7章-4.尋問 2023.11.12
レンヤが借りている個室は、マドカの部屋とはかなり離れた位置にある。最初はマドカの部屋のような客室を案内されたがどうにも肌に合わなかった。シラウメに無理を言って、できるだけ質素で小さい部屋を用意してもらったのだ。そこは、シラウメの部下たちが軽く休憩できるようにと用意された個室だそうだ。とはいえ、寝泊まりするには十分すぎる程備品はそろえられていた。
しばらく無言のまま歩き続けると、ついにレンヤの部屋に辿り着いた。ついに辿り着いてしまったとレンヤは落胆する。この先良い事など起きるはずがないのだ。憂鬱で仕方ない。
レンヤは鍵を開け、ゆっくりと扉を開けた。そして数歩、室内に踏み入ると照明のスイッチを押した。明るくなる室内。レンヤの後から入ってきたアイルは、さっさと室内にあるテーブルセットの椅子に座ってしまった。さらに言えば、アイルは踏ん反り返り足を組んでいる。その様子は明らかにレンヤを見下していた。茶ぐらい出せよとでも言いたげな様子に、レンヤは苛立ちを覚える。シラウメがいる場では絶対に見る事は無いだろう態度だろう。
「俺は生憎、お茶を入れる技術ないから。水で。」
レンヤは室内に備え付けられた小さな冷蔵庫から、2本の500ミリリットルのペットボトルを取り出した。そして、2本の飲料水が入ったペットボトルをテーブルに置くと、アイルの前に座った。とりあえずは最低限、客人に気は使ったと言えるだろう。数ある飲み物の中から、敢えて水を選んだあたありは、レンヤにとっての最大限の抵抗であると言える。とはいえ、どうせアイルはこの水に手を付ける気など無いだろう。案の定見向きもしていない様子だった。というよりもレンヤとも向き合う気が無いように見える。気だるそうに明後日の方向を見ていた。
「オレさ、可愛い女の子が好きなんだよね。」
アイルは突然、目を合わせる事もなくそんな事をレンヤに言う。男とは話したくないとでも言いたいのだろう。それならばなぜ来たのかと問い詰めたくなる気持ちをレンヤはぐっと堪えた。
「レンヤ君さ、女装しないかい?」
「しねーよ。」
「今流行りのゴスロリとかメイド服とか良いと思うなぁ。」
「どこで流行ってんだよ。アイルさんの頭の中だけじゃねぇの?」
ニコニコ笑いながら言うアイルに対し、レンヤは苛立ちを隠すこともなくぶっきらぼうに答えていく。この会話の意味が分からない。アイルの意図が全く読めず、さらに苛立ってくる。
マジで何しに来たんだよ。この人は。
レンヤはそう思いながらも、水を飲み落ち着こうと努力する。ゴクゴクと音を立ててレンヤは水を飲むと、半分ほど中身が減ったペットボトルをガンと音を立ててテーブルに置いた。そして、アイルを見た。するとそこには、鋭い目つきでまっすぐにレンヤを見定めているアイルがいた。
「さて、本題に入ろうか。」
鋭い口調でそう言うアイルに、レンヤは何かただならぬ気配を感じた。そして、その威圧感に思わずレンヤは固まってしまった。
「レンヤ君。君は一体何者なんだい?」
「え……。」
いきなりの質問。レンヤは答えられない。アイルの雰囲気は先ほどとは一転して、全くふざけていない。この状況で下手な事を言う事は出来ないと本能的に感じる。
「君はさ、元々普通の人間でしょ?なんの能力も持たない人間上がりの殺人鬼なんだよね?でも、在り得ないんだよねぇ。その強さ。」
「あ、在り得ないって言われても……。」
レンヤの声は段々小さくなる。そんな事をいきなり言われたって、答えられない。レンヤ自身分からない事だ。むしろ、レンヤが聞きたいくらいである。
「答え辛いかい?なら、質問を変えよう。君は殺人鬼になる前、何をしていたんだい?」
殺人鬼になる前……?
レンヤは記憶を辿る。殺人鬼になる前とは、最初の殺人をする前、マドカと出会う前の事である。
「普通に生活をしてた……。」
「普通?君の普通はオレには分からない。具体的に言ってくれないかなぁ。」
レンヤは黙る。そして、アイルの追求から逃げるように俯く。
「言わなきゃ……、いけないのか……?」
レンヤは痞える喉をこじ開けるように言葉を絞り出す。苦しい。アイルからの突き刺さるような鋭い視線が脳裏で蘇ってくる。まるで所作の1つすら見逃すつもりは無いと言わんばかりの視線だった。冷や汗が垂れてくる。こんな質問、答えてやる義理など無いのだ。適当に嘘でも言って躱してしまえばいいと頭では思っても、体がそれを許さない。本能的に嘘を付いてはいけないと感じている。嘘を付けば死ぬとすら感じている。呼吸すら上手くできていない様で苦しい。レンヤは逃げ出してしまいたいという気持ちを堪え、向き合うためにゆっくりと顔を上げた。そしてアイルを見た。すると、完全にアイルと目が合った。
アイルの水色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。もう視線を逸らすことはレンヤにはできない。緊張のあまりゴクリと生唾を飲み込んだ。
しかしながら、目が合って1分が経つか経たないタイミングで、突然アイルはふいっと視線を逸らした。そして再び興味が無さそうな気だるい表情に戻った。
「別に。嫌ならかまわない。そこまでオレは気にならないからねぇ。」
「……?」
レンヤは困惑する。同時に、視線が外れたことで一気に緊張が解けた。本当にこの男がやりたいことが分からない。レンヤに興味など一切ない事は確かだが、そう考えると一連の行動全てが意味不明になる。何故問われたのか。きっとそれほどまでに重要な事だったからなのかもしれない。アイルにとってではなく、警察にとって。
「記憶がないんだ。」
レンヤはぽつりと呟くように言う。答える義理はないにも関わらず。
アイルも言いたくないなら答えなくて良いと言った。しかしレンヤは、何故答えたのか明確には自覚できなかったが、今伝えたほうが良いのだろうと何となく感じ、質疑に答えた。それは、改めて問われたことで自分自身へ確実な疑いを持ってしまったからなのだろうと推測する。自分自身が全く信じられなくなり、助けを求めるように、解決の糸口を必死で探すように、目の前に垂れ下がった蜘蛛の糸に無我夢中でしがみ付いてしまったようなものだった。
記憶がない。
マドカと出会う前の記憶が一切ないのだ。この事実を全く認識していなかったわけではない。時折、記憶が無いという事実に意識を向けたが、その度に酷い頭痛で思考を強制的に遮断されてきた。あまりにも酷い頭痛に、思考する事から逃げてきた。本当は向き合わなければいけないと分かっていたにもかかわらず、レンヤはずっと逃げてきたのだ。今も頭が割れるように痛い。何か少しでも思い出そうと思うが、やはり何も分からなかった。
「ほぅ。それは本当かい?」
レンヤは大きく頷く。
「そうかい。分かったよ。ならもう聞かない。話は以上だ。」
アイルはそう言うと立ち上がった。レンヤはそんなアイルを呆然と見る。もっと深く尋ねられるかと思っていた。もっと深く尋ねられた時、自分はこの頭痛に殺されてしまうのではと危惧していた。しかしながら、アイルのあまりにもあっさりした様子に拍子抜けしてしまった。こんなに簡単に解放されるなど予想外だ。記憶が無い等、到底信じられるはずもない回答をした自分が、それ以上の追求をされないという事実が逆に気持ち悪かった。
「威圧して悪かったね。レンヤ君。君はどうやらつつきがいがあって楽しそうだ。じゃぁ、またね。マドカちゃんを泣かせちゃだめだよ。」
アイルはニコニコ笑ってそう言うと、レンヤの部屋から颯爽と出て行った。レンヤは無言のまま、出ていくアイルをぼーっと見ていた。胸の内に何かもやもやした物が残って不快だった。もう何も考えたくない。レンヤは思考を放棄しゆっくりと立ち上がるとベッドに向かい、重力に身を任せてベッドに横たわった。その後瞼を閉じると、直ぐに眠りに落ちていった。




