テスト航行
全艦長を集めた会議は、昼前に終わった。
シオンが見たかった顔は、だいたい見られた。喜んでいる顔が六割。恐れている顔が三割。故郷を思い出している顔が一割。その一割が、シオンには一番気になった。故郷を思い出す、ということは、帰りたいと思っている、ということだ。帰れるかもしれない、という希望が生まれた、ということでもある。希望は力になる。でも時として、判断を歪める。
シオンはそれを頭の中に置いておくことにした。
テスト航行は翌朝に決まった。全艦が一度宇宙空間へ出る。目的は確認だけだ。どこかへ向かうわけではない。飛べるかどうか、飛んだまま安定しているかどうかを確かめる。
夕方、シオンは一人でブリッジにいた。
エリオが茶を持ってきた。アールグレイだった。砂糖は入っていない。
「明日、緊張していますか」とエリオが言った。
珍しい聞き方だった。シオンは少し考えてから答えた。
「していない。……していないな」
「そうですか」
「お前は?」
エリオは一拍置いた。
「少し」
「正直でよかった」
シオンは茶を一口飲んだ。温かかった。エリオが淹れると、なぜかいつも温かい。自分で淹れると冷めている。理由が分からない。
「エリオ」
「はい」
「明日、計器の記録を全部取っておいてくれ。数値だけじゃなく、クルーの様子も」
「様子、というのは」
「顔の話だ。どんな顔をしていたか」
エリオは少し考えてから、手帳を出した。
「分かりました」
シオンは窓の外を見た。夕暮れが来ていた。橙と紫が溶け合う色だった。この世界の夕暮れは、星海では見たことのない色をしている。毎回、少しだけ違う。
(明日、また違う空を見る)
それだけだった。怖くもなく、楽しみでもなく、ただそういうことが起きる、という感覚だった。
翌朝、全艦が動いた。
離陸の振動が、艦全体に伝わった。低い音がした。エンジンとも魔力炉とも違う、両方が混ざった音だった。この世界に来てから聞き慣れた音だったが、上昇しながら聞くのは初めてだった。
高度が上がる。
窓の外で、地上が小さくなっていく。王都が見えた。外縁の要塞都市が見えた。川が見えた。リラが書庫に通う古書店のある通りまでは、さすがに見えなかった。
大気圏を抜けた。
漆黒が広がった。
ブリッジが静かになった。クルーが一斉に窓の外を見た。誰も声を出さなかった。出せなかった、というより——出す必要がなかった。
シオンも黙って見ていた。
久しぶりの星海だった。懐かしいとは思わなかった。でも、自分がここに属していた時間があったことを、体が覚えていた。
エリオが隣に来た。計器を確認している。全艦の状態が安定していることを、淡々と確認している。その手が、少しだけ速く動いていた。シオンはそれを横目で見た。何も言わなかった。
三十分ほど、艦隊は宇宙空間に留まった。
全艦の状態を確認した。魔力回路の安定を確認した。クルーの体調を確認した。問題はなかった。理論通りだった。やってみたら、できた。
戻る前に、シオンは計器を見た。
何かが引っかかった。
特定の方角から来ている反応だった。かすかだった。計器が拾えるかどうかのギリギリの強度だった。でも確かにある。
方角を確認した。
かつて、敵として対峙していた勢力の惑星の方角だった。
シオンは記録した。座標と、強度と、時刻を。それから計器から目を離した。
「エリオ」
「はい」
「戻るぞ」
「了解しました」
それだけだった。エリオには言わなかった。今は言う時ではなかった。
艦隊が降下を始めた。窓の外で、星海がゆっくりと遠ざかっていった。
シオンは最後にもう一度、あの方角を見た。
何も見えなかった。でも確かにあった。
ポケットに記録を入れた。




