5章-4.金の亡者 2023.11.2
ガチャリと音がして、校長室のドアが唐突に開く。主犯の男と爆弾を操作する男はその音に気付くと会話をやめ、不自然に開いた扉に目を向けた。
このタイミングで扉が開くはずがない。そんな予定はない。何か問題が起きて見張りの人間が報告しに来たのか。主犯の男はそんな事を考える。しかし、キィーっと扉が開いて現れたのは黒ずくめの長身の男だった。
「君は誰?」
部下が来るものと思っていたが予想外の人間がやってきた。一体何者だろうか。室内に配置した3人の部下たちは、一斉に銃口を黒ずくめの男へと向けた。
「ん?誰と聞かれても答える義理はないかな。それより、銃を向けないでほしいなぁ。危ないよ。」
黒ずくめの男は銃口を3方向から向けられているにもかかわらず焦る様子が一切無い。明らかに予想と異なる行動をとっている。まるで至近距離で向けられた銃など怖くもないとでも言っているかのようだ。首筋に嫌な汗が流れるの感じた。
「とりあえず、銃は降ろしてもらおうかな。」
その瞬間だった。ドスッという音が3回ほど鳴ったかと思うと、銃を構えていた部下3人がその場に一瞬で倒れてしまった。全員気絶している。
「……。」
残念ながら、主犯の男には何が起きたのかを認識することができなかった。本当に一瞬の間に部下が3人倒されてしまったという事実だけを認識する。言葉が出ない。この黒ずくめの男が何かしたのだろうという事しか分からない。主犯の男はじっと黒ずくめの男を睨んだ。自分の計画を邪魔するのだから、間違いなく警察側の人間だろう。身代金の用意を待っていてあげているにも拘わらず仕掛けてくるとは舐められたものだ。
「おい。糞アイル。さっさと前に進むんじゃ。我らが中に入れぬ。」
黒ずくめの男の背後から少女らしき声がした。黒ずくめの男はしぶしぶ数歩前に歩いたかと思うと、背後から大鎌を持った金髪の少女と、やんちゃそうな少年がひょっこり顔を出した。明らかに子供だ。それも小学生程度の幼い子供だ。ここは中学校である。制服を着ているわけでもないため、この学校の学生ではない事は確かだろう。そして、金髪の少女は大鎌を持っている。明らかに異質な光景だ。一体何者なのか全く想像ができない。
「爆弾男君。4階のフロア、全部爆破していいよ。」
「ラジャー!やっときたーーー!フゥウウウ!!」
爆弾を爆破するように指示した。爆弾男は歓喜の声をあげながら手元の操作盤を弄り始めた。手始めに4階のフロアの教室を爆破し、見せしめとする方針だ。こちらが本気である事を示さなければならない。舐められる訳にはいかない。警察側は一体何を考えているのだろうか。こんな事をすれば犠牲者がでる。そんな愚策をとるなど意味不明だ。室内の部下達3人を一瞬で戦闘不能にされ焦ったが、よく考えればこちらが焦る必要など一切ない。いくら予想外の事態が起きようとも、こちらには、大勢の生徒の命を握る爆弾があるのだ。それであればいくらでも脅す事ができる。恐れることなど何もないではないか。
ニヤリと自身の口元が歪むのを自覚する。そして、まもなく聞こえてくるだろう爆発音を静かに待つ。爆発音が響き、その直後には生徒たちの悲鳴も聞こえてくるに違いない。それを思うと心が躍る。
しかしながら、しばらく待っていたが一向に爆発音が聞こえてこない。何をもたもたしているのか。爆弾男の方へと目をやると、首を傾げながらせわしなく動いている。
「ねぇ。爆弾男君。早く爆破してよ。」
「あんれぇ?爆破ボタン押したのになぁ。あれ?あれ?」
まさか爆弾に不備でもあったのだろうか。それは非常に困る。そんな事が万が一でも警察側にバレてしまえば作戦自体が破綻する。爆弾男の慌てぶりから、確実に何か予想外の事態が起きている事が察せられる。そんな事はあってはならない。単純な操作ミスによってこのタイミングで爆発しなかっただけで、ちゃんと操作すれば作動する状態であって欲しい。
「早くしてよ。この際4階じゃなくてもいいから。どこの階でもいいよ。」
「おかしいな。あれ?スイッチ押してんのに。あんれー?」
いよいよ不味いかもしれない。本当に爆弾に不備があったように見える。もし不備があり爆破できなかったとしたらどうすべきだろうか。実際問題、爆弾の不備は警察にさえバレなければ問題ない。身代金さえ受け取ることができれば、爆発自体は不要なのだから。要するに、爆弾は脅す材料にさえなればいい。実際の爆破は必須ではない。現状、各教室に爆弾があるのは事実だ。ここから遠隔で爆破ができないとしても、小さな爆発物でも放り込めば引火して爆破できる。そう考えればさほど問題ではないだろう。それに、本当に遠隔の爆破ができないかどうかはまだ分からない。爆弾男が手間取っているだけの可能性だってある。幸いここでその情報を知っているのは人質としたシラウメという少女とぞろぞろ入ってきた黒ずくめの男と幼い子供だけだ。この人間達が警察へ情報を流さなければ問題が無い。
しかし、そこまで思考したところでふと顔を上げた。なんとなく視界の端で何かが動いたのだ。視線をゆっくりとその方向へと向けると、なんと椅子に拘束していたはずのシラウメが堂々と立っていた。驚きで声が出ない。部下がしっかりと椅子に固定したはずだ。自分も拘束の緩みが無いかチェックした。それ故に、何故今この瞬間に縄を抜ける事が出来ているのか理解できない。そしてまた、シラウメはこちらを向いて爽やかに笑っていた。この状況下で笑うなど頭がいかれているのだろうか。確かに、見張りの銃を持った男3人は倒され、扉からは警察側と思われる人間が入ってきた。この部屋の状況としては警察側が有利かもしれない。だがしかし、シラウメに一番近いのは自分だ。こんな非力な少女などいつでも殺すことができる位置取りだ。そんな事はシラウメ自身も分かるはずだ。それなのに笑っている。その光景が不気味で鳥肌が立つ。
「ふふっ。お二人さん。諦めて下さい。爆弾は全て解除しました。」
シラウメは爽やかに笑いながら言う。それも堂々と。その声に、爆弾男はぴたりと手を止めた。
「ふふっ。そんなに驚きますか?ただ縄抜けしただけですよ?私、昔からよく誘拐されたり、人質になったりしていたので、縄抜けが得意なんです。つい先日も人質になりましたしね。こんな容姿だから仕方ないのかもしれませんが……。」
明らかに異常だ。理解が追い付かない。シラウメが言っている内容が理解できないわけではない。ただ、予想外の事が起こりすぎて状況を処理しきれないでいる。困惑しすぎて反論する事も動く事もできない。
「嘘だぁ!!オレっちの爆弾を解除できるはずねぇーよー。オレっちの爆弾は普通じゃないし、できたとしてもこんな短時間で全部解除なんて、ぜぇぇったいむーりーだぁー!」
一方で爆弾男はシラウメの発言に対して納得がいかない様で、興奮して勢いよく反論している。それもそうだろうと思う。爆弾男の気持ちはわからなくもない。この男が作る爆弾は特殊だ。本人以外で解除等できるはずがない。それほど緻密に作られている。それを全てこの短時間で解除された等、信じられないに決まっている。この男は爆弾に関してだけは異常に才能があるのだ。自分もその能力を買ったが故に、この男に共犯を持ち掛けた。それくらいには優秀な男だ。とはいえ、この状況下でシラウメの言葉に素直に反論している爆弾男も理解ができない。この異質で異常な状況に気が付いていないのだろうか。本当に爆弾以外には興味が無いのだろう。
「確かに貴方の爆弾は普通じゃありません。非常に複雑で罠も多く解除にはかなりのリスクが伴います。よって解除できる人は殆ど存在しないでしょう。ですが、そんな爆弾をすぐに解除できる人間を、貴方は身近に一人知ってるハズですよ?ふふっ。わかりませんか?」
その瞬間、爆弾男の顔がみるみる青ざめていくのがはっきりと分かった。驚き固まり血の気が引いている。そして次第にガタガタと震え始めた。その様子を見て、自身の背中にも嫌な汗が噴き出した。爆弾男が動揺している。それは爆弾が全て解除されたという事をあり得る事実として認識したという事ではないだろうか。それは自分にとっても死を意味する。
「ま、まーさーかー。いや、ない。あいつは今、この国にはいないハズだって……。嘘だ。嘘だよねー?嘘っていってくれよー!マジで!マージーでたのーむ!」
「ふふっ。残念ですが、貴方のお姉さんである、梓にはここへ来てもらってます。そうです。貴方の爆弾を解除したのは全て彼女です。全ての教室に仕掛けられた爆弾を彼女が一人で解除しました。あぁ、何故ここに彼女がいるのかという問いですが、実は彼女、貴方が脱獄したと聞いた時から、ずっとこちらへ来ていました。弟を心配してわざわざ戻ってきてくれたんです。家族思いの素敵なお姉さんですね。」
シラウメのその言葉を聞いた瞬間、爆弾男は絶望したような顔で膝をつき崩れ落ちた。これはもはや間違いがないだろう。シラウメの言葉はハッタリではなく事実だ。爆弾は全て解除されたとみて間違いがない。事実、爆発しなかったのだからその可能性が非常に高い。
「もういいや……。オレっち塀の向こう側戻るー。亡者さん。悪いけどおれっち、もー無理。おとなしく捕まることにするー。」
爆弾男の声は無気力そのものだった。完全に諦めたという事が分かった。爆弾はもう爆発しない。室内の部下3人は倒され武力である銃は無効化されている。拘束していた人質であるシラウメは自由の身になっている。そして警察側の人間と思われる黒ずくめの男と子供2人。この状況をひっくり返すことはできるかを考える。しかし、直ぐに思考する事を辞めた。明らかに打開策はなさそうだった。
主犯の男はシラウメをじっと見た。この少女が一番おかしい。一番のイレギュラーだと認知する。絶対この少女には何かある。
「亡者さーんもー、あきらめちゃえばー?どーせ、無理だよー。だってさ、今気付いたけどー、乗り込んで来た人達。あれ、裏警察の強い人達だよー。ムリムリー。塀の向こうへトゥゲザーしよーじゃなーいかー!」
「裏警察って何?」
「あれ?亡者さん知らなーい?裏警察ってのは、警察より凄い警察だよー。乗り込んで来た人達さー、殺し屋とかそっち系の本物の人達だよ。黒い人がシャドウで、鎌持ってるのがシャレコウベの娘じゃなーい?少年の方は詳しくないけど、どっかの没落した有名な殺し屋一族の末裔じゃなかったっけ。聞いた事なーい?」
「……。」
そんなもの聞いた事もない。主犯の男は俯き記憶を辿るが自身の記憶には一切手がかりはなかった。ただ、爆弾男が言う事が事実だとすると、それはもう自分たちに1ミリも勝ち目がない事を意味していた。過剰戦力を投入されている。オーバーキルだ。今この瞬間非力なシラウメに銃を突きつけ人質にしたところで意味はなさそうだ。そう推測できた。
「ネタ明かし、しましょうか?」
シラウメの声がした。主犯の男はゆっくりと顔を上げる。やはりなという気持ちで笑えて来る。
「君。何者なの?普通じゃないでしょ?」
「えぇ。そうです。お察しの通り、普通ではないでしょう。私は警察です。爆弾男さんが言っていた裏警察のトップです。」
「あぁね……。」
何だか気が抜けるようだった。まさかトップだとは思わない。だが、今まで感じていた異質さや異常さ、不自然さは今の回答で大体片付いてしまったなという気持ちである。妙に納得してしまったというのが今の本音だ。
「この作戦の指示。いつ出したの?君なんでしょ?」
「ええ。その通りです。指示を出したのは私です。指示を出したタイミングは、こちらへ連行される間です。」
「見張りがいたはずだけど?」
シラウメを教室から校長室へ移動させる間には見張りを付けた。自由な行動はとれなかったはずだ。怪しい行動をとっていれば、部下から必ず報告が来る。だが、シラウメを連行した部下からはそうした報告はなかった。
「簡単な事ですよ。ガラパゴス携帯です。こちらを使ってメールで指示を出しました。」
シラウメは袖に隠していた小さなスライド式のガラパゴス携帯を取り出して主犯の男に見せた。今時珍しいガラパゴス携帯。サイズも小さいものでシラウメの手でも隠せる大きさのタイプだった。確かにこれであれば手探りでもメールを打つ事は可能だろう。背後に立った見張りからは簡単に隠せるだろうと想像できた。また、メールの機能で予めグループ等を作っておけば一斉送信など可能だ。短時間で指示出しするには非常に有効な方法だと思えた。
「成程。4階からここまでの移動時間は十二分にあったからね。そうか、つまり、俺の敗因は君の正体を知らなかった事だね。」
「ふふっ。大正解です。もし私が一般の人間であれば貴方達は身代金を手に入れる事ができたでしょう。とはいえ、私が警察である事を知る人間は限られています。そしてその情報を持つ者は私が全て管理しています。従って、私が警察であるという情報は外部に漏れるという事は一切ありません。ですから、気付けなかったのは仕方のない事といえます。貴方の敗因を強いて言うならば、ターゲットを私にしてしまった運の悪さでしょうか。まぁ、今回の場合は必然かもしれませんが……。」
シラウメは生き生きとして解説を行っていく。水を得た魚のようだ。表情も明るく非常に楽しそうだ。
「でもさ、シラウメ君。もしも、君を連行する見張りが一人じゃなくて二人だったらどうしてたの?流石にガラパゴス携帯でもバレるよ?」
「見張りが二人……。確かに、もし2人も見張りに割いていれば、貴方の勝ちでしたね。ですが、それはありえません。」
シラウメはきっぱりと否定する。
「貴方はお金への執着が非常に強い人間です。ですから仲間は必要最低限にし、勝ち取った身代金に対して、山分けの人数を減らしたいと考えているはずです。また、犯罪というのは人数が少ないほど成功率が高いと言われています。管理する人間は少ない方が統率が取れますからね。このあたりの事を考えているというのは貴方の前科を見ればわかります。ですから、そんな事を考えている人間が見張りのために2人も割きますか?という話です。たかが女子中学生1人の見張りにです。男子学生であれば人によっては力もあるでしょうから万が一を警戒して2人つける可能性はありますが、小柄で非力そうな少女相手です。ありえません。」
「……。」
本当にこの目の前の普通に見える少女は裏警察のトップなのだろう。この堂々とした態度や度胸、説明能力や思考がそれを物語っている。
「裏じゃない方の警察への連絡は?いつ連絡したの?外にはパトカー数台、手で数えられる程度しかいない。この様子だと3億も最初から用意する気もないようだね。爆弾を仕掛けて立てこもっている現場への対応には到底見えないよ。君がここの状況を外部で待機する警察に伝えなかったらこのタイミングでこうはならないでしょ。」
それも移動中のメールで状況を警察側へ伝えたのだろうか。いや、それはあり得ない。この部屋に拘束してからでしか身代金の話など警察と取引をしたことをシラウメが知ることはできないのだから。移動中の段階での指示ではこのように警察は動かせないだろう。
「ふふっ。貴方はそこまで思考できるのに残念な人ですね。注意力が著しく足りないようです。警察への連絡ですが、それは貴方がさせてくれたような物です。わかりませんか?電話ですよ。パパと私、少し会話したでしょう?あれです。パパはもちろん、私の正体を知っていますから。」
主犯の男の脳内では、パズルのピースが凄い勢いで嵌っていくように、謎が解けていく。
「そうか、あの電話、シラウメ君が始め黙ってたのは……。警察の対応状況とか、聞いてたんだね……?それに、はい。と、いえ。の連続の返答。二択で答えられる質問かな……?」
確認を求めるようにシラウメを見る。するとシラウメは楽しそうに笑った。
「はい。大正解です。さて、ネタ明かしはもう十分ですよね?」
「うん。もういいよ。」
他にも気になる部分はあったが、一つ一つ聞いていく気にはならない。この少女は格上の存在だ。何をどうしても敵わないと分からされた。小細工など通用しないだろう。
「ふふっ。では1つ。こちらから質問させてください。せっかく脱獄出来たのに、何故また同じ犯罪を繰り返す思考になったんですか?」
「え……?」
「明らかに変なんですよ。お金を得るためならこんな方法をとるはずがありませんから。」
「……。」
「答えられませんか?それは、誰かに口止めされて?それとも本当にご自身でも理由が分からないとか……?」
頭が痛い。酷い頭痛がする。
「くっ……。」
立っている事すら辛くなり、主犯の男は床に膝を付いた。
「頭痛ですか……?無理はしなくて結構です。きつければ思考することをやめてください。」
「……。」
主犯の男が考えることを止めると、不思議なことに頭痛は消えた。一体何なのだろうか。自身に起こった事なのに分からない。シラウメは何か知っていそうだ。
「アイル。彼らに手錠をお願いします。」
「OK。」
アイルと呼ばれた黒ずくめの男が、主犯の男と爆弾男の手に手錠をかけた。爆弾男は床に仰向けで寝転がったまま放心している。主犯の男はこれからの事を想像して、深くため息を付いた。




