1章-2.ミッション 2023.8.27
「ところでさ、人間って、刺すと豆腐みたいな感触ってホント?」
マドカは死体に向き直り、死体をいじりながらレンヤに問う。実際に心臓を一突きし2人を刺し殺したレンヤに感想を求めているのだろう。とはいえ、そんなもの覚えていない上、気にしてもいなかったので答えられない。聞かれても困ってしまう。
「そんなの、実際に今試しに刺してみればいいんじゃね?」
レンヤは適当に軽い冗談のつもりで答えた。しかし、マドカはレンヤの言葉にハッとしたように目を見開いている。何か嫌な予感がする。レンヤは身構えた。
「なるほど!レンヤ君!あったまいいー!よし!実際に刺してみるね~!」
やはりマドカに冗談は通じなかった。
マドカは上機嫌で、今度は上着のポケットからナイフを取り出し、女性の死体のほうへ馬乗りになった。そして、口元をニタァーっと歪ませる。さらに、ナイフを持つ手を振り上げ、腹部に一気に突き刺した。ブシュッっと生々しい音が鳴る。マドカは楽しそうに突き刺したナイフを器用に動かして抉っていく。すると、ぐちゃっ……っと、気色悪い音が鳴った。
「いい音奏でてくれるじゃないの。ふふっ、お豆腐みたいだー!!」
マドカは要領を得たのか、ぐちゃぐちゃとどんどんナイフで死体を切ったり抉ったりと破壊していく。すると、ほどなくして内臓等がはっきり見える所まで達したようだ。
「キャーーー!!腸が出てきたよー!」
マドカはついに素手で腸を掴み、力業で引っ張り出した。
「うっ……。」
レンヤはあまりの光景に直視できず、目をそらした。吐きそうだ。気持ち悪い。真っ赤で、ぬるっとした内臓が、目をそらしたレンヤの脳裏に残る。フラッシュバックする。目を閉じても蘇ってくる。レンヤは耐えきれなくなり、口を手で覆うことで吐きそうになるのをなんとか堪える。
ふと、そんなレンヤを見たマドカは、首を傾げた。
「あり?レンヤ君は、殺しは良いけど、グロいのダメ系?」
「ダメ系……。」
レンヤは苦しそうに答える。
「ありゃりゃ。そうだったの。先に言ってよね!」
言わせる間もなく、えぐり出したのはアンタだろ!?
レンヤは酷い吐き気の中そう思わずにはいられなかった。
「あーっ!」
マドカは死体を解剖しながら、嬉しそうな声をあげた。
「今度は何……?」
レンヤは恐る恐るきいてみる。
「胃袋発見!!」
「……。」
マドカは発見した胃袋を素手で持ち上げ思いっきりレンヤに見せたため、レンヤは即気絶し、バタッと音を立ててその場に倒れた。
「あり?気絶しちゃった。私の前で気絶するなんて自殺行為だよ?分かってるのかなぁ?ま、いいや。とりあえずは放っとこう!」
マドカはそう言って、レンヤには目もくれず解剖を再開した。
***
「内臓プニプニだぁ!死にたては生暖かくていいね!」
「腸って結構長いんだね。つか、この腸についた膜が邪魔でなかなか引きずりだせないな。うーん……。あ!盲腸の原因、虫すう発見!これが膿んで盲腸になるんだよね。機能ないんだから、最初っからなければいいのに。進化の過程でどう活躍したのかな?謎だよ。」
「よし!お次はアバラをひらいてみよう!おお!心臓だぁ!心臓鷲掴みするって表現あるよね。うん、鷲掴み!!」
ぐちゃっ……
「あれ、つぶれちゃった。握力41しかないのに……。意外と脆いんだね。」
独り言で実況中継しながらマドカはどんどん解体を進めていった。教科書に載っている様な一般知識しか知らなかったマドカは、人間の体の構造をどんどんと把握していく。頭に叩き込んだ教科書と、実際の物を照らし合わせていくのが妙に面白い。
こんな人間の解剖など、大学で医学部に行かない限り不可能だと思っていた。世の中には、人体解剖がしたいがために医学部へ進む人間もいる。勉強の一環で、1人につき1人の検体が与えられると聞く。医学部に行くだなんて、マドカには夢のまた夢だった。そのため、自分は一生人間の体内を覗く事無く人生を終えるものだと諦めていたのだ。しかし、今自分は夢だと諦めていた事が叶っている。たとえ不法でも、嬉しくてたまらない。
「ではではー!目ん玉いきますか!」
マドカは移動して、死体の顔の付近にしゃがむ。そして、ズズズっと素手で指を差し込み、眼球をつかみ取ろうとする。そして、目玉をつかんだマドカは引っ張る。
「視神経手強いな。邪魔だっつの!」
マドカは力ずくで、視神経をブチッと引きちぎった。
「とれたーっ!」
眼球がとれた。マドカは取れた目玉をまじまじと観察する。普段見えている目玉の部分はあまりに小さかったのだと感じる。この小さな眼球のおかげで、普段自分はこの視界を手に入れてるとは、とても不思議なものだと思う。生き物の構造とは、実に良くできていると感心してしまう。想像もできないような大自然の中で自然淘汰を繰り返し勝ち残ってきた生物は、やはり想像もできないくらいの奇跡の積み重ねで構成されているのだろう。
そこでふと、マドカは思う。目玉ってビリヤードの玉みたい……と。
「これをいっぱい集めて、ビリヤードしたいな……」
棒でつついた時の挙動がおかしくなる等という考えはマドカにはない。通常のビリヤードに比べて眼球の弾力でかなり反射するのではないだろうか。均等な物質ではないため、重心の偏りもあるだろう。少し考えただけでも、ゲームとしては成り立たないと思われる。また、実際眼球を集めたとして、ビリヤードの台の上に眼球が10個も置かれて、突かれた眼球が高速で台上を転がりまくるのだろうか。それはそれはシュールなビリヤードができる事だろう。
「確か10個ぐらい必要だから、あと、3人分かな。」
この時マドカは、かなり無謀な目標を持った。3人分の眼球をどの様に集める気なのだろうか。マドカは、ニコニコと微笑みながら、目玉を大事そうに持って、1階へとつながる階段を上って行った。
***
レンヤが目を覚ますと、そこはリビングと思われる場所だった。今までいた場所とは違い、白を基調とした、明るい空間である。外は暗く、夜だった。気絶してから時間は、それほど経っていないのだろう。レンヤはその部屋の黒のソファーの上に寝かされていたようだ。
ここまで自分を、マドカが運んだのだろうか。ふと、寝ぼけながらそんな事を思っていると、マドカが部屋の奥からやってきた。
「あ!レンヤ君起きた?あのさ、あのさ、頼み事があるんだけど……。」
そういってマドカはレンヤが寝ているソファーの近くにきて膝をついた。
「な、なんでしょう?」
レンヤは、何かとてつもなく嫌な予感がしてならない。多少どもりながらたずねる。
すると、
「あのさ、あと3人殺して来て!」
とマドカはさらりと笑顔で言った。レンヤは固まる。さらにマドカは、ここで上目使いという高等テクまで使用する。レンヤはもちろん、そんなマドカに敵うはずがない。
「……。マジで?なんとなくそんな気がしてたけど……。」
レンヤは苦笑した。悪い予感は見事に的中してしまった。
「てかさ、マドカさん。自分で殺しに行けば?」
レンヤはふと思い付いて提案した。何もわざわざ自分がやらなくても、あれだけ死体を解体していたマドカなら、殺人に抵抗など無いのではないだろうか。むしろ楽しんでやりそうである。しかし、マドカはレンヤの予想に反して、困ったような顔をする。
「そうしたいのはやまやまなんだけどさ……。死んだ母さんの遺言がね、『犯罪は決して自分の手を汚さずにやる物よ。』だからさ。」
まどかは、本当に本当に悲しそうに言う。ネタなのかガチなのか本当に判断が付かない。
もう突っ込みきれねぇよ……。
レンヤは口には出さず、そっと言葉を飲み込んだ。
「っていうか、オレはこれ以上罪を重ねたくないんだけれど。殺し屋とかそんな職業やってないしさ。今回のは事故みたいなものだし、好きでもない殺しなんて……。」
よくよく考えてみれば、何故好きでもない殺人を頼まれるのか。頼まれてやる必要などない。
レンヤはそう思い、拒否した。しかし、拒否する理由聞いたマドカはニヤリと笑っていた。
「ふぅ~ん。んじゃ、レンヤ君に聞くけどさ、人間殺してみてどんな気分?」
ニヤリと笑いながら尋ねるマドカは何かを見透かしているようだ。レンヤはゴクリと唾を飲み込んだ。
どんな気分?
レンヤは真剣に考える。あの時の気分を。人間を殺した時の自分は一体何を感じたのか。
そりゃ、今までむしゃくしゃしていた気分がすっきり爽快……。
レンヤはそう思った瞬間、自分自身にゾッとした。
自分は一体何考えてるんだ!?
すっきり爽快なんて、それじゃぁまるで、殺人が好きみたいじゃないか。
そんなはずない。自分は殺人鬼等では決してない。
今回のは事故に近いし、突発的だし、そんなはずない。
「すっきりしたんじゃないの?」
マドカはレンヤの心を読んだかのように、追いうちをかける。レンヤは、その問いに答えられなかった。ただ黙って俯いた。レンヤの複雑な表情を見たマドカは更にニヤリと笑う。
「目覚めたってやつだね。まさに。それじゃぁ、早速3人殺して来てね。」
この問題は解決したと言わんばかりにマドカは再度レンヤに依頼する。
「いや……、それはちょっと……。」
たとえ自分が殺人好きだとしても、その要求は呑めないだろう。呑む必要もないはずだ。ただ、どういう訳か、マドカに強気で拒否することが自分にはできそうにない。何とかマドカには依頼を撤回してもらいたい。しかし、顔を上げてマドカの様子を見ると、キョトンとして首をかしげていた。
「ふ~ん……。いいのかなぁ?地下にはレンヤ君が殺した死体が2つもあるんだよ?しかもバラバラ。これ、通報したらどうなるかな?真面目そうな私と、チンピラみたいなレンヤ君。警察はどっちの証言を信じると思う?」
ニヤリとマドカは再び笑いながらレンヤに問う。
え?
そうくるんですか?
バラバラにしたのオレじゃないし。
レンヤはツッコミを入れたい衝動を抑える。口に出してはいけない気がするからだ。
「別にさ、何だっていいけど。私は捕まったりしないし!」
アハハハハハ!と、楽しそうにマドカは笑う。どうやら自分はマドカには勝てないのだろうと悟った。マドカも殺してしまえばいいじゃないかという考えも当然過った。しかし、それはしたくないと何故だか思ってしまう自分がいる。マドカを殺せないのであれば、この状況において自分には勝ち目がない。レンヤは諦めたように深くため息をついた。
「わかった。殺しに行ってくる。行けばいいんだろ?どうせ明るい未来が期待できないなら、あがいてやるよ。豚箱なんて狭いところ入りたくないし。」
「やった!交渉成立だね!私は死体回収するよー!」
レンヤは全く気が進まないが、さっそく動き出した。日が沈み暗くなった屋外へ裏口から出る。出てすぐの所に血液の水溜まりがあった。レンヤは気にせず踏み潰し、夜の街へと走って行った。マドカは、家の中からリアカーを取り出し、大きな布とハサミをそれに乗せて、直ぐにレンヤの後を追った。