1章-3.通り魔 2023.8.27
「んな、無茶だよな……。」
レンヤはそう呟きながら夜の住宅街を歩いて、人間を探す。街灯が少なく安全とは言えないような夜道を一人で歩く馬鹿者など、めったにいない。
「帰宅途中のOLとかさ、手頃でがっちり的なのいないかねぇ~。」
レンヤはキョロキョロと辺りを見回してみるが、人っ子一人見当たらない。ここは閑静な住宅街である。この土地には、細く真っ直ぐな道が何本もあってその道の両端に家が密集して建っている。道のぎりぎりにまで家のブロック塀が建っているため圧迫感があり、道はより一層狭く感じた。時折日本語ではない文字の看板や小さな店舗があるが、ひっそりと怪しげでなんだか不気味な様子だった。レンヤはそんな不気味な様子を感じ取るも特に怯えるわけではなく、すたすたと真っすぐな道を歩いていく。
暫くその調子で歩いた所で、レンヤはふと背後に気配を感じた。
「ん?マドカさん?じゃないよな……。うん……。」
何となく自分の後をつけてくるような気配があった。しかし、この気配は明らかにマドカではない。レンヤは不審に感じながらも無視して歩き続ける。
「ってゆーか、俺……。」
どうして気配とかわかるんだ?
レンヤは、ハッして自分に問いかけてみた。背後の気配など今まで分かった事などあっただろうか。さらに、その気配がマドカではないと断定できてしまった。自分で自分が分からない。
「俺……。野性化したのか?」
レンヤは無い頭で考え始める。
ぬぉおおぉおぉぉ……
俺は野性に目覚めちゃった系なのか?
凄いのか、ヤバイのかわかんねぇ!
クシャクシャと頭を掻きむしりながらもレンヤは歩き続ける。自分自身の事なのに全く理解できないというのは気持ちが悪い。思考に支配されて頭がパンクしそうだ。しかし、そんな思考は直ぐに強制的に終わらされる。
ザグブズッ……
肉が裂け、血液が飛び散る音がすぐ近くで鳴った。
「は?何?」
後方にあった気配は、今まさに自分の真後ろに有って……?
脇腹がズキンズキンと脈を立てて痛む。レンヤは首だけで振り返って、背後を見た。するとそこには見知らぬ人物がいて、その人物の顔は、深くかぶったフードで見えなかった。また、その人物の手には、ナイフが握られ、そのナイフは……。
「何してんの?アンタ。ねぇ?」
そのナイフはレンヤの腹部に突き刺さっていた。レンヤは訳が分からなかった。
「オイオイ……。何か答えろよ、アンタ。」
背後で自分を刺す人物は何も答えず、ただレンヤを刺したまま突っ立っていた。
「わけわかんねぇ。」
レンヤはそう呟くと、ポケットからあるものを取り出した。
「試し切りといくか。」
取り出したのは、マドカにもらったナイフだ。ニヤリとレンヤの口は孤を描く。
ズシャッ!!
肉と骨が切断され、勢いよく血液が飛び散る音が響く。
「ハッ!よく切れること!」
レンヤはニタァーと笑っていた。背後を付け腹部を刺してきた人間はバタリと倒れる。
「あーあ。マドカさんがくれたシャツ、血まみれで、絵柄すら見えねぇ。」
倒れた人間には、首から上が綺麗に存在しなかった。首から上は少し離れたところに転がっている。
「まぁ、悔やんでも仕方ない。次だ。」
レンヤは歩きだす。止血もせずに。歩く度に、吹き出すように血液がレンヤの腹部から流れ出すが、レンヤは気にもとめず、次のターゲットを探す。
と、そこへ。
「だぁぁぁぁぁあああ!ちょっと待ったぁ!」
「ん?」
はるか遠くから、確かにマドカの声が聞こえてくる。レンヤは立ち止まった。すると、遠くの闇から、徐々にマドカの姿があらわれ、数秒後にはマドカはレンヤに追いついた。リアカーとともに。
「レンヤ君、止血しないと死ぬよ?」
「……。そういえば俺、刺されたのか……。」
レンヤはマドカに言われるまで、自分が刺された事に対する興味を無くしていた。まったく気にとめていなかった。
「わ、忘れてたの!?馬鹿としか言えないんだけどさ、うん。とりあえず止血するから、刺されたところ出して。」
レンヤはシャツを脱ぎ傷口を出した。すると、
ペロリ
「ちょっと、マドカさん何してんの!?」
「デリーシャス」
マドカはレンヤの傷口をペロリとなめたのだった。
「いい具合に流れて出してたから……。つい。木の幹から、樹液が出てるみたいだねー。」
マドカは傷口を、うっとりした目でみている。
「すんげー、例え。常人には不可能な発想……。」
レンヤはつくづくマドカの普通では無い言動に驚かされる。マドカは持ってきたリアカーの中から布を取り出し、その布を小さく切った。そしてその布ををペタッと傷口に直接はりつけた。
「はい!おしまい!」
「えぇ!?いや、これで止血って……。」
レンヤは驚く。それはそうだ。止血するからとう話だったにもかかわらず、消毒も無ければ、包帯を巻くことも無い。ただ、布をはっただけ。
「あははっ!大丈夫。その布ね、特殊な布で、はっつけるだけで、傷口に密着して止血してくれるの!便利でしょ?」
レンヤは傷口の布を見る。すると確かにマドカが言った通り、布は真っ赤に染まってはいるが、しっかりと密着し止血出来ていた。
「確かに止血されてるっぽいけど、こんな変な布、どうして持ってんの?」
「え?普通に売ってんじゃん。」
「……。」
神様、仏様。もう俺、つっこみきれません。常識って何ですか?
レンヤは天に向かって疑問を投げかけた。
「てかさ、マドカさん。返り血まみれで真っ赤だったのに、よく俺が出血してんのわかったな。」
着ていたシャツは柄が消えるほど真っ赤に染まっていた。その血液の大半は、レンヤのものではない。にも関わらず、遠くにいたマドカはレンヤの出血に気付いていた。何故だろうか。レンヤはふと気になったのだった。
「そりゃだって、レンヤ君の血のにおいがしたんだもん!」
「ど、どんなかおり?」
「雑草みたい……。」
聞かなきゃ良かった……。
メンタルへのダメージ無限大だ。レンヤは聞いたことを、とても後悔した。
「それにしてもさ、レンヤ君。なんで刺しに行って刺されてるの?」
マドカは興味深そうにレンヤに問う。確かに、レンヤは誰かを殺すために歩いていたのだ。そのはずが逆に殺されかけてる。不思議な事この上ない。
「いや、多分この人、通り魔だから。俺を刺しに来て、返り討ちにされちゃった……。みたいな感じ。」
「かわいそ。プププっ!でも笑っちゃうね!」
笑う貴女の精神のイカレ具合に俺は笑う。
「ところで、首ちょんぱですか……。」
マドカは、転がる死体をみて、がっかりしたように言う。
「何か不満でも?」
「不満に決まってんじゃん!」
「なんで!?」
レンヤは焦る。この華麗な殺人のどこに不満があると言うのだろうか。
「だって……。だって、だって、だって!!私の大好きな血がぁあ!みんな流れちゃったじゃん!!酷いよぉぉおお!」
マドカは叫ぶように訴えた。
「あ、そう、そこなんだ……。へぇ、ごめんなさい……。」
レンヤはとりあえず謝っておくことにする。もう突っ込む事に疲れてきた。
「レンヤ君。次からは気をつけてよね。全く……。とりあえずさ、その死体をリアカーに乗っけて。」
マドカはそうレンヤに指示を出しながら、遠くに転がっていた生首を拾った。レンヤはマドカの指示通り、同体を運んでリアカーに乗せる。マドカはリアカーに乗けられた死体の切断面に例の布をはりつけ止血した。
「はい!次いってみよう!!」
マドカは上機嫌で言う。
「やっぱりまだ続くんだ……。」
「あったり前じゃん!後二人だよ!」
「あー、はいはい。」
マドカは死体の乗ったリアカーを押し、レンヤはナイフを握りしめて歩き出した。