4章-2.救世主 2023.10.21
人生で一度は遭遇しそうなイベント。
不良に絡まれた女性を、勇敢な男性が助け出すというシチュエーション。
そして、これに遭遇した男女は仲良くなり、付き合いだすなんて事だってありえる。
そんな、ベタでステキなシチュエーションに、レンヤは遭遇している。
ただし女性役で。
まさかだった。できれば、ヒーロー役の男になりたかった。見た目からすれば、配役は確実にナンパ男側が妥当だろうが。
誰か助けてください。
回りで見てる人達。
そんな、あからさまに目をそらさないでください。
俺は事情により、身動きとれないんです。
頼みます。
レンヤは神にすがるような気持ちだった。周囲の人間たちは皆、見て見ぬふりだ。世知辛い世の中だ。レンヤは祈ることしか出来ない。無理矢理に男達の腕を振りほどく事はできるだろうが、その先が上手くいかない。靴を脱いで裸足で走れば可能だが、こんな人目があるところでできる話では無い。一旦男達に大人しくついて行って、人目がないところまで行ったら影で殺してしまおうか。だがこのルートから離れた隙に本来のターゲットである脱獄犯が別の女性を襲ってしまう可能性もある。レンヤは、色々と打開策を考えるが全くいい案が浮かばない。何とか黙ったまま踏ん張って連れていかれないようにしているが、そろそろ限界だ。本当に困った。
「君達。やめなよ。その娘が嫌がってるじゃないか。」
突然そんな声が聞こえる。レンヤはハッとして顔を上げた。姿は取り押さえてくる男達の体によって見えないが、声から男性のようだ。まさに救いの手、救世主が現れた。レンヤの祈りが通じたようだ。もしかすると助かるかもしれない。取り押さえてくる男達の足と足の間から、救世主のものと思われる足元が見える。黒いズボンの裾と黒い靴が見えた。
「何だぁ?おまえ。邪魔すんなよ。」
下品に笑っていた目の前の男が首だけで救世主の方へと振り返る。
「うるせぇな。そんなヒョロそうな体でなんだぁ?ヒーロー気取りか?そんな身の程知らず君には分からせてやるよ。」
男はレンヤの肩から手をどけると、そのままの勢いで救世主に殴りかかっていった。レンヤは、思わずギュッと目を瞑る。いきなり殴りかかるなんて予想外だ。その展開だと、せっかく現れた救世主が直ぐにやられてしまう。
このナンパ男達は非常にガタイが良い。筋肉がしっかりと着いており長身だ。どう考えても普通の男性では敵わないだろう。せっかく現れてくれた救世主がボコられてしまう。救世主が倒れてしまったら再びレンヤはピンチに陥る。以降の助けは絶望的だ。間に救世主が入って話し合いなどをすれば何とかなると思っていた自分が愚かだった。
直後案の定、ゲシッ、ドスッ、ゴフッ、と鈍い音が鳴った。打撃が入った音だ。もうお終いだ。救世主の男性は善意で助けようとしてくれたのだろう。本当に申し訳ない気持ちになる。レンヤは恐る恐る目を開けた。せめて、状況を確認して救世主の男性には逃げてもらいたい。
しかしながら、目の前に飛び込んできた光景にレンヤは困惑する。レンヤの予想に反して、地面に足を付いていたのはナンパ男達3人の方だった。皆苦痛に顔を歪めている。
「お、覚えてろよ!」
ナンパ男達はお決まりの捨てぜりふを吐き捨てると、走って逃げて行った。それを見たレンヤは、安堵から、ふぅ~と息を吐き胸を撫で下ろした。
助かった。
ありがたい話だ。
本来なら恋に落ちたいものだが、残念。
自分の恋愛対象は男ではない。
レンヤは救世主には悪いが、気付かれぬうちにさっさと立ち去ろうと背を向けた。目立って良い事などない。下手に目立てば本来の目的である脱獄犯からターゲットにされない可能性もある。レンヤは足音を極力立てないように歩き出す。
「君!怪我はないかい?」
レンヤはビクリとして固まる。何も言わずに逃げようとした事がばれただろうか……。
「君可愛いねぇ!折角だから、俺と少しお茶しないかい?」
またナンパかぁぁああ!
俺は男なんだ!いい加減誰か気付け!
さっきのベタなドラマの出演者は残念ながら、全員男なんだよ!
レンヤはもうパニックだった。救世主に背を向け独り悩む。そんなレンヤに迫りくる新たな魔の手。
「ねぇ。少しでいいからさ。」
レンヤの肩に救世主の男の手がかけられる。レンヤは恐る恐る振り返った。するとニコニコ笑った救世主の男の顔が目に飛び込んできた。その瞬間レンヤは目を丸くした。
「わぁお!君やっぱり可愛いねぇ。ん?そんなに驚いてどうしたんだい?俺の顔に何かついてる?」
救世主の男はそう言って首を傾げる。しかし、レンヤは目を見開いたまま、硬直する。
「あれ?君……。もしかして……。どこかで……?」
救世主の男は、黒いハットを被り、黒い髪で、黒のロングコートを着ていた。そして印象的な水色の瞳。そう、いつかの事件で出会ったアイルというシラウメの部下の男だった。
アイルはレンヤの両肩をがっしりとつかむと、レンヤの顔を覗き込んだ。強制的にじっと観察される。泣きそうだ。
「レンヤ君……?」
レンヤは大きく頷いた。アイルはようやく気がついたようだった。すると、落胆したように大きくため息をつき、手で顔を覆ってしまった。
「男をナンパしてしまった……。流石にこれはないよ……。」
相当衝撃を受けているようだ。レンヤはひきつった笑みを浮かべながら後ずさる。詳しい事を聞かれる前に逃げよう。そう思ったのだ。
「レンヤ君。君にそんな趣味があっただなんて……。俺は知らなかったよ。それにしても、その美脚はない。男とは思えない。しかも可愛すぎる。どういう事だい?」
アイルはレンヤをこのまま逃がす気は無いようだ。どういう事かと聞かれても、こちらが聞きたいくらいだ。そもそも、どこを見ている?足か?足がそんなに好きか?足フェチか?
「レンヤ君、足綺麗だけどさ、本当に男の子かい?」
レンヤは逃げられそうもないのであきらめる。今日は色々とあきらめてばかりな気がしてきた。
「マドカさんに強制的に、足の毛剃られただけだから。」
「へぇ。で、女装はレンヤ君の趣味?」
「違う!あんまり大きい声じゃ言えないけれど、今囮作戦中なんだよ。女性がターゲットだからってこんな事に……。」
レンヤは昼間の事を思い出すと、頭が痛くなってきた。
「ま、でもいいじゃないか。凄く可愛いと思うよ。」
何がどう良いって言うんだ!
可愛いと言われて喜ぶとでも思っているのか?
レンヤは深くため息をついた。
「ねぇ、足触ってみてもいい?」
レンヤは不審な目でアイルを見る。
「そんな目で見ないでほしいなぁ。男なら良いかなって。」
「余計ダメだろ!!」
「そっかぁ。ガードが硬いねぇ……。シラウメもそうなんだよねぇ、ガードが硬くて硬くて……。」
アイルは困った困ったと言わんばかりに言う。
困った奴なのはおまえだ。
この人は、一体シラウメに日頃何をしてるんだか……。
レンヤは急にシラウメが心配になってしまった。
「にしてもつやつやだねぇ。」
「まだ言うか!」
レンヤはまた、たまらず突っ込んだ。
「マドカさんがナイフで剃ったんだ。完璧だよ……。」
「ナイフで!?そりゃ凄い……。」
アイルは感心しているようだ。アイルは刃物使いであるため、ナイフの扱いには詳しいのだろう。ナイフで毛を剃る凄さが分かるようだ。
「『レンヤ君、動かないでね。動くと足が切れるから!毛が無くなるか、足が無くなるか、二つに一つだよ!』なんてマドカさんに言われたら、足の毛なんて諦めるでしょ……。」
「壮絶だね……。ご愁傷さま。」
「じゃ、俺行くから。さっさと終わらせて帰りたいし。」
「わかった。頑張って。」
アイルはレンヤに手を振る。レンヤも軽く手を振ると、アイルに背を向けて歩き出した。次に出会うのがターゲットの脱獄犯である事を祈って。




