120点の笑顔
うちのおじいちゃんは、子供だった。
本当の子供ではない。でも、ずっと子供の心を持っていた。
近所では「子供爺」と呼ばれ、誰もが笑顔でその名を口にした。
昼間は公園のベンチで日向ぼっこをし、子供たちが来ると目を輝かせて立ち上がる。全力でかくれんぼをし、ドッジボールに挑み、缶けりに汗を流す。子供に負けたことなど一度もない。それでも誰もが悔しがりながらも、またすぐに「おじいちゃん!」と駆け寄った。
子供爺は、勝負に手を抜かなかった。
ある日、僕が聞いた。
「どうして子供に勝ちを譲らないの?」
おじいちゃんは、皺だらけの顔を優しく緩めて言った。
「勝負事は正々堂々だ。手を抜かれて勝っても、嬉しくないだろう? 本気でぶつかってこそ、心が通じるんだよ」
亮くんは負けず嫌いのガキ大将だった。ドッジボールで全力で挑んできては、おじいちゃんに圧倒されながらも何度も立ち向かった。
てんちゃんは大人しく見えて実は粘り強い女の子で、缶けりでは何度もおじいちゃんを追い詰めた。
僕、翔はかくれんぼが得意で、公園の最強だと自負していた。
最後の勝負 ― かくれんぼ
その日、公園の木々が風にざわめいていた。
制限時間は15分。鬼はおじいちゃん。
てんちゃんは遊具の複雑な影の中に、亮くんは大きな楠の太い幹の裏に、僕は背の高い草むらとフェンスの隙間に身を潜めた。
おじいちゃんの声が響いた。
「よーい……スタート!」
5分経過
亮くんが楠の陰から発見された。「うわっ!」という悔しそうな声が響く。
8分経過
てんちゃんも遊具の影から見つかった。「ええー! もうちょっとだったのに!」
亮くんとてんちゃんはベンチの近くで、固唾を飲んで僕のことを見守っていた。
(翔……絶対に勝って……!)
12分を過ぎた頃
おじいちゃんの足音が、ゆっくりと僕のいる方向へ近づいてきた。
13分30秒
枯れ葉を踏む音がすぐそばで聞こえ、影が草むらに伸びた。
おじいちゃんは茂みの前で立ち止まり、ゆっくりと身を屈めた。あと10センチもあれば目が合う距離。
亮くんとてんちゃんは息を殺し、てんちゃんは口元を押さえ、亮くんは拳を握りしめていた。
時間は14分48秒。
おじいちゃんの目が、茂みの奥をじっと見つめたその瞬間——
——ピピピピッ!
時間制限のタイマーが鳴った。
おじいちゃんは腰を伸ばし、僕の前にとびっきりの笑顔を浮かべた。
僕が這い出すと、亮とてんが駆け寄り、大喜びした。
おじいちゃんは僕の頭を優しく撫で、
「120点だな、翔」と言い、全員に大切な言葉を残した。
「楽しむ心、諦めない心、協力する心……これを、絶対に忘れちゃダメだぞ」
次の朝、おじいちゃんは静かに息を引き取った。
僕は布団の中で大声を上げて泣いた。
亮くんもてんちゃんも、近所のみんなが涙を流した。
その日の夕方、母さんが僕をそっと抱き寄せてくれた。
父さんも隣に座り、静かな声で言った。
「……おじいちゃん、心臓が悪かったんだ。
かなり前から狭心症で、最近は心不全も進んでいて……薬をたくさん飲んでいたのは、そのせいなんだよ。
医者には『無理をしないで』と言われていたけど、おじいちゃんは『孫や近所の子供たちと遊ぶのが、俺の生きがいだ』って、絶対に聞かなかった。
昨日も……きっと、限界まで無理をして遊んでくれたんだろうな」
母さんは僕の髪を撫でながら、涙を堪えて続けた。
「本当はもう、走ったり全力で遊んだりするのは危なかったの。でも、おじいちゃんは最後の最後まで、子供爺でいたかったんだと思う……」
僕はまた泣いた。
あの笑顔の裏で、おじいちゃんがどれだけ痛みを堪えていたのかを想像すると、胸が張り裂けそうだった。
でも同時に、昨日のおじいちゃんの120点の笑顔を思い出した。
あれは、僕への最後の贈り物だったのだと、ようやくわかった。
今、僕たちは大人になった。
ドッジボール王の亮、缶けり女王のてん、そしてかくれんぼマスターの僕、翔。
町内では毎年「おじいちゃんかくれんぼ大会」が開かれ、子供たちにあの笑顔と、あの言葉を伝え続けている。
空を見上げると、子供のように無邪気で、温かい笑顔が浮かぶ。
おじいちゃん。
ありがとう。
僕たちは、これからも全力で生きるよ。




