6章-4.嫌悪 2023.11.5
ピンポーンと電子音が鳴る。マドカの家のインターホンの音だ。シラウメはインターホン前で応答を静かに待った。特にマドカ達が外出しているという情報は得ていないため、間違いなく家に全員いるだろう。暫くすると、ガチャガチャと玄関ドアのカギを開ける音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。
「シラウメさん。こんにちは。どうぞ。」
出迎えたのはレンヤだった。扉を開ける前から、レンヤはシラウメが来たことを分かっていたのだろう。気配で人を識別できるようになったとみて間違いがなさそうだ。
「こんにちは。レンヤ君。お邪魔します。」
シラウメは自身の思考を悟られないようさわやかに笑ってレンヤに挨拶すると、マドカの家へと入って行った。
***
「おっはよー!シラウメ。いらっしゃーい!どうぞどうぞ。座って!」
2階のリビングへやってきたシラウメを笑顔で迎えたマドカは、いつものテレビ前のローテーブルを囲むソファーにシラウメを通す。そして、グラスに入れた人数分のアイスティーを持って、ローテーブルに並べた。
「今日は、先日の爆破事件の報酬を渡しに来たのと、もうひとつ、お話がありまして。」
シラウメはそう言いながら通されたソファーに座った。シラウメの後に続いてリビングへ戻ってきたレンヤもシラウメの隣に座り、シラウメの向かいにはマドカが座った。
「お話って何ー?」
「残りの脱獄犯について、情報共有出来ればと思いました。実は最近、残りの脱獄犯の1人である人食い男の物と思われる被害が出たんですよ。」
シラウメはカバンから取り出した資料をローテーブルに綺麗に並べていく。
「この人食い男も恐らく何かしら異常状態にあります。先日の怨念まみれの男がパワーアップしたようにです。女性ばかりを狙う男は、投獄前には見られなかった異常な怪力を持っていたようですし。ですから警戒して下さい。今回の人食い男は、かなり強くなっている可能性があります。」
「人食い男かぁー。そういえば、もらった資料の中にいたねー。そんな奴。何?食べかけの死体でもでてきたの?」
「はい。腹を食い破られ内臓の無い死体が発見されました。」
「は……?」
レンヤは思わず声を漏らした。今シラウメは、腹を食い破られて内臓が無い死体と言っただろうか。それはつまり人食い男は、人間の肉だけではなく内臓を食べたという事ではないだろうか。
「に、人間食べる……?しかも内臓……?あ、ありえねぇ……。」
レンヤは口を押さえ俯く。勝手に想像して、勝手に気持ち悪くなってしまった。内臓など見るだけで気持ち悪いのに、それを食べるなど神経を疑う。さらに、話の様子から生で食べているに違いない。考えただけで吐きそうだ。
「そいつ……。さっさと殺しちまおう……。俺はそいつの存在を否定したい……。」
人間の内臓を生で食う人間など、この世に存在してはいけない。そんなグロテスクをまき散らすような存在は即刻排除すべきだ。平和な世の中のためにも、排除は必須だ。間違いない。レンヤは嫌悪感から生まれる自身の殺意を感じる。他人の存在否定をしたいなど初めて感じた感覚だ。生理的に受け付けないとはこういう事なのかもしれないと感じた。
「くれぐれも気をつけて下さい。相手は人間だと思わない方がいいです。」
「りょーかい。」
レンヤは返事をすると、ローテーブルに出されていたアイスティーを飲んだ。
「そうですね。今回の人食い男の件は私も参戦しましょう。どうせ、アイル達は暇でしょうし。こんな学校が無い時しか、動かせませんからね。」
「アイルさん達って事はこないだ学校にいた人達?」
レンヤは先日の学校爆破事件を思い出す。アイルの他に、鎌を持った金髪の少女や、やんちゃそうな少年がいたのを思い出す。二人とも幼いながらにもオーラがあり、強そうだなと感じた記憶がある。
「はいその通りです。レンヤ君は彼らに会ったんでしたね。キャロルとビンゴもどうせ暇ですから。」
鎌を持ったのがキャロルで、やんちゃそうなのがビンゴという名前だろう。
「あんなに強いのに暇って……?」
あれほどの実力があればいくらでも仕事がありそうなものだ。常人ではできないような仕事ができるのだから引っ張りだこにでもなっていそうなイメージである。何故暇なのだろう。あまり納得がいかず首を傾げる。
「ふふっ。扱いが難しいんですよ。彼らは基本的に、私以外の人間の命令を聞きません。一般人とは明らかに異なる能力を持っていますから、他の警察の人間には扱えないでしょう。常識が全く異なります。従って、残念ながら、私が動ける時しか彼等は仕事ができません。今は嬉しい事に休校中です。このチャンスに彼らに沢山仕事を振ってこなしてもらうつもりです。」
シラウメはやる気満々といった表情をしている。本当に膨大な業務をやらせる気なのだろうなとレンヤは想像した。
「では。早いですが、そろそろ帰りますね。残念ながら仕事が山積みなんです。マドカ、くれぐれも気をつけて下さい。レンヤ君も、厳しいと思ったら無理はしなくて結構です。撤退するという選択も視野にいれて下さい。」
シラウメは爽やかに笑いながらそう言うと、すっと立ち上がる。そして、鞄から報酬を取り出しマドカに手渡した。
「いつもいつも、ありがとう!本当に助かるよ!」
「ふふっ。いえいえ。当然の報酬ですから。では、また近いうちに……。」
シラウメはレンヤ達に別れを告げると、颯爽と帰って行った。
***
シラウメが去った後、マドカの家のリビングでは作戦会議が始まった。
「レンヤ君。どーする?人食い男。」
「どーするって言われても……。うーん……。」
「さっさと殺そうって意気込んでたから、何かしら考えあるのかと思ったけど。やっぱり何にも無いかぁ。ノープラン!さっすがレンヤ君!口だけ!」
グサッ。
レンヤの心臓に言葉のナイフが刺さった。
口だけというマドカの言葉は非常にキツイ。
言い返せない辺りが余計に辛い。
「まぁ、殺しに行くにしたって、まずは人食い男の情報が無きゃだよねー。前科の資料は読んだ?」
レンヤは首を横に振る。
「やっぱり。私もさらっとしか読んでないけど。ちゃんと確認しよっか。」
マドカはリビングにある棚から、以前シラウメから貰った資料を取り出し持って来た。そしてローテーブルにレンヤにも見えるように資料を広げた。マドカとレンヤはさっそく、人食い男の事前資料を読んでいった。前科の情報は非常に重要なはずだ。手がかりがあるかもしれない。また、戦い方も分かれば対策を練ることができるかもしれない。欲しい情報を探すようにレンヤも真剣に資料に目を通した。
***
「うーん。何だかイマイチ分かんないねー。ま、昔はナイフを使って切り裂いてたみたいだけど、今はシラウメの話だと食い破ってるわけだから、素手なのかなー?直接口で食い破るって事?後は何だろう。凄く強そうだねーって事くらい。レンヤ君の方はなんか分かった?気になる事とか。」
レンヤはマドカの意見を聞いて固まる。そして、静かに口を開いた。
「えっと……。何て言うか俺、活字苦手かも。」
「は?」
マドカの冷たい声に心臓がキュッとなるのを感じる。
「字が読めないんじゃなくて、なんつーか、読んでも理解できない。内容が頭に入ってこないって言うか……。」
マドカは唖然としている。信じられないと。ありえないと。意味が分からないと。そう言いたげな表情だ。だが、それはレンヤも同じだ。何故自分には理解ができないのか自分でも分からない。今までこうした資料を読むという経験がなく知識が不足しているからだろうか。分からない。ただ一方で、他人が話す内容が全く理解できないという事は無い。もちろん難しい単語や専門用語になってくれば話は別だが、日常会話で困る事は無かった。故に、今唐突に壁にぶつかったような気持ちだ。
「レンヤ君。レンヤ君がそこまで頭が悪いとは思わなかったよ。マドカちゃんびっくりー!きっとレンヤ君の脳には、ヌカミソがつまってるんだねー!」
マドカは、満面の笑みで言った。レンヤの心臓に、たくさんの言葉のナイフが刺さったのは言うまでもない。
「まぁ、いいや。レンヤ君らしいし。レンヤ君は頭より体使うタイプだもんね!今後の活躍に期待するよ!さて、資料通りなら人食い男が動くのは夜中みたいだし、私昼寝してくるー。レンヤ君も昼寝しなよー。」
マドカは、ふぁーっとあくびすると、リビングを出ていってしまった。レンヤはマドカが出て行った後、しばらく落ち込んでいたが、何故か落ち込んでいるうちに眠りについてしまった。




