7章-2.コメディ 2023.11.12
「シラウメちゃん。今回の調査結果は以上さー。他に何か聞きたいこととか調べ物はあるさね?」
「いえ。とりあえずは今の所ないです。」
「そっか。また何かあれば、今日みたいに呼び出してもらって構わないさー。じゃあ、今日はこの辺で帰るさね。」
ナツキはカバンを持ち立ち上がった。忘れ物が無いかを確認し、出入り口のドアの方向へと視線を向けた。と、その時だった。視線を向けた先の扉が、ガチャッ!ギーッバタンッ!と大きな音を立て、勢いよく開いたかと思えば、直後勢いよく閉まった。何事かと思えば、室内に黒いコートと黒いハットを身に着けた長身の男がドアの付近に現れていた。そしてその男は扉を必死で開かないように押さえている。
一体何をしているのだろうか。全く状況が理解できず、ナツキはポカンとその様子を呆然と眺めた。この様子だと、とてもじゃないが扉には近づけない。どうしたらいいだろうか。
「すみません。ナツキさん。扉の方には近づけなくなってしまいました。申し訳ないのですが、もうしばらくここで待機をお願いします。ポットに紅茶が残ってますので、是非飲んでいてください。」
「了解さね。」
ナツキは再びソファーに座り直し、シラウメのお言葉に甘えてポットの紅茶を自分のティーカップに注いだ。再びふわりとフルーツティーの甘い香りが広がる。熱々とはいかないが、飲みやすい温度になった紅茶を一口含むと、ナツキは扉の方へと再び視線を向けた。
「アイル!貴方は何をやっているんですか?ノックも無しで入って来て。私は今大事な話をしていたんです。どういうつもりですか?」
今も扉を必死で抑えている男の前までシラウメは歩いて行くと、その男を叱りつけるように声を張り上げていた。普段では聞くことのないシラウメの怒りの籠った声だ。
「シラウメ。ごめん。助けてくれ。」
「はぁ?」
シラウメの怒りのゲージが上がったように思う。
「オイ!糞アイル。ここを今すぐ開けるんじゃ!開けて死んで償うのじゃ!」
扉の向こうから、少女の可愛らしい声が聞こえてきた。とはいえ、言葉の内容は可愛らしくない上、声色から察するにかなり怒っているようだ。
「アイル。貴方はまた喧嘩ですか?またキャロルにちょっかい出したんですか?貴方、一体いくつですか?本当に子供ですね。」
「シラウメ、そんな目で見ないでくれないかな。悲しくなるよ。とにかく今は助けてくれないかい?」
扉は先程からドンドンと叩かれている。扉の向こうにいるであろう少女の怒りがこちらまで伝わってくるようだ。
「嫌です。アイル。今すぐ出ていって下さい。それくらい自分で解決してください。」
シラウメは扉を押える男を退けて扉を無理矢理にでも開けようとする。男をこの部屋から追い出すつもりなのだろう。
「ちょっと……。シラウメ、早まらないでほしいなぁ。今出て行ったら、確実に俺死んじゃうよねぇ?」
「自業自得です。一度土にかえって、バクテリアに分解されて、生命でも育めばいいじゃないですか。」
「頼む。シラウメ、マジで助けてくれないかい?キャロルが寝起きで機嫌が悪いとは思わなかったんだよ。」
「それにしたって、何度目だと思ってるんですか?学習能力ゼロですか?」
何かナツキの中で裏警察のイメージがガラガラと崩れていく。自分が想像していた雰囲気とはまるで異なる様子に笑ってしまいそうだ。恐らく、扉を押えている長身の黒ずくめの男が、シラウメの1番の部下であるアイルという人物なのだろう。元は優秀な殺し屋だったと聞いている。殺し屋から警察にジョブチェンジしたというのだから、人を寄せ付けないような恐ろしい人間だと想像していた。ナツキの勝手な想像ではあったが、人間を殺すことを生業とするような人々にあれほどの人間味があるとは想定していなかった。
そしてまた、扉の向こう側にいると考えられる少女についても、元殺し屋のキャロルという少女なのだろうと察する。死んで償え等と言っていたのだから、間違いはないだろう。
「シラウメ、そこにおるのか?だったら開けるんじゃ。なに、我が糞アイルを殺すだけじゃ。大したことじゃない。血も飛び散らぬよう努力する。だから開けるんじゃ!」
シラウメはわざとらしく深いため息を付いた。そしてキッとアイルを睨みつける。アイルの方は睨まれた事で苦笑いしているようだ。
「仕方ありませんね。ナツキさんがいる手前、貴方が惨殺されるところは見せられませんし。アイル、これが本当に最後です。次喧嘩したら、無抵抗に殺されて下さい。」
「あぁ。わかったよ。」
どうやらシラウメが折れたようだ。アイルはほっとしたような顔をしていた。
「キャロル。落ち着いて下さい。確かにアイルが全面的に悪いですが、喧嘩はいけません。殺してはダメです。」
「ぬ……。では半殺しじゃ。」
「そうではなくて……。今回だけは許してあげて下さい。」
「ぬぅ……。」
応答を繰り返すうちに、だんだんとキャロルの声は小さく元気がなくなっていくようだった。シラウメから殺害許可が下りず、しょんぼりしてしまったのだろうなと想像する。お菓子をねだったが、母親にダメだと怒られてしまった子供の様だ。とはいえ、ねだるものが殺害許可では微笑ましい様子とは言い難い。
扉を激しく叩く音もなくなり、キャロルは落ち着いたのだろう。シラウメはそれを見計らってゆっくりと扉を開けたようだ。
「キャロル、入って下さい。」
シラウメが扉を大きく開くと、1人の少女が俯き明らかにしょんぼりした様子でとぼとぼと部屋に入ってきた。少女の手には金属バットが握りしめられている。本当に冗談ではなくアイルを殺しに来たのだと感じ、ナツキはゾクッとした。
金髪のゆるく巻いた短い髪に、釣り目。瞳の色は深緑色だ。海外の人間の血が混ざっているのだろうかと想像する。しかし、喋り方は時代劇に出てくるような古臭い言葉を使用していたので、ルーツが全く想像できない。年齢は小学校の中学年程度だろうか。年相応の可愛らしい服装で、金属バットさえなければ、元殺し屋だったなどとは到底思えないだろう。
キャロルが少し部屋の内側まで来たところで、チラリとアイルの方へ視線を向けていた。その途端、その表情が再び怒りに染まったのがナツキにも分かった。アイルはというと、そんなキャロルを嘲るような表情と仕草をしていた。全く反省しているようには見えない。
「シラウメ、一発でよい。殴りたいのじゃ。やっぱり許せぬ!」
キャロルはお菓子をねだる子供のようにシラウメに撲殺許可をねだる。今にも泣きだしてしまいそうな声である。しかしながら、シラウメは静かに首を横に振った。
「キャロル、今回だけは許してあげて下さい。」
「ぬぅ……。」
「次は八つ裂きで構いませんから。ねぇ?アイル?」
「んんん?」
「八つ裂きです。」
「……。」
シラウメは不満そうなキャロルの頭を優しく撫でると、ナツキのいるソファーへキャロルを連れてやってきた。
「すみません。ナツキさん。お見苦しいところを……。ほら、キャロルも謝って下さい。貴女達が騒ぎを起こした事でナツキさんが帰れなかったんですから。」
「すまぬ。」
キャロルはナツキに謝罪する。表情や雰囲気からも本当に反省してるのだと伝わってくる。素直でいい子だなと感心してしまう。謝罪が済んだところで、シラウメとキャロルはナツキの正面のソファーへと腰を下ろした。
「別に大丈夫さね。こうしておいしい紅茶も追加で飲めて良かったさー。」
ナツキが微笑みかけながら答えると、キャロルは顔を上げてニッコリと笑った。その笑顔は本当に可愛らしい。先ほどまでの騒動が嘘だったのではないかと疑うほどだった。
と、そこへ突然。ドスンッとすぐ右隣から重量衝撃音が鳴り、それと同時にナツキの体が飛び上がった。飛び上がったというのは比喩でも何でもなく、本当に物理的にふわっと数センチ座った状態で飛んだのだ。ナツキは驚き硬直する。ジェットコースターで味わうような落下の恐怖感を突然喰らったのだ。体が強張り動けなくなってしまった。
ナツキはぎこちない動きで、首だけを右に向ける。するとそこには黒ずくめの男、アイルが堂々と座っていた。背もたれに寄りかかり寛いでいる。ナツキの事など気にも留めていないだろう。こちらに見向きもしない。先ほどの浮遊感は、この男が勢いよくソファーに座った反動だ。そのせいで、ナツキの体が浮いてしまったという事だ。
アイルは無表情でシラウメとキャロルの様子を観察しているようだった。近くで見ると、アイルという人間は背が高いのだと分かる。身長は180センチメートルを超えているのではないだろうか。非常に小柄なシラウメと比べるととんでもない差である。また、年齢はナツキよりも若いだろう。20代前半に見える。顔つきはどちらかといえば優男に見える。ワイルドな雰囲気ではない。ナツキの好みの顔面タイプではないが、世の中ではイケメンの部類に入るのだろうなと何となく思う。全身身にまとうもの全てが黒いが、どうやら瞳の色だけは黒ではないようだ。透き通るような水色の瞳だった。この国では珍しい色彩に、キャロルと同様に海外の血でも混ざっているのだろうかと想像してしまう。
と、アイルがナツキの視線に気が付いたのか、無表情のままこちらを見た。むしろ視線には元々気が付いていたが、見過ぎている事を牽制するためにこちらに視線を向けたのかもしれない。その視線は優しい物ではない。特に何か意味が込められているという気はしないが、目を合わせ続けるだけで精神力を削られていく気分だ。視線を逸らしたい気持ちでいっぱいになるが、今から逸らすのはそれはそれで失礼な気がする。どうする事も出来ず、蛇に睨まれた蛙のようにナツキは再び身動きができなくなってしまったのだった。
「アイル。ナツキさんが怖がってるじゃないですか。無愛想な顔してるから。それに、貴方もナツキさんに謝って下さい。元凶は貴方なんでしょう?」
「あぁ、うん。ナツキさん、ごめんね。」
アイルはそう言って、無表情の顔から一転、ナツキにニコニコ笑いながら言った。
「なんじゃ、その笑顔。キモいんじゃ。糞アイル。」
キャロルがボソリと言った。
「聞こえてるよー。キャロル。そっかぁ。キャロルはお菓子いらないか~。オレが全部食べておくよ。」
「ぬっ!!ダメじゃ!」
キャロルが叫んで立ち上がった所を、シラウメが押さえてキャロルを強制的に座らせた。
「アイル?」
「ん?」
「私、言いましたよね?次は無いと。」
シラウメの冷たい声に場の空気が凍る。シラウメが怒っているというのが嫌でも分かる。
「な、何でオレだけなのかい?キャロルだって……。」
「キャロルは子供です。感情のコントロールを学んでいるような年齢です。しかし、貴方は違います。明らかに悪意を持って相手を怒らせるような言動を自らの意思で行っています。従って貴方が悪い。何か反論ありますか?」
「……。」
アイルは何も言い返せないようだ。
「八つ裂き。」
至極冷徹なシラウメの視線がアイルを突き刺している。その声も冷たく心臓を凍らせていくようだ。普段の可愛らしい様子との落差にナツキも肝が冷える。これにはさすがのアイルもまずい事をしたと焦っているように見える。
「貴方は私の言う事、聞けませんか?」
「いや、聞く。ちゃんと聞くよ!」
「……。」
しばらく、シラウメはじっとアイルを冷めた目で見ていた。誰も何も言えず、ただ気まずい沈黙が流れる。しかし、その沈黙を破ったのはシラウメ自身だった。はぁ……と心底呆れたように小さくため息を付いたのだった。
「ナツキさん、本当に申し訳ありません。今度何かお詫びをさせてください。」
「いやいや、詫びなんていらないさね。私は何も気にしてないさー。だからシラウメちゃんも気にしない気にしない。」
「本当にすみません。ありがとうございます。」
シラウメは少し安堵したように笑う。本当にシラウメは苦労しているのだなと改めてナツキは思う。元殺し屋である部下達の統率ができるのはシラウメだけなのだろう。そこにしっかりと上下関係があり、信頼関係が築けているからこそ、こうしてコントロールができていると考えらえる。というのも、彼らの様に武力を持った人間というのは脅威だ。それだけで権力があるといえる。常人からすれば、武力を持った人間に逆らえば殺されてしまうかもしれないという恐怖が常に付きまとうものなのだ。機嫌を損ねるだけでも自殺行為といえる。だからこそ、そんな彼らを武力の無いシラウメが統率しているという現実が異常であると感じる。ただの雇用主ができる事ではないとナツキには思えるからだ。
「それじゃぁ改めて。平和になったみたいだし。帰るさね。」
ナツキはカバンを持つと立ち上がった。そして、シラウメ達3人に笑顔で手を振り裏警察本部を後にした。
***
「アイル、くれぐれも茶菓子の最後の1個だけ狙って食べるような事はしないで下さいね。」
「え。シラウメ何で分かったんだい?」
新しく淹れた紅茶を手に、シラウメが涼しい顔をしてそんな事を言いながらテーブルへと戻ってきた。訪問客が去った後シラウメの執務室では、残された茶菓子をキャロルが黙々と夢中になって食べていた。アイルはそれをひたすらぼーっと眺めていた所だったのだ。あんなに美味しそうに夢中で食べているのだ。最後の1つを横取りしたら面白そうだなと、何となく考えていた。
茶菓子が乗った皿を見ると、中央に赤いジャムが乗ったクッキーが1つ丁寧に端に避けて残されている。いくつかあったその種類のクッキーは、最後の1つだけが残されている状態だ。恐らくそれはキャロルにとってお気に入りのクッキーであり、最後に食べようと大事に残しているものだと容易に察した。これを横取りしたらきっとキャロルは顔を真っ赤にして怒るに違いない。面白そうだ。ひそかにその瞬間を狙っていたのだが、見事に失敗に終わってしまった。相変わらずシラウメには自分が安直に考える事など、全てお見通しなのだろう。アイルは苦笑いを浮かべた。
「私の推理力を舐めないで下さい。」
当然だと言わんばかりの物言いに、アイルは敵わないなと感じてため息を付いた。
「本当にアイルは大人気ないですね。」
「いや、オレはちょっとSっ気があるだけだよ。」
「いいえ。ちょっかい出して、構ってもらおうとするドMでしょう?面倒なかまってちゃんとも言いますね。」
「わぁお。これはグサッとくるなぁ。」
アイルはニヤリと笑い、シラウメが新しく淹れた紅茶を口に含んだ。確かにシラウメにキツイ事を言われるのは悪くない。そう考えると自身は、シラウメが言う通りドMだったかもしれないと思えてくる。
「あ!そうじゃ。シラウメ。主に言いたい事があったのを思い出したぞ!」
突然キャロルが思い出したように声を上げる。食べかけのクッキーを皿に置き、真剣な眼差しでシラウメを見ていた。
「どうしましたか?」
「レンヤという奴、あ奴は何者じゃ?人食い男と渡り合っていたぞ?我が見る限り、ビンゴぐらいの体術レベルじゃ。」
キャロルは興奮気味だ。信じられない物を見たと言わんばかりの様子である。
「ビンゴレベルって事は、彼……。また成長したんだねぇ。ビンゴは体術が苦手だからせいぜいAランク上位。斧の男と戦っていた時よりも戦闘力が上がったって事ね。」
「そう……ですか……。」
シラウメは浮かない顔で思考し始めた。
「シラウメ、何か引っかかるのかい?」
「はい。まぁそうですね。ある程度想定は出来ているものの、確証が何一つありませんから。そろそろ確実なものが欲しいなと……。」
「いっそ、直接彼に聞いたら良いんじゃないのかい?それなら確実なものが得られるよねぇ。」
「直接ですか!?だったら貴方が聞いて来て下さいよ。」
「え?オレ!?」
アイルは思わず聞き返す。シラウメに軽い気持ちで提案はしたが、まさかそれが自分自身に向くとは想定していなかった。こうなると途端に面倒だ。言わなければ良かったと後悔すらしてしまう。
「そうです。どうせ貴方暇でしょう?行ってきて下さい。」
シラウメはドアの方向を指さし言う。
「ほら、もう紅茶も飲み終わったのですから、さっさと聞きに行って下さい。」
「え?マジで?」
「マジです。今ならちょうど、レンヤ君は私の家にいるんですから。」
アイルはシラウメに半ば無理矢理立たされ、部屋の扉の向こう側へと追い出されてしまった。シラウメの命令は絶対だ。部下であるアイルに拒否権などない。そのためアイルは、深くため息をつき了承した。
「ふふっ。頑張って下さいね。」
シラウメは落胆するアイルにさわやかに笑って言うと、容赦なくバタンと扉を閉めてしまった。アイルは必然的にポツンと独り廊下に取り残される。何か暖かい部屋から、極寒の外に放り出されてしまったような、そんな気分だ。
「はぁー。面倒臭いなぁ。レンヤ君はどこだろ。また、女装してくれないかなぁ。」
アイルは文句を垂れながらもレンヤの気配をじっくりと探る。そしてしばらくすると、静かに「いた。」と呟き、レンヤの気配のある場所を目指して豪邸の廊下を迷うことなく淡々と歩いて行った。




