーチは圧倒的にレンヤのが長い。しかしながらビンゴは小柄であるため、攻撃を当てるのが難しく、非常に戦いづらい。
「レン兄が、こんなに強いと思わなかったゼ!」
ビンゴはそう言って、レンヤのパンチを屈んで避けると、一気に踏み込みレンヤの懐に潜り込んだ。
やばっ!?
そう思うのとほぼ同時だった。鳩尾に激痛が走りレンヤは吹き飛ばされた。激しい衝突音と共に、娯楽室の壁面に背中を強く打ち付け、肺の中の空気を無理矢理に吐き出させられる。悲鳴すら出せず激しい痛みと呼吸困難に顔を歪めた。上手く体に力が入らない。しかしながらレンヤはすぐさまその場を飛び退いた。
その直後である。レンヤがほんの1秒前まで居た位置に、ビンゴが思いっきり追撃を入れていた。非常に大ぶりな一撃で、確実に落としに来ていると思われる程の威力と見えた。間一髪とはまさにこのことだとレンヤは感じる。ほんの一瞬でも遅ければ、ビンゴの追い打ちを喰らって気絶していたのは間違いない。
だが、ビンゴはレンヤに攻撃を避けられた事で大きな隙が出来しまっていた。もちろんレンヤがそれを見逃すはずもなく、レンヤは一気に距離をつめて、ビンゴを蹴り飛ばした。
「うわっ!」
今度はビンゴの方が思いっきり飛ばされ、床を勢いよく転がる。レンヤは当然転がるビンゴを追いかけ、止めを刺しに行く。ビンゴが転がり仰向けになった瞬間、レンヤは真上から拳を鳩尾目掛けて振り下ろした。
しかしながら、こちらも間一髪。ビンゴはそれをすんでの所で避けて立ち上がると、レンヤと距離をとった。お互い息が上がっている。互いに体力の限界が近そうだ。そして次の瞬間。再び二人はぶつかり合った。
***
「サクマ君、君はどっちが勝つと思うかい?」
離れて戦いを観戦するアイルは肩の上のサクマに尋ねる。
「僕はビンゴが勝つと思う。」
「へぇー。理由は?」
「レン兄は、場数が少な過ぎるもん。きっとヘマすると思う。」
サクマは二人の戦いを注視しながら、はっきりとそう答えた。するとアイルは少し驚いたような顔をしたが、直ぐにニコニコと笑みを浮かべ、「オレもそう思うよ。」と小さく返した。
サクマとアイルが静かに見守っていると、ついに、決着の時がやって来たようだ。ビンゴの拳がレンヤの顔面目掛けて一直線に飛んでいく。レンヤはその攻撃を避け切れないと判断してガードに入った。レンヤは自分の両手をクロスさせて、顔面を守った。しかし、ビンゴのパンチが腕に当たると思われた瞬間。
「レン兄、あばよ。」
ビンゴの勝ちを確信した冷たい声が部屋に響いた。その時には、ビンゴは拳をレンヤの腕に当てることなく、ひらりと体を翻してレンヤの背後へと回り込んでいた。
「なっ!?」
困惑するレンヤは何もできず硬直している。そんなレンヤの側頭部を容赦なくビンゴが背後から蹴り飛ばした。その瞬間、レンヤの体は糸が切れた操り人形の様に何の受け身も取ることなく吹き飛び床に転がったのだった。
つまりはビンゴのパンチはフェイクだった。顔面を狙った素早い攻撃に対して、レンヤは咄嗟に視界を狭めるようなガードをしてしまった。それが敗因だ。そのガードによってレンヤの視界が狭まり、ビンゴが背後へと回り込んだことに気が付くのが遅れ、急所を蹴り飛ばされてしまったということだ。
蹴りが入る直前、レンヤは困惑しながらもそのことに気が付いていたようだった。だが、気が付いたところで手遅れだったのだろう。これは、経験の差が勝敗を分けたのだとサクマは感じた。
戦いが終わると、ビンゴはフゥーっと息を吐きへなへなと床にへたりこんでしまう。疲労の色が濃く、ゼハゼハと荒い呼吸音がこちらまで聞こえてくるほどだ。
「お疲れ、ビンゴ。良かったねぇ、勝てて。オレは残念だけど。」
アイルはそう言ってビンゴに笑いかけた。するとビンゴはそんなアイルを見て不快感を丸出しにした。そして、ベーっと舌を出す。
「くたばれ!糞アイル!」
ビンゴは吐き捨てるように言うとすぐさま立ち上がり、逃げるようにして娯楽室から走り去ってしまった。アイルとサクマはそんなビンゴを黙って見送る。
「さてと、レンヤ君をお持ち帰りしないとねぇ。」
アイルはサクマを肩から降ろし、気絶したレンヤに近寄る。しかし、アイルがレンヤを担ごうとしゃがみ込んだ瞬間。アイルはピタリと動きをとめ、娯楽室の扉の方へ視線を向けた。
「あっれー。やばいのが来ちゃったなぁ……。」
アイルはポリポリと頭を掻くと、レンヤはそのままに、苦笑いを浮かべながら立ち上がる。
「誰が来たの?」
「シラウメ。」
アイルは答えて溜息をついた。
***
しばらくの間、サクマとアイルが黙って扉を見つめたまま待機していると、ついに沈黙を破るように扉が激しい音を立てて開く。そして、現れたのはアイルの言葉通りシラウメだった。
「煩いです!今何時だと思ってるんですか!?いい加減もう寝て下さい!って……あれ?」
シラウメは勢いよく怒鳴り散らし説教したのだが、室内の光景を見て固まる。それはそうだろう。てっきりサクマとビンゴがはしゃいでいると想定していたのに、レンヤは気絶しており、ビンゴはいない。その上いるはずのないアイルがいるのだ。さすがのシラウメも、何が起きたのか分からず困惑しているといった様子だった。
「アイル。何があったんですか?」
「え、えっと、ビンゴとレンヤ君を素手で戦わせてみたんだよねぇ。罰ゲームを掛けて。まぁ結果はビンゴが経験の差で勝ったけどね。」
アイルは恐る恐るといった様子でシラウメの問いに対して答えていた。恐らく説教されるのを恐れているのだろう。
「全く……。それをするならもっと広い専用の部屋にしてください。貴方達の手合わせは異常なんですから、娯楽室が壊れます。で、彼等は本気で戦ったんですか?」
「あれはかなり本気だったねぇ。まぁ、罰ゲームが効いたみたいだよ。」
「そうですか。」
シラウメはそう言うと気絶しているレンヤに近づく。そして、呼吸やら脈を確認し生きていることを確かめていた。暫くして、ただ気絶しているだけだと確認が取れると、シラウメは一際大きく溜息を吐いた。
「では、私は忙しいのでこれで。貴方達も早く寝てください。」
シラウメはそう言って立ち上がり、こちらをチラリと見やるとさっさと扉の方へ歩いて行ってしまう。
「あっ!シラウメ、待ってくれないかい?手伝って欲しい事が……。」
しかし、アイルがシラウメを慌てて引き止めた。そのためシラウメは嫌そうな顔をしながらも立ち止まり振り返る。
「私、忙しいんですけれど。」
「そこをなんとか。レンヤ君の罰ゲーム、実は女装なんだけどさ、手伝ってくれないかなぁ……なんて。」
その言葉にシラウメは目を見開き固まった。
「ダメかい?」
アイルは駄目押しで聞いてみる。
「いえ……。事情が変わりました。是非手伝いましょう!」
シラウメは前言を撤回し、真剣な顔つきでそう答えたのだった。




