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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
3章
17/62

3章-5.怨恨 2023.10.8

 それにしても、一体何が起きたのだろうか。レンヤは、男から取り上げたナイフを器用に手の上で転がすマドカへ近寄る。


「マドカさんどうやって?」

「ん?あ、これ?ただつかんで取り上げただけだよ。」


 マドカは、さも当然といった様子で答える。マドカには一切の外傷がなく、謎は深まる一方だった。もし本当にナイフを素手でつかんで取り上げたのだとしたら、少なからず手に傷がつきそうなものである。しかも、ナイフはかなりのスピードと力で振り上げられたはずだ。そんなナイフに触れようものなら、指はスッパリ切り落とされてしまってもおかしくはない。しかし、有り得ないと思われる事が、実際に目の前で起きてしまっているのだ。マドカの言葉を信じざるを得ない。レンヤが驚いていると、脱獄犯の拘束を終えたシラウメが走ってやってきた。


「マドカ!怪我はありませんか?」


 シラウメは息を切らしながらマドカにたずねる。


「うん。私は全く怪我してないけどさ。シラウメもレンヤ君も怪我してんじゃん!レンヤ君の血の臭いがしたから来てみれば、びっくりだよ。」


 マドカは、ニコッと笑って言った。それを聞いてシラウメは、安心したように微笑んでいた。


それにしても血のにおいって……。


 レンヤはマドカの言った言葉に再び驚いた。レンヤの血のにおいが、地上にいるマドカまで届いたとでも言うのだろうか。マドカいわく、雑草みたいなにおいのレンヤの血が。にわかには信じ難い。だが、マドカの事だ。血が好きと言っていたくらいなのだから、分かるかもしれない。そういう事にしておことレンヤは思い疑問を持つことをやめた。


「でも、どうやって?どうやってナイフを止めたんですか?」


 シラウメでも気になるようで、マドカにたずねる。


「え?あぁ、えっと、こうやってナイフがきたから、こうやって止めたんだよ!」


 マドカは分かりやすくジェスチャーで説明した。それによるとどうやら、マドカは向かってくるナイフの刃先を指で挟むように掴んで止めたらしい。


「わぁお。それはすごいね。センスあるんじゃない?」


 どこからともなく、シラウメの部下であるアイルが口をはさんだ。取り押さえた脱獄犯はというと、そんなアイルによって踏みつけられ、少しの身動きすら封じられていた。


「ところで、シラウメ。何があったの?怪我するような相手じゃなかったと思ったけど。」

「それなんですが……。実はこの男が、まるで魔法で筋肉強化したかの様にパワーアップしたんです……。」

「魔法……?まさか、シラウメからそんな言葉が出るとは……。要するに異常事態だったわけかー。」


 マドカはフムフムと頷き、どうやら納得したようだ。マドカは状況の謎が解明したため、拘束され床にうつ伏せに取り押さえられた脱獄犯の方へとチラリと目をやる。脱獄犯は、マドカの視線に気が付くと、マドカをキッと睨んだ。


「それにしてもさ、おじさん!」


 脱獄犯は、マドカの呼びかけで顔をしかめる。マドカは脱獄犯が反応したのを見ると深くため息をついた。


「おじさんさぁ、ホントなってないよ!これじゃあナイフがかわいそすぎるでしょ!!こんな雑な使い方しちゃってさ!刃こぼれしてるし。なんで無理矢理振るうかなぁ~。切りにくくないの?」

「は……?」

「そんなでたらめな切り方だから、簡単に止められちゃうんだよ?全く。おじさんのナイフは結構良いやつなのに、これじゃあ宝の持ち腐れだね。だから、私が責任もって没収するから。」


 そうマドカは言うと男のナイフをポケットにしまった。脱獄犯はそんなマドカに困惑するだけだった。空気を全く読まないマドカの発言に、レンヤも少し気持ち悪さを感じる。だが何となくだがマドカは、単に脱獄犯が持っていたナイフ欲しかっただけじゃないのだろうか……、とレンヤは思い直した。堂々と脱獄犯の持ち物を奪うためにこう言ったのではと。そう思うとマドカらしい言動だったように思えてきた。


***


「許さない……。貴様等全員許さない……。殺してやる……。」


 脱獄犯は突然、ガクンと首を垂れ俯き再びぶつぶつと念仏のように言い始めた。レンヤとシラウメの怪我の様子の確認や周囲の片付けをしている最中の事だった。


「え、何こいつ……。」


 マドカは、脱獄犯の様子に本能的に不快感を覚える。その光景を見たマドカはさすがに男脱獄犯の様子がおかしいと思った。自分が正常だとは言えないが、脱獄犯が異常なのは断言できる。


「マドカ、この男、気持ち悪いでしょう?」


 シラウメの言葉にマドカは深く頷いた。


「内臓への攻撃は、マドカの一撃で有効である事が判明しましたが、外部への攻撃は無意味に等しかったです。男は、どんなに傷つけても顔色1つかえません。それに、この豹変ぶり。科学的に解明出来るか不安です。」

「豹変ねぇ……。火事場の馬鹿力レベルじゃないんだもんねぇ……。」


 マドカはシラウメの説明に同意する。明らかに様子がおかしい。何かに体を乗っ取られているだとか、別の人格が出てきただとか、そんな事が起きているのではと疑うほどにおかしい。


「でもさ、そもそも、なんでこうなったの?原因は?」


 マドカは気になってシラウメに尋ねる。豹変した経緯が気になる。何か引き金になるような出来事でもあったのではないかと想像する。


「正確な事は分かりませんが、窮地に立たされてパニックに陥ってしまったのではないかと思います。ここへ降りてきたばかりの時は、このようにぶつぶつと何かを言う事もなく、思考能力もあったみたいでした。詳しくは調べてみないとわかりません……。」

「そっか。それじゃあさ、こいつがムカついてるって言う対象とか理由はなんなんだろ?」

「さぁ?さっぱりです。」


 シラウメのそっけない返事に、マドカは苦笑した。実にシラウメらしい。他人の事情や感情には興味が無いのだろうなと感じる。


「全て……。幸せそうな奴全てだ。笑ってる顔や声、全てがムカつく……。」


 脱獄犯はマドカとシラウメの話を聞いていたようだ。二人を睨みながら低く唸るような声で言う。


「所詮おまえ等にはわからない。俺の苦しみなんて……。」

「苦しみ……ねぇ……。ホントに苦しんでるの?」


 マドカは首をかしげて聞き返した。そして脱獄犯の顔の前にしゃがんで、顔を覗き込んだ。じっと見つめると、脱獄犯の瞳の中には憎悪の感情が渦巻いているように見える。負の感情に支配されて暴走しているのかもしれない。


「おじさん。苦しむっていうのはさ、幸せになるために努力する事だと私は思うんだよ。だから、おじさんは苦しんでるんじゃないと思うなぁ。甘えてるだけに見える。お菓子を貰えずに駄々をこねる子供と全く同じ。幸せが与えられるのをぼーっと口を開けて待ち続けて、でも結局もらえなくて、満たされなくて。他人に過度に期待して、期待外れだっただけの事を裏切られたと勘違いしてるんじゃない?違う?」

「……。」


 男はなにも答えない。ただマドカを睨むだけだ。


「そもそも、幸せは与えられる物じゃない。自分で掴み取る物だよ。確かに裕福な家庭の子供は、一般人が手に届かないようなものを何の努力もしないで手に入れているのかもしれない。生まれた時から勝ち組の人間は確かにいると私も思うよ。でもそれでもさ、その子供は本当に幸せなのかな?そんなの、その子以外の人間には分からない事でしょ?よく知りもしないくせに決めつけてあーだこーだ言うのは違うでしょ。人の苦しみや幸せに上も下もないよ。その人だけの物差しでしか計れないんだからさ。そんなものをうらやんでも意味ないと思うなぁ。ほら、人間は与えられた幸せじゃ満足出来ない生き物だっていうでしょ。自ら努力して勝ち取った幸せにこそ、幸せを感るんじゃないかな。だから、たとえおじさんが幸せと他人が定義する物をを与えられたところで、結局その幸せにおじさんは気付けないと思う。ただ与えられるのを待ってるだけで、幸せになろうなんて甘ったれないでよ。」


 なぜ、この見ず知らずの男にこんな人生論の説教をしてしまったのかわからない。口が止まらなかった。思わず出てきてしまった。そして気付く。その言葉は、この脱獄犯を改心させようとして言ったのではない事に。そうその理論は、他でもなく昔の自分にあてた言葉だった。


 一歩間違えば、マドカ自身も目の前に伏せる男のようになっていたかもしれないと思えてくる。十分可能性があったと断言出来てしまう。努力もせずに、不満を回りに当たり散らすだけ、それがどんなに楽な事か。現状を受け入れずに逃げ出す事。楽な方に逃げる事。全て他人のせいにして自分を守る事。その甘い誘惑に乗ってしまったのが、まさにこの脱獄犯なのだろう。マドカには、そんな脱獄犯の事が他人事には思えず、ざわつく自身の心に嫌気がさした。


 しかし、マドカの言葉を脱獄犯が理解できるはずもなかった。ましてや、改心するなど以ての外だ。


「うるさい。うるさい。貴様等餓鬼にはわからない。貴様らに私の苦しみが分かるはずないんだよ!」


 男は唸るようにいう。男にはおそらく自分しか見えていないのだろう。自分がこの世で1番不幸だと感じている状態だと思われた。他人の話など聞ける状態ではないのだ。この脱獄犯は今後も何も変わらない。ただ世の中を恨み続けるだけの人間なのだろうなと、マドカは諦めたように小さく息を吐いた。そして、「分かるわけないよ。」と小さな声でつぶやいた。


「あ!マドカ、この男のデータなら、ちょうどもってますよ。」


 シラウメがそう言って、かばんから資料を取り出した。


「えぇと、この男の経歴は……。高校卒業後、大学には行かずに就職。工場で単調作業してたみたいです。ただ、3年前に不況が原因でリストラされて、同時に離婚。その後家を放火されて、今回同様の犯行におよび、今まで捕まってたみたいですね。」


 シラウメは淡々と資料を読み上げた。本当にシラウメは脱獄犯という人間に興味が無いのだろうなと感じて笑えてくる。確かに脱獄犯の経歴を聞くと、不運だなと感じる。つらい事が重なったのだろう。精神がおかしくなるのも容易に想像ができる。だが、当然犯行を肯定するつもりはない。


 この社会に生きる人間は、失うものが何もなくなると無敵の人と呼ばれる状態になるそうだ。脱獄犯はまさに無敵の人という状態であったと考えられる。社会の歯車から突然はじき出されてしまったのだろう。社会による救いがないのであればルールを守る必要はなくなる。救われないのならぶち壊してやるという思想だろう。マドカにとってその思想は全く分からない話ではない。そう思うとやはり、本当に見ていて胸糞悪い。マドカは脱獄犯から視線を逸らし、「ふーん。そっか……。」とそっけなく返事をした。


「貴様等にはわからない。世の中がどんなに厳しいのか。この世の中は、弱者に対してとても辛く当たる。だったら、こんな世の中消えてしまえ。むしろ私が消してやる。みんな死んでしまえ。」


 脱獄犯は再び鋭い殺意を剥き出しにする。弱者に厳しい社会。それは良く分かる。だが消えてなくなればいい等とはマドカは思わない。マドカは、脱獄犯と自身との明確な思考の違いを見つけ、少しほっとした。自分はこの男とは違う。引きずられそうな心が少し戻ってきたかもしれないと感じた。


 ふと顔を上げシラウメを見ると、脱獄犯の発言に対してシラウメは、はっきりと嫌悪の感情を向けていた。わざとらしく大きくため息をついて頭を抱えてしまった。


「そんな私的でくだらない理由で犯罪を犯さないでください。世の中を嘆いているなら、勝手に独りで死んでください。こんなコストのかかる犯罪は私にも社会にも迷惑です。」


 シラウメの脱獄犯への言葉は非常に冷たかった。他人に共感するという事を、シラウメはほとんどしない。マドカとは大きく異なる部分だ。きっと裏警察という仕事をするうえで、こうした冷酷さは必要不可欠なのだろう。いちいち犯罪者に共感や同情をし感情を振り回されていたらきりがないだろうと想像できる。シラウメは今までに悲惨な境遇の人間など沢山見てきたに違いない。マドカはそんなシラウメの事を少し心配する。友人として支える事ができるだろうか。シラウメが心を痛めた時に、自分は上手に寄り添えるだろうか。シラウメは一見完璧に見えるが、実の所完璧ではないと何となくマドカ気が付いている。長い付き合いだ、シラウメの変化も知っている。特に感情を隠すのが上手くなったように思う。だからこそ自分だけは、本音で付き合える良い友人となりたいと、マドカは改めて感じた。


***


「さて、ではもう帰りましょうか。」


 シラウメはお開きだと言わんばかりに、手をパンパンと叩いて言った。


「マドカ、約束の20万円は後日持って行きますので。」

「あり?今回みたいな感じでも、お金くれるの?」

「もちろんです。とどめはマドカがさしたようなものでしたし、生け捕りにもできましたから。」


 シラウメはさわやかに笑って言った。


「やった!お金お金!」


 マドカは急に機嫌が良くなり、レンヤの腕を掴んで、思いっきりブンブン振るいだした。


「マドカさん!痛い。痛い。俺ちゃっかり切られてるから。」


 レンヤは冗談抜きで痛がった。なにせ、ざっくり切られたのだ。痛くない方がおかしい。


「あはは!そういえばレンヤ君切られてたんだったね!ていうかレンヤ君。今日活躍した?」

「ゔ……。」


まるで活躍してませんけど……。


 レンヤは引きつった笑みを浮かべる。


「もしや切られただけ?あんな自信満々でシラウメ追っかけて行った癖に?」


 レンヤは地下に入る前の時の事を思い出す。レンヤは自信満々でマドカに、心配無用といった気がする。


「まぁ、いいよ。そんな日もあるさ!」


 マドカは冷や汗を流すレンヤに、ニコッと笑って言う。しかし、その笑顔がレンヤには逆に痛い。


「ふふふっ。でもさ、でもさ、レンヤ君。このおじさんが私に迫ってくる時、必死で走って来てくれたのは嬉しかったよ!ありがと!」


 マドカはニコニコして言う。本当に嬉しいのだろう。


「ど、どういたしまして……。」


 レンヤは少し照れて言った。


***


 一同は階段を上り地上にたどり着く。拘束された脱獄犯は、ぶつぶつと煩くしていたのがシラウメの気に障ってしまったらしく、問答無用でアイルに気絶させられていた。そのため、現在はアイルの肩に雑に担がれている。出口にはパトカーが数台止まっており、シラウメ達はパトカーに乗り込んだ。レンヤとマドカはシラウメに手を振りそれを見送っていると、ちょうどそこへ、パトカーと入れ代わりでサクマがやってきた。


「レン兄!マドカ姉ちゃん!お疲れ様~!」


 サクマはそう言って、ニコッと笑う。サクマの両手には、大量の荷物があった。今まで荷物番をしてくれていたようだ。レンヤとマドカはサクマが持っていた荷物を分担して持つ。


「じゃあ、帰ろうっか!」

「うん!」


 マドカの声にサクマが元気よく返事をし、こうして3人も、地下鉄を乗り継ぎ、家へと帰って行った。

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