6章-9.コラボレーション 2023.11.5
「クソッ……。強ぇな。」
レンヤはそう呟いて額から流れ出る血液を拭う。戦況は非常に悪い。全身傷だらけだ。脱獄犯の長い爪で抉られた傷は浅くは無い。酷い痛みを伴い、血液はダラダラと流れ出す。幸い致命傷は無い。何とか躱すことは出来ていた。とはいえ、目が霞む。血を失いすぎているかもしれない。
圧倒的な力量差はあるものの、レンヤは何とか食らいついていた。脱獄犯はマドカの攻撃で、レンヤ以上に大量の血液を失っている。現在も進行形で脱獄犯の腕の傷口からは、血液が吹き出すように流れ出していた。しかし、脱獄犯はその傷を庇うことなど一切の配慮を行わなかった為に、より一層の多くの血液を失っているのだ。その所為か明らかに脱獄犯の動きが鈍ってきていた。だからこそ現在、力差がある中でもレンヤが渡り合えているのだろう。
とはいえ、それでも少しずつ押されているのはレンヤの方だ。時間をかけたところで勝てる見込みはない。先に限界を迎えるのは間違いなくレンヤの方だ。
どこまで自分は持つだろうか。マドカはきっと無事に逃げて、シラウメに連絡を入れてくれたはずだ。そう信じている。
レンヤはふぅーっと息を吐き出すと、脱獄犯を睨みつける。ニヤニヤと笑い続ける脱獄犯の様子は、相変わらず気味が悪い。
脱獄犯が動き出すと同時に、レンヤもナイフを構え切り込む。脱獄犯の鋭い攻撃を躱すことは必須だ。その上で少しでも削りたい。致命傷を与えることは出来ないだろうが、小さな傷を重ねれば脱獄犯の体力を削る事くらい出来るはずだと、そう考えた。自分が必ず成し遂げなければならないのは、この脱獄犯を殺すことでは無い。足止めする事だ。もし自分が死ねば、マドカの方へ行ってしまうかもしれない。いや、確実にマドカの方へ行くだろう。そんな気がする。だからこそ、自分は何がなんでもこの脱獄犯を足止めし、応援を待つ事が最優先だ。
本当はこの手で殺したい。息の根を止めてやりたい。しかし、レンヤには出来ないのだ。その残酷な現実に悔しさが込み上げる。今まで、戦闘力の高い脱獄犯を倒してきた事から、自分は強くなっていると思っていた。事実マドカと出会った頃に比べたら強くなってはいるだろう。しかし、全く足りなかった。マドカを守り抜くには不十分だった。その現実が容赦なくレンヤの心に突き刺さる。
だが今ここで後悔したところで、現実は何も変わらない。そんな行為は無駄でしかない。今自分に出来る事をやる事が、自分の望みを叶えることになるのだ。レンヤは自分の感情に蓋をする。そして、目の前の脱獄犯との切り合いに集中する。
脱獄犯は、姿勢を低くしまるで獣のように切り込んでくる。そして回転力を加え長い爪で刈り取るようにレンヤに攻撃を繰り出した。その攻撃は鋭利で速い。少しでも触れれば切り裂かれてしまう。刃物を向けられているのと何ら変わらない。レンヤは恐怖を押さえつけ、ギリギリで躱すと同時に攻撃を繰り出す。カウンターを決めるように、腕や足等を死角から狙い切りつける。傷は浅くても、確実に削っていく。それをもう15分以上は繰り返していた。
自分の消耗よりも削らなければ、死が待っているのだ。死に物狂いでやるしかない。脱獄犯の攻撃は、鋭い切込みの他、爪を使った切り裂く攻撃、爪を1点に集中させた突きの攻撃、そして足技もある。それらを戦闘の中で的確に繰り出してくるあたり、戦闘に長けた人間であることは間違いない。むしろ、知能のないただの化け物であれば、攻略は可能だったかもしれないなと感じる。
一向に戦況が変わらないまま、お互いに小さな傷を増やしつつ切り合いを続ける。脱獄犯は理解しているのだろう。時間をかければレンヤが崩れるという事に。しかし、隙あらば刈り取ろうとしてくるのは、応援が来る可能性まで分かっているからなのだと思われる。
しかし突然だった。レンヤの切りつけに対して、脱獄犯は必要以上に飛び退いた。レンヤは困惑しながらも深追いせずに攻撃を止めた直後だった。ビュンッ……っと、直前まで脱獄犯が居た位置の空気が切り裂かれる音がした。
「大鎌……?」
レンヤの目には、大鎌の残像が少しだけ見えた気がした。
――大鎌という事は……。
唐突に新しく増えた気配の方へ目をやると、大鎌を持つ金髪の少女、キャロルが闇の中から静かに現れた。
「久しぶりじゃな。レンヤ。」
キャロルはニヤリと笑う。
「あぁ、久しぶり。キャロル。」
レンヤも同じようにニヤリと笑いながら答えた。
「あの人食い男。我だけでも殺せるが、たるそうじゃ。だから主も協力して欲しいのじゃ。」
キャロルは脱獄犯を見ながら言う。確かにキャロル程の実力があれば、1人でも脱獄犯を倒せるだろう。しかし、圧倒的な力量差がある訳で無いため、簡単ではないのだと考えられる。従って、キャロルはレンヤに協力を求めたのだろう。協力した方が、明らかに合理的だと考えたと思われる。
「りょーかい。」
レンヤはそれに同意し、ナイフをかまえた。
「いくぞ。」
「あぁ。」
次の瞬間、レンヤとキャロルは同時に地を蹴った。2人は人食い男を左右から挟むように接近して行く。すると脱獄犯は、ギリッと歯を食いしばり両方を警戒しつつも、先にたどり着いたレンヤの攻撃を弾いた。
「終わりじゃ。」
ほぼ同時だった。キャロルの冷たくも可愛らしいその声がやけに響いたその瞬間、脱獄犯の首は宙を舞っていた。
レンヤにはキャロルの動きが全く分からなかった。それほど速い攻撃だったのだろうと考えられる。
「レンヤ。主はいい動きじゃな。」
キャロルはそう言いながらレンヤの元まで来ると、ニッコリ笑った。それは疑いようもなく少女の笑みで、大鎌さえなければ、ただの可愛いらしい少女にしか見えなかった。キャロルは大鎌を軽々しく回転させ、刃に付着した血肉を払っていた。
――こんな少女がね……。
レンヤは近くまで来たキャロルをゆっくりと見下ろした。金髪の短い髪は、緩く巻いていて、服は歳相応の服だった。本当に見た目は普通の少女なのだ。その少女が軽々と大鎌を振り回し、驚異的な力を持った脱獄犯を一瞬で処理してしまったなど、目の前で見ていたにもかかわらず信じられない。
しかしながら、キャロルから放たれる異様なオーラによって本能的に納得してしまう。しばらくレンヤがキャロルを観察していると、キャロルはなにかを感じ取ったように振り返った。
「シラウメが来たようじゃ。」
キャロルはそう言うとシラウメが来るであろう方向を見つめる。レンヤも、気配はまだ感じ取れないがその方向を見つめ、シラウメが来るのを待った。
しばらく待っていると、シラウメ達が走ってやってきたようだ。シラウメはアイルの背中に乗っており、レンヤ達のもとにたどり着くとシラウメはアイルの背から降りた。
「レンヤ君、無事でなによりです。取り急ぎ、その切り傷をなんとかしましょう。そのままだといずれ失血死してしまいます。」
シラウメはレンヤに程度なサイズに切られた例の布を差し出す。レンヤは受け取ると応急処置を行った。止血できるだけでも十分だ。痛みも緩和されたように思う。
「キャロルは怪我はないですね?」
「もちろんじゃ!」
キャロルはシラウメの問いに、当然と言わんばかりに胸を張って言う。そんなキャロルにシラウメはニッコリと笑った。
***
「あ。シラウメさん。マドカさんから聞いたかもしれないけど、マドカさん結構酷い怪我してて……。大丈夫かな?」
「え!?」
そんな話は聞いていない。マドカが怪我をしているなどシラウメは初耳だった。マドカからの連絡では、脱獄犯が現れた場所の情報と、応援がすぐに欲しいという内容だった。マドカ自身の怪我の話には触れていない。
連絡を貰った際に、人気のある場所へ避難してもらうようお願いはしたが、無事にたどり着けたのだろうか。シラウメは慌ててスマートフォンを取り出し通話をかけようとする。
「圏外……?」
しかしながら、この場所も圏外だった。その瞬間、ぞわりとして嫌な汗が吹き出す感覚がした。
「おっと、シラウメ大丈夫かい?」
ふらっとよろけたシラウメをアイルは支えていた。しかし感謝の言葉を述べている余裕などシラウメには一切無かった。ブツブツと小さな声で独り言を言いながら、必死で脳を回転させる。
「ビンゴ。このエリアからマドカ家の方角へ30m程行った所から、近くのコンビニがある場所の方面……、その辺の索敵をお願いします。」
「え?あ。うん。ラジャー!」
ビンゴに指示は出したものの、シラウメは引き続き思考を行う。全ての可能性を洗い出さなければならない。たった今レンヤから聞いた、マドカが怪我をしているという事実。そしてこの場所が圏外だという事象。その追加された情報を取り入れて、再度思考を整理する。
「どうしたんじゃ?シラウメ。」
キャロルは心配そうにシラウメに訪ねる。驚異となる脱獄犯は処理できたのに、シラウメが未だに深刻な顔をしているのを見て不安になったのだろう。
「私の考えすぎならいいんです。しかし、引っ掛かりを感じました。何もなければいいんですが……。」
何となく嫌な予感がするのだ。怪我をしたマドカは、恐らく移動速度が遅い。しかし、連絡をするためにも直ぐにこの場から離れなければならなかったはずだ。圏外ではなくなるエリアに移動したとなれば、恐らく本能的に自宅方面へ移動しながら電波があるエリアへ向かったと考えられる。そして連絡後は、シラウメの指示通りに人気のある方を目指したはずだ。しかし、通話終了後にマドカがいたと想定される場所から人気のある場所までは絶望的に遠い。無事にたどりつけたのだろうか。
「ウメ姉!!ウメ姉が言ってた場所にバケモンいる!!ごめん。この距離じゃワイヤーで処理できねぇ!それに戦ってるみたいだ。」
――完全にやられた。
ビンゴの報告を聞いて、シラウメはギリっと歯を食いしばった。
「化け物10体が、一人の人間を囲んでるっぽい。それと、その周囲にもどんどん化け物が湧いてて、そいつらもそこに向かってるように思う。」
「分かりました。皆さん、今から作戦を伝えますので聞いてください。」
シラウメは自身のスマートフォンの画面に地図を広げ、アイル、キャロル、ビンゴ、そしてレンヤへ詳細な指示を出した。




