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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
6章
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6章-7.反撃 2023.11.5

「ぐぁぁああああああ!」


 マドカが脱獄犯の腕をナイフで切り裂くと同時に、周囲に雄叫びのような脱獄犯の叫び声が響きわたる。すると、マドカの首を締め上げていた腕の力が弱まった。マドカは可能な限りの力を振り絞り脱獄犯の腕を払いのけると、スルリと抜け出して走り出した。


 今がチャンスだ。最初で最後のチャンスに違いない。マドカは懸命に走る。レンヤがいる方へと真っ直ぐに向かう。一切振り返ることなく走り続ける。背後から脱獄犯が迫っているのかさえ分からない。恐怖で自分がちゃんと前に進めているのかすら分からなくなってくる。しかし振り返るわけにはいかない、1歩でも先に進まなければならないのだから。先ほどの脱獄犯の雄叫びで、きっとレンヤは気が付いてくれるはずだ。そう信じるしかない。微かな希望に縋りつかなければ、自分の体は今すぐにでも絶望して活動を辞めてしまう気がする。


 恐らく、脱獄犯はマドカが反抗するなど想定していなかったに違いない。想定外の行動だったからこそ攻撃が通ったのだ。警戒されていれば絶対に成り立たない攻撃だ。故にマドカが足掻く事ができるのはここまでであるとはっきり分かる。これ以上は自分の出る幕じゃない。マドカは縺れそうになる足を、無理矢理動かして走る。


 ――後少しだ。もう少しでレンヤ君がいるはず……。

 

 マドカはそう思って足に力を入れた時だった。


「うわっ!!!」


 足が縺れた。徐々に前に傾く体。そして、次の瞬間にはマドカは地面に倒れていた。顔面から地面のアスファルトに打ち付けられる。勢いでこすれた手のひらと頬に痛みを感じた。


 ――嘘……。でしょ……?


 途端に絶望が押し寄せる。何故こんな大事な所で転ぶのだろうか。何で?どうして?という思いだけでパニックになる。


 ――嫌だ。こんなの無理……。死にたくない。


 マドカは弱気な考えを瞬時に振り払い、直ぐに上半身を起こして背後を確認した。


 ――あれだけ懸命に走ったのだから、少しくらい距離があってもいいはず……。今からでも立ち上がって走れば……。


 しかしながら、振り返った先、目の前に飛び込んだ光景を見て、そんな甘い考えは一瞬にして吹き飛んだ。もう、死を受け入れるしかない程絶望的だった。今にも飛び掛かってこようとする脱獄犯が、目前に迫っていた。やけにスローモーションに見える。死ぬ間際の走馬灯の様だ。

 

「あぁ……。流石に私にはもう無理だよ……。」


 マドカは目を閉じた。死を覚悟して。


 ――本当に最悪だ。


 きっとすごく痛いのだろうなと思う。これから受けるだろう痛みを思うと怖くて怖くて泣きたくなる。きっとすぐには殺してもらえない。そして自分は恐らく直ぐに死ぬ事ができない。


 再びパンッと音が首元で鳴り背中に衝撃が走った。脱獄犯の手で首を掴まれ今度は仰向けに地面に押し倒されたのだと分かる。涙がぽろぽろと流れていく。温かみのある涙は頬を流れ落ちていくうちに外気に触れて冷やされる。涙が通った場所はひんやりとした感覚を伝えてくる。


 マドカは目をゆっくりと開ける。どうせこの脱獄犯は犯行の様子を被害者に見せたいのだろう。脱獄犯はマドカの首を左手で抑え覆いかぶさるような体勢だった。脱獄犯の長い爪で頬をゆっくりとなぞられる。涙が流れ落ちていく様子を見ているようだ。そして、その爪は軽くマドカの皮膚をひっかきながら徐々に位置をずらしてく。頬から首元、胸元を通ってそして腹部で止まった。ここを刺すぞと言いたいのだろう。たとえ目視していなくても感覚で分からせようとしてくる。


 脱獄犯はゆっくりと右腕を振り上げた。そして爪の先端を1点に集合させる。その尖った爪の先で腹部を突き刺すのだろう。ひと際不気味に脱獄犯の口元が歪み、心底楽しそうに笑う。そして次の瞬間、その振り上げられた右腕は一気にマドカの腹部を目掛けて振り下ろされた。

 

「あぁっ!!ぁぁっ……。」


 腹部に強烈な痛みが走る。熱を帯びた痛みに全ての感覚が支配される。呼吸の仕方さえ分からなくなる。ぐちゃりと不気味な音が聞こえる。どうやら脱獄犯は突き刺した爪を動かして傷口をゆっくりと広げているようだ。


「やめっ……ぅぁ……。」


 抵抗など何もできない。痛みに耐える以外何もできない。ぐちゃぐちゃと鳴る音と共に感じる激痛にマドカは苦しみ嗚咽を上げる。少しずつ傷口が広げられていく。肉が無理矢理に割かれていく。


「いゃ……。」


 体内に脱獄犯の長い爪が差し込まれ内側をかき混ぜられているようだ。マドカは痛みに耐えながら荒れた自身の息の音を聞く。いっそのことさっさと殺してくれ。そう思わずにはいられない。そのうち腸を引きずり出して見せてくるに違いない。こんな時でも気絶もできなければ死ぬこともできない自身の異常な身体能力を、マドカはただただ呪う。


 と、その時、脱獄犯の動きが止まった。首元を押さえつけていた左手が離される。そしてゆっくりとその左手はマドカの腹部へと向かう。


「や……めて……。お願い……。」


 脱獄犯は再びニヤリと笑うと両手で腹部の傷口に爪を差し込む。その後何をされるかなんて明らかだ。いくつもの死体をしっかり観察してきたのだ。だからこそ確実に分かる。これから脱獄犯は両手の爪を傷口に突き刺し、両側に開くようにして無理矢理に腹を割くのだ。マドカはぐっと歯を食いしばった。きっと自分はそれでも死ねない。死ぬことを許されない。どんな激痛が待っているのか全く分からない。怖い。ただただ怖い。


 脱獄犯はマドカの恐怖と痛みに歪む顔を見て楽しんでいるようだった。そして満足したのだろう。脱獄犯は視線をゆっくりと手元に落とす。腹部の傷口をじっと見ている。あふれる涙でマドカの視界はどんどん崩れていく。そんな脱獄犯の様子もどんどん歪んでいく。マドカは涙を絞り出すように目をぐっと瞑った。


「助……け……て……。」


 マドカが小さく言葉を漏らした時だった。


 ――あれ……?この臭いは……。


 ふわりとレンヤの血の臭いがした。そして、同時に脱獄犯の手も止まる。脱獄犯は一気にマドカの腹から雑に爪を抜き取ると飛び退くように後方へと飛んだ。


「うぐっ……。」


 雑に引き抜かれた爪の衝撃で腹部は更に傷ついたようだ。激痛に耐えながらマドカは気合いで目を見開いた。するとそこには、脱獄犯とマドカの間に割って入るようにレンヤが立っていた。マドカを背に隠し、脱獄犯と対峙している。ナイフを構え、脱獄犯の動きを牽制していた。


「遅くなってごめん。マドカさん。」


 レンヤのその声に、安堵と嬉しさがこみ上げる。やっぱり来てくれたのだと、涙がどんどん流れ落ちる。


「遅いよ馬鹿……。怖かったじゃんか……。」


 ――本当は助けてくれてありがとうと言うべきなのに……。


 こんな時すら素直になれない自分はどうしようもないなと感じながらも、マドカは涙をぬぐい上半身を起こした。動くたびに腹部に走る激痛でおかしくなりそうだ。それでもマドカは周囲の状況をしっかりと確認する。レンヤが来てくれたと言っても、有利になったわけではないだろうと感覚的に分かる。自分は負傷し、何の役にも立たないお荷物状態だ。そして、レンヤも恐らく怪我をしている。万全の状態とは言い難いと考えられる。レンヤの血の臭いがしたので間違いないだろう。マドカは、改めて自分を守るように立つレンヤをよく見ると、レンヤの肩や背中、腹部や足にまで抉られたような細い線上の傷ができている。幸い致命傷となる傷はなさそうだったが、単純な切り傷ではない。肉をそれなりに削られているため相当痛いはずだ。


「マドカさん。動ける?」


 レンヤはマドカの方は一切振り向かずに尋ねる。それほどこの脱獄犯を警戒しているという事だろう。隙を見せれば切り込まれるという状況だと理解する。


「意地でも動くよ。」

「分かった。んじゃ、これ頼む。」


 マドカの方に黒い携帯が投げられた。マドカはそれを受け取る。レンヤのガラパゴス携帯である。


「シラウメさんに連絡お願い。俺独りじゃこいつは無理。」

「うん。」

「マドカさんは、できるだけここから離れて欲しい。」

「分かった。レンヤ君。絶対死なないでね。」

「あぁ。任せろ。」


 マドカは腹部を押えながらゆっくりと立ち上がると、可能な限りの速度で走りだした。ここにいてもレンヤの邪魔になるだけだ。レンヤ自身が独りでは勝てないと言ったのだ。マドカを守りながら等なおさら無理だろう。故に、自分が今すべきはここからできる限り早く立ち去りレンヤが思いっきり戦えるようにする事と、シラウメへの連絡だ。


 マドカは痛みに耐えながら走り、ようやく脇道から抜ける事が出来た。ここまで来れば邪魔にはならないだろう。安堵すると同時に、レンヤから受け取った黒い携帯を取り出し立ち止まった。すぐにシラウメに連絡すべく携帯を操作する。しかしながら画面には圏外と表示されていた。どうやらこの辺り一帯は圏外になってしまうようだ。もう少し離れた位置まで移動する他ないだろう。マドカは一旦レンヤの携帯を仕舞うと、自身の腹部の手当てを行った。応急処置を施す。痛みがなくなるわけではないが、血液が流れ出るのは抑える事が出来た。後ほど縫う必要があるだろう。


「ふぅ……。本当に何がおきてんのかな……。」


 応急処置ができたことで、マドカは安堵から息を吐いた。そして改めて周囲を見てため息をついた。脇道から出た先、レンヤが待機していた場所には、8体の人間の死体が転がっていた。その人間は全て男性で、脱獄犯の様に長い爪を持っていた。彼らはレンヤによって殺されたのだろう。そう推測できた。レンヤが助けに来るまでに時間が掛かったのは恐らくこれらの人間に襲われていたものと思う。レンヤは相当無理したのではないだろうか。レンヤの体に無数の抉られた傷があったのは、彼らと無茶な戦いをしたためと思われた。少しでも早く駆け付けようとしてくれていたのかもしれない。


 ただ、今は感傷に浸っている場合ではない。電波のある場所まで移動してシラウメに連絡しなければならない。マドカは痛みに耐えながらも、再び走り出した。

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