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殺人同好会 〜橋口まどかの存在証明〜  作者: ゆこさん
3章
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3章-2.無差別殺人 2023.10.8

 マドカおすすめのイタリア料理店へと辿りつくと、3人は窓際の席に座った。店内の雰囲気はおしゃれで少し大人っぽい。店員が時折使う掛け声はイタリア語なのだろうか、とても陽気で店の雰囲気をさらに明るくしている。また、この店にはワインがとても充実しているようだ。夜は酒場になるのだろう。ただ、当然3人は未成年であるためワインを飲む事はない。


 3人のテーブルのすぐ脇の窓からは店の前の通りが見渡すことができ、街を行きかう人たちが良く観察できる。デート中のカップルに、幸せそうな親子連れ、遊びに来てはしゃいでいる若者達。老若男女、さまざまな種別人々が各々の目的でこの街へと集まり、そしてそれぞれの目的のために行動している。彼らの事情など当然知らないが、傍から見れば誰も彼も楽しそうだ。街は笑顔であふれていた。


 3人はそれぞれ好きなパスタやピザを店員に注文すると、そんな街の人々と同じように、和やかに他愛のない話をして料理を待った。ほどなくして注文した料理が3人の元へ運ばれてきた。レンヤの前には、マルゲリータピザが出される。マルゲリータピザは、バジルの緑にモッツァレラチーズの白、そしてトマトソースの赤を使いイタリア国旗を表現しているというピザだ。しかし、当然レンヤはそのような知識など無い。興味があるのは美味しいかどうかくらいだろう。マドカの前には、イカとたらこのスパゲッティーが、サクマの前には半熟玉子がとろけるカルボナーラが置かれた。見るからにどれもおいしそうである。


「相変わらずおいしそう!良いにおい!」


 マドカは、レンヤとサクマにフォークとスプーンを手渡すと、いただきますと言って3人は食べ始めた。


「マドカ姉ちゃん、おいしいよ!ここの料理!」

「そう?それは良かった。」


 サクマは夢中でカルボナーラを食べる。マドカも、器用にフォークとスプーンでパスタをからめとって口へと運んだ。


「シラウメと何度か来た事あるんだよね、このお店。前来た時に、このパスタをシラウメが食べてて、凄いおいしそうだったからどうしても食べたくてさ。うん!来てよかった!」


 マドカは満足げだ。ゆっくりと味わってそのパスタを食べていく。一方でレンヤは、あまりにもおいしかったのか、終始無言で食べ続け、あっという間にたいらげてしまった。そして、食後のアイスティーを手に取った。アイスティーを飲みながらマドカとサクマが食べ終わるのを静かに待つ。二人の食べるペースに合わせるべきだっただろうか等と食べ終わってから思うが、時すでに遅しとはこの事だ。次回以降は少し気を付けようとレンヤは思った。


「ん……?何だ?この気配……。」


 レンヤは突然感じたただならぬ気配に敏感に反応する。一気にアイスティーを飲み干し、空になったコップを置くと窓の外に目をやった。


「どうしたの?レン兄。」

「なんか、もんの凄い気配が近づいて来てるような……。」


 詳細は分からない。しかし嫌な感じがする。窓の外を目を凝らしてみたところで、何も変化はない。皆楽しそうに街を歩いているだけだ。それでもレンヤはじっと外を見続けた。一方でマドカとサクマも、レンヤの言葉とただならぬ様子によってパスタを食べる手を止めて窓の外へチラリと目をやるが、変化の全く見受けられない街には興味を持てず、再びパスタを食べ始めた。それから1分経った頃だろうか。ひと時も窓の外の街の様子から目を逸らさずにいたレンヤが、静かに口を開いた。


「オイオイ……。マジかよ……。派手にやってんなぁ~。オイ。」


 レンヤは呆れたように呟く。


「何?どーしたの?レンヤ君。」


 マドカが最後の一口を口に運びながらレンヤにたずねる。


「なんか、変な男が通行人刺しながら、走り抜けてる……。」

「ふーん。物騒な世の中だね。」


 マドカは興味なさそうにそう言って、アイスコーヒーを飲み干した。完食したようだ。サクマもカルボナーラを食べ終えたらしく、レンヤの隣で窓の外を見る。


「あ!レン兄。あの人、たぶん脱獄犯だよ?」

「マジで?20万?」

「うん。間違いないよ。」


 20万という言葉を聞いたマドカは、瞬時に興味を持ち、2人と同じように窓の外を見下ろす。3人の見つめる先にいる男は、今まさに街を歩く人々を無差別で切り付けていく所だった。街の人々は悲鳴をあげて逃げ惑っている。あまりにも現実離れした光景が広がっていた。まさに地獄絵図と呼ぶにふさわしい、そんな様子だった。


「ありゃ、傷が浅いからすぐには死ねねぇなぁ。痛そっ。つか、かわいそっ……。」


 レンヤは別に驚く様子もなく、苦笑いしながら言う。


「確かに。中途半端な事するね。」


 マドカもまた、苦笑いしながら言う。3人がじっと様子を見ていると、ついに近くにいた警察官3人が男を取り押さえようとする。しかし、警察官は3人とも見事に喉や腹部など急所を切られ、派手に血を噴き出しながら倒れてしまった。


「あの男……。無茶苦茶に切り裂いてるが、スピードが半端ない。ありゃー、普通の警官じゃ無理だ。何人束になっても無理だろな。」


 レンヤは冷静に分析する。


「どーする?見に行く?食べ終わったし、とりあえず店からでよっか。」


 マドカは会計を済ませ3人は屋外へ出た。すると外の空気は今までとは一変していた。血なまぐさい、殺伐とした空気が漂う。痛みにうめき声を上げる人。愛する人を失って、泣きわめく人。笑顔の消えたその通りを、3人は男が向かった方向へと進んでいく。


「うっはー!血祭りだー!お祭りみたいだよー!レンヤ君!」


 血を見たマドカは、興奮している様だ。目をキラキラ輝かせながら、人々から流れ出している血に目を奪われている。率直な感想なのだろうとは思うが、不謹慎な事この上ない。とてもじゃないが被害者の耳に入れてはいけない発言だろう。レンヤはマドカの言動にひやひやしつつも、話を聞き流した。


 道の両サイドでは、負った傷の痛みに対して、悲鳴やうめき声をあげる人達が絶え間無く続いているため、それが犯人の軌跡となり3人が迷うことはなかった。そして、しばらく歩いた3人は、ついに野次馬が大量に群がる所までやってきた。おそらくその中心に犯人がいる。3人は器用に人を掻き分け最前線へと進んでいく。最前線にたどり着くとそこには案の定、人質を取った犯人が立っていた。人質の姿はレンヤ達からは犯人の体で死角になり殆ど見えないが、わずかに見える足元の服等から推測すると、おそらく小柄な少女だろう。レンヤ達に背を向ける犯人は、目の前に並ぶ警察官達を警戒している様だ。警察官たちは防護壁を隙間なく並べている。その方向に犯人が突破するのは無理だろうなと想像できる。警察官も犯人もお互いに動かず、睨み合ったまま緊張感のある時間が過ぎていく。


「こっから俺がナイフ投げれば瞬殺できそうだな。だけど野次馬が多すぎる……。」


 レンヤはそう呟いて、苦笑した。さすがにこの野次馬の中でナイフなんて投げたら、逆にレンヤが捕まる可能性が高い。そもそも、銃刀法違反だ。確実に捕まる。下手に動けないため、レンヤ達も多くの野次馬のように、犯人をと警察官たちの攻防を見守るしかない。


「進展ないね。てか、犯人の顔見て、20万か確認したいのにな……。こっち向かないかな~、犯人……。」


 マドカは、進展のないこの状況に飽きてきたようで、ぶすっとして言う。


「レンヤ君、あの犯人に殺気飛ばしてみてよ!振り向くかもしんないし!」

「え……。マジで……?」


 レンヤがきくと、マドカは大きく頷いた。確かにこの全く動きの無い状況はレンヤも何とかしたい。試しにレンヤは、マドカの言う通り殺気を飛ばしてみることにする。レンヤは目を閉じ意識を集中する。そして、一気に目を見開くと殺意を込めて犯人をキッと睨み付けた。その瞬間、その殺気に気がついた男がガバッと振り向き、血走った目でレンヤを見た。レンヤは男と目が合う。レンヤはニヤリと怪しげに笑った。間違いなく脱獄犯である。痩せ型の体型でぼさぼさの髪、血色の悪い顔。どれもデータに合致していた。


 しかし、犯人が振り向いた時にもう1つ、ある重大な事に3人は気がついた。それは脱獄犯に捕えられている人質の姿だった。今までは脱獄犯の体で死角になっていて見えなかった人質が、脱獄犯が振り向いて向きを変えた事で、3人の方にその人質の全貌が見えたのだ。


「きゃー、助けてください。怖いです。」


 そして、何かどこかで聞いたことのある声だった。その人質の容姿は、白いロングの髪に華奢な体と、ぱっちりとした瞳にさわやかな笑顔。そんな特異な特徴を持っている。さらに3人には、かなり見覚えもある。そんな光景に苦笑しながら、マドカは口を開いた。


「シラウメ……。あんなところで何してんの……?」


 そう、犯人にナイフを突き付けられているのは紛れも無く、裏警察トップのシラウメだったのだ。


「さっきのキャーっていう悲鳴、完璧棒読みだったし。しかもシラウメさん、さわやかに笑ってるし。本当に何やってんだ?遊んでいるとしか思えない。」


 シラウメは、首にナイフをあてられているにもかかわらず、いつものようにさわやかに笑っていた。それは不気味以外の何物でもない。


「あ!レンヤ君じゃないですか!助けて下さい。」


 シラウメは、レンヤ達に気付くと、大きく手を振った。ナイフを首にあてられているのを忘れさせるほどさわやかに、シラウメは笑っている。


「餓鬼……。おとなしくしてなさい……。殺しますよ……?」


 さすがにこの状況で、脱獄犯は黙ってはいられないだろう。シラウメをさらにきつく腕で締め上げ、シラウメの動きを止めた。


「あ!すみません。おとなしくしてます。」


 それでもシラウメはさわやか笑って男に謝っていた。ふざけているとしか思えない。


「助けてと言われたって、シラウメさんなら自力でいけるでしょう……?」


 レンヤは、シラウメには聞こえない程度に呟く。そして、シラウメに初めて会った時の事をふと思い出す。マドカの家に突然訪ねてきて、自分はシラウメの喉にナイフを突き付けた。そう、まさに現在の男とまるで同じように。しかし、シラウメはいつもの笑顔を崩さずに、レンヤの腕からいとも簡単にすり抜け脱出したのだった。それができるのだから、今回だって簡単に抜けられるはずだろうに。と、そんな事を考えている時。ブルルルルル……と、突然聞きなれない音と振動が、レンヤの身近から聞こえてきた。


「ん?何だ?」

「携帯のバイブだよ!レンヤ君メールきたんじゃない?」


 レンヤはポケットから黒い携帯を取り出すと、携帯は青く光っていた。レンヤは携帯を開くと、画面には受信完了と表示されていた。決定ボタンを数回押すと、メールが開いた。差出人はシラウメ。


【この後犯人は、私を抱えたまま近くの地下鉄入口から、地下に降りるでしょう。そしたら、レンヤ君もついてきて下さい。】


 メールにはそう書かれていた。


「……。シラウメさん、いつメール打ったんだ?」


 レンヤは不思議で仕方ない。現在シラウメは人質として捕まっていて、下手に動けないハズだ。一体いつの間にメールを打ったのだろうか。


「シラウメの事だから、今打ったんじゃない?ほら、右手がかばんの中に入ってる。かばんの中で携帯開いて打ったんだよ!きっと……。」


 マドカはシラウメを指して言う。確かにシラウメの右手がカバンの中に入っていた。だとしても器用なものだとレンヤは思う。カバンの中に、今の時代では珍しいガラパゴス携帯が入っているのだろう。スマートフォンでは手探りで文字を打つのは厳しいだろうが、ガラパゴス携帯であれば可能だろう。画面を見ずともボタンを押した回数などで状態を把握し文字の入力や送信の処理ができるはずだ。とはいえ、非常に器用な事には変わりがない。とんでもないなと、レンヤは感じ苦笑した。


「犯人はこれから地下に行くらしいけど……。どこだ?」


 レンヤは回りを見回す。すると、野次馬の後方に、地下鉄入口の下り階段が見えた。


「あれか……。」


 つまり、もうすぐこの動きの無い場面が動き出すのだろう。シラウメのメール通りならば、硬直状態が崩れるはずだ。一体どのように崩されるのか見当もつかない。レンヤは緊張感を持って現場を見守る。


「キャー。怖いです!誰か助けて下さい!」


 相変わらず棒読みでシラウメは悲鳴をあげ、あからさまにわざと暴れ出した。すると脱獄犯はチッと舌打ちをし、警察官を睨み付ける。そしてついに場面が動き出した。まさにシラウメの予告通りだった。脱獄犯はシラウメを抱えたまま地下鉄の下り階段を目指し走り出す。野次馬は、脱獄犯から逃げるように道を開ける。犯人はシラウメを軽々脇に抱えて階段を走って下りていってしまった。


「レンヤ君行ってらっしゃい!荷物もって待ってるから。後でついてくかもだけど。」


 マドカはニコッと笑ってレンヤの荷物を持った。


「あぁ、行ってくる。」

「気をつけてね。あまり心配はしてないけど。」

「ハッ、俺を誰だと思ってる?心配無用!」


 レンヤはそう言ってニヤリと笑うと、犯人を追って地下鉄の階段を下りて行った。


***

 

 レンヤが階段を下りて行った直後、犯人の前にいた警官達はすぐさま階段の入口を塞ぎ、さらに野次馬は何事もなかったかのように一瞬にして散らばった。


「マドカ姉ちゃん……。なんかおかしいよ?この野次馬も警官も……。」


 サクマはこの異様な雰囲気を感じ取り、不安になった。警察官はレンヤが脱獄犯を追いかけていくのを待っていたかのようだったし、野次馬も散らばり方が不自然だった。普通ならば警察は脱獄犯を追うだろう。ましてや脱獄犯を追跡しようとするレンヤを黙って通すはずがない。また、野次馬は騒ぎだしスマートフォンのカメラで撮影などするに違いない。とてもじゃないが、簡単にその場から解散はしないだろう。あまりにも不自然すぎる。


「多分だけど、この警官も野次馬もシラウメの部下だと思うよ。野次馬は、本物の野次馬を前列に入れないようにしてたみたいだし。それに、私たちだけすんなり前線に入れた事も、それを肯定してる。つまり、全部シラウメの手の平の上って事だよ。」


 マドカは、真剣な顔付きでサクマに説明した。


「え?て事は、シラウメさんは、事件を予期してたって事?」


 サクマは驚いてたずねる。しかし、マドカは直ぐには答えず思考する。


「うーん。どうだろ。予期はしてなかったと思う。もし事件を予期してたら、怪我人なんてださないよ。シラウメは……。」


 マドカはそう答えた。


「うん……。そうだね。」


 サクマもそれには同意した。だが、事件を予期していなかったという事が事実だとすると、この大掛かりな策略は即席という事になる。事件が起きてからシラウメによって練られた策であるという事を意味する。そして、その即席の策がここまでの完成度を誇っている。その事実は二人をゾワッとさせた。


「シラウメはさすがとしか言えないね……。」


 マドカは呟く様に言った。

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