7章-5.激励 2023.11.12
アイルはコンコンと扉をノックする。
「シラウメ。聞いてきたけど。」
静かにシラウメの返事を待つ。しかし、いくら待っても返事が無い。室内にシラウメの気配があるにもかかわらず返事が無いとは、どういう事だろうか。アイルは不思議に思いつつも、ゆっくりと扉を開け、シラウメの部屋の中に入った。そして、直ぐにその理由を理解する。
「寝てるよ。」
先ほどまでキャロルがお菓子を食べていたソファーに、シラウメが資料を持ちながらも、スヤスヤとうたた寝をしていた。
「シラウメ。」
アイルはシラウメに声をかけながら、寝ているシラウメに近づく。しかし、そばまで行ってもシラウメは全く起きる気配がなく、熟睡しているようだ。スースーと寝息が聞こえてくる。
「オレに聞きに行かせておいて、自分は昼寝かい?酷いなぁ。」
アイルはそんな独り言を言いながら、シラウメの頬を軽く突く。しかしそれでもシラウメは全く起きる気配がない。
「シラウメ、起きないとイタズラするよ。」
アイルは眠ったシラウメの頬を摘んで伸ばす。
「わぁお。餅肌だよ。」
アイルはシラウメの頬が餅のように伸縮する事に感動し、上下左右へと好き放題に伸ばしていく。普段であれば絶対にできない行為だ。それ故、アイルは楽しくて仕方ない。調子に乗って頬を大きく伸ばしたり、逆に潰したりして崩れたシラウメの表情を楽しむ。
が、しかし。
「にゃにぅぉやっつぇうんべぇしゅか?」
「ん?」
シラウメが目を覚ましてしまった。アイルは瞬時に手を引っ込め後退りする。
「何をやってるのかと聞いてるんです。」
「何をって……。シラウメを起こそうとね。」
アイルはとりあえずニコニコ笑いながら答えるが、シラウメの鋭い視線が突き刺さり冷や汗をかく。
「人を起こすのに頬を伸ばすんですか?」
「え、まぁ……。」
訝しむようなシラウメの表情にたじろぎながらも、アイルはシラウメの正面に座った。
「そうだオレ。聞いてきたんだけど。」
アイルは話を逸らすべく、本題に無理矢理入る。このまま睨まれては敵わない。
シラウメも、アイルがわざと話を逸らした事には気がついているようだったが、諦めたように小さくため息を着くと睨むのを辞めた。そして、真っ直ぐにアイルを見ていた。完全に仕事モードだ。真剣な眼差しを受けて、アイルも改めて姿勢を正した。
「で、レンヤ君は何て?」
「記憶が無いって。」
「やっぱり……。」
シラウメは静かに言った。やっぱりと。
アイルは聞いてきたまま結果を述べたが、正直この回答を受け入れられるとは思っていなかった。記憶が無い等という回答をシラウメはどう捉えるのだろうかと、疑問だった。驚かれるだろうか。はたまた再確認して来いとでも言われてしまうだろうか。そんな事を想定していたが、現実は異なったようだ。レンヤの記憶が無いという事実は想定の範囲内だったらしい。
「アイル。それは確かなんですよね?」
「まぁ。確かだろうね。あれだけオレが威圧して、嘘をつける人間はいないと思うけど。嘘だったら、オレのプライドがズタボロだよ。」
「そうですか。なら、間違いないですね。ありがとうございます。これは貴方にしかできない事ですから……。」
シラウメは予想が当たったというのに、全然嬉しくなさそうだ。むしろ顔色が悪い。
「何かひっかかるのかい?」
「いえ、逆です。全く逆。これで、最悪のシナリオが見えてしまいました。希望が全て消えたと言ってもいいかもしれません。」
「どういう事だい?」
「私は近いうちに、何かしら大切な物を奪われるのでしょう。何をどう選択したところで、明るい未来はなさそうです。」
シラウメは自嘲気味に笑っていた。シラウメの思考能力をもってしても、明るい未来は描けないとなれば絶望的だろう。シラウメが弱気になってこんな事を言っているはずはない。本当に道が無いと分かってしまったという事なのだとアイルは理解した。しかしながら、シラウメの目はまだ死んではいない。抗おうとする意志が、その目には生きているように見えた。
「アイル。すみませんが、私を独りにして下さい。」
「わかったよ。」
アイルはそう言うと立ち上がった。これ以上自分に出来ることは無い。
「頑張れ。シラウメ。」
「はい。」
シラウメの返事には強い意志がこもっていた。そんなシラウメの返事を聞いたアイルは、安心してニッコリ笑うと、シラウメの部屋から出て行った。
***
アイルが部屋を出て行った後、シラウメは独り考える。目を閉じて俯き、言葉を小さく呟きながら。
キーワードを整理して、補完して、シナリオを洗い出せ。
余すことなく情報を並べて組み合わせて叩き上げろ。
可能性がゼロなんて絶対に認めない。
シラウメはひたすら思考した。自分の武器は思考力だけなのだ。これまでと同程度の思考の範囲では不足だ。『負け』という2文字で完結してしまう。そんなものを認めるわけにはいかない。だからこそ、もっと上を目指さなければならない。必ず糸口を見つけなければならない。無理矢理にでもこじ開けて希望を掴み取るしかないのだ。シラウメは思考を繰り返しながらも、知能犯の前科の資料を改めて読み込んだ。
「遊びのつもりですか……。」
本当に笑える。
史上最悪の知能犯。かつて、ゲーム感覚で一般人を巻き込んだ犯罪を繰り返し、警察という組織に大打撃を与えた人間だ。この時、警察は大きく混乱し揺らいだ。また、警察は社会からの信頼も失い、本当に酷い有様だった。それを考えれば、今回この知能犯がやろうとしている事は簡単に想像がつく。今度はシラウメ達、裏警察と称される部署をターゲットに仕掛けてくるのだろう。表側の警察で十分に遊んだのだ。次は裏側へと興味を示したに違いない。
シラウメは一通り読み返しを終えると、資料をテーブルに置いた。
絶対に可能性を見つけてやる。
シラウメはそう強い信念を持って、夜が更けるまで思考を繰り返した。




