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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
3章
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3章-7.傷跡 2023.10.15

 ソファーにどっぷり座ったアイルの隣では、シラウメが手際よく傷を縫い合わせていた。非常に器用で医者なのではと思うほどだ。そして、縫合が終わるとガーゼをあてて包帯をくるくる巻いていった。


「アイル。貴方、意外に筋肉質なんですね。驚きました。」


 シラウメは包帯をテープで止めながら言う。


「まぁこんな仕事してれば、嫌でもつくもんだよ。殺し屋なんて皆ムキムキだからね。細身に見えても、大抵脱いだら凄い人しかいないよ。」

「そうですか……。」


 シラウメは手当てをし終えたが、どうしてもアイルの体中にある古傷に目がいってしまう。傷に傷が重なって、肌が変色してしまっている所など痛々しい。今までどれほどの死闘を繰り広げ、そして勝ち残ってきたのだろうか。シラウメには全く想像できない。


「あまり無理はしないでください……。貴方が死んでしまったら非常に困るので。」


 シラウメはそう言って傷から目をそらし、アイルにインナーを渡す。そして逃げるように救急箱を片付けに行った。


***


 アイルは渡されたインナーをきると、シラウメが行った方へと目をやった。そして立ち上がる。


「うーん。最近は不安定だねぇ。」


 アイルは誰に言うでもなく呟くと、救急箱をしまっているシラウメの方へ歩いていく。


 気配を完全に消して。


 小部屋の入り口まで行くと、棚の上の方に救急箱を収納するシラウメの後ろ姿が見えた。そして、シラウメの真後ろまできたアイルは無表情で立ち止まった。


「シラウメ。」


 アイルが声をかけた瞬間、シラウメはビクッと体を震わせ、そのまま驚き固まってしまったようだ。真後ろから予想外の声がしたら誰でも驚くだろう。アイルはそのまま固まったままのシラウメの華奢な体に、後ろから腕を回した。そして抱き上げ抱きしめた。


「なっ!?アイル!?」


 アイルの腕の中で、首だけで振り返ったシラウメは、血の気が引いているようだった。いきなり迫った自分に恐怖しているのだろうと思われる。


「アイル!何をするんですか!放しなさい!!」


 シラウメの足は宙に浮いていて、バタバタ動いている。精一杯暴れているのだろう。だが、その必死の抵抗も、アイルにとっては無意味に近い。アイルはゆっくりとシラウメの耳元に口を寄せた。


「ねぇ。シラウメ。オレが死んだら困るっていうのはさ、警察として?それともシラウメ自身の言葉?どっちかな……?」


 シラウメに問いかける声は。自分でも驚くほど優しい声だった。シラウメは、ピタリと暴れるのをやめて固まる。嫌でも悟ったに違いない。


 自分はシラウメを抱きしめているのだ。否が応でも伝わるだろう、体温が。アイルが生きた生身の人間であるという現実が。


「それは……。」

「ねぇ。どっち?」

「……。」


 シラウメは答えられないようだった。アイルの中でやはりな、という気持ちになる。アイルはそんなシラウメを床にそっとおろした。おろされたシラウメは、ただボーっと床の一点を見つめて立ち尽くしていた。


「シラウメ。是非、よく考えて答えを聞かせて欲しいな。」


 アイルはそんなシラウメに背を向けると歩き出す。そしてデスクの前まで行くと、先ほど脱ぎ捨てた黒いコートとハットを拾い上げ、身につけた。


 コートを着終わったアイルは、動かないシラウメに近づき、頭を優しくなでた。それでもシラウメは無反応だ。きっとシラウメの中で葛藤が起きているのだろう。これ以上の接触はシラウメの思考の妨げになる。


「治療ありがとう。失礼します。」


 アイルはそう言うとドアを開けシラウメの部屋を出て行った。


***


 バタンと音を立てて閉まるドア。シラウメは独り部屋に残される。アイルがいなくなると同時に、シラウメは頭を抱え、床にへたりこんだ。


「わかりませんよ。そんな事……。私が1番知りたいですよ……。アイルの意地悪……。」


 シラウメは小さな声でそう呟いた。アイルに指摘されて初めて気がついた。完全に自分の心が公私混同している。これではいざと言う時に正しい判断ができない。多くの部下を抱える身でそんな事は当然許されない。もはや、自分が分からないのだ。最も合理的な判断とは何かを考える事は簡単にできるのに、それを選択する時に心が迷っている。無視しようにも出来ずに、苦しみを感じる。


 何故こんなことになってしまったのか。昔はこんな気持ちは存在していなかった。全く持ち合わせていなかった。何故今になってこんなものが生まれてきたのだろうか。邪魔だ、無くなればいい。そう思うほどに泣きそうになるくらいの苦痛が伴う。


 苦しい。これが何なのか分からないが、そのまま放置してはいけない問題だと感じる。シラウメは自分を客観的に見つめて分析していく。何が起きていて何をすべきか。自分はどうしたいのか、どうありたいのか。真剣に自分の心と向き合った。


***

 

 豪邸の長く真っ直ぐな廊下を、アイルは無表情で歩く。先程の事に対して、少しやりすぎただろうかとも思った。ただでさえシラウメは最近、精神的に弱っているように見えたのだ。そこに更に悩ませるような事を言うのは酷だったかもしれない。しかし、シラウメであればあれくらい数日で答えを出すだろうと思い、アイルは考えるのをやめた。


 と、そんな時。


「キャロル……。何か用かい?」


 アイルは立ち止まり、前方を見たまま言う。すると、アイルの背後の物陰から、ひょっこりと金色の短い髪の少女が出て来た。少女の手には、少女の身長よりはるかに大きい鎌が握られていた。アイルは振り返り、少女、キャロルを見る。


「室内でその鎌は持ち歩かない約束だよね?それに人を付け回さないでほしいなぁ。」


 アイルは呆れたように言う。


「主は、シラウメをいじめたな……?」


 キャロルは鋭い殺気をアイルにぶつけ、鎌を振り上げる。完全に怒っているようだ。あまり状況は良くない。


「勘違いだよキャロル。少し意地悪をしただけで、大した事じゃない。だから、武器をおろそうか。」


 アイルは説得を試みるが、キャロルは武器をおろす気は無いようだ。少しずつ距離を詰めてくる。


「我が懲らしめてやろう。何、主を殺しはせぬ。いたぶるだけじゃ。主を殺せばシラウメが悲しむからな……。」


いたぶるほうがどうかと思う。


 アイルがそんな事を考えていると、キンッ!っと金属音がなって、鎌の刃とアイルのナイフがぶつかっていた


「待て!マジで待ってくれ!キャロル。喧嘩はマジで怒られるからさ。」

「喧嘩ではない。制裁じゃ。」


 再びキンッと音がして、二人は武器をかまえ一定の距離をとっていた。キャロルは全く聞く耳を持っていないようだ。


 キャロルは11歳の少女ではあるが、戦闘力はそれなりに高い。また、大鎌を振るう戦い方はマイナーで、対処が難しい。当然キャロルを殺してしまう事はできるのだが、手加減するとなると全く話が変わってくる。


 ヒュン……ヒュン……と空気を切り裂く音が連続する。その音は、キャロルの鎌が空気を切り裂いている音だ。そして、その空気とは、アイルの首元の空気である。


「キャロル。ストップ!いたぶるどころじゃないよね?それ。明らかに首狙ってるよね?首切ったら流石にオレ死んじゃうんだけど。」


 喧嘩はご法度だ。アイルは何とか説得を続けるが、キャロルの攻撃は次第にエスカレートしていく。避けることが難しい訳では無い。しかし無力化しない限り攻撃は止まらないだろう。どうしたものかと解決策を検討していた時、突然、ドスッと背中に軽くなにかが当たる。


 何だ?と考える間もなくアイルは理解した。背中に当たった物は壁だ。豪邸の廊下は広いが、もちろん有限だ。これは完全にしくったかもしれない。説得を試みるなど慣れない事をするからこうなるのだ。周囲の状況を見落とすとは情けない。


「主よ。さらば。」


 キャロルはアイルにトドメをさすために鎌を振り上げた。殺す気は無い等と言っていた癖に、完全に殺す気ではないか。この状況でそのまま鎌を振り下ろされれば、アイルのナイフは砕けちり、鎌の刃がアイルの体に突き刺さるだろう。


残念だが、キャロルは殺すしかないか。


 アイルは冷めた目で目の前の少女を見る。幼さ故の未熟さ。精神に伴わないレベルの強さなど、この界隈では逆に命取りだ。こんな事は珍しくない。アイルはキャロルを殺すため、コートの内側に忍ばせた複数のナイフに手をかけた。せめて苦しまずに死ねるように、一瞬で刈り取ってあげよう。アイルは水色の瞳を鋭く光らせ意識を集中し一気にナイフを抜いた。


「やめなさい。」


 しかしながら、突如廊下に凛と響く声に、アイルは抜きかけた手を止めた。キャロルもその声によってピタリと動きを止めていた。声がした方向に視線やると、シラウメが立っていた。キャロルはシラウメを見た瞬間、我に返ったようだった。


「シラウメ……。」


 キャロルはそう呟くと鎌を手放した。そして、シラウメの方へと走って行った。アイルは出しかけたナイフをコートにしまう。


 シラウメの方へ走って行ったキャロルは、そのままの勢いでシラウメに抱き着いた。その様子を見てアイルは苦笑する。


「すまぬ……。」


 キャロルは、小さな声で謝罪した。シラウメはそんなキャロルの頭を優しくなでると、さわやかに笑った。


「キャロル。何があったんですか?」


 シラウメは優しくたずねる。


「主があの、糞アイルにいじめられてたから……。お仕置きしようと思ったのじゃ……。でも我はまた……。主が来なければ我はアイルを殺していた……。」


 キャロルはしょんぼりしている。反省はしているようだ。


「キャロル。大丈夫です。アイルは死んでませんから。それに、私を心配してくれたんでしょう?ありがとうございます。でも、キャロルはさっきの会話、聞いてたんですか?」


 シラウメがたずねると、キャロルはこくりと頷いた。


「我は主の部屋に遊びに行ったのじゃ。そしたら主の辛そうな声が聞こえて来たから……。」

「そうですか。キャロル、私は平気です。この通り元気です。だから安心して下さい。それにあの質問は、私には必要な物でしたから……。」


 シラウメそう言ってさわやかに笑った。しかしキャロルの表情は晴れない。自分で自分自身をコントロール出来なかった事にショックを受けているように見える。


「キャロル。徐々に制御できればいいですから。それまでは私がしっかり止めます。大丈夫です。どんな時でも私の声だけは届くのでしょう?それであれば問題ありません。ふふっ。何度でも私が止めますから。キャロルもいつかは自分自身でコントロール出来るように、努力をお願いします。」


 シラウメの声は優しい。キャロルは深く頷いた。本当にどういう理屈かは分からない。アイルの声は、興奮状態のキャロルには一切届かなかった。しかしながら、シラウメの声だけはどんな時でもキャロルに届く。不思議だなと感じる。


「キャロル。私は少しアイルと話があります。ですから、私の部屋で待っていてくれませんか?」


 キャロルはコクりと頷くと、鎌を拾って走って行った。


***

 

広く静かな廊下にシラウメとアイルは立っている。


「ふふっ。本当に、貴方は何やっているんですか?慣れない説得を試みたからと言って、戦闘中に周囲の状況を見落とすなんて……。」


 シラウメはニコッと笑って言う。


「生意気な事をするから罰があたるんです。貴方が私の心配なんて100年早いです。」


 シラウメはすたすたと歩いて行き、アイルの目の前に立った。


「先程の質問の答えを言いに来ました。答えは、どっちも、です。警察として、貴方は貴重な戦力です。当然失うわけにはいきません。私が今後も権力を握り続ける上で必要不可欠です。ですから、一生そばにいてください。そして、私自身にとって貴方は大切な存在です。失えばとても悲しい気持ちになり、心を痛めるでしょう。貴方は私にとってそういう存在です。従って、貴方は絶対に死なないで下さい。私のために生き続けて下さい。ふふっ。大丈夫ですよ。公私混同なんてしません。優先順位くらいわきまえています。それに、そんな判断を迫られるような最悪の事態になんて、きっとさせませんから。自分のわがままくらい簡単に叶え続けるだけの力を、私は手にし続けるつもりです。」


 シラウメはそう言ってさわやかに笑った。本当に敵わないなと感じる。こんなシラウメだからこそ、自分は執着したのだと、改めて思い知らされる。


「シラウメはずるいなぁ。両方なんてさぁ。でも嬉しいよ。まさに、告られた気分だねぇ。」

「ふふっ。告白ですか。全く……。馬鹿な事を言わないでください。では、私はキャロルが待っているので行きますね。」


 シラウメはそう言ってニコッと笑うと、アイルに背を向けて歩き出した。


 アイルはしばらく、さらさらと白く輝く髪を揺らしながら歩いていくシラウメを見ていたが、見えなくなるとアイルも歩き出した。


 廊下を独り歩くアイルは思考する。シラウメは一般人の15歳だ。自分が生きてきたような界隈とは異なり、平和な世界で生きてきたはずだ。そんな少女が何故ここまでの能力を持ち合わせたのか。不思議でしょうがない。

 

 たまに世の中に何の因果もなく生まれ落ちるというイレギュラーな人間が存在する。平均値から大きく逸脱した存在だ。生きてきた中で何人かそのようなイレギュラーな存在には出会ったことはある。きっとシラウメはまさにそういった存在なのだと感じた。


 それにしても、まさか直ぐに答えを出してくるとは思わなかった。流石の思考力だなと感じる。たまには意地悪してみようと思ったが、意地悪できた気がしない。


 しかし、シラウメが答えを出せたなら、結果的に良かったと感じる。不安定な精神状態のままでは、いずれミスをする。そのミスはシラウメ自身を大きく傷つけるだろう。シラウメには、傷ついて欲しくなどない。いつでも自信満々で、さわやかに笑っていて欲しい。そう思う。


「あーあ。何だかなー。気分転換にビンゴにちょっかいでもかけようかな。」


 アイルはそんな事を呟きながら、静かな廊下を歩いて行った。

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