5章-1.忘れ物 2023.11.2
マドカは学生である。近くの公立中学校へ通う、一般的な中学3年生だ。平日は休む事なくしっかりと学校へ通い、勉学に励んでいる。それは今日も変わらない。
「あー!遅刻しそう!!いってきまぁす!」
マドカは元気よく挨拶をしながらも、あわただしく家を出ていった。家ではレンヤとサクマがそんなマドカを見送った。一方でレンヤは特にすることが無い。家の掃除さえこなせば自由時間だ。日中は殆どの時間をリビングのソファーでごろごろして過ごす。サクマと言えば、食事などの時以外の時間帯は、大抵与えられた部屋に引きこもり、ほとんど出てくる事はない。これがいつも通り。彼らの日常となっていた。
それは今日も変わらず、一日をのんびりと過ごすものだと思っていたレンヤだったが、マドカが学校へと出ていってからしばらく経った頃、ふと、ダイニングのテーブルの上にある見慣れない物に気がついた。近づいて見るとそれはお弁当だった。
「マドカさん。お弁当忘れて行っちゃったよ。どうすんだ?」
レンヤはそう呟きながら、マドカにメールした。
【お弁当忘れてるけど、どうする?】
レンヤは送信ボタンを押すと携帯をぱたりと閉じた。返信はすぐには返ってこないだろう。レンヤは気長に待つことにし、いつものようにソファーで寝転がった。
それからしばらくして、レンヤが深い眠りにおちた頃。
ブルルルルル……
テーブルの上の携帯が振動し、音がなった。レンヤはそれに気がつくとむくりと起き上がり携帯を開いた。すると、待ち受け画面には受信完了の表示があった。レンヤは、寝ぼけながらも携帯を操作し、メールを開く。差出人はマドカである。
【ホントだ!忘れちったみたいだね。レンヤ君、悪いんだけど学校まで持って来てくれないかな?道はわかるよね?お願いしまぁす!】
レンヤは文章を読み終わると携帯をパタリと閉じた。
「マジで?マジで学校行かなきゃだめ?」
レンヤは呟く。道はわかる。そこは問題無いのだが……。正直行きたくない。同年代の人間が真面目に勉学に励んでいる施設等見たくもない。それに、姿を見られれば確実に怪しまれるだろう。自分の様な人間が目立っていい事など何も無いのだ。だが、マドカの頼みだ。すっぽかせば後が怖い。
レンヤの心は揺れる。このメールは見なかった事にして、夕方に気がついた事にすれば自然にすっぽかせるのではないだろうか。うたた寝して気が付かなかったと言えば許されるのでは……。そうは考えたもののレンヤは首を横に振った。
「はぁ。行きますか……。学校。」
レンヤは渋々マドカの弁当を持つと玄関へ歩いていく。そして真っ赤なスニーカーをはいた。
「サクマっち。マドカさんの忘れ物届けにいってくる。」
「わかったー。行ってらっしゃい。」
レンヤが部屋にこもっているであろうサクマに声をかけると、サクマの返事が聞こえてきた。レンヤはそれを確認すると、家を出て学校へと向かって行った。
***
その頃マドカのいる3年3組の教室では、1時間目の数学の授業が開始され、教員の声のみが響いている。同じクラス後方の端の席にはシラウメもいた。黒板には、xやy等を含む数式がびっしりと書かれている。大学を出たばかりを思わせる若い男の教師は、チョークを鳴らしながら文字を黒板に敷き詰めては消してを繰り返し、時折解説を交えつつ授業を進めていた。
そんな中、マドカはうとうとしている。船を漕いでおり、とても眠そうだ。それに引き換えシラウメは、黙々と何かを書いている。どうやら仕事関連の物のようだ。何にせよ、授業とは全く関係のない事をしていた。
「橋口!起きなさい!ついでに眠気覚ましにこの問題を解いてみろ。寝ている位なのだから、余裕なんだろう?」
教段に立つ教師が呆れた口調で言う。いきなり名前を呼ばれたマドカはハッとして目を覚ました。
「ったくお前は……。」
「先生、何?解けばいいの?全くしょうがないなぁ〜。解いてあげるよ〜。」
マドカは目を擦りながら立ち上がると、教段に向かって歩いていく。そして、教段に立ったマドカは、黒板に書かれた問題をすらすらと解いてしまった。
「どうよ?」
「正解だ。憎たらしいやつめ。」
マドカは先生の肩をぽんぽんと叩きながらドヤ顔で自席に戻るとすぐに昼寝を再開してしまった。全くもって、教師泣かせの生徒である。そんなマドカの様子に笑いをこらえる生徒もいれば、教師に同情する生徒もいた。一方の教師は深いため息をつくと、諦めたように授業を再開した。そう、いつも通りに。マドカは爆睡し、シラウメは内職し、他の生徒は何となく授業を聞いて。そんないつも通りが、もちろん今日も続くと誰も疑っていなかった。そんな時に突然事件は起こる。マドカが、枕にする腕を逆の手に替えたまさにその瞬間だった。
ドコン!ドコン!ドコン!ドコン!
突然、耳をつんざくような爆発音が響き渡った。位置としては下階だろうかと思う。複数の爆発音が別の方角から聞こえた事から、あらゆる場所で爆発が起こったのかもしれない。その非日常の出来事に、教室中の誰もが慌てふためく。悲鳴を上げる女子生徒や、身を寄せ合う生徒もいる。また、爆発音が響くと同時に建物自体が不気味に揺れ、天井からパラパラとホコリが落ちてきた。天井からぶら下がる照明は消灯こそしないものの揺れながら不安定に点滅した。
さすがにこの事態にはマドカも起き上がる。仮眠などとっている場合では無い。一体何が起きたというのか。マドカは教室中を見回す。教師ですら驚きを隠せず固まってしまっている。生徒たちは怯えたり、窓から外部の様子を見ようと移動したり等、行動は様々だったが、皆の顔は不安を表していた。教室中がザワついている。異常事態だ。だが、マドカはそんな中で一人だけ落ち着き払った人間を見つけた。やはりシラウメだ。我関せずで、仕事をし続けている。こんな異常事態でも顔一つ変えずに自分の作業を進めている。さすがシラウメだなと感じる。呆れと尊敬が混じる。シラウメは相変わらず図太い神経をしているようだ。事件に慣れてしまっているのだとは思うが、これは身の危険だ。それでもこの様子というのは異常だろう。おそらく、どうせ今何をしたところで状況を変える事などできないのだから、何もする必要などない等と考えているに違いない。
と、そんな所へ、ピーンポーンパーンポーン……っと 校内放送開始を告げる電子音がなった。すると生徒達は何事かと思い、条件反射のごとく静かになった。せわしなく動いていた生徒達も動きをとめて、スピーカーの方へと視線を向けた。おそらく、教職員から今の爆発音について、状況を説明する旨の放送だろう。今の爆発音は何だったのだろうか。真実が知りたい。そして、この後自分たちはどうすればいいのか、指示を貰いたい。そんな思いで校内放送のアナウンスをじっと待つ。
しかし、皆の期待はあっけなく裏切られた。
『生徒の皆さん。ご機嫌いかがかな?俺はこの学校を占拠した人間だ。今の爆発音は、西階段と職員室を爆破した音なんだ。ちなみに、君達の教室には例外なく、爆弾が仕掛けられているよ。死にたくなかったら言う通りにしてね。生徒の中からお呼び出しだよ。3年3組。神辺白梅君。いるんだろ?すぐに校長室まで来るように。来なければ、全教室爆破するからね。それ以外の人間は一切動かないでね。動いたら同様に爆破するよ。あと、変な行動してみ?もちろん爆破だよ。ウキャキャキャキャ!』
プツっと音がして放送が雑に切れた。その放送の声は男の声で、特徴的な笑い方に、終始ふざけた様子の口調だった。どうやらこの学校は悪い人間に占拠されたようだ。そして、先ほどの爆発音は1階にある職員室と、2つある階段のうちの西側の階段が爆破された音だという事がわかった。また、各教室には爆弾が仕掛けられているそうだ。要するに教室内にいる生徒全てを人質にして立てこもられたと、そういう内容だった。
生徒達は状況を理解し動くことを辞めた。自分たちにできる事は大人しくしている事だけだという事を嫌でも理解したのだろう。教室内はしんと静まり返った。そして、沈黙する教室で、皆の視線がシラウメに注がれた。
「全く……。面倒な事を……。」
シラウメはぶつぶつ文句を言い、深くため息をついた。そして、落胆した様子で立ち上がる。相当機嫌が悪そうだ。長年一緒にいるマドカにはそれがよくわかる。きっとシラウメは内職していた仕事を中途半端にして移動するのが嫌なのだろう。そんなシラウメは真っ先にマドカの方へ歩いてくる。
「マドカ、そういえば先程、レンヤ君にお弁当を届けるように連絡してましたよね?」
マドカはそれを聞いて、ハッとする。つまり、もうしばらくすると、学校にレンヤが来てしまうという事だ。
「何時にメールしたんですか?」
シラウメがそうたずねるので、マドカは急いでスマートフォンを取り出し送信したメールをシラウメに見せた。その送信内容と、送信時刻を確認したシラウメは、軽く頷いた。
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます。これなら大丈夫ですね。ふふっ。犯人はもう捕まえたも同然です。任せて下さい。」
シラウメはさわやかに笑う。その様子をてマドカはほっとする。どうやら自覚はなかったがマドカ自身少し緊張していたようだ。
「シラウメ、気をつけてね。」
マドカはニコッと笑ってシラウメを送り出す。シラウメが、絶対の自信を持って任せろといったのだ。シラウメなら必ずこの事件を解決してくれるだろう。マドカは信じて待つ事にした。シラウメは、そんなマドカの期待に応えるように頷いた。
シラウメは堂々とした足取りで教室を出て行く。マドカはそんなシラウメが出ていくのを見届けると、
「ふぁ〜。果報は寝て待ってっていうよねぇ~……。」
と、そんな事を呟きながら大きなあくびをし、ためらいもなく机に突っ伏し昼寝を再開してしまった。




