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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
1章
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1章-1.出会い 2023.8.27

 栗色の髪を二つに分けて緩く三つ編みをしている少女、橋口まどか(ハシグチ マドカ)は、自宅の2階にある自室にいた。彼女は深緑色のキャミソールに、ふわっとした薄茶のひざ丈のスカートを身にまとっている。そして現在、熱心に机に向かって作業をしていた。しばらく作業をした後ふと手を止めると、思いっきり伸びをする。


「あーあ。なんかこぅ……。んー……。リストカットでもしよっかなー。血が見たいんだよねぇ~。真っ赤な鮮血。プシュ~って噴き出す感じ……。」


 そんな事を呟き、はぁーっと深く溜息をつく。右手には鈍く光る刃物。先は鋭く、少しでも触れれば皮膚なんてすっぱりと切れてしまいそうだ。しかしマドカは、それをくるくると器用にてのひらの上で転がす。


 どうやらマドカは、今までその刃物を研いでいたようだ。机の上には、刃物を研いでいたとみられる道具が並んでいた。


 マドカもまた、レンヤと同じく15歳である。外見は普通の少女。何も変わった所などない。いたって普通。とてもじゃないが、刃物なんて似合わない。


「何か解剖したいな~。小動物とか……?ってそんな都合よくその辺をふらついてるのなんて、いるわけないっかぁ……。」


 部屋に誰か他にいるわけではない。誰に言うでもなくマドカは呟く。そして、いままで手先で転がしていた刃物を目の前までもってくる。


「よし!完璧!さすが私!」


 仕上がった刃物を自画自賛した。マドカは刃物の切っ先をなめるように見つめる。すると、刃物に当たった光がギラリと不気味に反射した。まるで、血液を欲しているかのように。


「んー。さすがに疲れたぁ。これは気分転換にお散歩かな〜。」


 マドカはそう言って立ち上がると、仕上がった刃物を丁寧に布に包む。そしてスカートのポケットに差しこんだ。椅子の背もたれにかけてあったピンクの緩いカーディガンを羽織ると、自室を出て階段を下り、半地下にある裏口へと向かった。


 その裏口は薄暗い路地裏へとつながっている。扉までたどり着いたマドカは、ガチャリとドアノブをひねり、扉を開け、屋外へと飛び出した。と、その時だった。1歩外に足を踏み出した瞬間、マドカの足の裏に、いつもとは違う地面の感覚を覚えた。何かやわらかい、ぼこぼこした物がある。


「え?」


 マドカは、その足の裏に当たる何かによって、瞬時にして体のバランスを大きく崩した。そして、ドスンとお尻から地面に落っこちた。


「くぅうううぅー。痛ったーっ!!誰だよ!こんなところに変なもの置いとく奴っ!!」


 マドカは痛みに顔を歪めながらも文句を言い、上半身を起こす。怪我はないだろうが、足首やら、お尻やらに痛みを感じる。不快感をあらわにしながら、マドカは自分が今踏みつけた物をキッと睨みつけるように見た。


「あり?」


しかし、マドカは困惑し静止した。そして目を丸くする。


「キャーーー!!!」


直後、思いっきり叫んだ。


***


「いやああああああああ!」


 レンヤは叫んだ。思わず叫んでしまった。目の前に転がる2つの死体を踏みつけ転んだ少女が目の前にいる。そして、その少女が死体を見て叫んだのだ。この世の終わりを感じて、レンヤも思わず声を重ねるように叫んでしまった。


「やばくね?逃げる間もなく通報される……。きっと……。」


 レンヤは半歩後退る。死体に足を取られ転んでしまった少女は、レンヤの存在などまるで気付く事無く、ずっと死体を凝視していて動かない。


今ならまだ逃げられる……?


 レンヤの脳裏にふとそんな考えが浮かぶ。レンヤはゴクリと唾を飲み込んで、物音をたてないように、ゆっくりと足を後ろに踏み出した。


 しかし、その時だった。


「あ。」


 少女が真っ直ぐレンヤの方を見て声をもらした。さらに、目が合ってしまった。完全にレンヤは犯人として認識されてしまっただろう。


「やばい。ばれた。まずい!神様、仏様、罪無き少年を逃がしてください……。」


 レンヤはそう言って頭を抱える。だが、直ぐにハッとして思い直す。


罪あんじゃね? オレ。

てか、あるよ……。


 レンヤは内心自分で自分の発言に突っ込みをいれた。


さぁ、どうした物か……。

少女に目撃されて叫ばれた。目も合った。

自分も叫んだ。結構大きな声で。バカなのか。

すぐにでも人がここへ集まるだろう。

そうなってしまったら、もはや逃げ道など皆無だ。


 レンヤは無い頭で必死になって考える。


どうすればいい?

何をすればいい?

この子も殺すか?


 しかし、すぐにそんな思考はまるで無駄となる。何故ならば、その目撃者というのが……。


「キャーーー!マジッ!?君やったの?これ。凄いよ!凄すぎるよ!死にたてホヤホヤじゃん!あはっ!感激!人体解剖してみたかったんだよね。あははっ!」


 などと、死体を目の前にし、さらに犯人を間近に見ても平然と発言する狂った少女、マドカだったのだから。


***


 マドカはニコッとレンヤに笑いかける。レンヤはどうしていいか分からず、ただただマドカを黙って見て硬直する。暫くその状態で沈黙が流れたが、マドカはレンヤから一切視線をそらさずに口を開いた。


「君なんでしょ?殺したの。」


 これに対してレンヤはゴクリと唾を飲み込んだ。もはや、言い逃れなど出来ない。


「ええと……。」


 レンヤは歯切れ悪く口ごもりさらに1歩後退った。真っ直ぐに見つめてくるマドカの様子から考えても、犯行を認めるしか無いように思える。この状態で否定した所で納得しては貰えないだろう。レンヤは諦めたように笑った。


「あ、はい。まぁ……。あはははは。はは……。」

 

 乾いた笑いを続けるうちに、レンヤの不安はどんどん大きくなる。何も言わずに逃げるべきだったのではないだろうか。もしくはこの少女も直ぐに殺してしまうべきだったのではないだろうか。少なくても軽いノリで犯行を認めて笑うのは違かったのではないだろうか。そんな考えが過ぎるが、結局の所正解は分からない。


 そして、再びの長い沈黙。レンヤは、笑いながら自白した事を何となく後悔した。


「ふーん。そっか。じゃぁ、この死体もらってくね!」

「は?」


 マドカの突飛な言葉に、レンヤは思わず耳を疑う。死体をもらうとは……?マドカの発言や行動全てがレンヤの想定とは大きく異なっている。理解が追いつかずに困惑するばかりだ。


「別にいいでしょ?もらっても。」

「え。まぁ。」


 ニッコリとほほ笑みながら尋ねてくるマドカに、レンヤは戸惑いながら頷いた。死体を奪われて困ることは恐らく無いはずだ。特に死体が欲しいという願望もない。むしろ処理してくれるというのであれば願ったり叶ったりかもしれない。


 マドカは終始困惑するレンヤには全く触れず、早速死体を引きずり家に運び始める。子供の方の死体の上半身を持ち上げ、ズリズリと裏口のドアの方へと引きずっていくと、胸部の刺し傷からどぷっと血液が流れた。そして、ダラダラと流れ出る血液は、赤く太い歪な線を地面に残していく。レンヤはその様子をただ唖然とみていた。


 子供の死体を室内へと運びいれたマドカは、すぐに戻ってきて、今度は母親の方の死体を同じように運ぼうとし始めた。とても重そうだ。とてもじゃないが少女が運べるとは思えない。


「あ、手伝うよ。ひとりじゃ大変でしょ?」


 レンヤは苦戦するマドカに対し咄嗟に声をかけ、死体の上半身を持つのをマドカと交代した。そして、運び入れるのを手伝った。何も考えず、見事に手伝ってしまった。


***

 

「ねぇー君さ、どうやって殺したの?」


 死体の足のほうを持つマドカはレンヤに問う。


「え?あぁ、この刃物でグサッと……。」


 死体の上半身を持つレンヤは、ポケットにぶっきらぼうに突っ込んである刃物を、マドカ見えるように示す。するとマドカは、興味深そうにその刃物を見つめ目を細める。観察しているようだ。


「その刃物……。切れ味悪そうだね……。なんか、古いし、さびてるし……。もっと良いナイフをあげるよ!」


 死体を置きおえると、マドカはスカートのポケットから先ほどまで研いだ刃物をレンヤに差し出した。


「あ、ありがとう。」


 レンヤは戸惑いながらもそのナイフを受け取り、まじまじと見つめる。それは、見るからに切れ味が良さそうで、すぐにでも試し切りをしたくなってしまった。きっと触れるものを、軽くスパッと切断してしまうだろう。その切れ味を想像するだけでゾクゾクしてしまう。と、レンヤはナイフに魅了されていたが、ふと我に帰り、ある重大な事に気付く。



目の前で自分に向かって、ニッコリとほほ笑む少女……。

この少女は一体……?


「あ、あ、あ、あアンタ……。何者ぉ!!?」


 レンヤはここにきて、やっと気付いたのだった。少女が明らかにまともでない事に。確実に常軌を逸している事に。


考えれば考えるほど気味が悪い。

死体を見て喜ぶ?

死体を笑顔で家に運び入れる?

殺人犯を見ても怯えない?

殺人犯に笑いかける?

刃物を持参している?


 どれもこれもありえない。普通では、決してありえない。そして何より、それに今まで気付かなかった自分が1番ありえない。頭が悪いにもほどがある。頭が悪いで片づけられる問題だろうか。混乱しすぎて何も分からなくなっているのかもしれない。


「何者って……。私?私は橋口 まどか(ハシグチ マドカ)、15歳!血が大好きな女の子!よろしくね!んで、君は?」


血が好きなって……。どんなだよ……。


 とレンヤは内心突っ込む。ツッコミどころがさらに増えてしまった。マドカと名乗った少女は怯えることも困惑することもなく、ただレンヤをまっすぐに見て自己紹介を行った。レンヤはマドカのその姿を見て、自分もしっかりと答えなければと感じる。


「オレは連夜(レンヤ)。苗字とか戸籍とかはない。よろしく、マドカさん。」


 レンヤは簡潔に自己紹介をした。答えるべきだったのかどうか、正解は分からない。ただ、聞かれて答えないのは自分としてはあり得ないと感じ、答えてしまったというのが本音だ。


「レンヤ君っていうんだ~。へぇー。んでさ、レンヤ君はこれからどうするの?そんな血まみれの姿で周りを歩いたら一夜で有名人になれちゃうよ?」

「あ。確かに……。」


 言われてハッとする。その事実を忘れていたわけではないが、マドカという少女の異質さに気を取られて、真剣に考えきれていなかった。自身は返り血まみれで真っ赤な姿なのだ。こんな姿で周囲を歩き回れば、当然見る人全てに不審がられる事だろう。さらに血液がべっとりと付いた凶器を持っているのだから、姿を目撃された時点で、この世に逃げ場など存在しない。レンヤはその重大な現実を、今更ながらしっかりと認識する。すると、瞬時に血の気がひいた。青ざめた。


お終いだ。

人生お終いだ。

まだ、15歳なのに……。


 遅れてやってきた不安と恐怖と絶望感がぐるぐると胸の中で回転して混ざりあい、今になって鉛のような重厚感を心臓に与えてくる。そして、どうしようもなく不安定で、足が宙に浮いてしまっているかの様な感覚に支配される。


「ヤバッ……。」


 思わず言葉が漏れだす。人生お先真っ暗。絶望する以外に一体何をすれば良いというのか。しかし、そんなレンヤの胸中などマドカはお構いなしだ。


「……。まぁとりあえず、そこのドアを閉めてもらえるかな?通行人に見られたらまずいでしょ?」

「ん。あぁ。」


 マドカは特に気を遣う訳でもなく、レンヤに扉を閉めるよう指示した。レンヤもマドカの指示に素直に反応し扉を閉めた。深い闇に堕ちていくかの如く絶望し深刻に悩んでいたはずなのに、マドカの声でぱっと悩む事をやめ、レンヤは言われた通りドアをバタンと閉めていた。


 そしてレンヤは、そんな自分の様子を客観的に見て気付く。実際の所、自分は思っていたより悩んでいなっかたという事に。危機感のなさに、自分で自分に驚いてしまう。レンヤはそれがなんだかむなしくて、ははっと自嘲気味に笑った。


***


 ドアを閉めると、今まで微かにだが入ってきていた夕日の反射光や、喧騒が一気にゼロになる。室内は、暗闇に支配され、静まりかえった。しかし、だんだんと目が暗闇に慣れてくると、部屋の様子が徐々に浮かび上がってくる。半地下にあるこの部屋は、床も壁もコンクリート打ちっぱなしの構造で、天井には木造の骨組みがそのまま見えている。そして、大きな棚がいくつか置かれているが、比較的物が少なくさっぱりしている様に思える。


 しばらくそんな暗闇状態だったが、カチッと音がして、ぱっと白熱灯が部屋の奥で輝き始めた。マドカが明りをつけたのだろう。レンヤは、目が暗闇に慣れつつあったため、あまりのまぶしさに目を細めた。


「イイヨネ~。死にたてホヤホヤってさ。みるみる内に冷たくなってく感じとかさ、死後硬直してくサマとかさ、この死に行く変化の過程を間近で感じられるなんて。夢にも思わなかったよ。ふふふ。」


 マドカは嬉しそうににこにことほほ笑みながら死体の隣に歩いて行くと、しゃがんみこんで死体の表面をなじる様に指を這わせてなでる。そして、死体の傷口の血だまりに指先を浸すと、ニヤァーっと笑い、直後、ペロリと指についた血液をなめた。


「デリ~シャス。」


 マドカはうっとりしながら声を漏らす。そのしぐさ、その視線は、なんとも妖しく奇麗で、見ていたレンヤをゾクリとさせた。そう、まるで心臓を鷲掴みにされるような感覚。レンヤは思わず見とれて固まってしまった。


「血っていいよね~。動脈を流れる鮮血なんて、特に奇麗な赤で……。」


 マドカは死体を優しくなでながら呟く。レンヤは、頷きもせず無言で立ち尽くす。何もできない。何をすべきかもわらかない。立ち尽くしマドカを見つめる以外にレンヤが出来る事は無かった。一通り死体を観察したマドカは一旦死体から手を離すと、レンヤを見上げた。レンヤはマドカの視線に気付くとドキリとして再び固まってしまう。


「レンヤ君さ、君ってホント凄いねー。」

「え?」


 突然のマドカからの称賛の言葉にレンヤは戸惑う。


「だって一刺しで殺すなんて、普通じゃ信じられない。人を殺したのはこれが初めてなんでしょう?」


 マドカは微笑みながらレンヤに問う。


「え?あぁ、まぁ。」


 レンヤはとりあえず素直に答えた。すると、マドカはうんうんと、満足そうに頷く。


「成る程ねっ!私、レンヤ君の事、好きになったかも。」

「は?」


 キョトンとするレンヤに、マドカはクスリと笑った。

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