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おれんじ戦記  作者: つきたておもち


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 喫茶店で偶然出会った翌日、雪華は福本から昨日の相席の礼と、再度の誘いの声をかけられた。

 本来なら、雪華はこの手の誘いは断る主義だ。その福本との時間は仲の良い友人同士の、楽しい時間を過ごす類のものではない。上司と部下の職場関係の付き合いでしかない。職場関係の付き合いでの飲食が美味しいワケがない。何が楽しいのかが、今に至るまで雪華には理解できていない。自腹を切ってまで、雪華のプライベートな時間を削ってまで、付き合う必要があるのか。このような考えは、雪華がZ世代に近いからか。

 本来の雪華なら、即答で断っていた。上司の誘いなら、特にだ。上司の受けが悪くなろうが、知ったこっちゃない。

 けれども、雪華は福本個人への興味がこの時点ですでにあった。

 雪華が福本のことを知るときには、すでに彼女は都合で職場の付き合いはあまりしなくなっていたようだが、若い頃は男性職員に負けず劣らず付き合いが良かったらしい。真偽は定かではないが、かなりの酒豪だとの噂もある。呑み比べで負けたことが無いとも、まことしやかに噂は雪華の耳にも届いていた。

 雪華が噂で知るその福本の、喫茶店でのあの姿はあまりにもギャップがあり、それゆえに雪華の興味に火を灯した。雪華を再びあの喫茶店に誘って、今度こそ、彼女は何を語るのだろうか、と。

 以来、彼女から誘われれば、雪華はよほどの用事がない限り、付き合っている。福本も雪華に興味があったようで、何かと雪華を誘うようになっていった。

「高峰さん。ケーキ、頼まない?甘いの、好きでしょう。本当に美味しいのよ。」

 すでに何回か、福本とお茶の席を共にしていたため、雪華が甘い物好きだと言うことは福本の知るところになっている。

 そう言う福本も、雪華に負けず劣らず、甘い物好きだった。

 福本はオーダーを取りに来た店員に、本日のお勧めのケーキを訊ねる。季節柄の白いちじくのタルトがお勧めだと言うことで、福本は白いちじくのタルトを、雪華はミルクレープをオーダーした。

「ミルクレープとね、バナナケーキといちごのショートケーキは定番でいつもあるんだけど、他のケーキは次に来たらもうないこともあって。パティシエの気分でその時々に焼いているっぽいの。ここのケーキは一期一会のケーキ。」

 店員がテーブルに置いていった水の入ったグラスに口を付けながら、福本は笑みながらそう話す。

 そう話す彼女の雰囲気はまるで女子高生のようだ。

「福本さんのそのお話し振りだと、結構、頻回にこの喫茶店と隣のパティスリーに通っていますね。」

 彼女は社外では、自身の職階で呼ばれることを嫌う。

「食べてみたら、分かるわよ。きっと高峰さんも気に入ると思うから。」

 こんなふうに砕けた感じでお互いが話をするようになったのは、前々回くらいからだ。最初の数回は、一緒のテーブルに着くが少しの会話と、それぞれが静かにあの小さなお店のマスター肝煎りのブレンド珈琲を味わっていた。

 あるときの、その少しの会話の中で、福本から雪華は珈琲が好きなのかと問われ、静かな空間が好きだといったその返答が、彼女の何かに刺さったらしい。その次からはその小さな喫茶店だけでなく、時折、福本が気に入っている喫茶店に誘われるようになった。

 雪華の、何が福本に気に入られたのか。

 雪華自身は、よくわかっていない。

 雪華はどちらかと言えば人見知りの方だ。仕事上であれば世間話ぐらいはするが、プライベートの時間では、親しくない間柄だとめっきり無口になる。それは、気を使いたくないからだ。プライベートの時間まで、疲れたくはない。

 ゆえに、福本と喫茶店でテーブルを共にするが、親しくもない間柄の福本に気を使うことなく、ただ、雪華は珈琲の味と、店のその静かな空間と時間を味わっていた。それは、他課の課長とは言え、上司に対して失礼な態度、なのかも知れない。失礼な奴だと腹立たしく思えば、福本は雪華を誘うことはなくなるだろうし、そうなればなったで、それでも良いとの雪華の考えだった。

 なのに福本も、福本から雪華を誘っているにもかかわらず、彼女も雪華の存在を気にすることなく、静かな時間と空間に身を委ねている姿だった。

 今日もケーキのその話題で会話が途切れると、福本は頬杖をついて、雪華がまるでここに同席をしていないかのようにぼんやりと窓の外を眺め始めた。雪華もいつものように、それに倣おうとしたが。ふ、と、福本のその横顔に、違和感を覚えた。

 その違和感はいつもの、彼女のトレードマークのような唇の色ではないことだ。

「福本さん。ルージュの色、落ちてますよ。」

 つい、雪華の口をついて出た、指摘。

 即座に余計なお世話だ、と後悔したが遅かった。

 雪華からの指摘に、福本が窓の外へ向けていた視線を、ゆっくりと雪華へ向けてきた。

 機嫌を損ねたか、と思ったが、

「惜しいわね、高峰さん。コレ、気づいたところまでは良かったんだけど。」

 彼女は笑って、

「退社する前に落として、この色に塗りなおしたの。」

 そう答えた。

 彼女が指す、彼女の唇をよくよく見てみると、ベージュに近しい色のルージュ。

「朱色は、会社で働いているとき用。プライベートはこの色を使っているの。」

 よく考えたら、高峰さんとのこの時間は、プライベートの時間だしね、と笑む。

「福本さんは赤色が、好きなんじゃないんですか?」

 彼女のトレードマークである、紅い色のルージュ。

 思わず雪華の口をついて出たその問いに、福本は何故か考える素振りを見せた。


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